第51話 襲撃(逆の意味で)
パネェは、カップに残ったバター茶の残りをグイッと飲み込みながらニヤつきが止まらない。
「さすがに最後かと思ったが、ここにきてようやくウンが回ってきやがったか」
半ばヤケになって片っ端から声をかけた。架空のネタをでっち上げて馬車を襲わせ、そのスキに街を襲わせる計画だ。こんなにひっかかるバカが多いとは驚きではある。そして、チャガン族の顔見知りに会えたことで北方遊牧民族も確保できた。
細工は流流、というやつだ。
パネェが持ちかけた話は全てがウソというわけでも無い。ボンに侯爵家の息子と娘が来ていたことは確実な情報だった。王国の高位貴族達はこの時期に行われるデビュタントをとても大事にしている。だから、新たに派遣された総督にしろ、その嫁にしろ王都に戻る可能性は高いのだ。
となれば、そろそろ出発するはずだと言う読みだ。ここから南西に連絡員も置いた。移動の馬車を見つけたら狼煙が上がる。
皇都に向かうなら道は決まっている。森が道に迫っているとこで襲撃する計画だ。
食い詰めたゴロツキ達に馬車を狙わせるのがシカケの最初。護衛の騎士団に、どうせ全滅させられるが、そんなことは知ったことではない。どうせ捕まれば死刑になる連中ばかりなのだ。むしろ報酬をヤル必要が無くなるので全滅しろと思っている。
馬車を襲う方は必ず失敗する。けれども混乱さえ起きてくれれば「ここで北方遊牧民族が襲ってくる」という情報はボンにいる人間には恐怖を伴って聞いてもらえるはずだ。
実際に「ボン襲撃」の局面もちゃんと作り出すのだから、情報を持ってきた人間には感謝が生まれるに決まっていた。
「つまり、善意の商人の情報が、どれだけありがたいかってコトが身に染みるわけだ」
幸い、ロウヒー家で下働きをしていた連中には昔から鼻
「どうせ、あそこの上の連中は全員、王都に送られて死刑にされてるんだろうから顔つなぎのやり直しだ。まあ下の連中がオレを覚えていてくれれば、潜入工作もだいぶ楽になるってもんだぜ」
侯爵級が消えた領地なら、ぜったいどこかに歪みが出る。その歪みを刺激してやれば、どれほど大きなうねりとなるのか。
『アマンダは潰せたんだ。今度はサスティナブルだ。王が不在となってゴチャゴチャになっているんだろ? ショウとか言うヤツの王家乗っ取りが進行しているらしい今、お家騒動に繋げる方法が絶対にあるはずだ』
この世界に、何か爪痕を残したい。
それこそがパネェの生き様である。
それは、見事なサンゴに自分で文字を刻んでおいて「悪質なイタズラ書きを見つけた!」と自分で騒ぐようなモノ。あるいは、歴史ある寺に火を付けて燃やしてしまうようなこと。
自分が何かを残すために、社会を騒がせる。ガバイヤの工作員として生きてきたが、しょせん、それも「手段」の一つでしかない。
『金までもらって、自分の爪痕を残せるんだから、やめらんねぇよな。お前も、お前も、お前も、お前もだ。オレのための贄となってもらうぜ』
何をどこまでできるかは分からない。しかし、自分の動きで多くの者が死に、多くの街が滅び、王家までもが滅びる。
『だから、やめらんねぇんだよなぁ』
声をかけた連中にはいくらでも甘い約束ができた。実際ゴロツキ達に渡した「前金」も十分に弾んだつもりだ。
「それにしても、テムジンのやつはウンが悪いな。なまじ頭も切れて腕も悪くねぇ。アイツだったら、ひょっとして100人くらいは連れてきてもおかしくないぞ」
タタン族の一支部族長の息子だった。
将来、タタン全体の族長になりそうなほどの子どもだと思って、言葉を教えて仲良くなっておいた。
『先見の明ってやつだよな、いや、オレの強運、またしてもだ。こうなったらいっそ、遊牧民族側はヤツに全部つれて行かせるか?』
上手いこと言って丸め込めば、それなりに激しく攻撃してくれるに違いない。
「人数もこの程度なら、本来は領都みたいな大きな街を襲えるほどじゃない。奪うモノはたくさんあるが普段なら守りが厚いからな。だからこそ、今襲っちゃいなよってのが真実味を持ってくれるわけさ」
当然ながら、北方遊牧民族側と、ゴロツキ達には、それぞれ別の話を吹き込んである。
相変わらず、この二つのグループは交わる気配はゼロだったが、仲間割れさえしなければ、それで十分だ。
「襲うとしたら明日の朝一、ってところだろう」
既に夕闇が迫っている。最後の打ち合わせだけして、サッサと寝てしまおうとパネェは、空になったカップを置いて立ち上がったときだった。
気配に敏感な遊牧民達が、一斉に立ち上がると、馬に向かって駆けだした。
「ん? なんだなんだ?」
パン パン パン パン パン
パン パン パン パン パン
激しく破裂する音が響く、馬の嘶き、ドドドドッという音は一斉に馬が走り始めたのだろう。
破裂音にビックリして暴走したのだと言うところは、とっさに思いついたが、いったい、それが何なのか、いや、何をどうするべきなのか思いつけなかった。
そこに遊牧民族の一団が走り込んできた。
「おぉ、ありゃ、テムジンが連れてきた連中か。ちょうど良い。連中に助けを…… ええええ! おい! やめろ! そりゃぁ味方だ! 味方!」
走り抜けていた騎馬集団は矢を幾本も打ち放し、散らばったパオの間を駆け抜けていく。
「オイ、オイ、いったい何が?」
パネェは、工作員としては優れているが、戦場を作る側であって、戦場にいるべき人間では無い。だからこそ、自分がいる場所が戦場になったのだと気付くのが遅れた。
一方遊牧民達は、馬の暴走をなんとかしようとした。しかし、取り付く前に、片端から自分が、あるいは自分の一部が空を飛ぶハメになったのである。
ショウは10人を連れて回り込むと、間断なく
遊牧民族は、自分の脚で立つ間は「ただの人」以下となる。勇猛は勇猛でも、剣術も槍術も学んだことも無いのだから。
まずは馬。
彼らの意識はそれだけだ。暴れ狂う馬たちに何とか取り付こうとした。
そこに立ちはだかり、黒槍を振り回すのがカイである。
馬の暴走に注意が行っている上に、自分の足で立っているのだからどうにもならない。馬に乗れない「ただの人」は、カイの相手になるわけがない。
将に「素振り」にすらならないと言っても、大げさでは無かった。
血しぶきが上がり、圧倒的な暴力が遊牧民達を吹き飛ばしていく。あまりのひどさに、人々は逃げるのも忘れ、抵抗すらできない。
もしも、ショウの前世の人間がこの光景を見たら、戦いの場面と言うよりも、夏の土手に生え伸びた草を草刈り機がうなりを上げて刈り取っているシーンを思い浮かべていただろう。
圧倒的であった。
しかし、実際には逃げた者もいた。辛うじて馬を捕まえられた者だ。馬にさえ乗れれば逃げ足だけは着く。裸馬であったが、ともかく飛び乗って逃げ出したのだ。
その間も、ゴロツキ達の間を2度3度と駆け回るテムジン達は見るもの全てを片端から射ていく。
もはや演習よりもひどい「殺戮の時間」ではあった。あまりの圧倒ぶりに、ショウ自身が「止めるべきだ」と気付いたときには、既に半分以上の命が失われていたほどだった。
アテナを促して悠々と登場する。後ろにはテムジンの仲間達も続いた。
「控えよ! ここにおわすをどなたと心得る! 大サスティナブル国皇帝、ショウ様にあらせられるぞ! 命の惜しいモノは、その場にて控えよ! 頭が高ーい!」
アテナの凛とした声が響き渡り、斜め前には「抵抗するモノは砕く」と言わんばかりの、と言うか、その最中も砕いているカイがいる。
男達は、慌てて、前世であれば「五体投地」と呼ばれる姿になって命乞いをしたのであった。
もちろん、降伏した男達によって「代表の男」とは、すぐさまパネェであることが確認され、尋問の後、ボンへと連行されることになったのである。
なお、非常に厳しい尋問を、呼び出したファントムの者に任せたのはボンの郊外。ショウ達は4日遅れで皇都へと向かうことになったのであった。
郊外での尋問の間、捕虜達を確保するのはテムジンの仲間達の仕事である。当然、尋問が終わった後のヘロヘロとなったパネェもボンへと送り届けられることになる。
※鼻薬:ガバイヤ王国から送られてきた工作資金は領を上げての「ワイロ体質」である旧ロウヒー家に対して効果的に使われていました。なお、アマンダ王国においては教会の一員、しかも「無私の人」として有名な、第6教区の枢機卿エベルハルト・マヌスの弟子として活動したため、活動費はほとんど使いませんでした。現在は細々とではあっても工作員としての資金がガバイヤから届いている状態です。
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作者より
ヒカリちゃんは「育休」ですが、手の者はちゃんと配備しています。
尋問の結果は皇都へと届けられる手はずです。
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