第3話 誘引
地図を前にして4人が難しい顔になっていた。
「そっかぁ。補給線の維持は難しいか」
「はい。何をどうやっても継続的な補給線を維持する能力はないです」
ショウの嘆きに応じたミュートの口調はキッパリとしたものだ。参謀は純粋に数字で物事を判断するのが役割だけに、ダメなものはダメということなのである。
『このあたりはオレ相手でも容赦ないよなぁ。まあ、日本軍じゃあるまいし、忖度して結論を変えるようじゃ困るんだけどさ』
いかに皇帝相手であっても、作戦については忖度できないという姿勢を変えない三人に、困りつつも安心するショウだった。
権力者や場の勢いを忖度して現実を曲げようとする方がアウトであることをよく知っているのだ。他の二人にも確認するためであろう、地図を使って再度の説明をするミュートだ。
「現在一番深く食い込んでいるのは、ここ。カイの真西にあたるロマオ侯爵領までです。領民がおよそ2万人というところ。こちらに救恤所を設けた結果として、舗装はまだですが辛うじて道路が作れています」
救恤所では、子供やお年寄りを除いて「仕事と引き換えに食糧を」というのが徹底している。その仕事というのは補給物資を運ぶ道路建設だった。自分達の仕事が、この地に食糧を運び込むための道路造りということなので、みなさん非常に協力的だ。仕事を免除されるお年寄りや子ども達まで参加して、道路を広げ繋げることに熱を入れてくれている。
一部の大工や鍛冶のできる職人さん達は自発的に「倉庫造り」まで手伝ってくれているのがすごい。
人は、ただ助けられることを好まない。少しでも余裕が生まれれば、与えられっぱなしよりも、何かを返したくなるものらしい。だから「仕事と引き換えに食糧を得る」というのは民自身の尊厳を守るためにも大事なこと。
そして、現実的な話になって考えれば、1日分の食糧を渡しただけで敵地なのに好意的な労働力が無制限に得られるというのは、おいしい話なのだ。
目の前の地図には救恤所が5箇所描かれている。この付近の村々からの来やすさと、こちらの運送の便、そして防衛ラインとを兼ね合わせてミュートが決めた場所の配置は文句の付けようが無かった。
『それにしても、たかだか2万人の領地で侯爵かよ』
サスティナブル帝国の常識で言えば「侯爵領」というのなら、その20倍以上の人口になるのが普通だ。オレンジ伯爵領ですら、現在、3万人近い人口を抱えて日に日に伸びている状況なのである。
『確かにウチはチョット特殊だけど、それだって2万じゃ、せいぜい伯爵領って感じなのになぁ」
なお、現在の「皇帝直轄地」は、それぞれの地域で代官が治めている。代官は御三家の当主お墨付きで就任しているし、常にファントムが調査しているので問題なし。急な発展は無いが搾取もしないという中庸な政策だ。
『結果的にソロモン(注:旧ロウヒー家侯爵領の新名称)もドーン君が治めてくれているわけだし。キュウシュウを除いても、皇帝の直轄地を合計すれば150万人程度にはなるわけだ。資金力は余裕があるよね』
だから、ショウとしては皇帝領の発展を急ぐ必要は無かった。
問題は、こっちで占領した1公爵2侯爵領の合計が8万人ほどである点だろう。8万と簡単に言っても、室蘭市や国立市よりも多い人口である。それを養うのはとんでもなく大変なこと。そのために帝国中から食糧をかき集めていて、なお足りなさそうだ。
しかし「新しい国民」を見捨てては、この先の占領も上手く行かなくなる事態が目に見えている。
『あと数ヶ月すれば、早獲れの作物も食べられる。それは良いんだけど、現状では、ここを飢えから救うための補給を常にしつつ、敵の王都・カイまで200キロを補給無しかぁ』
軍事によるミュートの分析と、捕虜としている貴族達からの聞き取り調査によって分析したベイクの意見も一致していた。
アポロンは、二人の突きつける現実を不承不承という感じで聞いているが、一方で、ショウをチラチラ見る目が「で、どんな名案を?」と言わんばかりに期待に満ちているのだ。
どう考えても「行進」だけでも片道一週間かかる距離の遠征を補給無しで行うのは不可能だった。まして、行った先では「王都攻略」が待っているのだ。簡単に行くはずがない。
前世の歴史においても、城攻めは時間がかかるというのは常識だ。人員の損耗を考えないならともかく、常識的な損耗率で城を攻略しようとすれば、年の単位でかかることも希では無いのだ。
ショウは言った。
「じゃあ、補給部隊がせめて片道だけでも付いてこられるようにすれば良いんじゃないかな」
「片道だけと言っても、物資を消耗させた後はただ邪魔なだけになってしまいますぞ。それに、それだけの物資を持っていると分かれば、防衛以外の要素で敵の注意を引いてしまう可能性が高いです」
ミュートは、これくらいはショウ様もご存知でしょうという顔で説明してきた。軍師として当然のサポートである。
イメージ的には「砂糖に集るアリ」の図式だ。食い物があると言う情報は、瞬く間にガバイヤ王国の各地に流れ、意図せずとも大量の農民が襲いかかってくる姿が目に見えていた。
現在の救恤所が占領下の土地にあってなお、毎日、難民が寄り集まってくる動きは止まらないのだ。まして、占領されてない場所に食糧があると分かれば、ガバイヤ王国内で瞬く間に知れ渡るに違いないのだ。
「まあ、そうだよね。食糧不足なのに数万食を運んでいる相手なんて防衛よりも、むしろ、こっちを襲いたくなるもんね」
「ひょっとして、調略です? 正直、あまりオススメできないです。偽計である可能性が高すぎますです」
ベイクが疑問を呈した。
「確かに、オレ達が敵を調略しても、祖国防衛に燃えている人達は下ってくれない可能性が高いよね。でもさ、味方同士ならどうかな?」
「降伏した貴族を使うと言うことです? 正直、我らに心からの忠誠を誓っているわけではないので、ミイラ取りがミイラになるパターンしか予想できないです」
「ふふふ。そうだね、彼らはいまだにガバイヤ王国の貴族であろうとしてるのは、何となく予想のウチさ、でもね、彼らに役割を与えたらどうなると思う?」
アポロンがいち早く反応して割り込んだ。
「役割、ですか? 高位貴族にあるまじく、簡単に下った者達にどんな役割を?」
そこに笑顔で答えるショウだ。
「彼らも、王家に弓引くまでは決心が付かないだろうけど、民を救う役割は嫌がらないんじゃ無いかと思ってね」
「民を救う?」
「そうだよ。我々の進行ルートから左右に十分遠く離れた場所に、彼らの手による「救恤所」を設けさせるんだ。そこに物資を集める。そうなると?」
「敵は、そっちの物資なら容易に奪えると?」
ミュートが目を見開いてる。
「まあ、大量の物資を喪うことになるだろうけど、どのみち、それは民の間に撒くわけだから問題ない。未来の我が国民を救うんだからね」
「あ! なるほど。連中に周辺の民への救恤をさせることで目を集めて、その間にということですね! なるほど。それなら何往復もと言うわけにはいかないけど、片道程度なら」
素早く、荷駄の計算まで始めてしまうミュートだ。
「え? でも、降伏したとは言え、正直、元高位貴族ですよ?」
「ふふふ。だから、その分の調略を頼むんじゃん」
「え? 私……です?」
「で~す」
貴族は丸投げが基本だからね。
「承りました。そんなこともあるかと、到着時より十分に話をして参りましたので、民の窮状をよく耳に入れておりました。はい。正直、彼らはやる気になっておりますです」
「え? 説得済み?」
「民を救うために食糧配布をやってみない? という感じで既に承認をしております。各当主とも妻と若君を人質に差し出してでもやらせて欲しいと申し出ておりますです」
既に、説得済みだというベイク。さすがに、ショウも驚くしかない。
「ね? ベイク、この作戦を使うことって、君には言ってなかったよね?」
「伺っておりませんです。でも、正直、この作戦を使う確率は3割程度だと思っておりましたです。無駄にならなくて良かったですです」
「さすがベイクだ。よし、じゃあ、それぞれの当主に動員させる兵と馬車の数を出させないと」
「こちらになります」
「えっと、ミュート、これは?」
「我々に降伏した各貴族家の動員可能な兵站能力です、リスト化してありますので、そのまま相手に突きつければ、最大動員されるはずです」
ショウは、二人の先見性に度肝を抜かれつつ『これなら予定を1ヶ月は縮められそうだね』とニヤリとしたのである。
持つべきは優秀な部下だな、とつくづく思うショウであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
ミュートは、降伏させた相手を武装解除しつつ、治安維持やこの先の慰撫宣伝活動に使えないかと、動員計画を立てていました。一方のベイクは「降伏した相手は、名誉のために何をしたがるか」を読んで、誘い水をかけていたようです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます