第6話 え? 二喬かよ
ゴールズは、ひたすらガバイヤ王国のカイを目指す。
「行って参ります」
「頼んだぞ」
独立広域偵察隊であるテムジン達は、進行方向に180度広がった哨戒網を作るのが役目だ。
つまり、斜め後ろに偵察は配置しないということになる。
常識的に言えば、これはヘボ中のヘボなやり方だ。
敵が圧倒的多数になるケースを除けば……ちなみに、今回は敵の王都を落とすには圧倒的な少数になる……自国に進行してきた敵を絡め取るなら侵入口を塞ぐのがセオリーだからね。これは同時に、敵への補給経路を妨害するというセオリーでもある。まともな作戦家なら、かならず一軍をもって退路を塞ごうとするだろう。
だから、こんな哨戒の仕方をテストで答えたら落第しちゃうんで、気を付けてね。
今回は、補給路を想定しないし、侵入口を塞ごうと戦力を回してくれたら、王城の防衛が薄くなってラッキーてなもんだと割り切ったんだ。
ただし、一緒に連れてきた運送部隊のみなさんは半ば民間人だ。王都「カイ」を目前にしたら、先に帰っていただくことになる。
え? 動きの遅い輸送部隊を敵のど真ん中で放り出すのかって?
違うんだよ。輸送部隊の「みなさん」に帰っていただくんだよ。
荷馬車や輸送用の装備は一切合切を国でお買い上げだ。置いてってもらう。一切の荷物を置いて身一つで帰ってもらうんだよ。
そのために、帰りはテムジン達が護衛する。
と言っても堂々と帰るんじゃなくて、機動力を活かして敵を早期発見して逃げまくるってやり方だ。
そのためにテムジン達はゴールズのマント姿では無く、北方遊牧民族の姿だ。さすがに、このあたりには「ナマ遊牧民」を見たことのある人はほとんど無い。民族衣装であっても「ヘンな身なりの人だな」くらいですんでしまうから、ちょうどいいんだ。
一応、こちらの計画では、輸送部隊のみなさんが安全地帯に着く頃には決着を付けているつもりだけど、勝負に焦りは禁物だからね。彼らの安全のためテムジン達には全力で頑張ってもらうことになる。
「それにしても、ロースター侯爵は正直、拾いものでしたです」
「ガバイヤ王国にもまともな貴族もいるんだね。っていうか、ちょっと話しただけだけど、あれだけの人物をわざわざ遠ざけるなんて、わからないねぇ~」
オレだったらノーマン様のところに放り込んで、楽をさせてもらっちゃうのに。おそらくサスティナブル王国に生まれていたらノーマン様のスタッフにはなっていた人だと思うよ。
「ですです。彼が内務大臣とはいわず、農業担当補佐官あたりをしていたら、正直、状況が全然違っていたかもです」
「彼は非戦派だったんでしょ?」
そのくらいは聞いている。
「はい。ヒドリを予測していたとかで、内務大臣にも進言したらしいです。だから、大臣だったバッキン氏は我が国への侵攻に反対したそうです」
「え~ だとしたらバッキンさん、ヤバくない?」
国の危機を予想して的中させた場合、それを手柄として誉められる人もいるけど、多くの場合は逆なんだ。「貧すれば鈍する」で、しばしば迫害されるのは歴史が教えてくれること。
第二次世界大戦前の戦争反対派は次々と粛正されているからね。
「はい。前内務大臣は体調不良により辞職が認められ、現在は商業大臣のムスベ氏が兼務だそうです」
「大飢饉で民が苦しんでいるときの内務大臣を兼務かよ。しかも、その大臣って」
「はい。我が国にたっぷりと備蓄食料を売ってくださった、とても素晴らしいジンザイですです」
ベイクの口調は「人罪」と発音しているよ。
「ロースター侯爵も食料を備蓄をするべきだって、真っ先に唱えたらしいんですが、逆に、それがアダになったです。主戦派のリマオ軍務大臣からも相当睨まれたようで」
「なるほど。だから、王命が出たってわけね」
「はい。貴族の理屈を越えて周辺を救えという。まあ、それに対して愚直に従ってくださったお陰で、今の作戦ができたわけです」
ベイクがニンマリだ。
「ただ、ショウ様、お耳に入れておかねばならぬことが」
馬を寄せてきた。ん? アテナを気にしてる?
いや、アテナは知らん顔をしてるから悪い話しじゃないと思うけど……
「実は最終段階でロースター侯爵から条件が出されたのです」
そう言いながら、オレよりもむしろアテナを気にしてる。
「ね、ちょっと待って。確かあの人には美人で有名な娘が何人かいるんだったよね?」
まさかとは思うけど、こういう時にベイクは「国のためであれば皇帝を使うことに容赦が無い」という一面があるのをオレは知ってるんだよ。
「よくご存知で。三人姉妹で、一番上の娘が二十歳で弓を嗜まれるとか。今回降伏したもう一つの侯爵家の次男と婚約をなさってます。二番目の娘は十七歳で前内務大臣バッキン氏の息子と婚約の予定だそうです」
「えっ~と、何か、読めてきちゃった気がするんだけど。だけど、オレは無理だからね。ただでさえ、嫁が多いんだから」
アテナがチラッとこっちを見た気がした。
別に怒っている感じじゃ無いのはいいんだけど。
「まだ、お相手のいない姫は三人の中で最も可憐で美しく、そして賢いそうですよ。シャオ様と言うんだそうです。正直、親分好みだと思われます。なにしろ父親譲りの政治センスを持っているって話です。いかがでしょう? 十五歳ということでお似合いですし」
クソッ、ベイクのヤツ、泣き所を突いてきやがったっていうか、口調がセールストークになっているからな、それ。
ベイクの言いたいポイントは分かるんだ。
西部はグレーヌ教のことがあるからエルメス様にお願いしておくしかない。年の単位で専任してもらう。けれども東部は、ある程度落ち着いたら、現地で任せられる元ガバイヤの貴族が絶対に必要だって判断は元からあったのは事実。
それを考えると元ガバイヤ王国貴族の重鎮の娘が、オイジュ君以外の侯爵家の息子あたりと結婚してもらえるのが一番良いんだよ。
ドーン君はあっちから離れられないし、さすがに西も東もガーネットというわけにもいかないからアポロンはない。そしてシュメルガー家だとアレックス。政略結婚だしアレックスとの10歳以上の年の差婚は、アリっていやあアリだけど、できれば「無理やり娶った」的な絵面は避けたいのはある。
スコット家なら6歳差でブラスがありだろう。でも、額に刻まれたシワの深さを見ると少々可哀想なのと、彼の「占領後のお仕事」を考えると、できれば避けてあげたいところではある。
だから、消去法で言えばベイクなんだよね。ただ、この間の二人のイチャイチャを見ちゃうと、ちょっと可哀想かなぁって気持ちもあった。
となるとノーヘル?
う~ん、分家の、それも次男だと、それも可哀想かって話は確かにある。
だからゃ、さ、確かにオレと関係を結ぶのが一番だっていうのは分かるんだよ? でもなぁっていうのがオレの本音だ。
「とにかく、考えるにしてもメリッサと相談しないと無理だから」
「お、や、ぶん」
何だ、その気持ち悪い笑顔は?
「ついさっき、帝都から届いたお手紙デスデス」
メリッサからだ!
ん? このタイミングで?
「はい。最大級に軍の連絡員を急がせました。こういう時に地位があると、正直、実に便利です」
ニッコリ
「ロースター侯爵には、お返事を差し上げても?」
手紙の中身を見るまでもない笑顔がベイクの顔には浮かんでいたんだ。
くっ! こ、コイツ、どこまで先読みしていやがった。
「へ、返事は、確約じゃ無いからな! あくまでも前向きに、検討しちゃうこともあっちゃうかも~ くらいだからな!」
「ありがとうございます。これで、戦後処理も見通しが立ちましたです。あ、美人で、とても性格の良い子らしいので、それはご納得いただけるです。本人も、親分をどこかで見たらしく、ぞっこんだそうです」
オレは一つため息をついて答えた。
「ベイク」
「はい?」
「今のセリフ『しょうじき』がはいってなかったぞ」
「おっと……」
それでもオレの目は懐かしいメリッサの文字を追っていたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
シャオちゃんですが、下の姉はキャオちゃん。上の姉はショウコちゃんと言います。
上の姉は女性ながら弓を嗜むという強気系美女。シャオちゃん、キャオちゃんはガバイヤ王国の美女の双璧と言われているそうです。
ショウコちゃんは弓を嗜む分だけ「双璧」にはいらないんですね。
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