第52話 あるはずがなく、ないはずがある
この世界はレディファーストとはいかないけれど、女性に対して配慮することなんて当たり前。ビードゥシエさんが同行する以上(側仕えの女性も多数いるわけで)、いつものように皇都まで最速の強行軍というわけにはいかない。
……って、自分で言っておいて、これってヒドいよね? なんかさ、オレが移動するときは常に時間との闘いみたいになるのが、いつの間にか「
前世では貧乏性って言われてたけど、なんだかんだで、こっちの世界でも「無駄」があったら無くしたいって思っちゃうんだよなぁ。
まあ、今回だけは、スケジュール通りに12月22日に到着すれば良い。ギリギリだけど、一日分の余裕すらある。
それに、いくら急ぐ旅だったとしても、侯爵令嬢が野宿を連続させるわけにもいかないし動くペースも馬車を基準にすることになる。(
ともかく、馬車に合わせての移動だ。テムジン達にとって恐ろしくヒマになるわけで、こうなったら、やっぱり「あれ」をヤルよ!
定番の「エルメス様方式」の演習だ。
ついつい張り切ってしまうのは、雀百まで踊りを忘れずということなのかな。
道を外れて丘を見れば斜行し、細道を見れば抜きつ抜かれつの走りを競い合う。あげくは街道沿いに走る馬車を見つければ、すぐに「襲撃」しに行った。
以前と違って「山賊」風ではない代わりに、マジモンの「北方騎馬民族」なのである。馬車の一行は、見た瞬間に逃げようとする必死さは、本気で怖がっているのが伝わってくるよ。
『そりゃ、こんなところで北方遊牧民族の集団に襲われるなんて、悪夢だもんなぁ』
だから、先鋒はテムジンに任せて「皇帝である! 気を付けるのだぞ!」と馬車の横で叫ばせておいて、集団で襲いかかる練習をするという、この暴挙。
ドッキリ、なんてモンじゃ無い。彼らは死ぬほど怖かったはず。コンプラで地上波なんかじゃ絶対に放送できないよねってレベルだよ。
だけど、この世界だと相手が「お貴族様」だと分かった途端、抗議するなんてあきらめる。むしろ、無体なことをされてない(十分されているとも言えるけど)分、諦めが付くんだろう。まあ、抗議しても、最終的に「貴族の親玉」が握りつぶしちゃうけどさ。
それにね、こういう時だけはアテナもカイもはしゃぐように馬を操るから、何か爽快感が確かにあるんだ。
だから、ついつい仕掛けちゃうんだよなぁ。反省はしてる。後悔してない(キッパリ)
そして、そうやってオレ達が楽しんでいる間も、車列から伝令が走り出し、前と後ろから伝令がやって来る。
それらを掌握しているのはベイクだった。
後ろからというのは、ボンでありグラからだろう。一方で前から来るのは皇都から。従って、皇都に近づくにつれて前からの伝令の頻度が増えて、今では1日3回はやってくる。風邪薬かよってな突っ込みは誰も気付いてくれないから、心の中で収めておこう。
そんな時は、ついつい独り言が出てしまう。
「それにしてもさ、皇都って言うのも微妙なんだよなぁ」
「何か問題が?」
ベイクが鋭く反応した。立場上、政治的発言には敏感に反応するんだろう。
「だってさ、皇都っていうだけで、ここだけ名前がないっておかしくない?」
「皇都はこの世界にはただ一つの中心です。したがって名前は必要ありません。正直、名前を付けるような都はニセモノですから」
「うーん、まあ、そうなんだけどね」
他の国は、サスティナブル王国が自分の首都を「王都」としか呼ばないっていう、いわば既得権に対応せざるを得ない。だから、自分の国の首都に名前を付けることになった。
となると、民にとっては「王都=皇都」とは、この世にたった一つだけ存在する都なんだから、あらためて名前を付けると格が下がるってことになるらしい。
納得できるような、納得できないような。
まあ、前世でも、日本の象徴たる一家だけは、全ての国民があまねく所持している「姓」を持ってないと言うのと同じようなモノだと思うことにしようか。
たださ、確かに皇都は特別なんだよね。
民は「皇帝(王)」と同じ街に住んでいる」というのが誇りにつながるモノらしい。どれだけ栄えた街でも、どれだけ歴史がある街でも「皇都(王都)」は特別な付加価値があり、そこに住んでいる民は特別なプライドを持っているんだよ。
そして、すっかり忘れていたけどっていうか、なるべく考えないようにしているんだけどオレの「皇帝」という立場は、庶民にとっては王と同じか、その上だって価値観が着々と定着している。これもベイクが仕掛けておいた宣伝戦略のお陰なんだけどね。
となると、久々に「帰ってきた皇帝」というのは、こういうことになる……
皇都への境界線上には貴族達の儀礼に則った出迎えが待ち受け、皇都市街に入る正門にはズラリと国軍兵士が不動の姿勢で待ち構え、民は皇城までの道のりのベストポジションを陣取りして待ち構えていた。
街角では振る舞い酒や素朴な菓子まで配られているあり様だ。
つまりは熱狂的な大歓迎ムードだった。
皇都の熱狂ぶりには密かに冷や汗を流しながら、オレは帰ってきたんだ。
「ただいま!」
すっかり大きくなったフォルとサステイン、そして妻達の笑顔。
今だけは、何も考えずに、みんなの優しさに囲まれていたいって思った ……時もありましたよ、ええ。
そりゃね、一番、いろいろとモノを覚えていく頃だもん。子どもにとって一年近い時間は無限と同じことだ。分かっていたよ?
すっかり泣かれてしまったイヤイヤ期のフォルに、人見知り真っ盛りのサステイン。
オレの顔を見るのさえ拒否る2人には打つ手が、まったくなかった。
どうしたらいい?
オレを迎えに皇都まで来てくれていた父上は、これ以上無いほどの「いい笑顔」になって、これ見よがしにフォルを抱っこ。
「いや~ 大陸を縦横無尽に生きる、歩く万能星伝説と言われるショウにも、苦手なことがあるとは、う~ん父はホッとしているぞ」
くそ~ 絶対に皇都にいる間に抱っこできるようになるぞ!
???
すみません。その「歩く万能星伝説」ってなんすか?
メリッサは笑顔のまま、母上に光通信。
そのまま母上は絶対零度の笑顔を浮かべて父上の腕を取る。
「さぁ、とにかく、まずは妻とゆっくりするものよ。お邪魔な人は連れて行きますからね」
「あ、ね、えっと、あの、いや、オレはそんなつもりじゃ、そうだよな? そうだよなぁ! ショウ! あ、お、おいいい!」
ドナドナされていく父上を見送りながら『さて、これをどう収めようか』って思った瞬間だった。
右にクリス、左にリーゼが取り付いてきた。
「お兄様、リーゼがお流ししますね」
「え? あ、えっと、あ、あのね? 皇帝ともなると、帰ってきた最初のお風呂は、妹にしてもらってはダメなんだよ」
口から出任せを言っているオレ。でも、そんなオレを分かってくれているのは妻達の方だった。
メリッサがリーゼに目線の高さを合わせて「ショウ様のおっしゃる通りですよ? もっともっと大きくなったら、お役目も果たせますから、デビュタントまでは我慢してくださいね」と笑顔で説得。ん? デビュタントになったら、良いの? マジ? それってオレのメンタル的にどうなんだろ?
オレの焦りを知らないリーゼは、ちょっとだけショボンとしながらも、小さなカーテシーで答えるまで成長してた。
「わかりました。お姉さま。リーゼは、ちゃんと待てます」
「さすが、淑女となりましたね。では、ショウ様はお風呂で疲れを癒していただきましょうね。私たちはティールームに参りますよ?」
チラッと、出迎えてくれメンバーを見回して、お風呂で待ってくれている人が分かっちゃった、オレだったのである。
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作者より
皇都では、旧王宮よりも「元ロウヒー家王都邸」の使い勝手の良さから、私邸としています。そのうち、王宮に引っ越すのか、このまま「皇居」とするのかは決めかねています(政治的な判断が必要なため、今は暫定です)
初めて「サスティナブル王国の王都には名前がない」のネタが書けました。ずっとずっと温めてきて、いつ、聞く人が出てくるかヒヤヒヤしていました。
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