第18話 アリエス
敵の王都・カイの城壁は慌ただしさを見せていたが、迎撃の兵は一向に出て来ない。
「どうやら、籠城のようですね」
この場合、わかりきったことを言葉にしたのはミュートだった。
極めてデリケートで高度な政治判断を要求する局面では、耳に入れる「何気ない言葉」すら選ぶ必要があるのを、知っていたミュートである。
「開城の勧告は、いかがしますか?」
いきなりの力攻めはしないだろうというのは、ミュートの読み。かと言って、いきなり降伏してこないことも計算のウチだ。
しかし、使者を出すとしたら決死の覚悟が必要である。
滅びの美学に取り付かれる忠臣という存在は、歴史的にも少なくない。絶望的な状況の中で死ぬことを「美しい」と感じる者達だ。
本人が死ぬことは分かるとしても、だからと言って国を巻き込んでいい訳がない。しかし、この手の人間は平然と「国のため」に滅びを選択したがるし、最後の最後で忠義立てをした家臣のフリをして発言するのだ。
そんな臣下に取り巻かれた王が「城を枕に討ち死に」を選択することは珍しくないのだから、ノコノコと「降伏勧告」をしにいくわけにもいかない。敵なりの礼儀として派遣された使者を戦神への捧げ物だと言わんばかりに殺す例は枚挙に暇がないのだから。
かと言って、城の勢いを見る限り「徹底抗戦」というほどの空気は見えてない。防御への備えを慌ただしくしているものの、城兵の顔はちっとも敵を見ようとしてないのがわかる。
『戦意はそこまで高くないし、打って出てくる気配もない』
ミュートは、そこまで見抜いた上で「さすがに籠城しようなんてことは考えてないはずですが」と進言する。
「そうだね。いくらなんでも、ガバイヤ王室が貴族や民にどう見られているのかくらい、おぼろげにでも理解はしていると思うんだけど」
ショウの言葉に「だと良いのですが」と応じるミュートだ。
ガバイヤ王国は国内をボロボロにしてしまった。大元は気象の問題だけど、無策でいる為政者に民の怒りや怨みが集中するのは当然のこと。
フランス革命だって、そうだった。革命直前となる1780年代は世界各地で火山が大噴火を起こし、その影響で長期にわたる異常気象に見舞われていたからこそ、食糧危機に見舞われた。食糧危機がなければ、民衆が命がけで立ち上がるはずがないんだ。
まあ、異常気象で国が滅びるのは古今東西、いつだってあったこと。
歴史の中で食糧危機を招く「異常気象」はいつだって起きる。その対策をどうするかということで、革命が起きるのか、他国に滅ぼされるのか、はたまた持ちこたえるのかが決まるわけだ。
その意味においてガバイヤ王国のしたことは最低ラインを下回ったとしか思えない。民の怒りが水準を超えてしまったのみか、それを直接治める貴族層が反発してしまった。
こうなると、王城を攻める他国軍に対して積極的な反撃を試みる貴族家は限られてくる。しかも兵を動かせば兵糧が必要になるわけで、それは今一番避けたいことのはず。
いちおう、テムジン達に広域偵察を頼んだけど、おそらくまとまった戦力が王都に向かってくることは無いはずだ。
「それなら、向こうから何も言ってこないし、反撃に出てくるわけでもないんだ。ヤリ放題にしちゃおうか」
ショウがニヤリとした意味をミュートは正確に理解した。
つまりは実力行使である。
と言ってもまともな城攻めは、イタズラに人員を傷付けるばかりで、この場合は無益なこと。
デモンストレーションがものを言う。
「かねてから練習してきたでしょ? ピーコックさん達に組み立ててもらっちゃおうか」
「おぉ! とうとう、あれを使うのですね」
ミュートからしたら、死亡率の高い使者を送らずにすむ上に、かねてから試してみたかった「新兵器」を使えることに相貌を崩してしまうのもむべなるかな。
「では、早速準備いたします」
「あ、分かってると思うけど」
「はい。残りの人員で、防備を整えた簡易宿営を建て、同時に王城周辺の民に避難の勧告を出しますと言ってもこれは既に取りかかっておりますが」
「さすが。じゃ、狙いはわかってる?」
「はい。我らが正々堂々と城を破壊できることを示すためにも、ここは正門からだと」
「うん。幸い、堀は浅いし、水も入ってないから、あれならいけるでしょ?」
「遅くとも、明後日までに」
「城を壊す用意だけで良いんだから、明日だよ。昼までには、最初のノックができるように」
「かしこまりました」
ミュートが苦情を言わなかったのは、日程にマージンを取っていたからだ。今の指揮と訓練の状況を見れば明日の朝にはできあがっているはずだ。もちろん、ショウも、そのあたりの「マージン」を読んであるからこその締め切り設定である。
皇帝と参謀の化かし合いは参謀が勝ったようである。
とは言え、皇帝は「明日の朝ご飯とどっちが早いかな?」と、アテナには喋っていたのだから、このあたりの化かし合いを楽しんでいる余裕すらうかがえた。
ショウの出したH型鋼とワイヤーロープ、そしてテルミット溶接によって、ミュートが指揮する作業はあっと言う間だ。
夜通しの作業となってしまったが、朝陽の輝きの中で、30メートルH形鋼とワイヤーロープを使って、見事な「アリエ
ただし、本家のローマ軍のものとは違い、門に激突する部分でもH形鋼をそのまま使っているため、破壊力は比べものにならないほど強力なのである。
「よし。じゃあ、ぶわ~っと、一発、ヤッてみちゃいましょうか!」
ショウは、楽しげに叫んで見せた。寝ずに作り上げたピーコックも顔をほころばせている。
自分達の作業が、こんなにも皇帝を喜ばせているのだという実感であろう。
キリキリとロープが引き絞られた。
「いけぇえええ!」
朝陽を切り裂くようにして大きな円弧を描いたH形鋼は、重々しい響きとともに、ガバイヤ王国の城門を一撃したのである。
アリエス:古代ローマ軍が使った、ロープにぶら下げた丸太を城壁にぶつける破城槌の一種。頭の部分が羊の彫刻を施す習慣があったため「
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作者より
攻城兵器と言えば「カタパルト」と「破城槌」がメジャーですね。カタパルトを使うことも考えましたが、木材のしなりが必要なためと、構造が複雑です。アリエスの場合は、要するに「ぶら下げた丸太を城壁にぶつける」という構造を持っていれば良いため、こっちを急造しました。
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