第43話 ハイワット反乱す

 ロマオ領の片隅で、ショウが人事不省に陥っていた頃、お隣の大領では、怒りにまかせて荒れ狂っている男がいた。


「なぜだ、なぜだ、なぜだ、なぜだ! ぐぬぬぬぬ! あの若造め! 由緒ある我が公爵家を無視しおって!」


 セン・セクト=ハイワットは激怒して、手元のティーカップを投げつけた。メイドは慣れたもので、素早く距離を取っているから避けるのは造作もない。


 熱い紅茶の入ったティーカップを投げることなど、ありえない暴挙だが、長年仕える側からすると案外と話は簡単だ。


「癇癪を起こすと手元のものを投げつけるのがお館様のクセ」とさえ分かっていれば、対応もできるのである。


 むしろ「大公爵家のご当主様なのに、ものを投げるだけで、それ以上をしない」と言う点で家臣達からはけっして評判は悪くないのだ。


 むしろ「仕えやすい、良いお人柄」だと思われているのは封建制ならではのことだろう。


 モノに八つ当たりはしても、怒りにまかせて侍従をクビにもしないし、勝手な思い込みで手打ちにされたメイドもいない。


 家臣に食事が行き渡るように配慮をしてみせる領主だ。


 一歩家を出て眺めれば、領民に対しての過酷な仕打ちが溢れていることを知っているだけに、家臣達からは対比的に「お優しいお殿様」とすら思われているのである。


 まして、妻妾合わせて10人を互いに競わせつつも平等に愛し、生まれた子どもたちの結婚相手も年頃までにしっかりと調査の上で見つけているところは、律儀とすら言われる。


 嫡男のマン・セクト=ハイワットには領主教育をきちんと施し、次男以下の男子三人にも、嫡男の補佐を務められるように躾け、今は騎士団で修行させている。


 娘3人も、有力な子貴族との婚約もすませており、去年の冷害さえなければ二人は結婚式も済ませているはずだった。ハイワット系の貴族の結束はますます固い。


 高位貴族家としての完璧な父と言えるだろう。


 一方で、領内の惨状は知りつつも「それは民の勝手である」と切り捨て、領民の3割が餓死しかけたことなど、眉一つ動かさずにいられる男だ。


 もしも、領地がサスティナブル帝国側の侵入経路上でなければ、食糧援助もなかったわけで、今ごろ民の9割が餓死していたとしても不思議はないほどだった。


 とはいえ、現状認識はできているだけに「糧食がない以上、抗戦は不可能」と判断できる能力を持っているのだ。


 結果としてハイワット領は、事実上の無血開城をしたし、食糧援助を受けるために言われるがまま騎士団も私兵団も動かした。


 自身は「降伏した以上、領館は明け渡すものである」と宣言して、さっさと領地の外れにある城へと引っ越してしまったという潔さ。


 つまり、セン・セクト=ハイワットは過酷なお貴族様であり、優しい当主であり、プライドは高いが、一度降伏すれば城を簡単に明け渡せるという、矛盾の塊のような男なのである。


 目先の利益を追わない分、商人から無理な搾取もしない。けれども、領主に対する付け届けをするのは当然であるとして、ワイロを持ってくるのは拒まない。


 もちろん「ワイロを持ってくるくらい商売熱心である」と思っているから、何かと目をかけるのも当然のこと。

 

 だが、一度裁判になれば、明らかな証拠に対しては、きちんとした判断をしてみせる。


 本人からすれば「筋の通った対応」だとしているが、民からすれば「まさに、お貴族様のお振る舞い」である。

 

 世が太平のままであれば、案外と名君と呼ばれたかもしれない。少なくとも、子どもや孫に囲まれたベッドで幸せな最期を迎えたはずだ。


 全ては、思いもよらないほどの冷害が悪いのである。高位貴族家の当主として、先代、先々代の記録を受け継いで、当主教育の間に勉強した中にも出て来る「冷害」「干害」の記述は知っていた。


 今回は、それなりに備えたはずであった。


 しかし、夏前のイモの高騰に欲を出してしまったのが悪かった。余剰分を通常の十倍という高値で売り払ったのだ。


 恐らく、それだけなら何とかなっただろう。


 今回の冷害は、記録にあるものよりも数段厳しかったことが一番の要因だが、それだけではなかった。


 いつの間にか行われた食糧倉の略奪、子貴族家からの援助要請、そして何よりも、サスティナブル王国への出兵に伴う食糧の持ち出しが痛かった。


 次々と予定外が入った結果が、凄まじい惨状をもたらしたのである。

 

 もちろん、家族や家に仕える者達の食糧はしっかりと確保済みだけに、領館の外の「暴風」のような惨劇は知ったことではない。


 例年通りの税収は見こまれないという報告は来ていたが、その分だけ市場の食糧価格は高騰している。「いざとなれば、今年の収穫を早めて、それを売り払えば足しになるであろう」という、いかにもお貴族様な見込みをしているため、焦る必要など何もないのである。


 センにとって、領民など、絞ればいくらでも「汁」が出てくるものだとしか認識してないのだから。


 ところが、最大の見込み違いは「降伏した後の扱い」であった。


 旧ガバイヤ王国公爵家、しかも最初に降伏した高位貴族のグループであるのに、あまりにも冷たい仕打ちである。


 隣のロマオ領に対するモノと、あまりにも違うのだ。


 特にロースター侯爵など優遇と言えるほどの扱いである。占領政策の重要な一翼を担うのみか、娘を皇帝の後宮へと送り込むなど、まさに蜜月としか見えない。


 対して、ハイワット家に対しては、約束の食糧援助こそ行っているようだが「大臣をして欲しい」といった話が一切ないのだ。


 それどころか、皇帝との直接対話すら持ちかけてこないのは、どういうことなのか。


「大公爵家を侮りおって!」


 しかし、これはセンの戦略眼がヒドすぎたのだ。


 占領軍側からしたら、いち早くセン自身が敗者として皇帝の元に訪れるべきだと考えて当然なのである。


 しかも、領民への食糧援助を拒まないことは認められても、それを領主が乞い願ってきたわけではない。「やるなら、どうぞ」である。


 そして、最悪なのは、領主一家がまるごと領内の城に籠もっていることだ。これでは「叛逆の機をうかがっている」と捉えられてもおかしくないと気付かない。


 事実として「ハイワット家が城に籠もっている」という話が静かに広がった結果として、あちらこちらから兵も騎士も集まってきた。


 まるで砂糖菓子に集まるアリのようにだ。


 もちろん、センも「兵士が集まってきた」という報告は受けている。だが、それは国元にも帰れない兵士や、騎士が依り代として集まってきたのだろうと思うだけ。


「公爵家としては、帰るべき場所を喪った兵士達を迎え入れるのは義務である」


 こういう場合に、悪い形でノブレスオブリージュを発揮してしまったのだ。


 その結果として、領主として気にするべきは、集まってきた家臣達に渡すべき食糧だとばかりに「援助食糧」から半ば強奪して調達するのみであった。


 それが外部から、どのように見えるのか、考えることなどなかったのである。


 よって、秋の収穫を目前とした9月15日。


 皇帝からの指令書が届けられたのである。


 占領軍の騎馬隊により運ばれた指令書は、門前で出迎えの騎士団長に手渡される形を取ったことに注意を払うべきであった。


 これは戦闘状態にある敵に書状を渡すときの形式に酷似していたのだが、それすらもセンは気にしなかったのが現実である。もちろん、この手渡しの方法は、ベイクによってよくよく言い含められていたからである。


 書状には「セン・セクト=ハイワットは嫡男を連れてカイへ出頭せよ。申し開きがあれば、そこで弁明を聞く用意がある」と強硬な内容である。


「カイではパーティーが予定されていると聞いたぞ! 本来なら、公爵家に対しての出席要請なら、書状ではなく勅使が来るべきだ。それなのに招待状でもなく、これでは召喚状ではないか! つくづく舐められたモノよ!」


 激怒したセンは、すぐさま怒りの矛先を「食糧」へと向けたのだ。


 9月25日 


 ハイワット領内に設けられた「お救い所」に蓄積された食糧が一斉に持ち去られるという「事件」が勃発した。


 当然ながら、タダで渡すはずもない。取り巻いている領民達、そして食糧を運び込むサスティナブル帝国側の兵士達とも武力衝突が起きたのは必然であった。


 10月2日


 皇帝は、ハイワット領内による反乱の発生を確認。すぐさまロースター鎮正将軍に対して、鎮圧を命じたのである。



 10月7日

 ロースター鎮正将軍は「国内鎮撫」の号令を発し、5千の兵を連れて出立。応援部隊として、ミュート参謀によって率いられたゴールズの一部に出動命令が下ったのである。


 他の貴族家への体面上、皇帝はカイにいることが必要だとベイクが主張したのだが、それが「病み上がりの皇帝に無理をさせまい」ということが重要な判断基準であったのであった。


 また、ショウも、それを分かりながら、自分の体調との兼ね合いで、ミュートに任せることにしたのであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

鎮圧軍の兵力が少ないと思いますが、公爵家が集める戦力としてなら1万はいかないだろうと言う点と「軍が消費する食糧」との兼ね合いがあり、最小限の出兵で成果を出す必要がありました。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

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