第39話 リスタート
朝一番でみんなと愛し合った後のコト。
まあ、やっぱり状態異常だからだろう。SP値が大幅に下がっているらしい。おかげで、せっかく「お元気」になったのに1回ずつが限度だった。
がっかりだよって言ったら贅沢かな?
まあ、みんなは嬉しそうにしてくれているからいっか。
オレの世話で疲れていたはずのみんなの顔も、なんだか艶々になったし。
満足してくれた?
コクコクコク
と三つの顔が動いたよ。
あれ? アテナは?
「もう、むりぃ」
ははは。
ボクっ子の細身は人一倍反応しちゃうからね。しかも、多分、半ばヤキモチなのか、三人から集中して「補助」されちゃってたから余計かも。
みんなが仲良くて、とっても嬉しいよ。
「ん、どうしたの?」
「早々に恐縮ですが」
回復してきたメリッサが、まだ気怠い身体を無理に引き起こして申し出てきた。
ん? 何か悪い話、っと思ったけど、聞けば当然のことだった。
「あっ! そ、それはそうだよね」
シャオちゃんだ。
オレのことをアテナが予告してくれたらしいけど(すごいよね。まさか見抜かれていたなんて)、オレが倒れたのは突然って言葉に近かった。ベイクがオレに相談する余裕なんてなかったから、いろいろと勝手に話を進めたのは当然のこと。
いろいろな手を打ったことに悪い点なんて何にもないし、どんな悪いことが起きたとしてもベイクを責めるのはお
そして、基本的に「皇帝の人事不省」はトップシークレットだったのは当然のこと。オレだって同じ判断をするだろう。
元ガバイヤ貴族側の中では、辛うじてロースターにだけ「静養中」と伝えた。
まあ、この山荘を借りるためにも、それはやむを得ないはず。ロースターの人となりを考えれば、そこから漏れる可能性は極めて小さいだろうし。
もちろん、他の貴族達もバカではないから、オレが姿を見せなくなったことで、ある程度は「何かある」と嗅ぎつけたらしい。
頻りに探りを入れてきた。何しろ、彼らは家の存亡がかかっているから、必死になるのは当然のこと。
それに対してベイクは「攻撃的な手段」を使った。
「皇帝は、次の家をつぶしに行くために身を隠した」
と言う「極秘情報」をウワサというカタチで流したんだ。
いや~ マジで人が悪いやり方だよね~
ちなみに、普通なら食糧などの動きで、遠征の動きを確かめられる。けれども食糧は全部、サスティナブル帝国内から輸送してきて、ミュート達参謀本部が管理しているから、あちらでは全貌を掴みようがない。
同時に、迦楼羅隊を始めとしたゴールズのかなりの割合の人員がカイから姿を消したから(ここを警備しているよ)、極秘情報を手に入れた貴族達は信じてしまったらしい。
もちろん、多数の問い合わせが入ったし「次に狙われるのはウチではないですよね?」と確認したがる貴族家が続出した。
それこそ鬼気迫る勢いの貴族当主が押しかけてきたんだよ。
ベイクは対応を分けた。
金貨の家には「貴家に対して今すぐ皇帝陛下が武力をもって押しかけることは絶対にないとお約束いたします」と重々しく返答して、安堵状まで出してみせた。
まあ、ウソじゃないからね。
でも、ウソの反対がホントでもない。現実にはオレが倒れているので、武力制圧をしにいくなんて「する、しない」の問題ではなくて、不可能なことではある。
実情が不明だから「制圧しに行かないよ」を約束しただけで相手が涙を浮かべて感謝してくれちゃうんだから、役者ぶりがすごい。
銀貨の家には「あなたが裏切らない限り、今すぐ皇帝陛下が武力をもって押しかけることはないとお約束いたします」と重々しく返答して見せた。
またまた、ウソではないけど、ホントでもない約束だ。
このケースでは、おねだりされたら相手の対応次第で安堵状を出してみせた。
この時点で銀貨の家は脂汗を流しながらも、とりあえず「今すぐ」はないと思えて安心できたわけ。
銅貨の家は全く違う。
「今すぐ武力をもって取り潰そうとは思っておりませんが、なにぶん、すべては皇帝陛下の御心のままに進みますので」と真面目に答えて見せた。
つまりは「お前の所、こっちに不満があるならヤルか? もう狙ってるかもしれないけどね」 ってケンカを売ったのと同じだ。
え? オレがいないのにケンカを売って大丈夫なのかって?
逆なんだよ。
「これだけ強気に出てくるってことは、実際にどこかを狙っているに違いない」
一種の砲艦外交ってヤツ。前世で言えば、ペリーが江戸幕府にやったのなんて典型だよね。
武力のある側が行動の自由を主張して、相手の政治的な自由意志を奪うやり方だ。
銅貨の貴族家からしたら、皇帝の姿が見えずに「占領軍の代表が強気に出てくる」なんて悪夢だよ。そりゃ、どこかを攻めるんだろうって思うのが当然だった。
だから、オレが倒れている間、危機感を持ったんだろう。占領政策に思いっきり協力的だったのは、銅貨の家かもしれない。
お陰で「領地の本城の図面を提出しろ」という大号令を発したら、真っ先に持ってきた大部分は銅貨の家だったそうだ。
当然ながら、非公式なカタチで「城の図面まで届け出て恭順を示す家を攻めに行ったら、皇帝としての名折れである」という発言までねつ造して見せたのも芸のウチ。
もちろん、内々の発言ってものをウワサで流しただけ。
だから、それをオレが言っただろうと後から文句も付けられない。盗み聞きしたことまでこちらは責任を負わないよって態度で返されてしまうのがわかりきっているからだ。
ともかく、民衆を救うための措置とは並行で、いささか強硬な占領政策を連発して見せたのは「皇帝の不在」というカードをギリギリまで強気で使い倒そうとしたからだった。実際には、オレの人事不省と食糧援助のための労力で手一杯だったというのが現実だ。
それと夏の収穫期を迎えて、占領地自身でも食糧が生産できたことと、帝国内からの食糧供給が少しだけ楽になったのが、数少ない「良い条件」だった。
これらを上手く使った手綱さばきと柔軟な駆け引きは、おそらくベイク以外にはできなかったはず。
転んでもただでは起きないってやつだよね。オレが倒れたのを上手に利用してくれた。さすがの手腕だよ。
だから、後から聞くと「え~ ちょっと、偉そう過ぎない?」と思わないでもなかったけど、おおむね同意できたんだ。
しかし、仕方がなかったとは言え、直面した個人的問題が、これだ。
「シャオちゃんに伝えられてない!」
という点だ。
なにしろ「関係ができました!」とシーツが翻った直後から、相手と一切会えなくなったからね。
そりゃあ、一人の女性として不安になるのも当然だ。
メリッサは、いち早く気付いてくれたらしい。
すごくシャオちゃんのことを心配したけど、個人で手紙を書いて事実を伝えるわけにもいかないし、呼び寄せるのも無理だってこともわかってる。
だから、いくらヤキモキしても、メリッサにはどうにもならなかった。
でも、オレが起きてしまえば前提が全く変わるわけで、第一夫人の責任として、真っ先に話を持ちだしてくれたってこと。
さっすがぁ。優しいよなぁ。
慌てて使いを出した。
「ロースター家の山荘にて待つ」
ん? 改めて考えると、ここって何ていう場所?
カイから付いてきてくれた女騎士が教えてくれた。
「ここは、アッサム
この子は、男爵家出身で剣で身を立てようとハーバル子爵家に出仕した子だ。
うーん、建物の大きさだけでも、前世の小学校くらいのサイズはある邸が「多少コンパクト」な小屋扱いかよ。
広大な西部出身の感覚から言ったら、ひょっとして本音だったのかもしれないけど、言葉の端々に出てくる「意識」が気になった。
とりあえず、言葉の使い方については問題があるので、メリッサにチラと目顔でお願いしておいた。
オレが直接注意しちゃうと、女騎士さんがヤバいことになっちゃうからね。
かといって、放置はできなかった。
だって注意すべきは、こちらが占領側である点なんだから。
占領した土地の総督に対して、というよりも「占領地の人や物を見下した」という感じの発言をする人が身内から出ちゃうと、思わぬ反発が生まれることもある。
もちろん、メリッサにはすぐさま伝わった。
「申し訳ありません。私の教育が至りませんでした」
「ううん。そんな余裕はなかったでしょ? でも、せっかくこっちに来てくれたんだから、お願いね」
「承りました。この際、内宮の綱紀を改めるようにいたします」
「あんまり無理しないでね」
「ありがとうございます」
つまり、オレの周りに勤めるメイドさん達に「再教育します」ってことだ。
「いっつも頼ってばかりだね。ありがとう」
「少しでもお役に立てるのが嬉しいです」
その言葉にメロディーとミィルも「当然です」と言わんばかりに大きく肯いてる。
そうだよね。本当の愛情って、相手をチヤホヤするだけじゃなくて「信じて、頼む」ってことができるものさ。
だから、頼まれた側にとって、これがどれほど大変なことであっても、辛いとは思わないだろうし、むしろ、オレの愛情を感じてもらえるって信じられる。
あ~ 持つべきはできた嫁だよね。
ってことで、3日も皇都のあれこれを話しているウチに、どうにか、こっちも調子が出てきた感じだった。
すぐにもカイへ向かおうかと言うところだったけど、ベイクからは報告書とともに「お戻りは9月の20日過ぎにお願いします」とも言ってきた。
おそらく、いろいろなブラフに使っているんだろう。
束の間の温泉宿の時間を楽しんでいたら、9月18日に、なんと自ら乗馬姿でシャオちゃん達がやってきたんだ。
「ショウ様! 嫌われてしまったのかと」
「ごめん、ごめん。話は?」
「カイ君から、聞きました。お目覚めになられて良かったです」
そうなんだ。今回はシャオちゃんの護衛をかねてカイを派遣した。普段はものすごく寡黙だけど、案外と女の子に優しい性格を活かしてもらって、オレの現状を来る道で教えておいてもらった。
だから、思った以上に、落ち着いて再会できたんだけど、問題は「なんでこの人が一緒に来た?」ってことだった。
「だって、いろいろと可能性を考えたら、こういうプレゼントも必要かと思ったの。想像が半ば当たったみたいね」
「え? ヘレン先生は、私の状態が想像できていたんですか?」
「そうね、いくつかの症状が見えていたし。今まで働きづめだったのでしょう? 普通の人なら、滋養強壮の何かがなくちゃ倒れても不思議は無いもの」
この人、性格はともかくとして、マジで頭はいいみたいだよなぁ。
ヘレン先生が恭しく跪いて、小さな白い壺を差し出してきた。
「皇帝陛下にこちらを献上いたします。毒味は、後ほど」
「これは、なに?」
壺の中に茶色い液体。中には何かがクラゲみたいに浮かんでる。一目見て、ヤバいと感じる何かだ。
「ヨーグルトなんかを作るときに使う
これが可愛く見えるかなぁ。
「あ、大丈夫です。ヘンなものじゃないの。もともとは普通の紅茶よ。そこにお砂糖を大胆に入れて、あとは、大事な子達が増える壺を選んで、育ててきただけなの。ほんの一口だけで良いから、これを毎日飲むと元気が出ると思うわ」
砂糖入りの紅茶?
で、浮かんでいるのは酵母みたいなものだろ?
『紅茶キノコかよ!』
ん、ちょっと待てよ。
「ヘレン先生、今、出ると思うわって言いませんでした?」
「あ、えっと、えっと、あの、ロースター家の騎士団の人達が飲んでくれなかったから、夜のスープに混ぜたんだけど、バレちゃってさ」
「シャオちゃん?」
「はい」
「何回叩いて良い?」
「今回は、詰め物をしてないので20回までにしていただけると嬉しいです」
家庭教師のお尻を指さしながら、キッパリとシャオちゃんは答えたんだ。
「あ、でもぉ」
「ん? やっぱり、可哀想?」
「いいえ。それは当然ですから」
その後で、頬をポッと染めて耳打ちしてきた。
「下着は穿いたままで、許してあげてください」
あ、そっちか……
ともあれ、ヘレン先生の叫び声はアッサム山荘で元気いっぱいに響いたのは確かだった。
※タネ:この世界ではヨーグルトも知られていますし、作るためには「発酵」という過程が必要であるということも分かっています。そのためには、前に作ったヨーグルトの一部を使うと上手く行くという経験知もあります。それを「タネ」と呼ぶ習慣があります。 乳酸菌や酵母という概念を知らなくても、人類は酒造りも含めて「発酵」を生活に取り入れていました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
1970年代にブームになった「紅茶キノコ」は、れっきとした発酵食品として存在している国があります。なぜか一部の国では「コンブチャ」と呼ばれているそうです。マジです。何がどうなって、その名前になったのかは不明でしたが。
愛飲している国があるのは分かりますが、日本でのブームの時は管理方法の未熟から健康被害が出ていましたので、私は出てきても飲まないことを選択しています。
ショウ君としても危なくて仕方がないので「即座に持ち帰れ」と命じて追い返します。なぜか、帰り道を護衛した隊長がオイジュ君になっていたのは、付け加えておきますが、その話は、また明日。
ワザとかな?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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