第10話 アスパルの会戦・接触
間もなく接触するという刹那、ミュートが声を上げた。
「敵の右奥が怪しげですな」
どうやら集中モードに入ってるらしい。普段の行儀の良さも遠慮もなくオレの前で手すりにもたれるようにして敵を見つめながらの物言いだ。
「どこ?」
「敵の本部に並んでいる中隊規模の歩兵ですよ。一番右にいる連中だけ様子が変です」
「具体的に?」
「何やら薄ら汚れてる」
「接触します!」
声を上げたのは観測員として横に置いたオイジュ君だ。彼の役目は目にしたモノを全て言葉にするということ。実際には、こっちも見えているけど、言葉にすることで「これは見えた、こっちは気付かなかったね」と後で勉強に使うことができるからね。
少し見直したのは、彼が怯えてないこと。むしろ、興奮に近い感じだ。確かに小規模な戦いで、実際に槍も使わせてみたけど、戦場らしい戦場はこれが初めてのはず。
それなのに、圧倒的な大軍を前にした戦場で、緊張らしい緊張をしてないなんて見事だよ。
アテナが耳に囁いてきた。
「高いところから見ているお陰だと思います」
あ、そうか。自分が戦場にいる感覚よりも「戦場を見渡している」って感じなんだね。現場にいながら、現場にいる感覚じゃないってコトか。
『オイジュ君のためには良くないかな? いっそ、ここから下ろしてジョイナスの所あたりにお願いしてきた方がいいかな?』
そんなことまで考えたけど、まさか、戦場で、そんな面倒ごとを押しつけるわけにもいかない。
『ま、とりあえず、このままだな。小さな戦場なら、この後でいっぱいできるだろうし』
そこに放り込めばいいやと思いながらオイジュ君をチラッと見た。
「圧倒的です! 敵1列目、2列目に入り込みます。すごい、あれがハルバード。なんてことだ。圧倒的じゃないか」
オレが何を考えているのかも知らず、興奮が収まらないオイジュ君。
観測員に「感想」はいらないけど、まあ、そう言いたくなるよね。
本来、横陣同士だと「横幅」が問題になる。もちろん、人数が多い方が有利だ。だって、中央にぶつかってきた横陣の幅が短い敵が進んできたら、歩兵は両翼を閉じて包み込む動きをすれば「包囲殲滅戦」となるはずだからね。
けれども、ライオンさん達が牽制っていうか、すでに削りに近い動きをしているお陰で動けない。棒立ちだ。
敵の中央にめり込むカタチになったエレファント大隊はガリガリと敵横陣の中を削っていく。奥歯にできた虫歯菌にでもなった感じだねって言ったら、例えが良くないかなぁ。
「敵、最前列横の騎馬、動きました。ライオンの外側が迎撃してます!」
敵の騎馬隊は牽制して機動力を奪えればそれで十分。時間を稼いでいる間に中央からガリガリ削っていくよ。
「敵の第2集団、六つが動きました」
十段構えの横陣の半ばにも達してないのに、予備隊のはずの集団が動き出した。
「早いシカケですね。作戦も何もあったものではない。しかし、だから厄介だ」
集団での殴り合いに巻き込まれてしまうと「数の暴力」っていうのがモノを言うからね。
当然、そこにはシカケをすることになる。
「ライオンを出します」
「OK」
さっとミュートが赤い旗を振ると、ライオンさん達は一斉に左の敵貴族集団に突撃だ。テムジン達は後ろ側に混ざっている。
グルグルと回される旗。
「ライオン隊、敵右翼の集団に突撃しま…… 回避したぁ?」
オイジュ君の声が裏返った。確かに、この勢いなら、普通は突撃するもんね。
そこは敵の貴族家の集団が控えているゾーンだった。
特徴は「騎馬と歩兵が混ざっている」集団だということ。さすがに、こっちの世界でも今どき珍しい「古式ゆかしき戦型」の集団だけに、突撃して来なかった騎馬に対して、とっさに動けない。
彼らには待ちの姿勢しかできないんだよ。
だから、突撃と見えた動きから直前で右ターンすると、黙って見送ることしかできない。ターンしている味方と併走するテムジン達。走りながら味方の頭越しに短弓から放つ矢が凄まじい勢いで敵に刺さっていく。
『以前試作した再生弓を馬上用に改造して、矢も特製だからなぁ』
基本的に騎馬民族を兵種的に分類すると「軽装弓騎兵」という特殊な存在だ。
敵と接触を避けつつ獲物を狩るように矢で攻撃する。しかし、彼らの持つ弓は弦こそ羊の強靱な靱帯を使うけど、矢尻も弓本体も作り自体は粗雑だった。彼らは馬の勢いを利用することを知っていた分、破壊力があったわけ。
けれども、彼らに渡してあるのは、前世のコンパウンドボウを再利用させてもらった最高の威力を持ったやつだ。
こっちの世界の弓のように単純な「木の反発力」を使うだけではない。滑車とケーブル、てこの原理、複合材料など力学と機械的な要素で組み上げられている。はっきりいって、こちらの世界ではオーバーテクノロジーだ。
これらは武器に特化した技術力を持つガーネット家の工房が研究すれば、素材はさておき、仕組みをマネして作るコトはできる。まして
単純に、使いやすく狙いやすい、強力な弓というだけのこと。
射かけるための「矢」も釣り竿から取ったカーボンロッド素材にH形鋼から作り上げた鋼の矢尻付き。
馬上で使えるように弓が小型化してあるとは言っても、至近距離では旧式な鉄の鎧なんて関係ないほどに威力がある。
ただでさえ騎射を得意とする騎馬民族の彼らだ。命中率も貫通力もハンパない矢が次々と馬上の騎士達に命中していった。
落馬した「当主」を取り囲むのは家人だろう。彼らにとっては戦そのものよりも当主の命の方が重大事。つまり、馬上の騎士をひとり落とすごとに10人もの離兵が生まれる計算だ。
そこからさらに軌道を変えたライオン隊は、居並ぶ敵の貴族集団の横を駆け抜けていく。即応して飛び出してくるのは、たいていヤル気に満ちた低位貴族だが、ライオン隊は歯牙にもかけず、一撃で切り捨てるのは練度のすさまじさ。
もちろん、テムジン達は「偉そうなヤツ」を優先して落としていく。とは言え、奥に進めば、敵の大貴族の集団もいる。異様に威力を持った矢による被害を目の当たりにしているだけに、優秀な騎士団員を抱えたところは、盾を持ち上げて当主を守ろうとした。
先祖伝来と言った感じのゴテッとした盾を差し出してきたら、次に狙うのは「命令している人」というのは徹底済み。おそらくは騎士団長か中隊長あたりが次々と矢に倒れていく。
敵の貴族がグルッと取り囲んでいるフチをたどるようにして、前列歩兵隊の後ろにいた、歩兵の固まりの横に出たんだ。
そこで後ろを走っていたテムジン達は、Uターンしてみせた。
さっき、無礼な矢を放ってきた集団が目の前を再び通過して戻っているんだ。このまま見ているだけだと、ただのバカだって思ったんだろう。
今度こそ、彼らの一部は飛び出してきたんだ。
「あ~ 優秀だねぇ、あの人達」
オレの言葉にミュートが反応した。
「少しは使える貴族もいたみたいだぜ、ケケケ」
えっと、ミュートは、すでに「ゾーンに入っちゃってる」から、言葉遣いなんて咎めないよ。
「テムジン、追いつかれます。あ、ライオン隊、敵予備隊の腹に突入しました」
オイジュ君が懸命に目を見開いて戦場を実況しようとしてる。うん、でも、ホース隊が敵の崩れかけた前線に殴り込みをかけてるのも見ておこうね。あと、ついでに、ピーコックさん達が二手に分かれて、主力が敵の左翼を牽制しているも見えているかな? え? 少数の方は歩兵の後ろを突っ切って敵の右翼に回ったよ。
その時オイジュ君が悲鳴のように声を上げた。
「ああああ! テムジン、追いつかれま、ええええ!」
振り返りざまの
「振り返って、弓って撃てるんだ?」
オイジュ君、感想はいらないよ? っていうか、テムジン達の前半分が何をやろうとしているのかも見ないとだよ。
ともかく「とっさのことに反応して最善の動きができる敵」が、この瞬間に殲滅できたってこと。
でも、それだけじゃないんだよ。
テムジン達は、肩から提げたバッグから、カラフルなロケット型の例のヤツを敵のど真ん中に投げ込みながら駆け抜けていく。
戦場に パン パン パン パン 巨大な破裂音が響き渡った。
ゴールズお得意の
もちろん、テムジン達の馬は特訓済み。 でも、ただでさえストレスのかかる密集隊形をしていた敵のお馬さん達からしたらとんでもない。
聞いたことのない強烈な音が足下で響くんだもん。あまりの恐怖でパニックを起こすに決まってる。
しかも、今回は、いつもの三倍マシマシの火薬量だからね!
阿鼻叫喚。
手綱を握る者を振り払って逃げ出す馬、竿立ちになって騎手を振り落とす馬、周囲を踏み荒らして逃げようとする馬。
大切な機動力が、周囲の味方を蹴散らす暴力装置へと早変わり。
そして、人間って何だかんだで優しいんだよ。いくら暴れても、ずっと育ててきた自家の馬を簡単に殺せる人なんていないんだよ。
なだめようとするところに、さらにパンパンパン しかも、隣近所の喧噪がお馬さん達の恐怖や興奮をマックスにしちゃってるから、簡単に収まるわけがない。
その合間に、少しでも冷静なヤツとか、さっき守られていたエラソーなヤツを見つけたら矢で狙う役もちゃんと配備しているからね。
もちろん、こっちの矢を防ぐコトなんて考えられるわけがない。
「左、決まったな。ミュート?」
「まだ! いくつか、刈り取りたいところが残ってる」
「でも、ムスフス達が気付いてないわけがないじゃん」
「ちゃんと、見届けないとダメだ。良く見て! それにさっきの汚れた連中が動き出したぞ」
ミュートに叱られてしまった。
既に戦場の中央では予備隊となっている歩兵集団の腹は一部食い破って、中央はどんどん深く侵入済み。
敵の左翼(こっちから見て右側)は、ピーコック隊の牽制で動けない。
騒然となった敵の右翼には、体勢を立て直そうとしているいくつかの大集団が残っていた。
おそらく、巨大戦力を率いてきた公爵、侯爵クラスのはずだ。
しかし、彼らがなんとか組織としてまとまっていたのは、その時までだった。
「うぉおおおおおお!」
ここまで聞こえた叫び声は、ウンチョーのもの。負けじと叫ぶムスフスの雄叫び。
まとまっていた戦力のど真ん中を、我らがピーコックの特別攻撃が貫いていたんだ。
最初の歩兵の激突から、まだ15分と経っていなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
始まりました。アスパル会戦の戦端は歩兵同士から、いつものようにパンパン攻撃による混乱状態へ。そこにすかさず二大傑物によるピンポイント突撃。
この時点で、敵右翼にいる貴族集団は崩壊し、以後、組織的な攻撃を仕掛けることは不可能になりました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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