第44話 この後のコト

 討伐軍の出征を見送るのは城門までだった。せめて、カイを出るところまでついていきたいと言いたいところだが「皇帝が城を出る」となるといろいろと面倒らしい。


 実際にはアテナとカイがいれば問題ない気もするけど、民の目があるから止めて欲しいと言われるとそれまでだ。


 なにしろ、ゴールズが出てしまった以上、オレの「外出用護衛部隊」を再編成するとしたら、またまたベイク達の仕事を増やすことになるからね。


 ただでさえ過労気味の人達に、これ以上の負担をかけるわけにもいかない。

 

 ところで、まだ内々だけど、旧ガバイヤ領は「オウシュウ」と名付けることにした。シュウ都は、このままカイとして、教育都市としてルビ、商都としてコンを指定する。


 ルビとコンは双子都市だから良いとして、早急にカイとの「高速道路」が必要になるから、道路整備を急いでる。旧道もあるけど、高規格にして馬車の行き来を楽にする。そのうち、この三つの街をシャトル便みたいにして馬車を常時動かす構想もある。


 でも、何はなくとも、まずは「平坦で真っ直ぐな道路」だよ。そのために道路整備を優先してる。食糧配布を引き換えにして人を集めると、いくらでも集まるのは助かる。


 早い話が、日雇い仕事だ。


 朝飯と昼飯を「まかない」にして、1日働いたら帰りにパンを持たせる。子どもたちや女性は賄いに関する仕事や連絡係、年寄りは経験に応じた作業を割り当てる。


 意外と、いろいろな職人が混ざっているので意見を吸い上げながら作業をすると効率が良くなるのと「意見が取り入れられる」というだけで、激しくモラルアップするので、お互いに幸せだ。


 もちろん、病人やケガ人は別としても労働って大事なんだよね。ハトを餌付けするのと違って、やっぱり人には「労働の対価」として得られるモノに価値を見いだすし、自分を取り戻すことになる。


 今のところは「食糧」を対価にしているけど、秋の作物が十分にオウシュウへと送られてきたら、徐々に「カネ」にしていくつもりだ。


 一度壊れてしまった市場経済を作り直すには時間がかかるし「食い物」が足りないときにカネだけ渡せば、ハイパーインフレーションになりかねない。そのあたりはベイクと十分に見極めていくことになっている。


 ともかく、多くの民が「食糧を与えられるだけ」の存在から「労働者」に変わったお陰なのか、カイの治安がみるみる良くなっているらしい。


 治安に関しては既成の組織を使わざるを得ないけど、いろいろと目をつぶりながらという条件付きながら「女性が一人歩きのできる街」に戻りつつある。


 このあたりは、旧ガバイヤ王国の人々が、恐ろしいほどに我慢強くて、真面目で、決められたことを守ろうとする傾向が強いという国民性だったことが幸いしたのだろう。


『これじゃあ、アメリカのことを笑えないなぁ』

 

 アメリカは、第2次大戦後にイタリア、ドイツ、日本を占領下に置いた。まあ、イタリアは降伏直後にドイツに半分占領されるなど、ヒドい目に遭ったからちょっと別。


 ドイツの場合はソ連との競争状態や、イギリスとフランスの意向が強かったので、独自の政策と言い切れない。


 実は、一カ国を丸ごと、事実上の単独で占領下に置いたのは、日本が初めてだった。(ハワイなどは併合しているので別枠にします)


 この成功体験は強烈だった。


 本当は「無条件降伏後の日本を占領するにあたって各地の抵抗勢力と戦闘をする際に」で、万の単位の戦死、戦傷者を計算したらしいけど、拍子抜けするほどに上手くいった。


 そして、占領に当たって、アメリカの最先端の社会学者達が競って「実験的な試み」を行ったのを日本は、涙を呑んでいろいろと受け入れてしまった。


 良いこともあったし、その後の日本の混迷を作った部分もある。


 ちなみに、成田や羽田を飛び立つ民間機が不自然な上昇コースを辿るのも、ヨコタベースの管制とバッティングしないためだと言われてる。


 戦後80年経っても引きずっているんだよね。


 ともかく、アメリカは日本の戦後処理において「占領するとこんなに良いことばかりジャン」って思ったのかどうかは知らないけど、そのあとも、世界のアッチコチで同じ事をやろうとしてことごとく失敗しまくったわけだ。


 結局、21世紀になっても「民主主義国家が他国を占領しても上手く行くのは超レア」ってセオリーだけが確立しちゃったんだよね。


 ふふふ。


 ビミョーな言い回しでしょ?

 

 これ以上は、ちょっと差し障りがあるんで、あれなんだけど、ともかく、アメリカが日本だけで上手くいったのは、明らかに日本人の国民性が強く作用したんだ。


 そしてガバイヤ王国の「国民性」は、古き良き日本人の性質に酷似しているとオレは思ってる。仮にも近代国家だった大日本帝国と、封建制まっただ中のガバイヤ王国という国家体制の違いは確かにある。だけど、占領政策次第では、最短距離で帝国の一翼を担う地域になってくれると期待はしているよ。


 ベイクとは、もちろん、再三話し合ってきた。


 彼は理想を持ってオレの幕下に来てくれたんだから、今が一生涯の見せ所とばかりに張り切るのは当然だった。


 ファントムのお陰で王城の中は、おおむね安全な場所だから、特に警戒をする必要もなく、階段を降りながら話しかける。ま、アテナとカイがそばで警戒してくれているから、そもそもオレが警戒する必要なんてないしね。


「相変わらず、忙しさは加速してるんだ?」

「おかげさまで。持ちこまれる厄介ごとは倍増で、決めるべきことは山積みでと言う感じですかね」


 ベッドで寝られたのは、いつのことだったのかとベイクは苦笑い。しかし、幕僚達も目の下にクマを作りつつ、生き生きとしているのは「理想的な状況です」だからだそうだ。


 なにしろ、アマンダ王国の時は、社会から宗教勢力を排除することを常に考えなくちゃいけなかった。しかも、占領と言うよりも「ヤミ金が借金のカタにビルを乗っ取った」みたいな形だったから、古い仕組みを手直しして使わざるを得ない。


 すっごく、アバウトな例えで言えば「日本の古民家を買い取って、大黒柱を抜き取った上で洋風にリフォームする」みたいな形だ。当然、維持するためにはアクロバティックな運営をせざるを得なかった。


 おかげで、一応は安定させた後も波乱、混乱、叛乱の種が溢れかえっているので、いまだにエルメス様抜きでは運営できないほどだ。


 ところが、こっちは「占領軍」として社会を壊してOKの立場になった。だから、討伐が必要な領主はサクサク「処し」ちゃうし、新しい命令もバンバン出せる。


 代わりに、その「討伐が必要な領主」を定めなきゃイケないし、討伐した後のコトも手を打つ必要がある。


 新しい命令を出すなら、それが実施できるように、周辺の条件を整える必要があるってことだ。


 平均して「新しい法律」を一つ発する度に「仕事が300増える」感じなんだよ。


 オレが倒れている間に出された「領主の城の図面を全て持って来い」だって、命令を出したら、それを受け取る部署も必要だし、ウソや間違いじゃないかとチェックする仕組みも必要だ。すぐに持ってこられない貴族もいるから、その対応もしなくちゃだし、持ってくるために食糧をどうするかまで考える場合もあるんだよ。


 あれや、これやで、しっちゃかめっちゃかに忙しい。


 そして、今回は「公爵家討伐」だけに、倒した後に、その地を治めなきゃイケないわけで、そのためにも旧支配者層をどうするのかも決めなきゃイケない。


 単純に「皆殺し」だと、その後上手くいきっこないから、どこまでを処罰して、どこまでをそのままにしておくか、あるいは接収したモノをどうするのか決めなきゃならない。


 あれやこれやで、ベイクの部下達は次々と増えていて、今では100人単位の要員を連れてきているし、その数倍の「現地雇用」の役人を使ってるんだ。


 もちろん、そこで発生する仕事の割り振りもコントロールも、仕事の一つだしね。


 こういう場合、オレが余計な口を挟むと大混乱を招くから、目をつぶっているのが一番だってことは、ノーブル様達に教えられてきたことだ。


に立つ者は、机で居眠りをしてみせるくらいでちょうど良いのです」


 だそうだけど、まあ、妻達とイチャつくか、みんなに差し入れでもすることにしていたわけだ。


 旧王宮の大広間横にある大厨房で、皇帝特製クッキーを焼いてみせるのも、また一興。一階にあるこの大きなキッチンは、大広間でのパーティーに備えた調理場だ。


 食堂長に笑顔で頼んだら、快く貸してくれたよ。もちろん、クッキーの「タネ」は、前世で売れ残った「ママと焼いちゃうクッキーシリーズ」の売れ残り品。


 練って、型に入れて、焼くだけでできるクッキーだ。もちろん、高級なモノではないけれど、こっちの世界では「香料と砂糖の適度な使用」をしたクッキーの味は、最高級に匹敵する。


 オレとシャオちゃんで焼いたクッキーを厨房のみなさんにもお裾分け。


 みなさん笑顔。


 うん、よかった。食堂系の方々に反発されると、日常的な意味ですっごくやばいもんね。今のところ、みなさんとニコニコの関係だよ。


 さて、これをシャオちゃんに手伝ってもらいながら、会議室に運んじゃおうっと。


 あ、でも、この格好でクッキーを運ぶのも芸がないか。


 ガバイヤ王国時代に仕えていて、引退済みだった「侍従長のフォック爺ちゃん」は、今回、オレが呼び出して現役復帰させた人。


 裏も表も知り尽くした爺ちゃんは、孫にパンを渡したい一心で、とっても熱心に働いてくれるんで助かってる。今回もクッキーを小さな紙袋に入れて渡したら、まるで金貨を入れた袋みたいに大事そうに受け取ってくれたよ。


 働き始めてからの「お土産」効果で、息子の嫁は尊敬の目で輝くし、孫達が、すっごく大切にしてくれるんだって。


 そりゃ、食糧不足の世の中で、引退したはずの爺ちゃんが「甘いもの」をちょくちょく持ち帰ってくるんだもん。「おジイちゃんはすごい」ってことになるじゃん。


 きっと「おジイちゃんはクサイ」とか、言われずにすむんだろうなぁ。幸せなら、なによりだよ。


「ね? ちょっとしたイタズラをしたいんで、小間使い用の服を貸してよ。シャオにはメイド服かな」


 あんまりいい顔はしてもらえなかったけど、イタズラ程度ですむ「皇帝のわがまま」だから聞いてもらうよ。


 ちょっちょっと着替えて準備完了。あ、せっかくの着替えシーンはやっぱり見せてもらえなかった。「中身は良いけど、着替えるところは裏舞台だからダメ」ってルールは、そのうち、なくしてやる!


 だって、ガバイヤで使われていたエプロンドレスって、結構レトロ感があって、意外と可愛いんだよね。こういうのをはにかみながら、美少女が着るシーンは、絶対にみたいじゃん!


 え? オレだけ? 絶対、そんなことはないと思う。


 ともかく、オレと並ぶとシャオちゃんの可愛さが際立つっていうか、オレの「普通っぽさ」が露骨だよね。


 前世のオレが典型的な日本人だった(実はよく思い出せないけど、普通だったことだけは記憶があるよ)の容姿を考えれば、今のがマシだよ?


 身長は175になって、まだ伸びているし、脚だって長い。顔もイケメンと言えなくはないかも。でも、こっちの世界は元々イケメンが多いんで、顔だけなら「普通」なんだよね。


 じゃ、美少女メイド見習いと、フツメン小間使いが、差し入れのクッキーをお運びするよ!


「じゃ、二人で会議室まで運ぼうね」

「はい! 陛下」

「えっと、陛下とか呼ぶとバレちゃうので、気軽にショウってね。オレもシャオ…… じゃまずいか、えっと、シャルってことにするね」

「なんだか楽しいです、それなら陛下も、ウイルなんていかがですか?」

「おぉ! シャルにウイル。なんかそれっぽくってイイね。じゃあ、ここから敬語禁止。オレは小間使いのウイル、で、君は」

「見習いメイドのシャルです!」


 ウイル&シャルこのあとのことコンビの誕生だ。


 このあたり、物わかりの良いシャオちゃん、じゃなかったシャルである。イタズラするのが、心から楽しそうだ。


 二人で、何段にも重ねた箱 ※を抱えて、いざ会議室へ。


「え? あ、こっちの階段を使うんだ?」

「はい。我々がみなさまと、なるべく動線を重ねないためです」


 貴族の家には、必ず「使用人用通路と使用人階段」が備えられているんだけど、ここも、そうなっているらしい。


「へぇ~ 秘密ルートみたいで楽しいね。よし、出発」


 ふっと振り返ると、いつものようにアテナとカイがすぐ後ろ。


「えっと、さすがに城の中は大丈夫でしょ。小間使いと見習いメイドに皇帝の個人護衛が一緒に付いてきたら、目立っちゃうじゃん」

「しかし」

「あ、じゃあ、先回りして階段の上にいて待っててよ。そこで出会って、オレ達の前を歩く形で付いてもらえば大丈夫でしょ」


 ちょっと、押し問答になったけど、さすがに階段を三フロア上がるだけのことだし、ようやく「先回りして待ってる」ってことで妥協してもらったんだ。


「よし、じゃあ、みんなにクッキーの差し入れ部隊がしゅっぱ~つ!」


 シャルが前で、オレが後ろ。


 階段を上って、2階へと。


 あれ? 妙にこの階段って長いんだね。


「ウイル?」

「どうしたんだい、シャル?」

「なんか、人が……」


 見たことない、こわ~いオジサン達が何人もいたんだけど、いったいなんでまた?


 全員が腰に短剣を差しているってことは「室内戦闘」に特化した連中だと思えてしまうオレだ。


「ちょっと話を聞きたいだけだ。大人しくすれば命は取らない」


 オジサン達の代表みたいな男は、クマみたいな顔の割に、わりと静かな声だったんだ。


 オレ、どこでフラグを立てたんだろ?


 ともかく、見たことのない階段の先にあった目立たないドアの中へと、オレとシャルは連れ込まれたんだ。


※箱盆:積み重ねてお皿を運べるように工夫されたお盆。すごい人はこれを10段重ねで運びます。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 

作者より

「説明回」と思わせて、いきなり「シャルとウイルの冒険譚!」になるのかな?

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 









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