第19話 ガバイヤ王宮の最後
「一体何事だ」
「はっ、敵は見たこともない破城槌を持ち出してきました!」
明け方、リマオ軍務大臣の部屋に飛び込んできたのは城門の守備隊長ローンだった。
足りないところだらけの守備状況を確認するのに追われて、一睡もしてないリマオではあるが、さすがにすぐさま応じた。
直接、守備隊長のローンが飛び込んできたのも、事態の重大さなのだろうと理解したのだ。
その実、異様にカリカリして怒鳴り散らすリマオに恐れをなした隊員が、報告に行くのを嫌がったからだというのは内緒のこと。
かくのごとく、ローンは苦労人で面倒見が良いのだ。いきおい王城正門の守備隊という最重要な隊であるのに、新人を押しつけられて苦労することも多いが、人の良いオッサン顔は痩せこけながらも下の者に笑顔を忘れない。
彼は新人達を辛抱強く面倒を見たし、一切の無理を言わずに指導する分だけ部下からは「おやっさん」と親しまれていた。城壁の守備隊から脱走者が出ないのも、実は彼の人徳による部分が大きかった。
仕事が休みの日は、近所の身寄りのない年寄りの面倒まで見ている優しさも持っている男だけに、次々と年寄り達が餓死していく王都の状況に胸を痛めていた。
実際問題として、王城の守備兵達も城の中での賄いはあるにしても、それは家族に持って帰らざるをえない。
そのため家族がいるものほど、餓死寸前なまでに痩せ細っていた。
すでに王都ではパンひとかけらが銀貨一枚では買えなくなっている。兵士の薄給では食糧を買うことは不可能なのだ。かといって王城に勤めている以上、家族が王都から出て「お救い所」に向かうこともできないでいた。
その中で「これが最後のお勤めだな」と思いつつ、朝一番で敵の破城槌を目の当たりにしたローンだったわけだ。
巨大で、見るからに凶悪な兵器だった。
そんな守備隊長がリマオを先導して走る。
案内されて走りながら半ば独り言のリマオが聞こえた。
「敵が攻城兵器を持ってきたというのか?」
たいていの場合、攻城兵器は現場で作る。デカくて重い兵器をガタゴト転がしてくるのは不合理だからだ。
しかし、昨日の会戦からこっちに移動して、たった一日で巨大な攻城兵器など作れるものなのだろうか?
それに、一口に「作る」と言っても、中途半端なものでは百年以上もの長きにわたって連綿と補強され、強化されてきた王城には通じないのは明白だ。
地方貴族の付け城でもあるまいし、王城の城壁は分厚く頑丈だ。並のカタパルトで打ち出す石くらい弾いてしまうだけの強さはある。まして「破城槌」などで砕けるような弱さではない。
『並の破城槌では、せいぜい相手の槌が自壊するのがオチだぞ?』
しかし、あれほど優れた敵が、その程度のことが分からぬはずがない。しかも、報告には「見たこともない」という言葉が入っていた。
だからこそ、戦場で抜け出したとき並のスピードでリマオは走ったのだ。
正門前の「それ」は、圧巻だった。
「なんだ、あれは!」
「はっ、今朝、明るくなったときには城門に迫っておりました」
城門前の空堀は、何をどうやったのか分からないが土砂で埋め尽くされて、すっかり平地となっていた。
それこそは、ショウのスキルで呼び出した「建設残土」である。前世で言えば、再利用に回せるような質ではないが、今回はともかくスペースさえ埋めてくれれば十分だ。山盛りになるように残土を入れる形で呼び出し、その上に建設現場で廃棄した足場用コンパネを雑に敷き詰めれば、十分に役に立つということだ。
つまりは、高さ20メートル超の巨大な攻城槌が王城の目の前に迫っていた。しかも「槌」が鉄でできているのは明白だ。あんなものを使われたら、保つわけがない。
「なんとかせよ! 弓兵、矢を! 周りの兵に矢を射かけよ!」
リマオが命じずとも、すでにローンが命じて射させている。しかし、徹底して盾で防御されてしまえば、そうそう当たるモノではないのだ。
ゆっくりと引かれた黒い塊りは「木」ではありえないほどの重量感を伴っている。吊り下げる縄が、よくぞ二本で足りると思えるほどに重々しい。
『鉄の攻城槌だと? 確かに破壊力はあるだろうが、支柱やロープが重さに耐えられないはずでは?』
しかし、そんな疑問が浮かぶ目の前で、現実のものとして巨木にも匹敵する大きさの「鉄」が城門へと激突した。
ドーンと鈍い音にグシャッと言う嫌な音が混じる。
王城の正門である。既存の攻城兵器では通用しないだけの厚さで、しかも上質な硬木が使われている。その上には鉄の覆いまで付いていたはずだ。
しかし、一撃で半ば以上にめり込んでしまった。
「なんという……」
凄まじい破壊力だ。
「くっ、動かす兵を狙えぬのなら、しかたない。一の門は諦めよ。二の門までに移動するところを仕留めるのだ!」
リマオにとって「3日間保たせろ」が命令である。
正門が破壊されたとしても、次の門まで移動するときには運ぶ兵を横からも狙える。そうやって嫌がらせをして五の門まで順番に移動させれば、三日と言わず十日でも保つに違いない。
かなり迂遠な防御法だが、命令通りであるならそれで十分だとリマオは自分に言い聞かせる。
事実として一の門を入っても、次の門に移動する間は、運ぶ敵兵を射てるだけのシカケがしてある。
それが城というものだ。
「かまわん。正門は放棄。次の門までの間を狙う準備だ。幸い、敵は正門に集中している。こちらも弓兵を正門に集中せい!」
正門守備のローンは、一瞬、困惑した顔を見せたが、彼の職務は正門から侵入する敵と戦うこと。手持ちの兵が増えることは彼の意に沿うことであるのは確かだ。
ドーンと派手な音をさせて、とうとう門が破れてしまった。
「ヤツらが来るぞ! 油断するな!」
わぁーっと、叫び声がした。
どどどっと大勢の人間が走り込んでくる。すごい勢い、人数だ。
リマオは、正門守備隊長に向かって「何をしておる、射たせろ。歩兵が侵入して来るではないか!」と叫んだ。
しかし弓を持った兵士達は、一様にためらっている。命令を恐れるような姿でこちらを見ていた。
ローンは、それを凝視してから、クルリと振り向くと「恐れながら申し上げます」と膝をついて具申した。
「一体、なんだ、こんな時に」
「あれは敵兵にはございません。我が国の民にございます」
「なんだと?」
確かに、見下ろした光景は思っていたものと全然違っている。
敵兵は見当たらない。それどころか武器を持っている人間も見当たらない。
侵入してきたのは、間違いなくガバイヤの民だ。
「なぜだ? 我が民が王城に入り込むだと?」
唖然としたリマオだが、ハッと自我を取り戻して「ええい、構わん! 民の分際で王城に侵入する者など、
「しかしながら、これを」
懐から一枚の紙を差し出してきた。
「今朝バラ撒かれた紙が、偶然近くに飛んで参りましたものにございます」
おしろにはごはんがあるよ
はやいものがちだ
門がこわれたらとりほうだい
「な、なんだこれは?」
「おそらく、これを見た王都中の民が押し寄せております。あの中には我らの家族も、見知った顔もおりますれば」
ローンは苦渋の表情だ。
敵であればもちろん、これが「反乱」であれば、まだ割り切って命令も出せるだろう。ところが、入って来たのは、知り合いであり、仲間達の家族達だ。それが求めているのは「食い物」だ。
王城の貴族達、そして王が、与えてくれなかった食い物がこの中にある。このままでいれば待っているのは餓死。王城に勤める兵士ですら家族の分の食べ物を買うことができない。
そんな生活をしている兵士に、食い物を求めて入って来た知り合いを射殺せ、と言うのは、あまりにも無理な命令だ。
『これで命令するわけにはいかない』
何よりも命令を出す側のローン自身がためらっていた。
しかし、リマオにとって「その程度のこと!」と言うのは当然のことだ。
「命令だ! 中に入ってきた者は片っ端から射ち殺せ! 油をかけて焼いてしまえ! 全部だ! 全部殺せ!」
完全にリマオの目は据わっていた。
ここで妥協するわけにはいかないのだ。しかも、何人もの男達はハシゴを持っていた。それこそはサスティナブル帝国の回し者だという証拠ではないか。
実際、最初はサスティナブル帝国が用意したハシゴもあったのだ。しかし、後には職人達が持ちこんだハシゴもあったらしい。
それでも守備隊長のローンは動かなかった。動けないのだ。
「ええい! 命令に不服従は死罪ぞ! そこへ直れ。この手で処分してやる!」
普段のリマオであれば、もっと感情をコントロールしたはずだった。ローンの気持ちも察して命令の方法を変えたかも知れない。しかし、昨夜から一睡もしてない上に、極度の疲労、そして「どっちみち死刑になる」という自棄っぱちな思いが強く作用してしまったのだろう。
腰の軍刀を抜き放って、大上段。本気で切ろうとした。
「てぇええい! ぐぎゃっ!」
後ろからリマオを切る者がいた。
「敵ぃ? ん、おまえはぁ」
激痛にもがきながらも、切った兵士を見上げるリマオ。
「お前達が悪いんだろうが! おやっさんをやらせるわけには、それに、あれはオレの父さん達だ。射たせるわけにはいかねぇ」
ガタガタと震えながら、見ればまだ少年のような守備兵が、初めて人間を切ったことに、自分で驚いていた。
「あ、あっ、こ、こぇ、あこぉ」
リマオは、前のめりに倒れ、そのままこと切れたのである。
ローンは、その新人の肩を優しく抱いたまま、叫んだのである。
「悪徳大臣が正義の刃に忠滅されただけである。二の門以降に命令を伝達。門を開けよ、民に食糧を渡せ!」
期せずして、それがガバイヤ王国の城兵が従った、最後の命令であった。
城壁にいた兵達が、民の誘導のために走り去った後、騎馬隊が、ゆっくりと入って来たのだが、そのシーンを目撃したのは、名もなき民だけであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
まあ、革命一歩手前まで国民を追い込んでしまうと、ちょっとしたきっかけで暴動になり、王宮に攻め寄せるのはパターンですよね。これがホントの「王道です」なんて言えちゃうかなぁって作者は呟いてしまいます。
「〇田くーん、ざぶとん、全部持ってちゃって~」
うわぁああ
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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