第55話 立ち向かうべき困難

 今年は変わったメンバーがデビュタントに顔を揃えた。中でも特筆すべきは、ショウ皇帝の右腕という位置付けで公爵家次男ながらカップルで出席しているベイクだ。


 今まで、頑なにパーティーを避けてきたシュメルガー家の次男である「ベークドサム」がエバーグリーン伯爵家の長女でシルビアーネ・レイナルテ・エバーグリーンさんを連れてきていた。


 とっさにメロディーに尋ねていた。


「確か彼女の妹さんと話してたことがあったよね」

「さすがショウ様です。私のことを全て覚えてくださる真心。とっても嬉しいです」


 オレ達の一学年上に妹さんがいて、確か新入生歓迎会の「朝の交流会」でメロディと組んだ人だ。(第2章 第10話 新歓キャンプ 5にチラッと出てきました)


 あの人の五歳上らしい。


「妹さんはヴィクトリアさんとおっしゃって、ノーヘル様と婚約も間近だとか」


 へぇ~ 姉妹でシュメルガー家と結びつくのか。


 家同士の婚姻は政治でもある。カインザー家のはるか北に位置する伯爵家だけに、この結束はありがたい。っていうか、こうなるとエバーグリーン家はオレとのつながりが濃くなったと言うことだ。


 おそらく、これは当主の意向がデカいのだろう。


『だって、シルビアーネさんって言えば、王立学園伝説の妖精とまで言われた美少女だったんだろ? そんな人を相手にして「正直、愛してますです」とか口説くシーンなんて、絶対絵にならないと思うんだよなぁ』


 いや、誤解があるとイケないんだけど、ベイクってはイケメンだよ? それに頭もいいし、政治の才能はオレから見て超一流。単独で逃避行しながら太ってみせるほどの高い適応能力を持ってる。


 でも、ベイクが女の子と一緒の姿はまったく、思い浮かばないんだよね~


 って思ってたのは事実。

 

 一目見た瞬間から、自分の思い違いを切り替えたんだよ。


 だって、見るからにシルビアーネさんは幸せそうなんだ。エスコートの腕に掴まる手でさえ幸せがにじみ出ている感じっていうのかな。


 そして、ベイク自身もけっこう「その気」みたいだから、結果的にラブラブカップルが発生していた。

 

 それ以外にもあちこちに、カップルが誕生したらしいけど、それは後でメリッサに聞くとしよう。


 と思ったタイミングで上席儀典官は声を張り上げた。


「本日の~ しゅ、ひーん!」


 広間に居並ぶ少年少女たちが一斉に貴族式の拝礼、カーテシーで目を伏せる。そこに上級儀典官の声が朗々と響いた。


「帝国の名誉を守り、アマンダ王国を降伏させ~ 大陸の統一を目前とするぅ~ 現代の英雄! 我が国にぃ再びの平和をもたらすぅ~ 天かける御方おんかた~ショウ・ライアン=エターナル皇帝陛下~」


 不思議な抑揚を付けて語尾を伸ばした上席儀典官は「である!」とこぶしを利かせて言葉を結んだ。


 そのタイミングは、オレがステージ中央で向き直った所に合わせたもの。


 立ち位置が、今年もまた変わった。


 メリッサが右で外側にフォルを抱くバネッサ、メロディが左で外側にサステインを抱くミネルヴァ、そこから一歩引いて立つのはリズムとクリス。


 その二人を抱えるように立つのはアテナだ。


 この立ち方も、メリッサが入念に検討を加え妻妃連合で話し合った結果だ。いや、ホント、この世界ってオレに優しいよね。女性同士の問題は、メリッサが仕切ってくれて受け入れるだけでいいんだもん。


 ちなみにニアは臨月なのでっていうか、いつ生まれるかって段階なので、欠席。


 ドレスの色は、メリッサが淡いブルー、メロディーが赤いバラをイメージする紅、アテナは鮮やかな黄色を基調にしている。

 

 もちろん、全員がお揃いのチョーカーを誇らしげに付けているのがポイントだ。


 ん? ちょっと微笑ましいのは、今年のデビュタント組の女の子達が、一点だけ許されている宝石をチョーカーにしているってこと。どうやら流行り始めているらしい。


 いつもながら、儀典官の張り上げる呼び出し声の不思議な抑揚は、先々代の国王に使われたイメージを少しだけ残しつつ、オリジナルの口上だ。これを「皇帝のモノ」として、固定化していくのも大事らしい。


 イメージ戦略ってヤツだね。


 既に、他のことも含めて「国王への習慣を皇帝に適用すること」を誰も不思議に思わなくなっている。少なくとも、皇帝は国王と対等、もしくはさらに上というイメージは着々と浸透しつつある。


 そして、オレと家族達が立ち姿を決めると上級儀典官は一拍置いて宣言した。


「みなのぉ~ ものぉ、 偉大なるサスティナブル帝国のぉ~ 永遠不滅の守護者たるショウ・ライアン=エターナル皇帝陛下に、礼、なりませぇえ!」


 その瞬間、ステージ右に並んだ公爵家代表の三人が臣下の礼の形で膝付く。


 会場左にスタンバっている公爵家の家族や侯爵家の面々も同様だ。


 おそらく、親から教えられているのだろう。小さな紳士淑女達も慌てることなく一斉に臣下の礼のポーズを取った。


「直られませぇい!」


 スッと態勢が整ったのを確認すると、家族達は後ろに下がって、フォルとサステインはママと退場だ。


 オレの両脇にはメリッサとメロディが「皇后」という表情で立っている。ミネルヴァはママだから退場したけど、本当はアテナを横に置きたいところ。


 ところが、メリッサと長い時間話し合った結果、クリス、リズムと一緒に一歩引くことになったんだ。


 どうも「ボクは、いっつも一緒にいられるから、こういう場では引いた方がいいと思うんだ」という主張は、メリッサにとっても妥当だと思えたらしい。


 ともかく「2人の皇后」を従えて、オレは皇帝として帝国の未来を語ろうとしたんだ。


「帝国の未来を担う諸君の大事なデビュタントの場に立ち合うことができて、なによりも嬉しい。中にはいろいろな困難をはね除けてこの場に来られた者もあろう。あるいは、二年越しにこの場に立てた者もあるだろう。本日は、よく来てくれた。私は嬉しく思う。そして、ご列席の諸卿よ。帝国の未来を祝う場に駆けつけてくれたことを喜ばしく思う。ありがとう」


 皇帝に感謝の言葉を下賜された以上、貴族達はエレガントな動きで右の拳を胸に当てての不動の姿勢、ご婦人方は粛粛とカーテシーをしながら頭を軽く下げる。

 

 もちろん、デビュタント組もカチコチの動きで一斉に同じ姿勢だ。


 大人達が姿勢を戻す気配を感じて広間の方もぎこちなく姿勢を戻すのが、何とも初々しかった。


「我々は、近い将来に大陸統一を目指している。既に西にあった王国は帝国の一部となり、キュウシュウと呼ぶ場所となった」

 

 国会では周知してあるが、公式の場で「キュウシュウ」と名付けたと宣言したのは初めてだ。

 

 アマンダ王国の滅亡。そしてサスティナブル帝国の一部となったという宣言は大人達には感慨深いものであったに違いない。


 国会に参加している貴族当主を含めて、改めて「はふ~」と言うため息にも似た声を漏れた。


 男の子達の頬が紅潮しているのは、いつだって「大陸制覇」という言葉には夢を見てしまうからだろう。


 ただ、男子に比べて、女子の目が変だ。なんだかまぶしいものを見るようであり、そのくせ、なんだかしっとりした表情が混じってる。


 とりあえず、その不思議な憧憬の目つきを無視して話を続けた。


「北方遊牧民族は、常に我々の北部を脅かしてきた。頭を悩ませてきた諸家も多いと思うが、この度、彼らの有力部族であるチャガン族を事実上壊滅させ、東側のタタン族には、こちらの力を見せた上で友好的な関係を結ぶに至った」


 これについては会場中の大人達が「えっ?」と目を剥いて、ついで自然発生的に拍手が巻き起こり、広間に並ぶデビュタント組の子たちは、実感はなさそうだけど大きな拍手をしてくれた。


 そりゃ「我が国の領土を侵した他国」のことは誰でも分かるけど、北方遊牧民族に悩まされてきた領地の人でもない限り、そうそう実感が湧くものではない。


 それであっても特に西部や北部に領地を持つ貴族達にとっては夢のような話だったはずだ。


 北の地の領地出身のシルビアーネさんも一生懸命に拍手をしながらチラチラと「伴侶ベイク」をうっとりと見ているのが何とも微笑ましい。


 そうだよ、ベイクがいろいろと仕掛けてくれたからね。


「北方遊牧民族については、大幅に事態を改善したと思えている。現在、手探りではあるが、さらに我が国にとって良き形になるように努めているところだ」


 ウソじゃないよ。オレが名付けてしまった「ダイモン族」が北の地を豊かな家族で満たすべく、既に動き出しているはずだ。


 何がどうなるにしても、南に侵攻してくる余裕がかなり減るはずだし、ベイクに言って連絡は付くようにしてあるから、情報も間もなく入ってくるだろう。


 割れんばかりの拍手が再び会場を揺らした。


 ひとわたりの拍手が収まったところでオレは言った。


「しかし、帝国の未来を担う皆に、成果ではなく困難を、この場で伝えたい」


 デビュタント組の目には一斉に疑問符が入った。その中のほんの一握りに「あっ」という顔が見えたんだ。


 オレは、そう言う子たちに視線を合わせつつ発言を続けた。


「今、東のガバイヤ、あるいはシーランダーを思い浮かべたようだね」


 オレの視線に気付いて、得意そうに、でもちょっと照れくさそうに笑顔を浮かべたのは男の子が多かった。でも、気付いた感じの顔は女の子にも結構いたから、鋭い子って男女は関係ないんだなとは思った。


 でもね、話は「そっち」じゃないんだよ。


「しかし、それは違う」


 え? 


 静かなザワザワが広がった。


 そこに染みこむように言葉を出した。


「諸君が立ち向かうべき困難は、難敵ガバイヤではなく、ましてシーランダーでもない」


 居並ぶ大人達もが息を呑む中で、オレは右手をゆっくりと自分の胸に置いたんだ。


「本当の困難は、諸君の…… いや我々サスティナブルの人々の、この胸の中にあることを知ってほしいのだ」


 全員の目が集中していた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

「草創と守成は孰いずれが難き(創業と守成はどちらが難しいか)」というのは、7世紀の唐王朝が創建されて間もないころ。第二代皇帝の太宗たいそうが家臣たちに尋ねた言葉から来ています。

 下々は、それぞれの立場で答えましたが「創業は易く守成は難し」と太宗は答えを示します。第二代皇帝の立場では創業の困難を乗り越えた家臣の顔を立てつつ、新しく臣下となって「今」を支えてくれる者の立場を思いやったそうです。

 この意味で、統一戦の本当の困難は、統一した後に来ることをショウ君は喋ろうとしています。

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