第7話 前夜

 5月5日 ガバイヤ王国・カイの廟堂にて


 内務大臣を兼務するムスベ商業大臣は、さすがに顔色が優れない。


『全てはリマオの能なしが口ばっかりだったのが悪いのだ』


 今ごろ敵が蓄積した食料を手にした国軍が、もっと豊かな中央へと攻め上っていたはずだった。

 

 だが現実は違う。民の3割ほどは飢え死にしたはずだ。各地に地獄絵図ができあがっている。


 かくいうムスベの領地も悲惨なことになっていた。これでも、いち早く国の備蓄倉庫から隠匿していた分を放出してきたにも拘わらず、だ。


 その分だけ近隣の領地は国からの配給が手に入らず、さらに地獄の状態になっていたが、それはムスベに関係ない。


『そんなこたぁ知っちゃいないぞ。ギリギリになったら強者が生き残ることが国のためになるのであるからな』


 いち早く情報を握った自分が領主であることを、領民達は誇るに違いない。


『我が城には、たっぷりと金を貯め込んだんだ。今回をしのげば、我が国はもっと豊かになる』


 そんなことを考えているうちに、無意味な会議は進行している。どのみち、現在の地獄を改善する妙案などあるはずがない。


「……とまあ、以上の通り、王都の治安は悪化の一途。その中で食糧増産は努力はしているのだが」


 宰相のシャーラクの目は落ちくぼんでいた。


 言葉が途中で聞こえぬほどに小さくなった。前回の廟議と違ったことと言えば、海沿いにあるのを幸いに、何とか海のものでしのごうとする試みが大規模になったこと。


 軍船までも使って「漁」に励んではいるが、素人がやっても簡単にいくはずがない。懸命に海軍を使っても文字通りの焼け石に水状態だ。


 しかも聞こえてきた事態は「6月の収穫を待てば」が成立しないという予測だ。


 すでに、たったひと月かそこらの未来が待てなくなった。ただでさえ芋のデキは悪い。その中で辛うじて育った芋も、まだ土の中で指の先ほどでしか無い。


 しかし、そんな「小芋」を片端から掘り返し奪い合っている状態だった。このままでは夏になっても食料は手に入らない。


「というわけで、みなさまのご意見も出尽くし、しかもこれといった名案もないようですな」


 軍務大臣であるリマオはカイゼルヒゲを撫でつけながら、重々しく言うと立ち上がった。


「陛下。ここは非情の決断を下すときでございますぞ」


 海千山千の国王であるメハメットⅣ世は「それについては、もう少し話し合うようにと言ってきたはずだが」とにべもない。さすがに国王としても、簡単に首を縦に振れない話だったのだ。


「しかしながら、今回もまた名案など無く、このままでは国全体が滅びるしかありません」


 リマオが昨年の暮れから繰り返してきた主張は恐るべきものだった。


「民が隠し持つ食料を徹底的に取りたてて、数カ所の拠点で優秀な民にだけ配る」


 こうすれば国民の半分は生き残れる。


 しかも年寄りや何の技術も持たず子どもを産めない年齢の女という余分なものをそぎ落とせる。男であっても、軍を志望しないような、軟弱な無能を切り捨てることができる。


 数年間は国力を落とすことになるが、ムダをそぎ落とした新しいガバイヤ王国は、強靱な足腰を持った強国へと生まれ変われるだろう。


 軍を鍛え上げ、惰弱に溺れたサスティナブル王国を削り取る。それこそが、最も確実な強国への手がかりとなる。


 だから、リマオは断固とした決意で迫った。 


 そこにシャーラクが「しかし、その前に我が国がひっくり返るぞ」と小さな声で言った。


 リマオは「何を今さら」とシャーラクを睨みつける。


「こうなってくるとバッキンが正しかったのやしれん。みなは、市中に出回っている、このような紙はご存知かな?」

「はっ、くだらない、そのような途方もないウソを。ええい、くだらん、そんなものは見るまでもない!」


 見たこともないほどに白い、カタチの揃った紙が大量に配られた。


 軍の参謀達も手に取っている。苦い顔だ。参謀長であるキャラカは表情を保つために見て見ぬフリだ。


 彼らは、すでに「対応」に迫られ、全力で仕事をしているのだから。

 

 リマオは軍を握る立場上、いち早く「ご注進」を受けていた。しかし全力で軍以外には伏せていたはずだった。


『くっ、ここで、なぜシャーラクのやつが、これを持ち出すのだ』


 いずれはバレるとは思っていたが、まさかここに持ち出されるとはと、ギリギリと奥歯を噛みしめる。


 白い紙は何種類もあった。どうやらシャーラクもその気になって集めたらしい。その気にさえなれば、何しろ王都内に大量にバラ撒かれているモノだ。集めることに難しいことなど無いのだ。


「長い飢えとの決別を!」


「国は食料を隠している」


「王城には大量の蓄えがあるぞ」


 廟堂の人々は、一つ読んでは周りを見回し、表情を消して周りの様子をうかがっている。


 その空気に耐えられずリマオは「そんなものは4月頃から出回っておるわい。王都や王都近郊の道々に、人知れずバラ撒かれておる。途方もないデタラメだが、繰り返されると頭の悪いヤツには信じるものが出るやしれんな」と苦々しい顔で言い切った。


 確かに、書かれていることはデタラメだ。王城にも食料の備蓄は多くない。


 けれども、民の実情は「信じる者が出る」どころではない。


 既に暴動が何度も起きかけている。その度に軍が出動するあり様だ。


 参謀達は「暴徒の鎮圧」の任務が増えて、頭が痛い。


 サスティナブル帝国では「ビラビラ」と呼ばれる紙の影響は既に大きかった。


 彼らが手にしたビラビラには順番のあるタイプがあった。


「彼、正義と共にきたる」

「彼が救ってくれる」

 

 そんなタイプの次はもっと詳しい。


「五月に彼は王都へと近づく」

「彼は二つも、民を救う場所を作ったぞ」


 そこには地図まで付いていた。


 王都から数十キロ。


 一か八かの賭に出た者はいち早い王都を脱出して「お救い所」を目指している。もちろん、軍としては、そのような「争乱を起こす者」を厳しく取り締まる……といっても、捕まえていたら牢が足りない。見せしめとして数人切り捨て、王都へと追い返すという苦肉の策だ。


 しかし、王都からそこに向かう民は、いっこうに減ること無く、むしろ激増中である。そのため、そっちに使われる兵が多くなり、肝心のところに使えない状態だ。


 それこそが、次の紙に書いてあることだ。


「ショウ皇帝がガバイヤの民をお救いくださる」

「王は譲位して、皇帝にお任せするべき」

「5月1日。ショウ皇帝はカイのすぐ側に来る」

「決戦か、命か? 民を救うのは王の決断次第」

「決戦は5月7日 カイの西・アスパル平原にて」


 王は全てを読み終えた後、苦い顔で言った。


「リマオ、説明してもらう」


 ワナワナと震えるリマオがキャラカに視線を送ると、切れ者参謀長はさりげなく視線を外していたのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 革命には「デマ」が大事ですよね。王宮は贅沢をしているぞーっていって民を煽動する。これが大事。フランス革命において、かの有名なバスティーユ牢獄の実態がホテル並みの待遇だったとか。知っていたら、民衆は牢獄を襲ったりしませんでしたよね。

 ショウ皇帝が「救いの手」をさしのばしてますよぉ という宣伝が先に進んでいました。ちなみに、スコット家の影のみなさまの総動員でお届けしました。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 



 

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