第42話 新しき仲間達よ
「新しき仲間達よ、そして子どもたちよ、よくぞ来てくれた。遠方からの困難な旅をした者もあろう。所領の悲惨な姿に背中を向けて出立せねばならなかった家もあるだろう。やむを得ないとは言え、心から労おう。緊急で援助が必要な家は、どうぞ領民達のために申し出てほしい。我々は新しき仲間のために援助の用意をしてある」
目線が、ずいぶんと低く始まったなと誰もが思った。占領下にある国の貴族達を「仲間」と呼ぶ支配者はそうそういないはずだ。しかも、各家が最も必要としている食糧援助の宣言だ。既に援助を受け取っている家も多かったが、届いてない家にとっては、喉から手が出るほどに欲しいものだ。
何はともあれ、領民と実際に向き合っている領主達にとって、口先だけの旧国王よりも、よほど現実的な君主であることは好ましい事実だ。
それであっても、苦味を押し隠した当主の顔が、けっして「少ない」とは言えないほど混ざっているのが現実だった。
なにしろ、つい最近まで、立て続けに出された通達はヒドかった。いかにも占領下だと言わんばかりの命令ばかり。
中でも「城の図面を提出せよ」という命令はひどい。旧ガバイヤ国王ですら、そんな命令をだしていない。これでは「この先、各家をしらみつぶしにするよ」といわんばかりではないか。
各家とも警戒心がMAXになるに決まっている。
それなのに、こうして目の前に立った皇帝は、初々しい少年そのものの表情であり、喋る声は誠実そのもの、話し始める言葉も「新しき仲間達よ」と穏やかだ。
これまでの「命令」と目の前の皇帝の「親しみ」とでは違和感が甚だしい。
違和感を抱いたからこそ、居並ぶ貴族達は、少しでも「何か」を探ろうとした。
いきおい、どんな仕草も目線も見逃すまいと、人々の目は必要以上に皇帝に注がれることになる。
しかし、中には…… 特に女性達の目がチラチラと壇上に並ぶ女性達が身につけた見事なネックレスに動いている。
もちろん、それは織り込み済みのショウである。
『思ったよりもシャオへの注目度が高いな』
特に領主の妻とおぼしき女性や、その娘達の一部は露骨にギラッとした目をしていた。
ロースター侯爵家の娘は美しさで有名らしい。旧ガバイヤの貴族達は誰もが顔を知っているのだろう。
『ワンチャン、私もとか、ウチの娘もあるとか思ってるんだろうなぁ』
ショウとシャオが並び、その両側を固めるのが「正妻」だというのは明らかである。貴族達は習性のように「王の女性関係」に注目するのは当然のこと。
つまり、ガバイヤ王国の侯爵家の娘に正妻と同じ「格」の宝飾品をまとわせて、自分と並んで立たせるということ自体が、既に政治なのだ。
『もちろん、ウチの妻妃のことについて調べたみたいだしね。と言っても、写真が無い分、アテナのことは分かってないみたいだな』
同じチョーカーを付けているけど、動きの邪魔になると言って、ネックレスは付けてないから、ぱっと見「格落ち」に見えるに違いない。
『お手付きになった侍女的な感じかな? 入場の時も後ろに付いたし、着ているドレスも特殊だからね』
まさか「戦闘ドレス」なんて発想はないだろう。だから、前に並ぶ「正妻」よりも格落ちに見えるのは計算済み。逆に、アテナの存在がある分、シャオの姿が際立つ仕組みだ。
このあたりの評価をアテナが全く気にしないのは申し訳ないけど、助かってる。
『むしろ、独自の存在だってことで楽しんでるみたいだもんなぁ』
サスティナブル「王国」時代からの情報収集をしてきた家も、ここ数年で体制の変わった「ショウ皇帝」の情報には飢えているため、ゴールズの中隊長レベルにも情報収集の手が伸びているのは計算のウチ。
アテナの話は御法度にしてあった。まあ、日常的に訓練で顔を合わせるウチの連中からしても「姉御」の話を積極的にしたいとは思わないけどね。
だから、普通の認識としてはこうなる。
「皇帝には複数の正妻と側妃がおり、最初の子をなした方は側妃にあらせられ、ロースター侯爵の娘もお手付き済み」
この事実は居並ぶ貴族達にとって、これ以上にない朗報と言えるだろう。その目がギラつくのも当然だった。
ベイクが早い段階から情報管理をして、正妻達や子どもについての話をオープンにしてあった結果である。
皇帝の横に立つのは「ロースター侯爵家の末娘」であることはもちろんのこと、包むように立っている二人の正妻が、旧御三家の娘であることも当然ながら頭に入っている。
それを知った貴族の目から見て、壇上の光景はあまりにもあからさまなのである。
「並んで立たせたのは、こちらへの気遣いだろう」
この程度は想定内であり驚きはない。
占領国の有力貴族の娘を娶ってみせるのは、ある意味で「とてもわかりやすい懐柔策」と見なせるからだ。しかも、ロースター侯爵の末娘であれば美貌で有名だ。
「ロースター侯爵は娘を差し出して地位を得た」
「占領下で得た娘と並んで立って見せる懐柔策」
と言う、他の貴族達から見ても「わかりやすい図式」を当てはめるのは簡単なのである。
ところが、目の前に立つ侯爵家の娘が少しも疎んじられていない。
「正妻と同じレベルのドレスを着ている」
「宝飾品も遜色ない。ことに、胸元の巨大なダイアモンドも、見事なチョーカーも全く同じである」
驚愕モノだ。
国家予算レベル、あるいは「国宝級」とも見えるダイアモンドのネックレスを正妻に贈るのは巨大国家の王としてわからなくはない。しかし、正妻に贈ったのと同じレベルの貴重品を敗戦国の娘に贈って着けさせているなどありえない。
おそらくは、パーティー用に貸し与えたモノだろうと自分の中で納得させるにしても「その程度には配慮している皇帝陛下」と認めるしか方法はなかったのだ。
しかし、その事実と、皇帝の「新しき仲間」という耳に心地よい言葉。しかも食糧援助の話を真っ先に持ってくる話術は気になること。
『思っていた以上に、高圧的なお人ではないのだな』
それは、少しだけホッとできることであった。
貴族達の心が少しだけほぐれた中で、演説は続く。
「ここにいる新しき仲間達は我が国の歴史を一緒に勉強することになるだろう。そして未来を一緒に創り上げていってもらうことになる。今までに哀しい過去があったことは事実だ。しかし時間によって軽減され和らげられないような哀しみはひとつもないのだ。諸君、最も大事なことは未来のために過去を許すこと。そして、これからの信頼なのである」
つまり、敗戦国の貴族だという「責任」を問わないことだろうかと、当主達は前のめりになり始めている。
「ここに約束しておこう。これまで信ずるモノが違っていたからと言って、私は、それのみをもって罰することはしないと」
小さく「おぉ」というため息のような声が漏れたかと思うと、すぐに会場が揺れんばかりの万雷の拍手である。人々は信じたのだ。いや「信じたかった」というべきかもしれない。
たとえリップサービスであったとしても、貴族当主と嫡男を呼び集めた公の場で「地位の安泰」を約束した言葉の重みを誰もが知っていた。
これで、地位が安泰だ。
その安心感が、拍手する手に力をこもらせたのだろう。
会場を見渡して何度も頷いて見せた後で、片手を上げて拍手を止める。このあたりの呼吸は、ショウもだんだんと手慣れてきた感がある。
「諸君が、今の私を信じる気持ちが小さいのは承知している。けれども、遠い昔の雄弁家キケロは言った。始まりはすべて小さい、と。今は小さくても良い。未来に向けて…… 私たちの子どもたちの時代には、笑顔で肩を組めるような国にしたいと考えているのである。いかがだろうか?」
この問いかけに真っ先に反応したのは「金貨の家」の当主と家族達であった。
素早く臣下の礼として跪き、深く頭を下げたのである。
その動きを見て後れを取るようでは貴族家の当主など務まるはずがない。弾けるような勢いで、大広間の貴族達は自ら臣下の礼を取ったのである。
その動きを見守って、そっと目顔で合図するとメロディーがスッと動き始める。
迷うことなく宮中音楽家の一角に進むと、そこに置いてあるハープシコー
「諸君、立ってほしい」
再び、全員がショウを見つめるが、皇帝の正妻が楽器の前に座っていることに困惑の表情だ。
「少々、余興を入れようと思う。我が妻メロディーは、いささか楽器が自慢でね。この曲は『調子の良い鍛冶屋』と言う。恐らく初めて耳にすると思うが、聞いてほしい」
目で確認してから、おもむろに弾き始めた。
ショウが前世で辛うじて覚えていたヘンデルの「
静かに流れる曲は、18世紀の音楽家・ヘンデルの『ハープシコード組曲第1集』第5番 ホ長調 HWV.430 の終曲「エアと変奏」というのが本名である。
この世界で誰も聞いたことのない音楽が広間に流れている。メロディーは頬を紅潮させながらも、一心に弾いていた。かくあるは想定されていなかったが、皇都にいる間に、戯れ半分で教わった曲を練習しておいて良かったと思いながら弾いていた。
静かなため息と、驚愕の顔、そして美しい調べにうっとりと聞き惚れる貴族達。
弾き終えた直後から、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。その拍手の中をステージまで戻ってきたメロディーである。
諸君、と呼びかけると、またしてもシーンとなる大広間。
「この『調子の良い』というのは「
おぉお、と歓声が響いた、
「せっかくお集まりいただいた諸君だ。くれぐれも、この調和を乱すようなことは慎まれるが良かろう」
つまりは、今後、裏切れば許さないと言うことを表明したわけだ。小さく息を呑む当主が何人もいる。一方で、そこまでの切迫感のない子弟の反応は違う。
男の子は壇上の美少女を憧れの熱さを持った目で見つめ、女の子はメロディーに憧れを持った瞳を熱くしている。
そして、そういう子どもたちに笑顔を向けた皇帝は続けた。
「さて、ここで、諸君に具体的な話を伝えよう。今までとは違う義務を課す。当面、伯爵家以上の子弟は12歳になる歳から2年間、皇都に留学していただく。学費は国が負担するし、生活は寮に住まうことにする。各家にかかる負担は極力低くするゆえ、そこで帝国の将来をともに学び、考えてほしいのだ。なお、今後は帝国学園を卒業することが家を継ぐ条件となるが、留学自体は男女共、義務とする」
明らかに男の子がギョッとした表情だ。卒業しないと家督を継げないと宣言されたからだ。一方で女の子は驚き半分、嬉しさ半分と言ったところだろう。家を出て「外国」で暮らす体験が嫁入り前にできるというのは、多くの女の子にとっては夢物語に近い。
一方で、親たちは何とも複雑な表情をする。喜びとも哀しみとも、そして単純に「わけがわからない」と驚いている顔だった。
そこまではイタズラな笑みを浮かべていた皇帝は、表情を引き締まったモノとして、再び話し始めた。
「此度の災害において各家はさぞや疲弊したことと思う。人々も多く喪われたはずだ。今後、税の軽減や食糧援助などの必要があるゆえ、正確な人口調査と田畑の測量を実施することになるだろう」
一部の当主達が、蒼白となった。
税の軽減、食糧援助という甘い衣をまとわせているが、古今東西、権力者が検地を行い、国勢調査をするのは適正な税を徴収するためであるのは常識であった。
そして、長きにわたり、国の目をゴマかして税の軽減を図っていない貴族家など、存在しないのだ。
つまりは「正確に税を取りたてるよ」という宣言だ。ゴマかしてきた額が大きければ大きいほど、今後の税の負担は重くなる。
いくつものハンカチが、当主の額に出た脂汗を拭うことになった。
「それと」
まだあるのか、と悲鳴を上げたい貴族達だ。
「此度の災害において、親を喪った子どもたちは無条件で国が引き取る。場所はルビコン領だ。旧領館を元にして、子どもたちを育て、教育する施設を作るつもりだ。諸君は、愛おしき領民の子どもたちを無事に、そして大事に保護して連れてくることを命じる。良いな? 子どもたちは宝だ。連れてくる際、宝に鞭打つようなことがあれば、当主の責任を問う。くれぐれも家中に徹底することを希望する」
ザワついた。
どう評価していいのか分からない「命令」だからだ。孤児を引き取ってくれるのは領からすれば助かることだ。しかも教育まで施してくれるという。
しかし、そんなことをして皇帝に何の得があるのだというのが正直な所、疑問だったのだ。
「おそらく、なぜ? という気持ちなのであろうな。それについては、将来に向けての布石だとだけ言っておこう」
満足という表情で満面の笑みを浮かべた若き皇帝は「では、話が長くなったな。今宵は初めての顔合わせだ。この城にあったワインは根こそぎ使わせていただいたぞ。子ども達には帝国の菓子などを用意した。諸卿の口に合うかどうか、ぜひとも試していただきたい。無骨な話は、ここまでとしよう」
もちろん、壁際に並べられた菓子の数々にはチョコレートや、クリスマスケーキが大量に用意されていたのである。
その斬新な美味しさに、子どもたちのみならず大人達までもが熱狂することになったのだった。
この日、特に若い世代に対して、皇帝とその妻達のファンを作るコトに成功したと言えるだろう。
※ハープシコード:チェンバロとも呼ばれます。
調子の良い鍛冶屋は下記のリンクでお試しください。
参考https://youtu.be/5KK1flUeIUU?si=MFS8vTHI90G7qTT1
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作者より
今回はローマ共和国の雄弁家であるマルクス・トゥッリウス・キケロの名言をいくつか散りばめさせていただきました。いくつ見つかりましたか?
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