第4話 民のため、家のため
「サスティナブルの連中のやるコトはえげつないな」
「お館様、ここは忍耐を」
ルルは、そっとロースター侯爵の右手に両手を添えた。二人きりの執務室だと、ついつい、実の兄のように慕っていた時の癖が出てしまう。
思えば、敵への降伏を勧めたのも自分だ。いくら「身内の気安さ」があっても責任を痛感するルルだ。
しかし、家内の主だったものや騎士団が「徹底抗戦」を主張する中で、本当のロースター侯爵の気持ちを知っていたのは自分だけだったのだから、仕方ない。
1人も味方がなければ、ロースター侯爵と言えども降伏は選べなかったはずだ。たとえ身内であっても、真摯な言葉で「民のために」と説いたことが結果につながったのだろう。
ルルの心配を振り切るように、無理に笑って見せる侯爵だ。
「安心しろ、たとえ裏切り者の汚名を着ようとも、マリアと子どもたちの命には替えられんからな」
ロマオの領主としてガバイヤ王国でもその有能さを知られているロースター・ロラン侯爵は諦めたようなため息を下ろしてから「それに」と続けた。
「連中に従えば、少なくともこのあたりの人間の何割かは救える。必要なだけ食糧を供給する約束だからな。それは、サスティナブルの連中にとっても少なくない負担のはずだ。命令だけ出して、後は何とかしろと平気な顔をしていたヤツらとは違うみたいだぞ」
凄みのある笑顔だ。
徹底抗戦か降伏かで家内でも揉めた。いや、大半の者が「降伏は仕方ないにしても、戦って負けたというカタチを取らないとお家の存続が危ない」と主張したのだ。
そして、それは侯爵自身ですら「正しい」と思わざるを得ない意見だった。
一戦もすること無く降伏すれば、戦後、裏切り者としての誹りは免れない。さすがに死刑は無いだろうが、貴族位剥奪は十分にあり得る。
しかし、それを予想してもなお、選択肢に降伏しかなかったのだ。
領館で集めた情報では、領民の8割以上が夏までに餓死する。「周辺救済」を王からの厳命として受け取ったロースター侯爵家に、中央からの援助物資はいっこうに送られてこなかったのが現実だった。
この状態で戦えというのが無理なことだろう。
サスティナブル帝国側は「降伏すれば救恤所を設け、領民から餓死者を出さないように全力を挙げる」と確約をしてきた。しかも「夏に向けての種芋や種籾を無償で渡す」という好条件。
領民のことを考えれば、抗戦する意味など無いのは明白だった。しかし、だからと言って自家の地位を投げ捨てられるものでもない。
家宰のルルは領民思いの主に黙って頭を下げるしかなかったのだ。
『ロー兄は、いっつも損な役ばかり。でも、黙って人のために働いてきたんだものね。何があっても私はついていきますから』
もしも処刑されるなら自分も後を追う。貴族位を剥奪されたなら、自分がロー兄の一家を食べさせてみせる。ルルは十分な決意を持って降伏を勧めたのだから。
ルルの父も祖父も、代々ロマオ家の家宰を務めてきた。幼い時は「兄」として親しんできたが、大人になれば身分違いだと理解もできた。
昨年、父から受け継いだ家宰の仕事も慣れてきたルルに、パンツスタイルの女性用執事服もすっかり馴染んでいた。
『こんなにご立派な方なのに、運がない』
若くして「英傑」とまで言われるほど、領地を富ませることに邁進し、実績を上げた。
実際、打つ手はことごとくハマったのだ。
しかし、昨年の冷夏が全てを狂わせた。
『お館様は、それだって予想してらしたわ』
若くしてロマオ領を継いだときから、いずれ冷夏が来るというのは予想していた。祖父と、そのまた父親の日記を子どもの頃から愛読していたお陰だ。
「冷たい夏が定期的にやってくる」
知っていた。対策もした。けれども……
王家の無謀な出兵と「食い物で金を稼ぐ」ことを第一としてしまった施策の結果、ガバイヤ王国全体の危機が訪れた。
相対的に「マシ」であったロマオ領には、王からの助けは一切無かった。それどころか、領内の事情を察知した中央から「周辺救済」が王命により義務づけられてしまったのだ。
自領内だけでもカツカツであったのに、結果的に、この王命により破綻した。危機は深刻なものとなったのだ。
これで防衛戦などできるはずが無かった。
ロースター侯爵の決断は悲壮なものであった。
「自分の命と引き換えに民の救済を」と敵に食糧援助を求めたのだ。
結果、約束通りの援助のお陰で1万を超える領民の8割以上が持ちこたえてくれたらしい。このまま数ヶ月を乗り越えれば、未来が見えてくるはずだ。
サスティナブル帝国による「救恤所」が設置され、本気で領民の面倒を見てくれることを見定めてから、ロースター侯爵は自決を選ぼうとした。
しかし、察知した妻のマリアに止められた。
「あなたが生きていらっしゃらないと、この戦争が終わった後、処刑されるのはジョースターになってしまうわ。それでもいいのかしら?」
頭の良いマリアらしい口実だ。なるほど、愛する子どもたちが処刑されない方法を考えるのも父親の責任だ。いざとなったら家族を亡命させて、自分が王都で処刑されればカタチができる。
そう思って、オメオメと今まで生きながらえてきた。
そこに、新しく赴任してきた敵のベークドサムとかいう参謀が交渉してきたのだ。
「貴領の役目は周辺の民の救済だと伺いましたぞ。王命を守るのは降伏されたとは言え貴族の義務でしょう? そして、あらゆる手段で全力で救済せよというのが王命のはずです」
サラリと言ってのけてきた言い分に驚いた。しかも、なぜ、こちらに出された王命を敵が知っているのかすら理解できなかった。
相手の言うことは論理的に正しい。王命に従うこと。そして民を救うこと。それはどんな場合でも貴族としての義務である。
その理屈を飲み込んだロースターを見定めて、相手はダメを押してきた。
「食糧を提供します。ここと、ここに貴領の全力を挙げて救恤所を設けていただきたい」
それがどんな意味を持つのか、分からないロースターではなかった。
「そうやって、民を引きつけておいて。その間に、とはヒドいやり方ですね」
さすがに、イヤミにも近い言葉を出してしまったが、相手は「正真正銘、民を救いたいだけですよ」と笑顔で応じただけ。
「ふん、毒を食らわば皿までも、皿を食らうは男の見
「はい。ただいま騎士団長と副騎士団長を連れて参ります」
ロースターの顔が上を向いたのを見て嬉しかったのだろう。キリリとした動きでルルは出ていった。
静かに閉まった扉を見つめながら、ロースター侯爵は考えた。
『こうなった以上、案外悪くないかも知れぬぞ? どのみち破滅するのであるなら、賭けるのも一興か』
立ち上がると、今度は愛妻のマリアを自分の足で呼びに行こうとした。
美しさでは評判の愛娘の嫁ぎ先を相談するためであった。
※毒を食らわば皿までも、皿を食らうは男の見栄
ガバイヤ王国の貴族に伝わる言い回し。ただし、少々、品の悪い言い方なので悪ガキが主に使う言葉。悪いと分かっていることでも、一度始めたら、最後までやり抜くことが大事だ、と言う意味となる。
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作者より
進行ルートに敵の極めて優秀な、しかも中央に疎まれるタイプの領主がいたことが結果的に幸いしました。王国西側に配置されたということは、明らかにサスティナブル王国対策を取るはずの領主なのに、周辺を救えと命じられたのは、中央の嫌がらせです。
国が滅ぶ時って、優秀な人が疎まれる傾向にある気がします。まあ、優秀な人を疎ましがるから滅ぶのかも知れませんけど。
それにしても、ベイク君はショウ君と喋るとき以外は普通の口調になるんですね。
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