第49話 タマ城攻略戦 2 ~盤外戦~

 城攻めにおいては背後からの敵援軍が一番の脅威である。だから周辺警戒を怠ることなどありえないし、どれほど周辺の動向に気を付けても「しすぎだ」と言うことはない。


 ロースター鎮正将軍も、そういう基本はきちんと踏まえている。奇略、奇手を繰り出すタイプではなく、オーソドックスで基本に忠実なのが彼の持ち味なのだ。


 そのため本隊からも十分な偵察・警戒部隊を出してはいるが、餅は餅屋。広域偵察任務を、皇帝がつけてくれた専門部隊に頼めるのはありがたかった。


 ショウの前世で言えば広域レーダーを積んで飛び回る「早期警戒機」をバンバン飛ばしているようなものである。


 テムジン達は本体が着陣した時点で、とっくに周辺偵察をすませていた。本陣に報告して以後も哨戒任務を怠ることはない。


 敵の増援部隊を早期発見することはもちろん、クリアした地域の維持も行う。


 つまりは「偵察をすませた場所に変なことは起きてないか」を見回る任務だ。


 そのために三人一組が小隊となり、いくつかの小隊で有機的な連携を図りながら、周辺数十キロにわたっての哨戒網を敷いていた。


 こういう時の距離の取り方、位置関係、連絡手段や連携方法など詳細な指示はミュートがかねてから行い、訓練もしてきた。綿密なネットワークを構成するやり方は、どこか一つの小隊が問題に直面すると30分以内に近隣の2小隊が、2時間以内にネットワークを構成する5小隊が集まれるように万全の配慮がなされていた。


 とはいえ、哨戒している場所は「国内」であり、飢餓が発生している場所でもある。安全さえ確保されていれば「緊急手助け」をすることも認められていた。


 少々の余分な食糧を持ち運び、餓死寸前の家族を見つけたら、そこで粥を炊くなりして援助が届くまでの時間を稼ぐ役割だ。


 当然ながら、一切の略奪禁止、どれだけ誘われても女性への手だし厳禁である。


 「元」遊牧民族にとっては厳しそうな掟だが、感謝されまくるのは気持ちが良い。不満よりも嬉しさが勝る分だけ、この仕事は人気があり、暇を見つけては、やりたがる小隊が続出した。


 しかし、ショウからもベイクからもテムジンを通じて再三の注意があったのは事実である。


 ダ・ゴダ小隊が直面しているは、そんな事態だ。


・・・・・・・・・・・


 廃村と思われる場所への入り口だ。


 正座のように座り込んだ老婆と、それに連れられた子どもが道の真ん中でこちらを拝んでいる。


 雰囲気的には「祖母と孫」という感じだが、違和感は拭えない。しかし、目を引いたのは子どもの幼い右手の肘から先が布でグルグル巻きにされている点だ。


 今にも垂れてきそうなほどに、赤い血が滲んでいた。


……必ず、子どもか年寄りが出てくる。その人は、ひょっとしたら大怪我をしているかもしれないね。


 老婆は、弱々しい声で、しかしハッキリと言ってきた。

 

「この通りです。この子や私よりも、もっと身動きできない者達が、この先に隠れております」


……近くに、もっと可哀想な人が待っていると言ってくるよ。


 涙を浮かべて何度も額を地面に擦り付ける二人だ。


「なにとぞ、一緒に来て、助けていただけないでしょうか?」


……「食糧をめぐんでくれ」ではなくて、なぜか「来てくれ」と頼んでくるよ。


 腰を浮かせてきた。


「あちらの道の奥でございます、すぐ近くですので」



……林の奥か、家の建ち並んだ奥が目的地だと言ってくるけど、たいてい、途中に「死角」のできる場所があるよ。


 付いて来ないと見たのか、再び、二人は額を地面に擦り付けて泣き声を上げた。 


「どうか、どうか、お願いでございます」



……相手がだんだん近づいてきたら、すぐさま5馬身(約12メートル)以上、間隔を開けること。


 馬を反転させようとした気配を察したのだろう。子どもが立ち上がった。


「お兄ちゃん、助けて!」



……その時、相手がいきなり動いたら、どれほど辛くても即座に「動く」こと。これは絶対命令だ。何があっても責任は皇帝が取る。


ダ・ゴダは、即座に命令に従った。


て!」


 ダ・ゴダの脇の二人は「念のために」と構えていた矢を即座に射た。


 この距離では外す方が難しい。


 ど真ん中を射貫かれた「子ども」は、目を見開いたまま仰向けに倒れ、年寄りはガクッと前にのめり込む形で倒れた。


 即座に手槍で検分した。


 子どもの右手に巻かれた布地の下に硬い反応がある。突いてほじくり出せば、肘から先に仕掛けた暗器が見えた。拝むようにしていた老婆の懐からは吹き矢とおぼしき筒が転がり出てきた。


……持っている刃物や矢には毒が塗ってあると思うこと。



「ふぅ~ マジで親分の言ったとおりになりやがる」


 冷や汗ものだ。言われてなければ、こうも単純に動けなかった。


「ってことは、あれだね、兄ちゃん」

「隊長って呼べと言っただろ。だが、あれだ」

「分かった。隊長!」


 ダ・ゴダが細かな指示を出すまでもない。


 弟のダ・ゴマはキビキビと二つの発煙筒に火を付けて合図を送った。狼煙式に、遠くで二筋ずつの赤い煙が遠くで立ち上った。


 これで連携している小隊が集まってくる。同時に本体への連絡も届けられることになる。


 一方、ひょろりとしたマジャの方は、馬を巡らせての周辺偵察。必ず見張りがいる。少なくとも矢の届く範囲からの奇襲は防ぎたい。


 ダラダラとしたことはしない。


「隊長、敵の見張りは逃げたらしい」

「よし。とりあえず、命令通りにするぞ」


 発煙筒を据え付けてきた弟と、近くの空き家の影で穴を掘る。


 葬るのではない。「埋める」のだ。


 放置しておくと疫病の元になりかねないし、野犬を呼び寄せることになる。何よりも「サスティナブル帝国の斥候が子どもと年寄りを殺した」と敵に宣伝されかねないことを恐れる。

 

 出陣前に予想されたのはガバイヤの影の生き残り、あるいはシーランダーの組織の者が暗躍してくること。


 職務上、自他の配置や動きに詳しい「偵察部隊」を捕らえて尋問しようとするのは、その手の組織にとっては基礎中の基礎なのだ。


 テムジン達を狙ってくるのは、まさに予想の範囲内なのである。


 そして、その手の特殊部隊は「表」と「裏」とに分かれて行動することが標準的だ。一人が出てくれば、その裏側で数十人が下働きを準備するものだ。


 きっと「捕獲失敗」ということで、見張り役は即座に逃げたのだろう。この手の切り替えが遅いと生き残ることはできないのだから。


 だからこそ、チームでの連携が生きてくる。


 これは「相対速度」の問題なのか、動きの方向性の問題なのかはわからない。しかし、近寄ってくる者にとって、そこから遠ざかろうとする相手を見つけるのは比較的容易だというのが経験則だ。


 5組のチームが集まった時には2時間が経とうとしていた。途中で狩り出してきた敵は10人を越えている。大半が死体か、死体となりつつある状態になっているのは、組織の人間がペラペラ喋るはずもないからだ。仮に喋ったとしても、現場の人間が知っていることは限定されているのが普通だ。


 聞き出す意味などない。それなら、機動力を失わないように、相手を死体にしておく。


 狙いは、相手の現場リーダーだけである。


 今の状況は、敵からしたら「偵察部隊の捕獲作戦は失敗」「脱出する者が次々と狙われている」という場面である。

 

 逃げるからこそ捕まると理解した敵は、ここから「死んだふり」をするか、安全地帯に逃げ込んで固まるのが普通だった。

 

「おそらく、この村の外れにある森だろうな」


 森は騎馬の大敵だ。北方遊牧民族の技術なら「騎馬行」が可能ではあっても、できれば避けたい。だから現場アジトを敵が作るとしたら、そこになるだろう。


 危険を厭うわけではないが、敢えて危険に踏み込んでみせるのは馬鹿である。


「オレ達の役割は、ここでキャンプすることだ。野営地を設立する」

「「「「「おう!」」」」」


 見通しの良い広場。人数がいれば夜通しの警戒も楽になる。


 キャンプの設営用には「軽くて丈夫な透明な糸テグス」もたっぷりと持たされているのだから、相手が「プロ」でも、それなりの安全を確保できる。こちらだって、そういう訓練を受けているのだから。


 何度か鳴子がなったが、こちらは接近さえ許さなければ良いだけだ。


 その度に火矢を放って周辺を確かめた。しかし、それだけだ。不可視の糸で鳴子が仕掛けられているとわかった時点で、相手は手を出せなくなるのだ。


 そして、ダ・ゴマが予想したとおり、決着は夜明け前に付いてしまった。


「よくやったな。手柄だぞ」


 黎明の光の中で輝くのは、立派な髭の巨体が放つ満面の笑みだ。


 若者達を手放しで誉めていた。


 自身は少数で敵のアジトに夜襲をかけて、敵指揮官の捕獲・他の殲滅という偉業を成し遂げているにも関わらずである。


 ウンチョーは、上機嫌で「諸君の活躍は親分に報告せねばならぬな」と言いながら一人ひとりの肩をバシバシと叩いて回っていた。


 けっこう痛い。


 だが、豪傑と言われるオトコに誉められた面々は笑顔、笑顔、また笑顔である。


 ウンチョーがこうやって誉めるのもワケがある。


 ダ・ゴマ達は偵察が専門なのである。だから、敵を見破り、敵の逃亡を防いだ。そこまでは任務として普通のこと。


 だが、森の中にある敵のアジトの殲滅はという限界を知った上で、ピーコック隊を頼った。


 これをウンチョーが高く評価したのだ。


 しかも、今回の敵は明らかにダ・ゴマ達によって「釣れ」た獲物だった。


 どれだけピーコック隊が強くても、夜襲をかけるためには、そもそも敵がいてくれなくては話にならない。


 向こうとしては脱出が難しいという現実がある以上、九死に一生の道を探るよりも「せめてひと太刀浴びせたい」という誘惑に抗しきれなくなるという計算をしたのだろう。


 ダ・ゴマが「野営」を選択したのを敵に見せつけていた。だからこそ敵がアジトに籠もっていてくれたのだ。


 敵がそこにいると分かっていて、しかも夜間のアジト襲撃という特殊戦だ。特殊部隊としてのピーコック隊に分があるに決まっている。

 

 ウンチョーとして「最大の手柄は無謀を抑えつつも勇気ある行動を取った若者達だ」と考えるのは当然のことなのだ。


 湧き立つ若者は、誉められた後、すぐに哨戒任務へと戻っていった。凱旋も、そして褒美も後の話でいい。若者達にとっては、食べ物を渡した時に受ける母親達からの感謝、あるいは子どもたちが見せる笑顔の方がよほど魅力的なことだったからだ。


 そして、ウンチョーは、獲物から少しでも話を聞き出さねばならない。それが、若者達へにできる、自分なりの感謝の印なのだ。



・・・・・・・・・・・


時間と空間を飛ばした話。


10月31日 早朝 カイの皇帝執務室にて。



「へいか~」

「ん? どうしたの?」


 走り込んできたベイクは、前世で言う「スライディング土下座」をしてきた。


「ちょ、ちょっと、ベイク?」

「陛下。シーランダーが荒れております」

「荒れてる? たしかクリシュナとかいう人が統一したばっかりだよね」

「はい。強力な中央集権体制を敷こうとし、かつての小王国の王族を囲い込みましたが、それがアダとなったようです」

「ね、説明を聞くから、いったんアッチに座ろうよ」


 土下座している人と話をする気にはなれないよね。


「分かりました、説明いたします。でも、その前にお詫びだけさせてください」

「えっと? 何? オレのオヤツを食べちゃったとか…… あ、シャオのスカートをめくっちゃった? それなら軽く殺すけど。それ以外?」


 自分でもくだらないことを言っているのは承知しているよ。でも、軽くない軽口で混ぜっかえさないといけない気がするほどに、ベイクの顔が青ざめていたんだ。


「申し訳ありません」

「だから、何が?」

「カリオス国という場所がありました」

「ああ、シーランダーに統一される前のサウザンド連合王国の時にあった国でしょ? 確か東の外れだったね。それが何か?」


 名前が「あれ」っぽいから覚えてたんだよね。地理は元々得意だけど、前世で聞いたことのある名前にニアピンだから、何かと意識しちゃったよ。


 さすがに偽札は作ってないだろうけど(印刷技術がないし)、可愛いお姫様くらいはいるかなって。まあ、うちのお姫様達が可愛すぎるので、ネタ的な意味以上には興味なかったけどさ。


「さすが、陛下。ご存知でしたか」


 誉めてくれたけど、ベイクの表情は、ちっとも気持ちが乗っていなかった。


「わたくしは……」

「ん? どした?」

「私は、カリオス国のスパイなのです」


 ええええええ!


 今世紀最大に驚きつつも、今まで感じていたベイクの周りの不思議な動きや、敵国を逃げ回っていたはずなのに小太りになって戻ってこられた謎の一部に納得していたオレだったんだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

今まで、ベイクの周りにチラッ、チラッと「影の動き」を描いて伏線を張っておりましたが、やっと説明できそう! と思いきや、明日は一度「現場」に戻ります。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



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