第2話 村人の死相
ガバイヤ国東側にある、山がちの村ウエ。
川下側にある「シタ」と一体になって発展してきたが、既に交流は途絶えている。
お互いに姉がウエに嫁ぎ、弟がウエから嫁をもらい、と言う関係が崩れたのは「山に残った食用になるユリの根っ
普段なら譲り合うはずの山で、殺し合いに発展してしまったのだから飢えとは恐ろしい。今では、それぞれの村から山に入る時も男達の数を集めなくては怖い。
お互いがお互いを不審な目で見なくてはならなかった。冬用の野菜を植えた畑には、それぞれの村で不寝番を置くようになった。
それだけではない。
「不寝番が、夜の間に盗んでいるのでは?」
そんな疑念が湧き出して「不寝番を監視する不寝番」まで必要になってしまった。現に、村の中でも男手のないような家の畑は、真っ先に狙われていた。
元々、温和な人々が顔見知りだけで暮らす村なのだ。とてつもなく平和で幸せな村だった。
顔見知り同士、親戚同士のような家ばかり。外出の時に戸締まりをする習慣も無い。街へと遠出した親の帰りが遅くなれば、子どもは黙って隣の家に行けばいい。ちゃんと食事が出てくる。あるいは、独身男が病気にでもなれば、近所のおかみさん達が代わりばんこで食事を差し入れてくれた。
もちろん、男が元気になったら山にでも入って獲物を獲るなり、壊れかけた家の屋根を直したりと恩返しをした。
お互いがお互いを助ける。「助け合い」等という言葉を口にしなくても助け合うのが普通のこと。
お互いに貧しいけれど誰もが笑顔で暮らせた小さな、小さな村だった。
しかし、たった一度の「冷たい夏」が全てを壊していた。今の村は猜疑心だけの世界になっている。
そして軍隊に働き盛りの主を取られたペジエと子どもたち三人は、ようやく食べらるほどに育った冬野菜が、ごっそりと盗難に遭ってしまった。
選択肢は餓死するか、子どもを売るかとなる。しかし、現実問題として人買いの男は長らく村にやってこなかったし、今にも倒れんばかりに痩せ細った子どもたちを買うわけがない。
つまりは「あるところから盗む」か、飢え死にするかの二つに一つ。
そんな究極の選択をしている家が、きっと国中にあるはずだ。
『アタシだけなら、いいんだけど』
正直と優しさで知られたペジエだ。自分だけなら、飢えて死を待てば良いと諦められる。しかし、命よりも大事な三人の子どもたちの顔に死相が浮かんでいるのが見えてしまえば、母として選べる道はただ一つ。
もちろん、村の男に身を任せて食を得ることは考えた。しかし、そんなことで済む段階では無くなっていた。
女と芋とどちらを選ぶと尋ねられた男は、全員が芋を選ぶと言うだろう。
したがって、ペジエにできることは「盗む」ことしかないのだ。
人間は、一定以上のひもじさがつのると眠れなくなる。そのくせ、昼も夜も意識がもうろうとなって、起きているのか寝ているのかも分からぬ状態だ。
「かあちゃん、食べ物を分けてもらいに行ってくるからね」
真夜中に「分けてもらう」なんてありえないのは子どもたちにでも分かること。しかし、そんな母親に言葉を出す体力も気力もなかったのだ。
ただ、ぼーっと、家を出る母の背中を見送るのみ。
有り体に言えば、子どもたちが母を見る最後の姿となるのが必然であろう。食い物泥棒は、その場でたたき殺されても文句は言えないのだ。
ペジエは闇の中を歩いた。盗むことを決心しても、いざとなれば「どこから」が大問題となる。
『あぁ、この家は、ウチの子と同い年の子がいたっけ。この家は乳飲み子がいて、乳が出ないって……』
盗めるかどうかの前に「盗んでしまえば、この家の人は」が浮かんで来て、何とも動けない。
とうとう村はずれまで来てしまった。この先に人家は無い。
「あぁ、どうしよう。ウチの子に食べ物を……」
その時だった、馬が現れた。いや、馬に乗った人が現れたのだ。
「子ども?」
馬に乗って現れた子ども達は見慣れぬ軍服を着ている。
「兵隊さんかい?」
ガバイヤ王国が「敵」に侵略されているのは知っていた。夫も、それで出征したままなのだ。しかしペジエにとって戦争と言うモノはやはり、どこか遠くのこと。だからとっさに、それを敵だとは思えなかったし、まして、相手があどけなさの残る子どもだったから逃げる言う言葉も浮かばない。
「なぁ、あんた、もしも食べ物があったら分けてもらえないか? 芋半分でもいいんだよ」
血色の良さそうな姿が月灯りにもハッキリしていた。
その瞬間、相手が「オトコの子」であるということで計算もしていた。芋半分でもいい、何か子どもたちに食べられるものをくれれば「男」として相手をしても良いと思えたのだ。
しかし、馬上の男は冷静な声で聞いてきた。
「お前の家は近いのだろう?」
「村の中だ。家に来るのかい? 子どもたちがいるんだ。できれば、外でしてもらえると」
その瞬間、一番手前にいたオトコの子は「すまんな、生憎と親分に禁じられている」と小さく笑った。
『親分? この子たちは山賊なの? バカに身なりが良いけど』
「子どもたちがいるなら、好都合だ。よし、オレだけで行ってくる。見張りは頼んだぞ」
そういって、一人馬を下りた子どもは「テムジンという。飯を持ってきたぞ」と小さな声で告げたのだ。
・・・・・・・・・・・
3日ほど時間を遡る。
親分は、各チームのリーダーを集めて言った。
「そのパンは、一番効果的だと思う所に置いてきて」
「「「「「はい!」」」」」
みんな、勢いよく返事をした。事実上、初めて単独で任された任務だった。
ゴールズがガバイヤ王国の中心に向けて進軍する前に、広域偵察を行うことになった。
進行ルートを探るのがピーコック大隊。
そして、周辺の民の状況を探るのがテムジン達に任された任務だった。
4人一組の12チームが騎馬の機動力と独立した生活能力を活かして3日間でできる限り「村」の様子を見てくること。できれば村人と話をするようにと命じられた。
敵地での少人数チームによる、独立した広域偵察。
まさにテムジン達のためにあるような仕事だ。
彼らが地図を読めないのに道に迷わないという不思議な事実に気付いたのはショウだった。聞いてみると地図を「読む」習慣などないのだ。彼らにとって「道のり」とは立体的な画像で記憶するのが常だと聞かされて、南太平洋の民族と同じだと思ったのだ。
地図の概念がなかっただけで、彼らの能力は高い。大岩から3キロ行けば泉があり、川を辿れば良質な牧草が生えている。そんなことを全て画像として記憶しているのだから、とんでもない記憶力なのである。
その頭脳に「マップリーディング」の技術を付け加えると、最高の偵察要員である。なにしろ、途中途中のあらゆる景色を「立体的な画像」として記憶してくれる上に、人々から話まで聞いてきてくれる。
言葉で説明してくれる戦略レベルの偵察ドローンと言ったところだろう。
しかし、送り出す前に念を押すのを忘れない。
「みんなの任務には、いくつかのルールを付けるよ。略奪禁止。もちろん、女を襲ったらダメ。もしも、そんなことをしたらスミレに言いつけるからね」
うぇ~と何人かが呻いた。
スミレが怒り出すとテムジンよりも怖いというのが彼らの定説で、特に「妻を裏切った」時に暴発しやすいのだ。
以前なら略奪先の女を襲うのは当たり前だったが、定地の民の文化を吸収した結果、スミレはいち早く「女を襲うのは妻に対する裏切り」という考えを持ってしまったのだ。複数の妻を娶るのはオトコの自由だが、妻に対して公平でなくてはいけない。まして「それ以外の女」との関係は裏切り扱いだ。
もちろん、このあたりは教育を担当した親分の妻達の誘導が大きかったが、既にテムジン達の集団においては、それが「当たり前」として確立してしまっている。
それだけに、もしも親分の言いつけを破り、スミレに知られてしまえば何がどうなるのかわかりきっていた。
一見すると亭主関白と思えても、実は恐妻家であるのは北方遊牧民族の伝統でもある。
テムジン達は純粋だった。文化様式や基礎的な考えが違っても、いや、違っていたからこそ、異文化を素直に吸収した。そこに「親分への畏敬の念」が付け加わって、偵察チームの意志は揺るぎないものとなるに決まっていた。
全チームは水以外の現地調達と略奪が絶対的に禁止。戦闘もなるべくしない。
それだけではなく、50食一箱の非常食パンをそれぞれが馬に積まれたのだ。
「一番効果的な人に渡しておいで。よく分からなかったら、子どもたちを救うことを考えると良い。後で渡した状況を聞くよ。今回の初任務は、これをどれだけ効果的に渡せたかが決め手になるからね!」
そんな風に親分に言われて送り出されたテムジン達は、北方ですら見たことがないほどに徹底的に飢え、痩せ細った人々に唖然となった。それでも任務を達成するべく、あちらこちらの村を見回った。
時々、パトロールと思える敵に見つかることもあったが、テムジン達に追いつけるわけがない。
かくして3日目。
夜陰に紛れて村の中を強行偵察しようと試みたテムジンは、食糧を渡せる相手を見つけ出したのである。
翌朝、3軒離れた家に「乳が出るように」とパンを渡しに行ったペジエをテムジン達はそっと見つめた。
また一つ「定地の民」の優しさを知った気がしたのだった。
※ユリの根っこ:根っこでは無く「鱗茎」(玉ねぎなんかも鱗茎ですね)ですが、村の人達は「根っこ」と言っています。冬場、日本の野山でも「ユリ根」を掘って食べる習慣が残っています。ヤマユリのテンプラなんかも美味しいですよ。ただし、発芽から花を付けるまでに5年はかかるそうです。「一つ掘ったときは、必ず鱗茎をひとかけら埋めておいて欲しい」と山のオジサンに言われたことがあります。
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作者より
農村では冬野菜も作っていますが、カロリー的には絶望のひと言です。そして、農村での奪い合いは、弱い家庭の「死」に直面するわけです。
江戸時代の三大飢饉の際に、東北で「普通なら絶対に食べない肉」の市が立ったことは有名な話です。(すみません「何の肉」なのかは、応援メッセージでも避けてください。ご協力をお願いします)
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