第52話 タマ城攻略戦 5 逆転

「一体何事だ!」


 当主のセン・セクト=ハイワットが苛立って叫んだ。


 側近達はすぐさま応じる。


「すぐに聞いて参ります」


 全員が我がちに逃げ出すようにして部屋を飛び出していった。


 身体を起こしてみると「外」の気配がおかしい。しかし、敵がなんらかの攻撃を仕掛けてきたなら、防衛を担当する者からの報告が来るはずだ。


 寄せ集めの部隊編成になってしまったが、騎士団を中心にして繰り返し訓練をしてきたし、士気自体は高い。このあたりの「報告」を疎かにするとも思えなかった。


 しかし、敵は下らぬ工事ばかりしていっこうに攻めてこなかった。1月1日を「攻撃始め」に選ぶとも思えなかった。


 第一、すでに夕方だ。城攻めを夜に開始するのは不利と言われている。


 灯りとなる松明を壁の外に放り出せば、一方的に照らされる攻撃側を一方的に狙えるからだ。さすがに、敵将がロースターである以上、そんな愚かなことをするわけが無い。


 この時間から本格的な攻撃に入るのはありえなかった。


 しかし、外の騒がしさは、これまでのような「工事」の音とは全く違っている。


「ん? 音楽? 馬鹿な。そんなものが響くはずが…… このリズムはワルツだな」


 紛うことなき「ワルツ」である。公爵として夜会に出ることなど日常茶飯事の自分が、聞き間違えるはずがない。


「何事だ? 側妃の誰かが命じたのか?」


 城にはわずかばかりのお抱え楽士がいる。籠城の閑日月の腹いせに、その者達に命じたのだろうと初めは思った。


 しかし、すぐに「違う」と悟った。使われている楽器の数が桁違いだ。このあたりの感覚は、幼い頃から公爵家の跡取りとして幾多のパーティーに出席してきた経験が判断させたこと。


 次に考えたのは、敵が兵士の慰問でも企図したのかと言うこと。それであっても、戦場まで宮廷楽士達をゾロゾロと連れてくる意味が分からない。


「しかも、これはワルツだぞ?」 


 踊りやすいリズム、テンポを持つことから夜会の出だしで使われることが多い。しかも、聞き慣れぬ曲だ。おそらくはサスティナブル帝国側ものであろう。


 すぐにも確かめたい。


「顔を出すな、であったな」


 騎士団長から繰り返し、窓から顔を出すことを控えるように言われていた。


 センは比較的素直な性格だ。貴族家当主としての振る舞いは自由にするが、自分の得意ではないことを専門家に任せることができるのである。


 そのため籠城の前に騎士団長から「お願い」されていることはよく守っているのである。


「籠城中のご当主様は、敵の攻撃の最重要箇所となります。また、城内に間者が潜入した場合の対策も必要です。そのために」


 と説明されている。


「みだりに外に身体を晒さない」

「居場所を伝えるのは最小限の者に対してのみ」

「城内の移動には護衛を付ける」


 この3つは、言われる意味も納得できるし、何よりも我が身を守るためだと理解できる。したがって、これまでも守ってきたし、今も守ろうとしている。


 つまり、怒りが爆発するのである。 


「全く気が利かない。ちょっとでも異変があったら、真っ先に伝えてくるのが当たり前だろう」


 攻撃されれば報告に来るのは当たり前だが「外からワルツが聞こえる」などという異変が起きるなら、当然、真っ先に報告を上げるべきなのだ。


 この怒りが大きくなったのは、実はセン自身が退屈に負けそうになっている証拠であった。


 なにしろ、籠城中であれば新年の賀もあったものではない。とっておきのワインを飲む程度しか華やぐ余裕はないのだ。


 正妻を含め、10人近い寵姫達も文句こそ言ってこないが、とっくにイライラのボルテージが最高潮になっているらしい。互いにケンカし合うが、せいぜいハキゾ的な口げんかイヤミ合戦のレベルだ。行き場のない怒りのエネルギーは、下のモノに辛く当たる方向に向かっているらしい。

 

 家令からの報告によれば、つい昨日も、額に皿を当てられた下女が大怪我をしてしまったらしい。


 公爵家当主としてのメンツもあるため、女同士の諍いに口を挟むようなので控えているが、それとなく正妻であるダッキに「控えよ」と伝えてはいる。


「あら、そのような小さなことを、大公爵家のお館様ともあろうものが」


 と言っただけで、おっ、ほっ、ほっと笑われてしまった。


 生粋の貴族家の娘として育てられた妻にとって、下女が怪我をする程度は「小さなこと」らしい。


 うやむやにされているというよりも「当主の妃が、下のモノにうっぷんをぶつけるくらいは大目に目に見てほしいですわ。むしろ、その程度のことで不満に思う下仕えは見せしめに処刑なさっていただかないと」と逆に文句を言われる始末だ。  


 さすがに、それはできないと突っぱねるしかなかった。


「それにしても、まだなのか、報告は」


 誰にともなく叫ぶが、消えた側近達は戻ってこない。


 やむなく、外の下女に部屋の灯りを消させた。まだ若い下女がドキドキした態度を取っているのは「お館様しかいない部屋で、暗くする」という意味をはき違えているに違いない。


 いくら相手が若い女でも、こんな時に「手つき」にするほど妙な趣味などもってない。


「そちが考えているようなことではない。灯りを消して、鎧戸を少しだけ開けよ」


 下女は自分の勘違いに、ますます顔を赤くして、サッと仕事をするとすぐに出ていった。


 これで、また変なウワサ話をされぬと良いがとは思うが、そんなことは些事である。


 身を滑らすように外を覗き見て唖然とした。


「舞踏会だと?」


 ありえなかった。


 城から谷越しの山肌に作られたのは、三方向をかがり火に囲まれた大きな広間である。そこでは、まるで宮中の舞踏会をそのまま運んできたかのように、数え切れないほどに見てきたダンスが繰り広げられているのである。


 音楽が聞こえてくるのも、すぐ横に、別のフロアが作られていて、まるで城に向かって演奏会でも行うかのようにフルメンバーによる楽曲が奏でられていたのである。


 谷を挟んでいるだけに、見通しで300メートルほどはあるかもしれない。


 しかし、闇が迫る中でかがり火に照らされているだけに、シルエットだけでもハッキリと分かるのだ。あそこには、あの家の侯爵家夫人、あそこは伯爵家の令嬢で、あれは伯爵夫人、などと、つい半年前まで親しく会話し、敬意を払われた相手が、楽しげに踊っているのである。


 センの見ている前で2曲目が終わった。恐らく、音楽が聞こえた時から始まったとすると、これで3曲は踊ったはずだ。


「ぐぬぬぬ、こんなところにダンスホールを持ちこんで、見せつけるだと!」


 敵が一体何を意図しているのかサッパリ分からないが、何かを見せつけようとしているということだけは明確に理解した。


 そこに「ご注進申し上げる!」と連絡将校が走り込んできた。


「何事だ!」

「敵は、宮中の新年の賀をこの地において行ったと宣伝しております」

「宣伝? 新年の賀をここでと宣伝しているというのか?」


 意味がよく分からなかった。


「関門の上から、矢文…… といいますか、奇妙な形に折りたたんだ紙が頻りに届いております。そちらに書いてあるのです」


 これを、と見せてきた何枚かの紙片を見て息を呑んだ。


  ・・・・・・・・・・・

  不忠者をタマの牢獄に閉じ込めた

  皇帝の許しなく出ることは禁ずる

  残りの生を中で自由にすると良い

  ・・・・・・・・・・・


  ・・・・・・・・・・・

  囚人達に「新年の賀」を見せよう

  新しき国の楽しき姿を見るが良い

  古き因習にとらわれた虜囚たちよ  

  ・・・・・・・・・・・



「な、なんだと! これは連中が勝手に言っておることだろうが! 我々の城を攻められぬから、開き直ったのだ!」


 そこに「申し上げます」とやってきたのは騎士団長のヒカンが遅ればせながら登場した。


「ヒカン! そちは知っているのか?」


 チラッとセンの手元にある紙片を見て「そのことでございます」と言うと、ひと言断ってから連絡将校を下がらせたのである。


「やられました」

「どういうことだ?」

「この城は鉄壁の堅城にて、敵が10万を用意しても1年戦ってみせると申し上げました。さらに申し上げれば保存食料を用い、すれば2年は戦える可能性もあることも、お約束したとおりです」

「やつらは、ここが牢獄だと申しておるぞ!」

「実は、そのことですが。申し訳ありませぬ。この城を落とさぬことはお約束できますが、この城から出る方法がないのも事実なのです」

「なんだと?」

「もしも国内で、この城以外に離反が起きないとすると、この城から兵が出られぬようにすれば良いと考えても不思議はないかと」

「出られぬのか?」

「現状でこの城の出口は一箇所です。5メートル幅の一本道を100メートル走って出られるわけですが、そこには連中が城を作っております」

「その程度、全員の力で打ち破れば良いであろう」

「出口を扇型に塞ぐ城がございます。しかも、こちらから出られるのは5メートルの一本道からのみ。前線のモノにはヤリも刀も弓矢でも戦えますが、後続に火でもかけられれば続くわけがありません。突破は不可能です」


 価値が逆転したのである。


 守るはずの城が、出られぬ牢獄となった。


 それが事実なのだと突きつけられる。


「な、な、なんだと、それでは、本当に、この城から……」

「少なくとも1年は保ちます。その間に外でが広がれば、勝機がありましょう」


 絶望的な言葉だった。なにしろ、敵は全貴族を、こんなへんぴな場所まで引き連れてきて夜会をできるほどに「強制力」を発揮しているのだ。


 こんな強大な相手に、叛乱を起こせる大貴族が、他に沢山いるとは思えない。


「他で勇気ある動きが起きなければ、誠に、外の兵力はそのままであると申すか?」


 センは「叛乱」を「勇気ある動き」などと言葉を換えてはみるが、同じ事だ。確認するまでもない。


 ヒカンは、黙して語らない。


「我らは閉じ込められたのか」


 難攻不落の城に大兵力で籠もったつもりが、それは脱出不可能な牢獄に自ら入り込んだことになってしまった。


 なんと、自分が愚かなことをしたのか、後悔しても遅すぎる。


 しかし、簡単に諦めないのが貴族というモノ。


「もしも、他にが起こらねばどうなるのだ?」


 何か方法があるはずだという期待で、忠誠心に溢れる騎士団長を見つめた。


 その視線を痛みに感じたのだろうか。いったん下を向いたヒカンはしばらく沈黙した。そして顔を上げると、真摯な表情で「死に物狂いで、敵の囲いを突破する作戦をお許しいただけますでしょうか?」と別な提案をしてきた。


 ついさっき「不可能」と言いつつも、他での叛乱が起きる可能性よりは、こちらに賭けるべきだという意見なのだろう。


「わかった。そちの作戦を許す」


 悲壮感を背中に漂わせながら、ヒカンは、将校達を集合させることにしたのである。


・・・・・・・・・・・


 皇帝の指示にあった「戦いは政治の一局面」に対する、ロースター鎮正将軍なりの答えこそが、今回の逆転を生んだのであった。


「閉じこもった」と「閉じ込めた」は大違いなのである。


 だからこそ、ロースター鎮正将軍の頼みに応じて、皇帝は新年の賀をカイから遠く離れた、この地て行うことにした。


 もちろん、タマ城の中に見せつけることもあるが「閉じ込めている」を形として貴族達に見せる意味が大きい。


 特に、戦いを知らぬ貴族の女性にとっては「こちらの城で出口がこのように塞がって、ここから以外は出られませぬ」と説明されてしまうと、もはや、それだけが真実なのである。


 人が登ることのできぬ断崖絶壁の上に建てられた美しい城。それは同時に、人が降りられる筈のない崖に取り囲まれている城であるということでもあるのだ。


 それを説明した上で、皇帝は貴族達に宣言している。


「諸卿と淑女によって、自ら捕囚となった愚かな者どもの無聊を慰めてやろうではないか」


 つまりは、旧ガバイヤの貴族勢力が、どれほど逆らってきても「その程度の」の抵抗にしか思ってない、という圧倒的な砲艦外交とも言うべきハンマーを見せつけたことになったのである。


 この「外で行う舞踏会」において、皇帝はいつになく無茶な注文を付けていた。


 どれほど寒風の吹く中であっても「正規の夜会用のドレスを着用すること」ということであった。女性達、及び、その夫達からは珍しく怒りを買ったお達しではあった。


 しかしながら、実際の場になって見て、貴族達はあっと驚いたのだ。


 皇帝の三人の妻達は最初から最後までコートを着ていなかった。(アテナはいつもの護衛用戦闘ドレス姿である)


 それどころか、ダンスを皇帝と順番に一度だけ踊った時以外、人一倍寒い位置に立ち続け、終了後も、全員が暖を採る室内に入るまで中に入ろうともしなかったのだ。


 この行動を見てしまうと、誰もが不満を持つどころか、皇帝とその妻への敬意を篤くしたのが結果であろう。


 なお、史書によると、この時、皇帝の片腕と呼ばれたベイクドサム氏が婚約者を皇都から招いており、パートナーを変える素振りもせずに4曲続けて踊ったとあった。目撃した貴族のどの証言でも「立場を忘れたかのように、二人きりの世界で踊っていた恋人同士に見えた」というものばかりである。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

「動的に局面を捉える」ということは「攻略すべき城」を「攻略の必要のない城」に変えることよりも「敵を閉じ込めた牢獄」に変えることで、攻守の立場が逆転することを意味しました。貴族達にも「ほら、閉じ込めたよ」を見せつけるために新年の賀を利用したわけです。同時に、守備兵側にも「脱出できない牢獄にいるんだよ」を目で見せる効果があります。

 そして、この「価値の逆転」は、別の効果を生み出します。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 


 

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