第54話 ドレスと教養

 いよいよ、明後日になったデビュタント。


 去年からルールが付け加わった。下位貴族や家の状態に応じて、出席する女性のドレス代を肩代わりするという内容だ。


 本来は「国家」が負担すべきであろう。


 しかし、去年は国の予算を使うことに反対する一部に配慮したのと、あまりにも急な決定であったため皇帝の私費から賄われたのだ。


 今年に入って流れが変わった。


 、前王の王弟が相次いで大病を患って薨去こうきょ※したのだ。前王が闘病中であるという理由によって、この事実発表されないことが国会によって決まった。


 一見関係ないとも思えることだが、王族の死というのは常に国家と直結しているため、時に政治となる。


 王弟の生活費は王領から上がる部分と、国家予算から配分される分とがある。たとえば衣食住に関する直接的経費は王領(現在はゴールズの経費を支出中)からだが、それ以外は国家予算から支出される。(例えば人件費の場合、王国に雇われた下僚や召使い、下働きなのだから国が支払って当然である)


 直接的に言えば、国から支給する分の予算が大幅に浮いてしまったこと、間接的に言えば「亡くなられた王族の追悼のため」の慈善活動という名目が付いた。これは法務大臣代理であるブラスから涼しい顔で提案され、ノーブルによって強力に推奨されたのである。


 王弟がひとり亡くなるだけでも、年間予算で考えると巨額だ。


 身分には不似合いなほどに質素な暮らしをしていたのは事実だが、ひとりの王弟にかかる人件費だけでも莫大なのだ。身のまわりで働く者だけでは無い。移動するなら護衛の経費も必要になるし、移動用の馬車だって「王弟を乗せる格式」のものであればメンテナンスをする人間も専門の職人クラスが必要だし「エンジン」に該当する馬を世話する人間も必要だ。

 

 手作業が主体だけに、人件費だけでも必要な人数のケタが違う。


 しかも、あらゆる場合で彼らは「王の弟」である。何をするにしても、あるいは何かを買う場合でも最上位の格式を要求される身である以上、ちょっと出かけるだけでも「思いついたから馬車一台で気軽に」とはいかないのだ。


 あれやこれやで考えると、国から支出される王弟一人への予算は公爵家に出入りするような最上級の商人一家にかかる生活費の十数倍であるのが普通だ。


 非常に生々しい話として、王弟一人が消えるだけで下級貴族の女性参加者全員にドレスを仕立てても、余裕なのである。


 それが一度に6人分の予算が浮いたのである。


 日本にも「金持ちケンカせず」という言葉がある。予算に余裕がある以上、反対する者などなかった。


 それどころか、浮いた巨額の予算を使って新たな計画が提案されたのだ。


 提案したのはシュメルガー家の嫡男アレックスである。


 ともすると父親のスタッフの中に埋もれがちであり「優秀な」という形容詞がついて回っても、その実がハッキリしないイメージであった男だ。


 それが国会において強烈なデビューである。


「王都周辺のあらゆる街、そして小領主地域に実学を教える無料の学校を設立する」


 人々は、賛成反対をする前に、その提案の意味が分かりかねた。


 そんなことは親が教えればいいのでは、という素朴な疑問だ。


「多くの貧しき民は、親自身が文字を読めず、計算もできません」


 言われてみれば、その通りである。「民は文字も読めず、計算もできない」は常識である。親以外が、それを教えてくれるとしたら、相当に恵まれた運で引き当てた環境と言うことになるだろう。


「最初は小さな動きからになるゆえに、その学校を小学校と命名し、教師には周りにすむ貴族の子弟、特に教養ある女性を抜擢してあてましょう」


 その時、ようやく人々は気が付いた。これは、男爵以下の、準男爵や騎士爵クラスに対する救済策なのであると。


 秘密がある。


 領地を持たない男爵家や騎士爵家以下となると、収入が極端に乏しくなるのが普通だ。男性は働き口はあるにしても、概して給料は安い。女性も働かないと「貴族の体面」を保つのも大変だ。かといって、貴族の女性が商家で愛想を売るわけにもいかないし、まして酒場で働くわけにもいかない。


 下級貴族である女性の働き方は、上位貴族の家に奉公に出るケース以外は、縫い物の腕を活かす程度しか無くて本当に限定されているのだ。


 ところが「教師」であれば、貴族の子女が務めても十分にメンツが立つ。しかも王立学園のお陰で貴族の子女なら実学の基礎くらいは教えられるだろうと期待ができる。


「貴族階級も苦しい層は確実にあります。そこをしっかりと支えないと国の屋台骨がグラついてしまうのです」

 

 現状では、国軍の下士官クラスを務めるのは、こういった下級貴族の子弟が中心だ。今後、経済的に没落する家が多くなれば、優秀な下士官クラスがいなくなってしまう恐れがあった。


 それらをアレックスは数字をきちんとあげて見せ、グラフによって20年後の国軍の未来を説明した。


 これが、事実上、アレックスのデビュー戦となったのである。


 もちろん、満場一致で了承され、皇帝陛下の承認待ち案件の一つであった。


 しかし、ショウ皇帝は、まさかの「ノー」であった。


「一見するとよいことだらけに見えるけど、大きな穴があるから」


 一同には「大きな穴」に見当がつかない。


「教える子女には資格が必要だと思う。基礎的な能力を試験すること。そして一定期間の寄宿生活中に人格を見定めて、教師免許状を発行する制度を整えよ。それは皇帝私費によるものとする。それに小学校設立と人件費は国の予算、次年度以降の運営費は街が負担すること。ただし一定の人口以下の街は国が出すものとする」


 ペラペラペラと早口の訓辞を、アレックスは苦も無くメモに残した。


「それと……」


 一同は「まだ何かを?」とギョッとした。


「小学校ができた街は、子どもたちを一定期間通わせる義務を付けて。学費は取らない代わりに建物の維持管理に協力させる。そして孤児達も通えるようにすること」


 イメージは「掃除当番」であるが、そこまで具体的に言う必要は無かった。


 しかし、ショウが後から示した指示は、いささか問題があるのだ。


 実は、王弟へ支出していた予算を最終的に超えるのが分かっていたのだ。だが、ショウはあっさりと「以上を、アレックスが実現に向けて

計画し、上申せよ」と命じての散会となった。


 デビュー戦を皇帝の言葉によって潰された形のアレックスは、人々から同情的な視線を受け止めた。


 しかし、チラッと皇帝と目を合わせた時に、小さなウィンクをもらっていたことには気付かなかったのである。


 後世の歴史家は、この年が宰相アレックスのデビューの年だと記すと共に、こんな記述を残している。


「惜しむらくは、その最初の提案は、皇帝によって一度差し戻されたことになるが、結果的に、皇帝私費を引き出した上に、人々から反対されそうな部分の堅牢性を持って再提案できることになったのである。天才肌の父と弟に挟まれた『凡人宰相』は、運に恵まれていたと言うべきだろう」


 一方、後の売れっ子歴史小説家であるシュガー・フィールド=シチミは「サスティナブル国の物語」において、こう記していた。

 

「天才的な父と弟と比較され続けた『凡人宰相』アレックスの最初の提案は、明らかに初代皇帝とグルであった。なぜなら、最初から『教師の資格』の問題と『義務教育』『維持費は街の負担とする』を提案に入れていた場合、その負担を被る可能性が極めて高い中堅貴族が反対する可能性があり、そういう子貴族を多く抱えている侯爵クラスが反対をする危険性があったからだ。それを、皇帝が提案を拒否した上で、後から言葉にすることにより封じたことになる。つまりは皇帝に泥を被ってもらうことで成立させたのが、アレックスの提案であったのだ。

 おそらく、自宅に帰ったアレックスは、彼の執務室の中で成功のカンパイをひとり、静かにしていたであろう」


※薨去:国王の三親等以内が亡くなること。王弟は2親等のため、この表現となります。


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作者より

 すみません。王弟をどうしても、今回、殺しておきたかったんです。もちろんブラス君の(スコット家の影を使っての)功績です。今までは王家の影がロイヤルガードとして守っていましたが、いつの間にかスコット家の影との「取り引き」が成立していたのでできたことです。ショウ君は深くは知らないことになっていますが「王族に対してスコット家の影と協力態勢を取ってこと」はブラス君に頼まれて承諾しています。

 国家予算ともなると、浮いた金は浮いた瞬間にしか用途を決められないのが組織というもの。今回は「ドレス代」の話から、下級貴族の窮状に目が向いているのを利用してのアレックスの計略でした。こうでもしないと、安定した予算を持っている国は、新たに生じた巨額の教育費負担なんて通しませんからね。

 ご存知ですか? 教育大国日本は、予算に対する義務教育費の割合は先進国の平均の半分くらいなんですよ~ これで、よくノーベル賞、だとか言ってられますよね。

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