第41話 ドレスの意味

 驚いたのは、二人、いや三人の新しいドレスが用意されていたこと。


 え? サイズを計らなくていいのかって?


 皇都で有数のドレスメーカーのデザイナーが既にこっちでスタンバっていたんだ。


 前にも言ったことがあるけど、前世で言えば「オートクチュール」とも言われたような最高レベルのお店ともなると、オーダーの仕方が違うんだよ。


 なんと、その時々の最高の技術と最先端のデザインのドレスを季節、季節に合わせて勝手にいくつも作ってくるものなんだ。いくつものドレスメーカーが、それぞれ何点も作ってきた中で、気に入ったモノを一度に「お買い上げ」するわけだ。


 一着数百万からの服が、そういう扱いをするのが貴族なんだよ。


 ほら、ラノベなんかで侯爵家あたりの高位貴族がドレスをお店で仕立てるシーンがあるじゃん?


 あれは明らかに、アウトなんだよね。


 弱小国なら分からないけど、普通の伯爵クラスともなれば、店にあるドレスなんて着るはずもないし、既成のデザインも使わない。そもそも「店に仕立てに行く」なんて振る舞いは絶対にしないんだよ。


 どうしても急ぎの用で特別なドレスを作るのであれば、自邸にデザイナー以下の職人を呼びつけて、そこで用途とか特別な条件を教えてオーダーするんだよ。


 まして、お店で売ってる服を買って、直して着るなんてありえない。


 そういうのは高位貴族からすると「何かのコスプレ用?」って思われるのが普通だ。ショウの前世で言えば、量販店で2千円くらいで売ってる「なんちゃってナース服」とか「宴会用コスプレメイド服」なんかを買うのと同じ感覚だと思ってほしい。


 採寸担当の者が定期的に採寸だけをしに来るのが普通なんだ。もちろん、手間を省くために、その担当が計った数値をいくつかのドレスメーカーが共有することになる。


 あ、情報漏れを気にするかもしれないけど、貴婦人のサイズどころか「お気に入りの色」「好みのアクセント」なんて類いの情報は、どれほど些細なことでも漏らしたら、店が潰れるどころか首が飛ぶんだ。物理的に。


 だから、デザイナーさんがカイに来ているという段階で、サイズの問題はないというのが当たり前。ちなみに、シャオちゃんは侯爵家ご令嬢だけに、カイのデザイナーさんがお仕立て用のサイズを提供してくれた。


 物わかりの良いデザイナーさんで良かったよ。


 というか、相変わらずベイクの先読みはすごいよなぁ~


 なにしろ、今回のすごいところは「カイの最高のデザイナーと縫製職人」と皇都のドレスメーカーとの共同作業で作らせたこと。


 皇都の流行を共有させるためと、技術を身につけさせるためだよ。どうしたって、人口の多いサスティナブル帝国側の技術が上になるからね。


 もちろん、技術流出なんて皇都の工房は拒否りたいだろうけど、大陸統一のために、ここは泣いてもらうしかない。


「お貴族様だから仕方ない」ってやつさ。


 オレも顔を見たことのあるドレスメーカーの店主がデザイナー以下十数人を従えて、恭しくドレスの数々を提示してきた。


「ドレスは、こちらを予定しております」


 二人とも「カラー」が決まって久しい。


 メリッサが黄金の髪に合わせて淡いブルー、メロディーは黒髪に合わせたバラ色よりの紅を基本色とする。


 これらをコロコロ変えると、他の貴婦人が困るんだよね。もちろん、丸かぶりしないように、ドレスメーカーの方でもさりげなくサジェスチョンするんだけどね。


 パーティー会場に入ってみたら、皇后様と全く同じ色でした!


 なんて事態になったら、即刻、会場から逃げなきゃならなくなる上に、笑いものだからね。社交界でまともに相手をされなくなるわけ。


 そのあたりは、どの家も必死なんだよ。


 ただし、逆に中堅どころ以下の貴族は、色が多少被っても仕方ないというのが暗黙の了解事項だ。どの家も予算が厳しいからね。毎回、作れない家だって多い。


 ちなみに、下級貴族家だと、この手の情報を手に入れるのは無理だから、親貴族の夫人に頼らざるを得ない。その分だけ、高位貴族の夫人は子貴族の女性に対してヘゲモニーを握ることになる。


 一人前の貴族なら妻を持たないとダメというのも、このあたりのやりとりとか人間関係を担当してもらう、と言う意味があるんだよ。


 リアル「内助の功」だよね。


 とまあ、そういう面からも「皇帝の妻妃が着るドレス」のイメージカラーが決まっていると助かるというのが実情なんだ。


 あ、もちろん、逆に「合わせる」という感覚もあるんだよ。


 例えば、メリッサの誕生日パーティーだったら「メリッサ・ブルー」に合わせて淡い青色にするか、逆にメロディー側の赤系統に寄せるかと言う感覚だね。


 このあたりは、女同士のものすごく高いレベルのデリケートな感覚が必要らしい。それを場面や目的、そしてパーティーの参加者の顔ぶれを予測して、巧みにコントロールできるのが高位貴族の妻の力量とも言える。


 そういう意味で、高位貴族の正妻っていうのは、単に美人だから、頭が良いからってだけでは務まらないらしい。もちろん、そういうのが苦手な女性もいるんで、そういう人はアドバイスできる人を大金でスカウトしておくのが鉄則だ。


 さもないと、自分だけではなく、一門の下位貴族家にも恥をかかせてしまいかねないわけだ。


 だから、その程度のこともできない人は社交界で相手をされなくなるんだって。


 怖っ。


 ともあれ、できあがったドレスから二人が選んだのは、どちらかというと皇都ではオーソドックスなデザインのドレスだった。そして、そこに合わせて、シャオちゃんのドレスも決まってくるんだ。


 どれもが気品に溢れる高貴さと優雅さ、そしてやはり美少女ぶりのしなやかなラインを活かしたデザインだ。 


 三人とも、美少女なのに大人の雰囲気をまとわせて気品と美しさを絶妙にバランスさせてる。


 もちろん、オレの瞳の青に合わせた濃いブルーのサファイアを使った髪飾りをみんなが着けている。


 そして胸元には定番の巨大なジルコニア・イミテーションのネックレス。


 なにしろ、コンビニ定番だった「ダミーシリーズ」の最大級の石だ。1カラット(直径6.5ミリ)もある上に、カットだけは前世のデザインだから目立つこと、目立つこと。


 これにウチの妻妃連合の定番となったチョーカーは、きっちりメロディーが用意してきてくれたのはありがたい。


 シャオちゃんも含めて「三人お揃い」で着ければ迫力満点だった。(アテナは、いつもの戦闘ドレス姿のため、後ろ側に控える形になってる)


 あ、シャオちゃんは、水色をイメージカラーにしたらしい。二人のドレスとデザインを揃えつつ、敢えて、少しだけ独自性が入っているのもポイントだ。


 そこにお揃いのネックレスとチョーカーを着ける。


 ゴテゴテとした宝飾品は着けすぎないように抑えつつ、絶対にマネできないレベルの「高級品」を目立たせているのは、メリッサ達のみならず、デザイナーさん達の意見を取り入れて綿密な打ち合わせをしてのこと。


 まさしく、これは女性の戦場だった。


 おかげで、みんなまぶしいほどだよ。


 美少女ぶりもそうだけど、宝飾品の「わかりやすさ」で元ガバイヤ王国貴族達も目を剥くだろう。


 ただね、さじ加減は難しいんだよ。


 貴族は見栄が全てってことだから、舐められないようなレベルにするのは不可欠。でも、やり過ぎれば「見下しているのか」となるので。


 あ~ メリッサが来てくれて良かった~


 このあたりの「貴族家特有の貴婦人の社交感覚」をオレが読むのは無理だった。おそらく、シャオちゃんとオレだけだったら、舐められるか、反発を買うかのどちらかが生まれたはずだ。


 苦手なことを、心から信頼できる妻が補ってくれるのは、すっごく助かるぅ!


 そして、あっと言う間に迎えたパーティー本番。


 全ての貴族家が入った後の広間は入り口が閉じている。


 そして響く、儀典官の声だ。


「栄光を迎え照り輝く太陽のごとくに続くぅ~ サスティナブル帝国の栄光ある英雄であらせられる、皇帝陛下、並びに皇后陛下のごらい、り~ん!」


 広間の大戸が一気に大きく広がり、人波がステージまでの道筋に割れた。


 人々が深々と礼を取り、深いカーテシーで頭を下げるのは独特の姿だ。


 今回は、シャオちゃんをエスコートして、後ろにメリッサとメロディー。その一歩後ろをアテナが続いている。


 実は、その後ろにしずしずと「大小の儀礼剣」を捧げ持つカイが燕尾服を着た典礼官ぽく続いているのがミソ。


 どのみち、こちらの貴族は「サスティナブル方式」を知らないわけだから、パーティー会場に堂々と「剣」を持ちこんでしまったんだよね。


 普通は「皇帝の守りの象徴」って感じに見えるけど、鞘だけは宝石を張り付けてあるけど中身は実戦兵器だよ。


 象徴だなんてとんでもない。二人にとっては、この剣は殺戮兵器だからね。


 万が一の場合、小さい方をアテナに渡してオレ達を守る作戦だ。


 守るって言うか、万が一になったらカイかアテナのどちらかだけでも、この会場の貴族を全員、抹殺できちゃうだろうけどね。


 あ…… その方が、手っ取り早い? 


 旧ガバイヤの貴族家全滅、とか?


 な~なんてことは考えてないよ。目先の簡単さに溺れると、後でロクなことにならないからね。


 国家を占領する場合、それまでの支配者層を消し去ってしまうと、結局、民衆レベルのコントロールが必要になる。そうなると、必ず反発する国民が出てきて、根絶やしするのが難しくなる。


 どこかの地域みたいに、民間レベルのテロがいつまでも、あちこちで続いて、報復合戦が永遠に続いてしまうヤバい国家になりかねないんだよ。


 だから、それは最悪の手段だって言うのがショウの前世の教訓だった。


 今までの支配者層を必要な形で取り込みつつ「新しい革袋」を仕上げるんだよ。


 しずしずと、オレ達はステージへと進んだ。


 ここは元の王城だから、全ての貴族家が集まれる広間が用意されてはいた。けれども、今回は、妻のみならず、息子とその嫁、あげくは一族を挙げての参加だったから、さすがに狭く感じる。


 見渡す限りの、人、人、人。


「偉大なる御方、ショウ・ライアン=エターナル皇帝陛下 ならびに皇后陛下に、礼、なりませ~」


 さすがに貴族達は礼法を覚えるのは優先だったらしい。


 目の前に広がるのは、見事に「サスティナブル王国式の臣下の礼」だった。


「なおられませぇ~」


 無言の圧力を感じつつも、ショウは「ここで会えたことを、大変嬉しく思う」と声を張ったのである。


 全員の目が、注がれていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

毎度おなじみ、ショウ君の演説シーンからですが、ちょっと長くなりそうなので、話を分けさせて頂きます。

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