第50話 タマ城攻略戦 3
もしもショウが直接その目で見たなら、城の優美な佇まいに「リヒテンシュタイン城」を思い浮かべただろう。
その城は、確かに美しかった。
断崖にそびえ立つ三つの白亜の塔が遠くからも目立つ。その三つは互いに連携するために30メートルの高さで回廊をつないでいる。
アーチ型の橋と同じ石積みになっているため火矢で落とすことは不可能。カタパルトで大石を打ち込んだとしても崩れないと言われている。
とはいえ、80メートルにもならんとする断崖に立つだけに、回廊は実質的に100メートルの高さとなる。
そこまで打ち上げられるカタパルトなど存在しない。
それぞれの塔には外に向けて狭間が十数カ所開いていて、狭間が狙う先に死角がないようにと設計されている。しかし、3方向が断崖だけに、実質的な進入口は正面の大門だけとなっている。始めから、大門方向以外の狭間は使われることは想定されてないに違いない。
断崖に張り出した城の外廓は、その底部に開口部が設けられ、登ってくるモノがあれば、直ちに上から落石の計が発動する仕組みだ。
身動きとれぬ岩登りとなる。しかも途中の2箇所に1メートルのオーバーハングが作られている。
つまりは天井となる岩を掴んで1メートルを移動せねばならない。長い間に滑らかに磨き抜かれたオーバーハングの下側には、指をコジ入れる隙間も無いのだ。
人間がヤモリにでもならない限り、登るのは不可能であろう。
そして、やっとオーバーハングを越えられたとしても、そこで待っているのは上からの石に矢の雨である。
急いで登ることなど不可能な垂直登坂中に、上から狙われる恐怖を考えれば、ここを登れる兵が現れるとは思えなかった。
また、実際、狭間が集中しているのは大門の方角である。この城の設計者がここからの進入しか想定してないのだろう。
谷越しに城の威容を望むと手狭な設計に見えるが、大門とは反対側の尾根を広げて城普請がなされており、収容可能人数は意外と多い。
守るべき大門は、尾根沿いに作られた幅5メートルほどの一本道が100メートル近く続くのである。
「鉄壁ですね」
素直にロースターは認めるしかない。予想される城に集まった兵はこちらとほぼ同数、あるいはわずかながら、こちらを上回るかもしれない。
この城を力攻めするのはあまりに愚行。
「通常は水攻めもあるんですが」
「分かっています。水脈ですよね」
ミュートの言葉は確認であるが。もちろん、ロースターも気付いている。
この城が断崖の上にあるとは言え、もっと高い山がいくらでもあったのに、なぜ選ばれたのかということだ。
高い山々の伏流水が落差を圧力として地下を流れているのだ。断崖の下側に何カ所も水が染み出て、清流を作り出しているのが、何よりの証拠。
人の手出しできない地下に、豊富な水流があるのだろう。
つまり、ありがちな「水脈を断って」ということもできない。城内の井戸には汲みきれないほど水が湧いているはずである。
タマ城は、まさに鉄壁なのである。
引退した当主が引きこもる場所に選ばれただけのことはある。その鉄壁さゆえに、領地を統治する場所としては向かないが、その風光明媚な外見と相まって「隠居所」としては完璧であったのだ。
「どうするおつもりか、伺っても?」
ミュートは「軍監」である。非常の場合を除けばロースター鎮正将軍への命令権を持たされてない。ショウの前世的な言い方をすると、役割としては「コンサルタント」に近い。
現状を分析し、諮問に答え、必要な手立てを指摘する。
従って、ロースターから何も言われてこないため、敢えて見守るカタチできたが、城を目の前にすれば「つもり」などを聞いておきたいところである。
ロースター鎮正将軍は「私は皇帝陛下や、優秀な家臣方と違い、知謀百出とは参りません。分をわきまえておりますので」と穏やかな顔で答えた。
それ見てミュートは安心したように「陛下は時間制限をお設けになりませなんだ。しかし、ここの戦いは注目されております」と言葉を添えたのも確認である。
「承知しております。まずは、取り付け口の出城ですな。そこを落とした後に、真綿で首を絞める形を取りましょう」
まさに我が意を得たりという顔をしたミュートは「あなた様の攻略を拝見いたします」と敬礼して見せたのである。
10月29日
ロースター鎮正将軍は「宿営地を設営せよ」という号令を発した。
場所は、敵の取り付け口前である。
すなわち、城の大手門への尾根道への取り付け口に作られた二つの砦の目の前である。
挑発するがごとき作業が始まった。
もちろん、誘いの意味もある。
貸し与えられている「切れぬ綱」による馬防柵をキッチリと立てた上で、弓兵は矢を惜しむことなく放っては、敵の妨害行動を阻止していくやり方だ。
雨あられと矢を降り注がせながら、その下でコツコツと野外築城をしていくのであるから、いかにも泥臭い。
しかし、敵からしたらたまらない。自分達の出城の目の前に築城されてしまうのである。
城と城とが向き合う形では、どちらも急戦は挑めなくなる。
しかもロースターは、出城が完成しても、さらに作業を進めていくやり方だ。
城と城の外壁が接触せんばかりに近づいてくるやり方は、後背地のない敵からしたら、ものすごい圧迫感だ。やられる方の身になるとなんとも切ない。
グルリ半円で包囲された出城は、敵の砦を包囲し、狭める形で少しずつ、少しずつ圧力を強めていったのである。
この後の戦いのことなど考えてないように、無制限に矢を使用する攻撃側と、補給は存在しないために、矢の使用を制限せざるを得ない守備側。
時に白兵戦を交えつつも、半円包囲の砦越しでは、敵に戦いの分がないことは明らかであった。
11月12日 払暁
遅い朝日に照らされた敵の砦に人の気配はなかった。
2週間をかけた第1段階は、こうして勝利に終わったのである。
といっても、出城の動向など相手からしたら、どうということはない。城の防衛機能は少しも損なわれてないのだから。
城を攻めるには。幅が5メートルほどしかない尾根道を突破せねばならない。いくつもの砦が築かれているのは当然のこと。
出城の時とは違って、あくまでも平行な戦いだ。一つずつの砦を正攻法で抜いていくためには、どれだけの犠牲が出るか分からない。
それだけの犠牲を強いれば守備側の勝ちと判定されるだろう。
城攻めは、始まったばかりなのである。
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作者より
堅城を抜くには、古来「兵糧攻め」「水攻め」「内部の切り崩し」がセオリーです。しかし時には犠牲に目をつぶって力攻めをするのも武将の器量。
大砲があれば、この手の城は苦労しないのですが、火薬のない世界でどうするのかが、ロースター鎮正将軍の腕の見せ所です。
ただしオーソドックスな手法を重ねます。
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