第51話 タマ城攻略戦 4 カギ
城への唯一の出入り口となる尾根道。
その入り口を奪取したロースター鎮正将軍が最初に行ったのは、付け城の徹底的な要塞化である。しかも、仮城ではなく、高さが5メートルを超えようかという本格的な石積みまで作ろうとしていた。
5メートルほどの幅しかない、しかも伏兵不可能な一本道の出口を扇型に囲うのである。
これが完成してしまうと攻城側から攻めるのはともかくとして、守城側が付け城を落とすのは不可能となるだろう。
攻城による損害無視の戦いをも覚悟して来た兵士達は、来る日も来る日も土木作業に追われた。ある意味ビックリである。しかし、作業自体は交代制で、途轍もなくハードであったから、その疲れは相当であり、けっして楽なことではない。
一方、城を守る側はのんびりしたものである。彼らが工事をしている間は、本格的な攻撃はないと判断できるからである。
だからと言って、警戒を怠ることはない。元々、集まっているのは、全土が事実上制圧された旧ガバイヤでのワケあり兵ばかりである。故郷にいられなくなった者も、旧体制への偏愛に凝り固まったモノも、新しい時代が許せないモノも、多士済々。
しかし、ここにいる人間にとって、この城が最後の依り代なのだ。行動に多少の行き過ぎはありえても、怠けることなど考えもよらない。
何かをしたくてしたくて、たまらない人間達だ。
よって築城工事の攻城側に忍び寄って矢を射かけようとしたり、付け城に夜間の侵入を試みるモノは後を絶たなかった。
しかし、ロースター鎮正将軍は、こういう場合の「忍び寄り対策」は心得たモノであった。教科書通りの対策に取り組んだのである。
古くから伝わる夜襲防止や侵入防止の対策はパターンが決まっている。「教科書」と言われるだけに、実施すれば確実な効果が見込めるが、実戦ではなかなか施すほどの余裕がないというものが多い。
しかし、そこを人とモノで着実に実行するのがロースターの手腕である。
見回りを不定期にし、メンバーもその都度入れ替えて「思い込み」を無くし、確実な引き継ぎを行う。士官による着実な監督を繰り返し言い聞かせた。
一方で警戒を確実にするために、物理的な対策も怠らない。昼間はともかくとして夜間の対策は手立てが必要だ。
暗闇に潜む敵襲を察知するには「光」と「音」が不可欠である。
警戒用のかがり火は、敵によって何度消されても、すぐさま再点灯をするし、むしろ日に日に増やしていった。
一方で、敵に対策できないような設備も施した。具体的に言えば「鳴り板」を張らせ、上に粗い砂利を撒く装置だ。
地面からわずかに浮かせて板を張り、その上に薄い鉄の板を張る。さらに、その上には軽い石でできた砂利を大量に敷くのである。もちろん「火」の対策として水を何度もまいておく。
これをすると、どんな手練れが上を歩こうと砂利がずれる音が必ずしてしまうのだ。しかも、どれほどわずかな音であっても下の「板」が音の増幅装置の役割をしてしまうシカケだ。
誰がどうやっても全く音をさせずに歩くことが不可能である。これを防ぐには空を飛ぶしかないとまで言われている装置だ。
事実として、居城の目の届かない場所には、随所にこういうシカケを施すのが普通である。
しかし、実戦で、しかも相手の目の前で構築するのは珍しかった。
何しろ、夜襲や忍び込みには役立つが、攻撃には全く意味の無い装置だからだ。
事実として、尾根道に30メートル入った先の「第一の関門」として構えている敵兵は、一様にニヤニヤしている。
ムダな働きだねと思っていたし、暇に任せてヤジを飛ばすことも再三である。
しかし、じっくりと時間をかけて築城された城の出来は見事なモノ。しかし、完成されると同時に、構築し始めたのは「外」に向けてのモノだったのは、誰しもが度肝を抜かれた。
なにしろ、城の縄張りを見る限り、これでは「タマ城を守る出城」としか見えない設計になるからだ。
しかし、ミュートやムスフス達幹部が一様に肯いて見せたのは、ロースターのなそうとする意図が「わかった」からである。
同時に、この方針は皇帝に裁可を求めてもいた。
「タマ城を抑える城ですからね、正式名称は陛下の御心のままですが、仮に付けるとすれば、罪人どもを閉じ込めるカギ城とでも付けましょう」
晴れ晴れとしたロースター鎮正将軍のセリフはミュートやムスフス達幹部の前でのモノだ。
12月の10日、その手に届いたのは皇帝陛下のお墨付きであった。
「そなたの功績を高くたたえるものである。城の名前も認める」
百点満点の評価だと言っていい。
ここで力押しをしようとした時だけは、ミュートの出番であっただろうが、ムダな人的損耗を抑え「動的な」局面を作り出したロースター鎮正将軍のやり方は、まさに皇帝の隠された意図通りだったのである。
なぜなら……
実は、この城を早期開城する意味が全くないのだ。
なにしろ「反サスティナブル帝国」の立場に立つような兵力は、あらかたこの城に集まってしまった。
美しく難攻不落の城は「反攻」の野心を持つ人々を魅了し引きつけたのだ。
早い話がエサである。
ここに集まった兵力は、反攻勢力の中心となる。だから、連中が出られなければ、国全体としては、さしあたり問題ないのである。
籠城と言う言葉は、自らの意思を表す。
しかし、現状で、今のタマ城から脱出することが不可能となってしまった以上、これは「閉じ込めた」あるいは「蟄居の刑である」と言っても、差し支えないのである。
籠城なのか「蟄居の刑」なのかは、視点の問題であるだろう。しかし、歴史上、攻めきれない城を、他の要素によって無力化させる例は石山本願寺の例以外でもいくらでもある。
「文句があるなら言ってこい」と胸を張るから、中にいる人間にはどうにもならないのだから。
だからこそ、付け城を完成させた後「外に向けて」の城を築いたのである。
救出に来る敵があるなら戦うぞ、と言う姿勢を見せつけるためだ。
つまりは「タマ城という牢獄の首根っこを押さえる城」がカギ城の正体だったのである。
古今東西、難攻不落の名城を名城とさせるゆえんは、その築城された特異な地形であることは歴史上の正解である。
だが、その特異な地形であるがゆえに、内部の者が出ようと思っても容易に出られぬことも、理屈の上では当然のことであったのだ。
つまりは、ハイワット一族と、それを慕う叛乱勢力は、誠に奇妙な「結果」ではあるが「自らを牢獄に閉じ込めた」ことになってしまった。
しかしながら、ロースター鎮正将軍は、この結果に満足していなかった。
皇帝の期待する「動的な局面」を作り出さねばならないのだから。
カギ城の「外」への備えがあらかた終わったのは12月の24日であった。「うち」に向けての構築物と違い、極めて荒っぽい形である。しかし「外に向かって城を作った」という形ができればそれで良しとしたのである。
実は、この完成を見越して、ロースター鎮正将軍は「カギ城命名」の書状で、別の願いもしていたのである。
「新年を迎えるに当たり、皇帝陛下による観閲の式典をお願いしたい」
【1月1日 カギ城への皇帝行幸なる】
後々の史書に記載された一文であった。
そしてロースターは、防衛とは全く関係ない構築物を、タマ城の塔からよく見える場所に作らせていたのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
短くて申し訳ないです。
この構築物は、皇帝が来てこそ意味があります。また「皇帝行幸」ですので、単独で来ることはありません。一般的には、周辺の貴族達も連れてきます。
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