第5話 久し振りの勢揃い
「親分、そろいました」
アポロンまでもが、親分呼びをしてくるようになってしまった。まあ、ガーネット家の血がそうさせるのかもしれないね。
ズラッと並んだゴールズの前に立つのは久し振りだ。
全員集合。
演説台に立つと、一斉に姿勢を正して、オレを見つめてくる。
「閣下へ~」
こういう時くらい、ノインだってカッコをつけたい。語尾を伸ばして、抑揚を付けた号令だ。うんうん、自己PRっていうのもなんだか微笑ましい。
「敬礼!」
一斉に背筋を伸ばして胸に右の握りこぶし当てる動きの見事さって言ったらない。
こういう時に、隊の練度が分かるんだよ。
ほら、中学生の時に「集団行動」みたいなのを体育の時間にやらなかった?
オレは心の底からバカにしていたよ。手を振る角度? 胸を張れ? 歩幅が違う?
「お前、大学出たんだろ? こんなことばっかり見てて楽しいのかよ」
って、頭の中で毒づいていた。いやぁ、ヤな中学生だったね、オレって。
でもさ「こんなことして何になるんだよ」って普通は思うじゃん。
確かに「平和の国ニッポンの中学生」がヤル必要なんてゼロだと思う。それは今でも意見は変わらない。
だけど剣や槍で戦う世界の軍隊は、マジで、ああいうのが有効なんだ。まあ、自衛隊さんなんて、現代でもヤッてるけどね。
知ってる?
自衛隊の武山基地(新人が教育隊に入るところ)では、1ヶ月前まで普通の高校生だった人達が軍隊のイロハを教わる。
テレビなんかでも紹介されるけど、髪型を変えられるだとか起床が厳しいだとかがわかりやすく絵面になっているでしょ? でも、本当は違うんだよね。
自由の国アメリカでも、自衛隊でも「5分前行動」が基本。だから「7時に清掃開始」だと、5分前には掃除道具を持って所定の場所にいる。わかる? 5分前行動をするために、その5分前には移動しているってこと。
徹底的な「5分前行動」は、武山基地で仕込まれてから定年退職するまで身についちゃってるから、退職後のボランティア活動でも「5分前行動の5分前行動」をしちゃうんだって。
笑えない話で、アメリカ海兵隊は走るのが大好きで、司令官になっても変わらないらしい。だから、たまに司令官が「明日は朝6時にみんなで走ろう」なんて言い出しちゃうと大変。当然「5分前行動」だろ? 階級ごとに「上の人よりも5分前に動く」って言うんで、だんだんと早まる時間のせいで新人達は朝5時には勢揃いすることになるってわけ。
こういうのって民間人にとっては笑いのネタにしかならないけど、軍隊の人にとっては「え? 何かヘン?」って感じか、せいぜい「いや、民間のみなさんは不思議ですよね」って苦笑いするレベルなんだよ。
軍隊とシャバ(民間)とでは、常識というか考え方の基本が違うんだ。だから、新人教育の間に洗脳レベルで徹底的に躾けていく。
その最初が「自由時間であっても、2人以上で動くときは指揮官が必要」ってヤツなんだよ。
だから自由時間にPX(基地内の売店)にポテチを買いに行くときだって、ダラダラ歩くコトは許されない。きちんと隊列を組んで「ススメ」の号令で歩き始めるんだよ。しかも決められた歩調、歩幅だ。
たまたま5月に武山基地に行ったことがあるんだけど、手に手にコンビニ袋を持って、一列になって真面目な顔で行進している姿は、微笑ましいと言うよりも異様さを感じたよ。
だけど、それはオレが民間人だからであって、一緒にいた自衛隊さんに「あれは、なんで、ああやって歩いているんですか?」って質問したら不思議そうな顔をされたのが事実だ。
民間人が不思議がるのを、とっさに理解できなくなるってレベルで常識が塗り替えられているんだよ。
それとさ、並んで歩く不思議さだけじゃ無くて、教育期間の新人隊員が自由時間に買い物に行く時であっても、仲間同士の間に「号令をかける役を務める順番」が決まってるって事実だ。
民間人が見ていると滑稽だけど、軍隊って「10人いたら、序列が全員決まってる」って場所だし、命令に応じて動くんだってことを叩き込むわけ。
こういう感覚を作っていくのが軍なんだよ。だから、武山基地に入って半年も経つと、お休みの日(ちゃんとあるんだよ!)に町まで同じ班の仲間と出かけると、牛丼屋さんに向かう時に全員の歩調が揃ってた、なんて笑い話は「武山基地あるある」だ。
徹底して「集団行動を仕込む」のが軍隊というものだ。
歩兵で言うと、例えば行軍訓練が基本となる。
歩調を揃えて、一歩の幅も揃えるどころか手の角度まで揃える。4列と8列をこの世界では使うんだけど、90度曲がるときでも揃って曲がれる。
指揮官の命令一下「自由自在に曲がれ、止まれ、スピードを変えられるのが当たり前」ってところまで徹底的に訓練するんだ。
敬礼のカタチを徹底的に揃えるってのも同じ。
こういう訓練をする軍は、遠回りに見えて、実は最短距離でメチャクチャ強くなるんだよ。
ほら、槍の穂先を揃えたり、剣を振る角度を揃えたりするのはわかりやすい。だけど「なんで並んで歩くだけで強くなるんだよ」ってことは、実戦を経験してみないと分からなかったんだよね。
戦いの場って、指揮官だったら誰だって始める前に有利な形を作ろうとする。でも、戦っていると、すぐにグチャグチャになるんだよ。
隊列が揃っている時間が長いほど、組織の力で戦える。ま、そりゃ圧倒的な個の力を持ってるムスフスとかカイだとか、それにオレの側に控えているアテナなんかだと、むしろ一人の方が力を発揮するよ。
だけど多くの兵は、どれだけ鍛えても一定の強さしか持てないんだよ。
考えてみて欲しい。
十人が敵の「十二人」と戦うときに、十人がかりで最初の三人に襲いかかれば圧勝だろ? 次に二人に襲いかかっても圧勝だ。そして「次の二人」と片付ける。
はい、残りは「十人と対決する五人です」って話になるわけ。
列を作らない「グチャグチャな塊」だと、戦いに参加できない兵が必ずたくさん出てしまう。逆を言えば、戦いに参加できる兵が限られてしまうってこと。
隊列を組んだ軍隊と、グチャグチャになった軍隊とは差ができるんだ。
だから、個々の兵士が槍を揃えて振る練習や、剣の素振りも大事だけど、同じくらい「集団行動訓練」は大事だし、圧倒的に軍を強くするんだ。
ちなみに騎馬隊は、個々の技量と同時に、お互いの信頼が無いとダメ。だから仲間と一緒にタイトな行動訓練が必須なんだよ。エルメス様と一緒に行動したときは、わざと狭い道を集団で走ったり、交錯して走らせたりしたのも、このためだ。
北方遊牧民族の乗馬技術が秀でているのは、子どもの頃から馬に乗っているっていうのもあるんだけど「一緒に馬に乗ってきた」という歴史がモノを言う部分もあるんだよね。
ということで、ゴールズは山賊式の荒っぽさも、お行儀の悪さもありだけど、こういう時の行動については帝国イチのレベルになったんだ。
新しく決めた「忠誠を捧げる姿勢」も、見事に決まってる。
これは、敬礼一つにしても各騎士団によって、少しずついろいろと流儀があると統一感が無いっていうので、わざわざ「共通語」みたいな感じで作り上げてきたんだ。
普段なら、ニヤけるヤツも、大口を叩くモノも、酔っ払えばオレに絡む隊員だってOKだけど、こういう時の緊張感を持った集団行動の見事さを演じられるのも、強い兵隊である証拠なんだよ。
オレの前に並んでいる男達は、間違いなく、どこを見てもピカイチくんだ。
ま、端の方にいる「独立偵察隊」とされたテムジン達は、チョットだけ戸惑っているけど、彼らは発展途上だからね。
急遽作られた演台の上から答礼する。
「なおれ!
ひとわたり見回して、小さく肯いたのを見たノインが「休め」と号令。
ザッと両脚が肩幅に開いて、みんなは力を抜いたんだ。
しかし、爛々と輝いた目はオレのひと言を聞き漏らすまいと輝いている。
「諸君、長らく待たせた」
うぉおおおお!
えっと、まだ感動的なこと言ってないよね? 全員が拳を振り上げての「やるぜ、やるぜ、やるぜ」のポーズだ。
こういう時に長話は良くないよ。
「目標はガバイヤ王国宮、メハメットの首だ!」
どどどどどどっど
足を踏みならし、拳を突き上げ、どうにもたまりません状態の男達。
連中の怒濤の波間を突くようにして「ただし!」と声を張り上げる。
これだけは言っておかなきゃいけないからね。
「手加減はいらない。だが、忘れるな。彼らも未来のサスティナブル帝国の民となることを。我らは覇道を行くものなれど、慈悲と正義を忘れれば、それはケダモノと同じである! 諸君、我らの行くべき先は民の幸せであることを心せよ!」
「おぉおお!」
無数の声が反響した。
「敵は強いぞ、侮るな! しかし、我々はもっと強い、恐れる事なかれ! 行くぞ!」
おおおおおおおお!
そこでアポロンが声を上げる。
「エレファント隊、勝利へと~ ススメ!」
一斉に姿勢を正したエレファント大隊は、隊列を組んで進み始めた。
それぞれの瞳が「明日」を見ていることだけは確かだった。
※傾注:「注目せよ!」という時によく使われる軍隊式の命令。これが発令されると「休め」が掛かるまでは一切動いてはいけない。古参兵が新兵に教える時は「てめえの鼻の頭に蚊がとまろうと、てめえの目ん玉をハエが舐めに来ても動くな」とよく言われる。ちょっと荒っぽい古参兵だと「動くな」の代わりに「動いたヤツはオレが切る」になることがある。
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作者より
武山基地は、作者も行ったことがあります。たまたま金曜日で300円出すとお昼も食べられるというのでお願いしました。武山基地って海上自衛隊もいるんですよ? 金曜日ですよ? そりゃ期待するじゃ無いですか!
そしたら、お昼近くになって案内役の「一佐(大会社の営業部長クラスです)」がわざわざやってきてくれました。「すみません、今日は陸上さんの方のメニューになってしまって……」と謝ってくれました。いや、勝手にこっちが期待しただけなので、むしろ恐縮しましたが。ちなみに、メニューはレーズン入りのドライカレーでした。美味しゅうございました。
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