第53話 タマ城攻略戦 6 鉄鍋に熟柿

「みなの者、今日は一番の激戦になると心得よ!」

「「「「「「ハッ!」」」」」」


 ロースター鎮正将軍の訓辞は至ってシンプルである。


 だが、それだけで十分ではある。


 冬のこととて夜明けは遅い。


 栄養バランスのとれた甘いパンを囓り、温かいスープを飲んだ兵士達は、ヤル気に満ちていた。交代制とは言え、睡眠も十分である。


 薄らと明るくなってくると、100メートルの一本道に敵がびっしりであった。徹夜で布陣したのであろう。


 もちろん、私語をする者などないが、細道一杯を埋め尽くした兵達が蠢く音は防ぎようがない。しかも、日の出間近な明るさとなってしまえば、目で見てもわかる。


 鳴り板と砂利の警報システムを使うまでもなかった。


 各部署では士官達が繰り返し言った。


「全力で防衛せよ」


 言われるまでもない。しかし、兵達はベテランである。なんだかんだで怖さはさほど感じなかった。


 見るからに痩せ細った兵が必死になって寄せてくるが、完璧なまでに作り上げた城に力攻めで来るには数が足りなすぎるのである。


 一本道を埋め尽くす、人、人、人。


 しかし細道ゆえに、一度に挑んでこられる人数は限られている。城の前だけで言えば、常に押し包む形になってしまう。


 城壁で待ち構えている兵達の前に、ノコノコと現れる獲物と同じだ。


 一方的な虐殺が始まった。


 攻城用の大型兵器無しの攻略では、とにかく人が城壁を登らねばならない。


 ハシゴを掛けるのは常道だが、それを持ち出そうにも無理がある。ハシゴを持ってきた兵は横からすぐさま弓で狙われてしまうのだ。


 倒れた兵の周りが果敢にも拾い上げようとすることもあるが、たちどころに違う箇所から矢が浴びせられる。


 城壁前の狭い平地に隠れ場所などない。城で言えば「虎口」である。


 攻めてくる敵兵を殲滅せんと待ち構えている場所に、少しずつしか兵が入れぬのだ。これでは、順番に片付けてくださいと言っているようなモノである。


 守備兵は競うようにして、いや、実際に競い合いながら、3つ、5つ、オレは6つだと、当てた矢の数を得意げに叫ぶ声が響き渡る。


 防壁のすぐ下まで奇跡的に近づけた勇気ある兵もいた。だが、城壁の上から長槍で突き刺した数を誇る声が聞こえている上に、手っ取り早く片付けろとばかりに上から熱湯を浴びせかけてくるのだ。


 城壁を前にしながら、敵は攻めるべき手立てが全くなかったのである。

 

 人的余裕がある時の防衛戦とは、これほどまでに殺戮マシーンと化すという見本が展開されていた。


 そして、前線が次々と傷つけば、ケガ人そのものが攻撃側の邪魔となる。


 蛮勇をふるって仲間の死体を踏みつけて進める剛の者も、腹に矢が刺さってのたうち回る同輩の背中を踏み越えることなどできなかった。


 前に進むことができず、かと言って下がろうにも、びっしりと続く後続の圧力のせいでスペースなどない。


 あっと言う間に、攻略の最前線は修羅場と化した。

 

 そして「ケガ人をいったん下げよ! 道を空けさせよ!」と叫ぶ有能な指揮官を守備側は冷静に見極めている。見つけるやいなや、包み込むように矢を射かけ「刈り取って」いった。


 これは徹底されていた。


「自分が従いたくなるような優れた士官は、全て殺せ」

「壁まで来た勇気あるモノは、殺す手前が最高だ」


 残酷なまでの冷たい方程式を解いていく守備側。

 それを、気迫と勢いで乗り越えようとする攻撃側。


「守備」と「攻撃」の役柄が、昨日までとはすっかり逆転してしまっていたが、それを飲み込ませるには十分な戦いでもある。


 この様子を谷越しに横から各貴族家当主に見せているのも、この印象を強めるためだ。


 タマ城ではなく「タマ牢獄」であり、カギ城とは、開けるためのモノではなく「封じ込めるための鍵」であることを見せつける、強烈な光景だった。


 さらに、地獄は演出される。


 ブン

 

 鈍い音と共に、空気を切り裂く音がしたかと思うと、宙を舞う「黒い霧」のような存在。


 次の瞬間、阿鼻叫喚となったのは、敵第一関門の向こう側である。


「ぎゃあぁああ」

「熱い!」

「なんだ、これ、ああああ!」


 谷の向こう側の貴族達の横では「あれは投石機によって、極限まで熱したこぶし大の石を投げ込んだのです」と解説するのはミュートの役目だ。


 聞かされる貴族達は、我が身に起きなくて良かったとひたすらに背中を震わせてしまう。


 なにしろ、尾根道に起きている地獄図を横から目撃してしまっているのだ。


 冬の朝である。


 飛んできた「つぶて」が人々にめり込み、倒れ込ませるのと同時に、片端から「湯気」が上がっているのである。


 ただでさえ、投石機で飛ばされてきたこぶし大の石の威力は大きい。直撃すれば、鎧の上からでも骨折が当たり前。後方ゆえに弓兵などはフルの鎧など装備してないし、雑兵も、兜以外は革製の鎧程度である。兜の上からでも意識を飛ばすし、胴体なら一撃で瀕死となる。しかも当たったのが胴体であれ手足であれ、ともかくめり込んだ礫から湯気が立ち上るのだ。


 タダですむはずがなかった。 


 礫は、一回では終わらない。二射、三射と続き、5度にわたって高温の礫を振りまけば、あたりに敷き詰められた「熱い石」によって、まともに歩くことすらままならぬ状態となっていた。


 攻撃側の最前線にいた兵は、次々と続いてくるはずの「後ろ」が途絶えたことに鼻白んだ。その空白ができたところで、まだ無事な兵を狙って精密な矢がクロスするかのように襲いかかってくる。


 始まったと思った攻撃は、30分と経たないうち、誰一人として無事な兵が前線に残ってない形になってしまった。同時に、後続を送り出すべき第一関門の向こう側も礫によって大怪我をした兵士だらけとなってしまっているのである。


 もはや、戦をするどころではなかった。


「撤退せよ」


 第一関門の上に立って指示を出している指揮官はヒカンである。彼が即座に命令したのも当然であった。これでは戦をするしない、以前の問題であった。


 鉄ナベに熟柿をぶつけ ※というたとえが、これほどにピタリとくる光景はなかったに違いない。


 ヒカンが、もしも無策のまま「もう一度」を試みていたとしたら、全く同じ光景が繰り返されていたはずだった。


 このあたりの「見切り」をきっちりと果たしたヒカンは、優秀なのである。

 

 当然ながら守備側も、たった一回で「退却」を命令できた有能な高級指揮官の存在を知った。


 狙いたいところではあるが、少しばかり遠すぎたし、鎧に盾の重装備である。矢が届いたとしても、傷を負わせるのは難しい。投石機の一射は試みたが、気配を感じたのか、すぐさま「関門」の影に入ってしまった。


 重量弾による関門破壊を試みれば、狙うこともできたかもしれないが、ここは無理して狙うところではないというのが判断である。


 戦いが終わってみれば、あっけない。


 最初の防衛戦だけで300の兵を喪ってしまった攻撃側に対して、カギ城の兵士達は、怪我どころか、あまりにもあっけない幕切れである。


 守備側は、敵が撤退していくのを見定めて、城壁の人員を交代させほどに余裕を見せての防衛成功であった。


「ケガ人を連れ帰る者は射たない」


 城壁から、守備側が何度も叫んだ言葉だ。だから、ケガ人や仲間の遺体を連れ帰れということだ。


 ただし、これは騎士道精神に基づく言葉に見えて、実は「死体が壁の前にあると片付けが面倒」ということと「ケガ人が城内の士気に与える影響」を冷酷に計算した結果であったのだ。


 しかし、谷を挟んだ「観戦場所」にいたミュートは、したり顔で言った。


「このように、牢獄から逃げ出すことは絶対にできません。だから、我々は仲間の遺体や、ケガ人を連れ帰る勇気ある叛乱側の兵士を射る必要などありませんので」


 貴族達は、ほんのわずかに感心しつつも、黙って肯くしかなかったのである。


「タマとカギの戦いの初日は、30分であっけなく終わった。それは戦いと言うよりも、一種の作業のようであった」


 とある貴族が日記に残した言葉である。


 それほどにまでに、この戦いの「圧倒的だ」という印象が強かったのだろう。


 ロースター鎮正将軍は、あまりにもあっけない幕切れに、味方の油断を恐れて、誉めるよりも戦場の復旧を徹底せよとの厳命を下さざるを得なかった。


 それほどまでの完勝である。


 だから、目一杯の安堵をしながらも、ロースターの口元は大勝のことなど知らぬ顔で、常に引き締まっていたほどであった。


 反対に、敗者のヒカンには、そんな余裕はない。


 一本道の全兵力を、一度城に収めるだけでも時間がかかる。しかも重傷を負った兵士だらけだ。


 城内のあちこちに天幕を立ててて臨時の救護所を作らねばならなかった。


「思った以上に、無理がありすぎるな。これを勇気だとか、気合いだとかで乗り越えられるものでもない。いっそ、こちらもバリスタ(据え付け型の巨大弓)を移動させるくらいはするか」


 しかしバリスタとは本来、城壁に据え付けて使用するものである。壁から外して移動させるだけでも数日はかかるだろう。


「移動させたにしても、そこをあっちのカタパルトで狙われたら目も当てられん。となると、バリスタにも防衛用の盾を増設するべきか」


 カタパルトから打ち出される礫に対抗できるだけの盾を付けるとなれば、一週間でできるかどうかというところである。


 今日の戦いの損耗状況をまとめ、あれこれと、この後の攻撃策を練っているところに、センからの火急の呼び出しが入った。


 もちろん、敗戦の報告はするつもりであったが、このタイミングであるところに、嫌な予感がした。


・・・・・・・・・・・



「ご報告が遅れたことをお詫びいたします。ヒカン、まかり越しました」


 途端に「臆病者!」という甲高い声で叱責が飛んだ。いや、罵声と言うべきか。


 正妻のダッキである。


 呼び出したのは当主であったためと、仮にも相手はご当主様の正妻である。許可なく直答できるものでもない。


 頭を下げているところに、思ったよりも穏やかな当主の声で「なぜ、こんなに早く攻撃をやめたのだ?」というご下問である。


「私の思っていた以上に、敵の備えが厚いため、作戦を練り直すためでございます」

「それにしても一刻もかけずに戦いを諦めるとは、ソチらしくないな。なぜ、諦めたのだ?」


 説明しようとした瞬間「そなたが臆病風に吹かれたからであろう。たかだか壁一枚ではないか。誰一人、壁に登ってもいないことは見ておったぞ。このふぬけが!」と、またしても甲高い声で罵声が飛ぶ。


 これでは説明のしようがない。

 

「申し訳ございませぬ」


 深々と頭を下げるしかなかった。


「心ない詫びなど受け取らぬ。詫びているヒマがあったら、今すぐ、やり直してくるが良い」


 チラッとご当主様を見上げると、何とも言えぬ顔をしている。


 どちらかというと穏やかな当主の尻を叩くのは、常に正妻のダッキであると、知っているのがヒカンの辛いところ。


 しかし、今すぐの再戦は無理であった。


「おそれながら、戦には手順がございます。このヒカンの落ち度により、本日は再攻撃が叶いますまい。どうぞ、準備の日数をいただけますよう」


 それは、ダッキの言葉に対する答えだが、あくまでもセンに対する言葉とした。


「準備にはいかほど必要なのだね?」

「はい、十日いただければ」


 途端に、苛立った声が罵声となって響いた。


「えええい、怠け者め! 十日だと? 何を遊んでおるつもりじゃ。三日だ。どれほど待てても三日だぞよ。良いな!」


 ヒカンが当主の目を見上げると、苦り切ってはいるが、妻の言葉を打ち消すつもりはないというのは伝わってきた。

 

 しかし、それは無理だ。粘るしかない。


「お願いでございます。このヒカンの心を賭けてのお願いでございます。せめて一週間。お願いでございます」


 額をこすりつけた頼む。必死だ。


 その必死さが、何かを動かしたのであろう。ただし「憐れみ」とは違うベクトルであったのは確かだ。


 ダッキは、冷酷な笑みを浮かべたのである。


「では、お館様。臆病者が心を賭けると申しておりますゆえ、5日与えてはいかがでしょうか? もしも、そこでできぬとあらば、誠に臆病者であるかどうか直々に調べることといたしますゆえ」

「ん? 調べる?」


 思わず、聞き返したセンに、ダッキはカラカラと笑い声を上げてから言った。


「臆病者の心の臓には、穴が開いていると申しますゆえ。妾が、直々にあばいて、穴が開いているか確かめることといたしましょう。それでよろしいですね、お館様」


 こうして、再攻撃は5日後と決まったのであった。


 ※鉄ナベに熟柿をぶつける:ガバイヤ王国の民間に広く伝わる言い回し。あまりにもあっけない結果になること。わかりきった、悪い結果になることをいう。たとえば「村一番のナマケモノが、たまたま遊びに来た美姫に恋をして告白し、あっけなく振られた場合」などにも使われる。 



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 ダッキさんは、怖い感じですけど、高位貴族の正妻で、長年、いろいろとやってくればこのくらいは普通に言う…… わけはないですね。

 ダッキさんとヒカンさんといえば、歴史に出てくる組み合わせです。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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