第9話 アスパルの会戦・序盤


 後世の歴史家、サトウ・フィールド=シチミの「サスティナブルの物語」から引用しよう。


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 大陸統一に当たってのエポックメイキングとなる「アスパルの会戦」を調べてみると不思議なことに気が付いた。


 戦場に居合わせたと思えるサスティナブル帝国側の人物が残した一次資料を漁ってみると、どの文献にも必ず「その日は雲一つない快晴であった」という旨が記されているのである。


 作家として、この会戦を描くにあたり、シーンを頭に描いてみたくなってしまうのは本能のようなもの。少しくどく説明することをお許し願いたい。


 まず、女の私でも思うのは、なんと勇壮な景色であっただろうということ。

 

 成人した年から戦場を駆け回ってきたショウ皇帝である。年齢は若くとも戦場を駆け巡った時間でも回数でも、並ぶ者がないほどの人物だ。つまりは「戦士」としての風格を身につけていて当然であろう。


 その上「若さ」とは存在するだけでエネルギーを感じさせるものでもあり、しばしば未来を背負うオーラを身につけているものである。


 まして、この戦場にいる誰もが、若き英雄の成し遂げてきた、誰にもマネのできないほどの偉業を知っているのである。


 そして、人は見た目が9割だという嫌な言葉もあるが、確かにショウ皇帝の見た目も人を引きつけるものであった。


 その頃には急成長を見せた身長も170を越えていたらしい。そこに兜飾りを付けた姿を仰ぎ見れば、もっともっと大きく見えたはずだ。


 心から尊敬できる若き英雄が、明るくなり始めた青空をバックにして、紫のマントと白い兜飾りの姿で堂々と立っているのだ。


 戦場で実際に見た人間は、忘れられない光景になったのだと容易に想像させてくるだろう。だからこそ、その青空を書かずにはいられなかったのだろうと思うのだ。


 堂々とした姿は、ショウ皇帝が得意とした「矢倉」の上の指揮所にあった。


 そこにはゴールズの旗とサスティナブル帝国旗が同じ高さではためいていた。これは、まさに「絵になる」光景であったに違いない。


 実際、多くの画家が挑戦した「アスパル会戦」をモチーフにした絵には必ず、この「青空を背景にした皇帝の姿」が描かれていることから見ても、私の思いはけっして少数派のそれではないと断言できるのである。


 戦場を見下ろす英雄は「サスティナブル帝国旗」と「ゴールズ旗」の二つの旗に挟まれている。そして一段高いポールは「信号旗」の掲揚のために立てられている。


 最初に起きた「エレファント大隊の勇み足」は史実である。しかし、実際には三歩ではなく、二歩だけだったという説を主張する学者も多いのだが、大事なのは歩数ではないと思う。


 今にも噴火しそうにこみ上げている戦意に、素早く反応したのはミュートであった。恐らく彼らの日常からしてこんなやりとりであったはずだ。


「親分、よろしいでしょうか?」

「OK」

「よし。旗を掲げよ!」


 会戦においての命令伝達として基本は旗と音。


 辛うじて、で立ち止まったエレファント大隊に向けて、その戦意を誉め称えるかのごとく、スルスルと掲げられたのはZ旗であった。


  2本の対角線で4分され、黄・黒・赤・青の4色に染め分けられた旗である。


 もう、その頃にはサスティナブル帝国の中でも伝説となっている「ファミリア平原会戦」において掲げられた旗を思い出さない者などなかったであろう。


 それぞれの胸には予め訓示されたショウの声が響いたはずだ。


「苦しい時こそ、この旗を思い出せ。この旗の後ろには何もない。我らこそが国の『剣』であり『盾』である」


 Z旗に呼応するようにしてエレファント隊は、鉢割ジョイナスによって仕込まれた前回ファミリアの言葉をなぞるようにして唱和した。


「「「「「我の後ろに盾は無し! 我の前に剣があり!」」」」」


 一斉に一歩前に出たのは、こんどこそ命令通り。


 ザッ! 


 背中に背負った小判型の盾の動きも鮮やかに揃って踏み出す。戦いへの燃えるような気持ちを込めて持つはハルバード。


 すかさず、エレファント大隊の左後ろに構えるホース隊は、馬上槍を高く掲げて唱和する。


 愛する人を守らん、我らゴールズなり!

 愛する家族を守ろん、我らゴールズたり!

 愛する仲間を助けん、我らはゴールズ!


 うぉおおおおおお!

 

 戦場の各隊が、歓声を上げて応える。


 高く掲げた馬上槍を、グルグル振り回しながら、けれども、高まる戦意とは裏腹に冷静に突入のタイミングを見定めるように、ゆっくりと馬が歩み始める。


 周りの山に微かに反響してわぉーんと響き渡る中、本部の中にいたラッパとスネアドラムが鳴り響いた。


 最高に盛り上がった中でヤンキードゥードゥルが鳴り響いたのである。


 若き読者諸兄におかれては「会戦で役にも立たない音楽隊を戦場に連れて行く? アンビリバボー」と肩をすくめる向きもあるのは承知している。


 しかしながら、再三説明してきたことを、ここでもまた再び繰り返し説明する無礼を許していただきたいのである。


「剣と槍が煌めく戦場では、膨れ上がる戦意は秘密兵器以上の意味を持つのである」と。


 そして、もう一つ。


 ショウ皇帝の計算には「ゴールズが皇都をパレードする時の音楽である」という点が絶対に存在したはずである。


 戦いに向かう戦士達の胸の中で、皇都のパレード中に見かけた子どもたちの弾ける笑顔が浮かび、市民達の声援、あるいは町娘達の歓声が響いたのは当然のこと。


 テーマ曲というのは士気を鼓舞すると同時に、不安や恐れを取り除く効果が確かにある。それぞれが、胸に秘めた「大切なもの」を思い出して勇気に変えるのだ。


 開戦を告げる「我らのテーマ曲」が鳴り響く中、ズンと踏みこんでいた足音が、軽やかなステップに変わった。


 完全にシンクロして動くライオン隊によって左右を守られながら、歩兵達は軽快な足取りで敵前列に向けて近づいたのだ。




 一方で「受け止める側」も記述しておきたいと思う。


 おそらく、実質的な総指揮官となった参謀長のキャラカは「戦術では戦わない」と決めていたのではないかと思う。


 もちろん、勝った側よりも負けた側の資料は残りにくいというコトはある。だが、それを割り引いたとしても、キャラカが戦術を徹底するために「作戦会議」を開いたという事実がさっぱり見つからないのだ。そして現場についてから何らかの命令を出し続けたという証言も見つかってない。


 断片的に残るのは「アスパル平原にやってきた少数の侵略軍を迎え撃つ。会戦と同時に敵に突撃せよ」というアバウトな命令があったという証言だけなのだ。


 本来、キャラカ自身の作戦立案能力は悪くない。クラ城への攻城戦においても、過大なほどに戦力をかき集め、とっておきの指揮官を惜しみなく送り出して万全の態勢を取った。一度破れても、すぐさま巻き返しのためにムタクチを抜擢したのだって悪くない。


 ただ、キャラカからしたら、ことごとく現場の「運」が悪かった、あるいは「もうちょっと戦場をよく見てくれよ」という苦情が喉まで出ていたはずである。


 キャラカの立案した作戦でクラ城は落ちていてもおかしくなかったのに、実際には巨大な被害を被って破れた。特に痛いのは、兵員の損失よりも優秀な現場指揮官を根こそぎ喪う結果となったことであろう。


 そして今回である。


 キャラカの緻密な頭脳はあらゆる場面、作戦を想定しただろう。敵の十倍近い兵も馬もいた。しかし、彼のように「緻密な絵図」をかき上げる能力がある人ほど、細かい部分が気になると言うのは宿痾せいへきのようなもの。


 キャラカには足りないものだらけに見えたはずだ。


1 現場の部隊を統率できる各部隊レベルの指揮官の枯渇

2 連れてきた貴族軍が互いに指揮されるのを嫌がること

3 どうにもならない兵站

 

 全てが深刻だった。


 実際には、クラ城戦の生き残りである士官もいたし、国軍はともかく、大貴族クラスの騎士団長あたりなら、数千レベルの指揮だって執れる者は大勢いたはずなのだ。


 しかし、大貴族クラスの騎士団長から誰かを抜擢しようとすると、途端に「2」が問題になってしまうのだ。


 かき集めた貴族達は、公爵家から男爵家まで位階の違いがあったとしても、互いに独立した存在だとういうのが貴族の世界のお約束というもの。


 王が現場の頂点にいるなら問題は少なくなるが、参謀長がいくら命令しても、公爵家の騎士団長が「わかりました」と男爵家の指揮下に入るわけがない。


 かと言って、子爵家だから公爵家の命令を聞くのかと言えば、戦において貴族は平等であるという建前が存在してしまって、これもまた、ままならぬもの。


 もしも命令できる関係を生じさせたいなら、軍としての序列を定めた上で、国王名で作成された文章を前もって渡しておく必要があるのだ。


 けれども、そのような命令書は現在に至るまで一通も発見されていない。一通もだ。


 そして、急遽駆り出された貴族達は不満たらたらであっただろう。こういう場合の「軍事行動中の食料」は貴族の場合、自弁が原則なのであるから。


 この出兵による消費で何人の領民が餓死するのかと思えば、戦場にやってきた貴族家当主達の不平不満は、彼らにとっては正当性を持ちうるのだ。


 つまり、貴族家当主にとって、なるべく自家を損耗せず、かつ、戦いを一刻も早く終わらせてほしいという思いしかないのが明らかなのだ。


 以上が、キャラカの立場から「足りないもの」を並べた姿だ。歴史作家のヘボなたとえを聞いて欲しい。


「頭が悪くて仲の悪い船頭ばかりが乗り合わせた泥船で、襲いかかってくる巨大なサメを退治しようとするようなものだ」


 というキャラカのボヤキが聞こえてくるようである。


 彼の明解な頭脳は、どうあっても「戦場の駆け引きで勝つ姿」を思い描けなかった。しかし、そこからがキャラカの非凡な頭脳と度胸の見せ場である。


 彼はその緻密な頭を捨てることにしたのだ。


 つまりは「数に任せ、ドサクサに紛れてサメを沈めてしまえ」といったところ。


 作戦も何もなく、最短時間での決戦を挑む方法だ。


「全ての部隊は、会戦と同時に敵にぶつかれ」


 ただそれだけだったのだ。


 そして、この一行にもならない命令書については、この戦いに参加した後に没落した貴族家であれば、たいてい保管されているのである。


 作戦が大変シンプルであったことはお分かりいただけたと思う。


 では陣構えはどうであったのか?


 ガバイヤ王国側から見て、陣構えは以下の通りである。


 中央は大軍の常識通り、歩兵300人が横陣に並び、縦深は10段構え。その歩兵を挟み込むように、国軍騎馬隊が千ずつ左右につく。


 大将のリマオや指揮官であるキャラカの本軍前には、歩兵が300ずつの方陣となって6隊がガッチリと守る。

 

 本軍自体は千の歩兵と千の騎馬隊とで守備を固める。本軍に置かれた騎馬隊は伝令兵の役目も果たすことになるので、歩兵と騎馬が同数になるのは、この戦場ではやむを得なかったのだろう。


 なおかつ、本来の陣構えなら予備隊としての役割を果たす位置、すなわち本軍の左右に配置された500は、会戦と同時に前衛の後ろにつけと命じられていたらしい。


 キャラカは、国軍の範囲でできることをしようとした。


 しかし、戦場にはこれ以外の戦力がいた。


 キャラカが自由になる戦力は7千にも満たない。しかし、この戦場に集められた兵は歩兵だけでも2万5千であると言われた。


 後の1万8千の歩兵はどこに行ったのか?


 それは、戦場の左右に壁を作るように「群れて」いる貴族家の戦力に秘密があった。


 貴族家当主が自家の歩兵を全体に供出するのを嫌がったのである。そのため各家単位で歩兵・騎馬の混成軍が存在し、ある家では騎馬が多く、ある家では歩兵ばかりという、作戦家としては悪夢のような実態となったのだ。


 つまり、この戦場には、3千の敵に対抗する7千の歩兵と3千の騎兵がいた、というべきなのである。


 そして2千の騎馬と付き添い歩兵1万8千による「外野からの応援団」であった、という辛口の見解が成立してしまうのだ。


 しかし人数だけを見れば3千対3万と圧倒的であった。


 戦場にはせ参じるハメになってしまった各貴族家当主からすれば「圧倒的多数の我が軍は勝って当然である」と思えてしまったはずだ。


 この状況を「応援団」である貴族家当主から見たら、どう考えるだろうか?


 大戦力を擁する高位貴族は、手柄を立てて出世するよりもムダな戦いで損をしないことが主眼とするだろう。


 一方で家人を動員するのが精一杯である下級貴族……すなわち当主の騎馬と、それを囲んだ徒歩の従兵を十数名という小集団……からしたら、何とかして手柄を立てようと考えるかもしれない。


 しかし、圧倒的多数の味方を目にしてしまうと邪な考えが必ず付帯してしまうものなのである。すなわち「どうせ勝つなら一番良い思いをしたい」ということ。


 国の存亡を賭ける負け戦なら、命がけの忠誠心が発揮されるかもしれないが、大軍を背負った少数との戦いにおいて、命がけになれる人間は少ない。


 これが歴史の出した答えなのである。


 この戦場では、真っ先に騎馬だけを率いて自ら突撃をする貴族などありえないのは当然のことであった。


 アスパルの会戦は、これらの思いが交錯して、サスティナブル帝国側が一方的なタイミングで開始したのである。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 

作者より

 いや~ やっぱり上がりましたZ旗。そしてテーマソングが鳴り響く中で、一方的に開戦するサスティナブル帝国。

 戦場を見下ろす戦神のようなショウ君の姿。

 後世の歴史家が分析したくなるのはショウ君よりも、キャラカの考えたことかも知れませんね。

(それにしても、応援メッセージで「Z旗」が予測されてました。相変わらず、すごい読者様が大勢いらっしゃって、作者としては冷や汗を流しながら、でも楽しく書いております)

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