第6章 東部編

第1話 ガバイヤ討伐

 最前線の城の役割から「戦略基地」へと変貌しているクラ城まで、100名の騎馬隊が1日五〇キロペースで移動してきた計算だ。


 クラ城までの道は全て整備済み。それだけで終わらせず、ここから最前線まで常に道路を整備し続けているというのがテノールのやり方らしい。一応、最初に頼んでおいた任務だけど、思った以上に律儀に、しかも予想以上に綿密にやってくれていた。


『ホントに、良い人材が義兄になってくれたよなぁ』


 戦争において兵站ロジスティクスというものは、最も大事な仕事のはずなのに、実際に担当する人間は実に損な役割だったりする。


 旧日本軍も「輜重輸卒が兵隊ならば、蝶々蜻蛉トンボも鳥のうち」などという都々逸があったように、直接戦闘を行わない部署というのは、軽く見られがちなんだ。


 そのくせ、何かのミスがあれば一兵卒に至るまですぐにミスが知れ渡ってしまう上に、彼らは一方的に突き上げて良いと思っている。


 前戦の兵卒は「水と食い物はあって当然、武器や鎧も壊れたら予備があって当然」という感覚でいるものなんだ。ただ、そう思ってないとおちおち戦ってもいられないのも事実なのがややこしい。


 ともあれ「感謝」よりも「不満」をぶつけられやすい上に、常に先読みしながら物資を送り込み、在庫を管理し続ける点が大変だし、戦闘をしないと言うことは手柄を立てられない部署だということでもある。


 戦争に勝っても、マニアックな人以外、ロジスティクスを担当した「ロジ担」の名前など、誰ひとり見向きもしないだろう。


 我々の戦争は「救民による占領」という困難な道を通るだけにテノールの担当は、本当に貧乏くじなんだよ。


 だから「クラ城防衛司令官」という功績を立ててくれた上に、皇帝の義理の兄で、皇帝の最初の子どもの伯父という立場であるテノールが、極めて優秀であったのは、本当に助かったんだ。


 彼の優秀なところは、この戦いにおいて「道路整備」のプライオリティが高いと知っていたことだ。


 初期の頃から「高速道路」を伸ばすことに手を抜かなかったし、クラ城防衛戦の後も、城から最前線までの輸送路確保に全力を挙げてくれたらしい。


「テノールが実に良い仕事をしてくれたね」

「シュメルガー領からこっちにも、マイルストーンがしっかり用意されておりましたです。正直、ここまでだなんて。予想以上に優秀みたいなので、この先の人事を少し考えるです」


 ベイクの言うマイルストーンというのは、前世では古代ローマが誇った街道網で整備された仕組みだ。一マイルごとに石でできた標識が道の端に設置されている。


 歩兵というものは最低限度の個人装備をかついで自分の足で歩くのが基本だ。剣と槍を持っているため、20キロほどの装備になるのが普通だ。この重量を身につけ手にしながら整備された道を歩く時、3マイル(5キロ弱)が一つの基準となる。


 出発するとマイルストーンを一つ、二つと数えて三つ目で休憩。それを5回とちょっと繰り返すと、一日の行軍が終了する。誰ひとり間違えることの無い「規則正しいペース」が簡単に作れる仕掛け。


 だいたい、一日あたり25キロから30キロ移動するのが普通なんだ。


 前世の歴史上で有名な「秀吉の中国大返し」は一日に70キロという記録があるらしいけど、あれはあれで何か仕掛けがあるに違いない。だって秀吉自身が、それ以後、記録更新をしようとした気配が無いのだから。


 歴史を学んで気付いたけど、本当に面白いんだよ? 道さえ整備されると、前世でも、古今東西、歩兵はだいたい似たような速度で移動している。人間の能力というのは、あまり変わりが無いということだろう。


 ここで大事なのは「道路」がどれだけ整備されているかということ。小川に橋があるだけでも、大幅に時間短縮ができるからね。


 同時に「舗装路」ということも大事だ。「天候」は軍の移動に一番大きな変動ファクターだけど、舗装さえしてあれば、ある程度は対応できるということ。


 小雪が降る程度であれば、移動に大きな支障は出ない。


 そして、このクラ城まで全て舗装済みで、道を間違えようのないレベルだったから、思った以上の速さで到着できたということ。これは、この道をひっきりなしに行き交う馬車にとってもポイントだった。


 我々の移動の際、荷馬車隊とすれ違い追いこすことが頻繁だったが、むしろ荷馬車を優先させる方が効率的。一台一台が、いや、そこに乗っている芋一カゴこそが勝つための「戦略物資」である以上、そこのけそこのけお馬が通ると言うわけにもいかないのだ。


「わっ! 倉庫が倍になってる!」


 増やすとは聞いていたけど、ここまでとは思わなかった。


「集めてくるのもだんだんと時間がかかるようになってきました。各地からかき集めていますが、正直、我が国にも余剰が少ないのです」


 一国の民を救済するというのは、サスティナブル帝国にとっても簡単なことでは無い。金で何とかなることなら簡単だけど、問題は食糧だ。民から無理やり徴発するわけにはいかないのだ。


『小領主達に配ろうと思って貯めておいた前世の非常食が大量に余っていたのは不幸中の幸いだよね』


 サスティナブル帝国においての「ヒドリ」対策は、オレが思っていたよりもはるかに上手く行ったらしい。


 恩賜実験農場が溜めてきたノウハウもある。それに、そこまでレベルが高くなくても「今年の夏は寒い」と知っているだけでも農民達はそれなりの対策ができるものなのだ。


 そこへ、ジャガイモや各種の「寒さに強い作物」のタネが出回り、寒さ対策の知恵が領主を通じて届けられ、王都近郊ではビニールハウスならぬ「ガラスハウス」まで作った。


 ありとあらゆる手段を講じたため、王国全体で収穫できた作物は例年の7割程度らしい。そして、備蓄しておいた食糧とを合わせれば、国内で餓死者を出さないのはもちろん、子どもにひもじい思いをさせずにすむレベルだと考えて良い。


 しかし、例年の1割にも満たない収穫しか得られなかった国の民を丸ごと救おうとしたら、それなりに無理が出てくる。


 ひたすら「広く薄く」のやり方で帝国各地の食糧をかき集めて蓄えているのがこの城ということだ。


 東部方面軍司令官としてアポロンが、こともなげに説明してくれた。


「前線は国境線を100キロ押し込んだ程度です。あっちの侯爵、公爵クラスを三つ片付けて、その周辺を抑えました。やろうと思えばもっといけましたが、意味が無いので」


 そこを拠点として「難民キャンプ」を作ったのがこの1年の成果だった。


 連れてきた東部方面騎士団の戦力は、敵の領地のシステムを利用しながら「難民キャンプ」を運営していた。


 一方、ゴールズは敵の領土奪還作戦をいち早くキャッチして、敵地に踏み込むカタチで何度も侵入を拒んでいた。


 小さな侵入も、大きな防衛戦も予定通りミュートが巧みに対処していた。


「いかがでしょうか?」


 アポロンは、満面の笑顔を浮かべて対面に座っている。


「ありがとうございます。さすがですね」

「陛下、お言葉を。今は我々しかいませんが」


 おっと、ついつい「ガーネット公爵家の嫡男」には低姿勢になってしまうのは、抜けないクセだ。だって、エルメス様と言い、ティーチテリエー様と言い圧が強すぎるんだもん。


「あぁ、すまない。つい、ね。さて、この新領土は落ち着いたと見て大丈夫なの?」

「はい。慰撫に努めましたし、今では難民達の方からも我々の統治を求める声が強くなりました。旧支配層は完全に追い払いましたので、後は手抜きをしなければ問題ないかと」


 アポロンが、ここまで言うなら大丈夫だろう。


「じゃあ、ベイク、予定通りにしようか」

「はい、です。アポロニアーズ殿。貴殿から東部方面軍司令官の任を解きます」

「承りました。となると、これからは」


 アポロンが目を輝かせてる。


「はい。サスティナブル帝国の将軍として、ガバイヤ王国討伐を命じます。役職は討伐軍最高司令官補佐となります」

「ははっ! 謹んで承ります」

「ゴールズ・ライオン大隊隊長としての職務もありますので、正直、いろいろと大変ですです? けれども元近衛の面々は最終局面では重要な活躍を期待されますです」


 嬉しそうなアポロンにオレは「えっと、それで、ちょ~っと面倒なお願いもしなくちゃなんだけどさ」と小さな声で言った。


 どうやら、オレの言いたいことなどお見通しだったらしい。


「彼ですね。お引き受けいたしましょう。ただし下積みからになりますが」


 アポロンが目を向けた先には、会議室の端で小さくなっているオイジュ君がいたんだ。


 さて、久しぶりのゴールズとのお仕事。


 開始ですよ~



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

久しぶりの東部方面軍でしたので、状況説明をさせていただきました。

基本的に、クラ城はガバイヤ王国王都「カイ」の喉元に刃を突きつける位置関係です。距離にして500キロ。


 当然、間にはいくつものガバイヤ王国の貴族家が防衛線を張っています。


 お願い

 物語も終盤に向かっております。読者のみなさまのご意向もあると思いますが

作者といたしましては、連載中に★★★を入れていただくのが最高に嬉しいです。

後から★を下げることもできますので、ここまでお読みいただけた方は、作者が最後まで書き切るのを応援するつもりで、★★★を入れていただけないでしょうか?

 新川からの切実なお願いです。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 

 


 


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