第50話 怪しい集団

 ヒカリから話を聞いて、すぐさま手配したけど、出発できたのは夜中の3時だった。


 あ、そういえばヒカリのお腹がペッタンコになった代わりに、胸のサイズがツーランクアップしてた!


 って、そんなのはどうでも良いよね、今は「赤ちゃんのモノ」なんだし。


「それで、どっち?」

「掟で、お教えできません」


 そして、優しい笑顔で付け加えてきた。


「しばらくお会いできないです」


 出産したばかりだ。子どもが幼いから、当分は移動も難しいということだろう。


 どこで育てる? 


 喉まで出かかる言葉を止めた。聞いちゃうと逆にウソを吐かせることになりかねないので、場所は聞かない。代わりに名前を告げた。


「女の子ならミライ、男の子ならフューチャーと付けてほしい」


 ずっと考えてきた名前だ。


 センス的にどうかなと思ったけど、ヒカリは殊の外喜んでくれて「あの子が大きくなったら、パパが名前を付けてくれたと必ず教えます」と言ってくれた。


「君たちの掟もあるんだろうけど、いつの日か一回でも良い、必ず抱かせてくれ」


 その言葉に応えないヒカリだった。


 口元がキュッと引き締まったのが見えた気がしたので、よしとしよう。


 ヒカリが顔を上げると、この後ですが、と言ってきた。


「私が留守にする間の連絡員が皇都でお待ちしております。確認方法は全て同じだとお思いください」

「わかった。君とまた会える日が早く来ることを心から願ってる」

「ありがとうございます」


 その後、立ち上がって、ドアから出ていった! 


 初めてドアから出るヒカリを見て、むしろ不思議に感じちゃったよ。 


 ということで、その後は大騒動になった。


 ドーン君にすぐさま連絡を入れて、皇都への出発を一日延期してもらった上で、こうして走っているわけだ。


 それにしてもテムジン達と走ってみて騎馬民族の恐ろしさを改めて感じたよ。


 闇夜の騎乗は、ムチャクチャ怖い。頼りない三日月がギリで見えているだけで、灯りなんて一つもない草原を全力で走ってるんだからね。


 オレ達三人は、テムジン達について行くのでやっとと言うか、かなり「手加減」をしてもらっているのがありありと伝わっている。


『夜も、このペースで走れるなら、そりゃあ、いくら探しても捕まらないはずだよ』


 街が襲われたという情報で駆けつけても、毎回、手遅れになったと言うのは、このあたりの差なんだろう。オレ達がどれほど鍛えても、夜中にこのペースで走れる相手に追いつけというのは無理だ。


『ピーコックさん達でも、単独でこれをやれって言うのは厳しいよなぁ』


 こうして、オレ達がテムジンと一緒に走れるのは、手加減されている以外に、ちゃんと理由がある。あえて自分の意志を放棄してるからだ。


 つまり、すべてを馬任せにしているってこと。


 どういうことかというと「馬は群れで走れる動物だ」ということ。乗り手が何もしなければ勝手に群れの動きに合わせてくれるんだよ。


 前にも言ったと思うけど、馬自身は夜も見えているので、乗り手さえヘンな命令を出さなければ、走れることは走れる。まして、群れと一緒に走るのなら、何にも困らないんだよ。


 乗ってる方はムチャクチャ怖いけどね。


 と、まあ、大変怖い思いをしながらも大平原を爆走。丸一日半かけて到着した谷に、情報通り敵がいた。


「ずいぶんと甘いんだね」

 

 思わず独り言になったのは、谷を見下ろせる場所に警戒線がないし、哨戒部隊もいなかったからだ。


 お陰で、敵の様子が丸わかり。全く警戒する様子も無く、あっちこちで酒まで飲んでいる始末。これから夜に向かって、どっしりと腰をすえてしまった感じだね。


パオテント自体は遊牧民族のモノだけど、あの半分は絶対に動きも様子も違うよね?」


 どうやら「遊牧民族」というのは、このことだったらしい。北方遊牧民族は確かにいるけど、残りの半分が、よく言えば「傭兵」で、悪く言えば「食い詰めたゴロツキども」って感じだ。


 いったい、これを結びつけてるのは何だ?


「あれ? オジサンだ」


 テムジンが突然声を出した。


「オジサン?」

「オレ達に共通語を教えてくれたオジサン。確か、ハン…… そうだ! ハン・パネェとか言うオジサンだ。なんで、こんな所にいるんだろ?」


 オレとしては、その前に「なんで、この距離で顔が分かるんだろ」だよ。それにしても、北方遊牧民族に所に来ていたオジサンだと? あれ? その名前って、どこかで見た記憶があるんだけど、何だっけ?


「そのパネェさんって何しに来てたの?」

「ショーニンって言ってた…… ました。あれ? ショウニンって、商売する人だよね? ん?」


 オレが突っ込む前に、テムジン自身がおかしいと思ったらしい。


 だって、貨幣経済を知らない北方遊牧民族のところに、危険を冒してまで「商人」が来る理由なんてない。もちろん「物々交換」というのはどんな場合でもあることだけど、どう考えても利益と危険性が引き合うと思えない。


 商人というのは、ただのいいわけの気がした。


 そして、目の前の「敵」の中にいる。


『ファントムは、こいつらを明確に敵だと表現した。だから、敵なのは間違いないんだけど、そのヘンなオッサンが混ざっているというか、なんか、中心人物的立ち位置みたいだし。いったいコイツの正体は何だ? ムチャクチャクサイじゃん』


 どうしたもんかと考えようとしたら、テムジンがすかさず尋ねてきた。


「ショウ様、オレ達が行って、聞いてきましょうか?」

「あ、そうか。顔見知りか」


 テムジン達は、部族のキャンプでこの男から言葉まで教わってる。それなりに顔見知りだし、まさか北方遊牧民族が、こっちの仲間だとは思ってないはずだ。


『正体が分からないなら「君たち、だあれ?」と正面から聞く! なんか愉快すぎて笑っちゃうかも!』


 な~んて思った時期がありました。


 いや、マジで。


「ボンから出発したお姫様をさらって、街の兵隊が追いかけてきて空になったところを襲う?」


 何だよ、そのテキトーな戦略って。まるで「幼稚園バスを乗っ取って、人々の混乱に乗じて日本を占領する」みたいなヤツじゃん。


 そもそも、誘拐するって言っても、それなりに護衛が付いてるくらいは知ってるだろ? それなのに、敵は見た感じ600人くらいしかいないわけで。護衛に、騎士団が200も付いたら、簡単に作戦通りに行くわけがないと思うんだが?


 どうにもわからない。


 おそらく、連中も人数が足りない感じはあるんだと思う。だからテムジンが「獲物を探しているうちに偶然、見つけた」って感じで近寄ったら大歓迎を受けたらしい。


 そして「仲間になってくれたら、獲物は取り放題」と言って、かなり熱心に誘ってきたとのこと。


 もちろん頃合いを見て「じゃあ、仲間を連れてくる」って、いったん引き上げてきたわけだ。


 う~ん、なんだかきな臭さ以前に、怪し過ぎる。


「ショウ様?」


 珍しくアテナが提案があるらしい。


「とりあえず全部切って捕まえてしまいましょう。その方が簡単です」


 えっと、簡単って言っても、こっちは50人くらいだけど……


 チラッと目をやるとカイが顔色も変えずに、命令を待ってる。あ、これって「行け!」って命令を待ってる顔だよね。


 しかも「ひとりで行ってこい」でも、全然平気だと思ってる顔だ。確かにエルメス様だと思えば、ひとりでナントカしちゃう気もするけど、さすがにそれはなぁ。


「え~っと」


 どうにも、迷うよ。


「馬に乗ってない遊牧民族ならカイ君だけで問題はないです。あっちの汚い連中はテムジン達に狙わせましょう」


 無責任な言葉に聞こえるかもしれないけど、恐らくカイの技量に対する「信頼」が根本なのと、間違っても「オレも行く」を言わせないようにしているって言うのが分かるんだよね。


 まあ、確かに、オレが行くと邪魔になるかもしれない。それに傭兵だかゴロツキだかに騎馬攻撃をするならテムジン達が活躍してくれるのは分かる。


 ちなみに、矢尻は鉄製に交換済みだから攻撃力アップは確かなモノ。


 それに、今は連中が牧で馬を休ませているから、飛び乗ろうにも一手間かかる。


「よし、やろう。ただし、ちょっとだけ作戦を立てるよ。こっちが勝つにしても、みんなにケガをして欲しくないからね」


「「「はい!」」」


 嬉しそうに返事をする人。


 テムジンよ、おまえもか……


 その後、オレが参加するタイプの作戦だと、メチャクチャ嫌な顔をされてしまった。ね、みんな、ちょっと過保護すぎない?



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

アテナが護衛について以来、ショウ君が剣を振るうことは極端に少なくなりました。しかし、実際には下手な騎士団員が足下にも及ばない能力を持っています。ただ、何分、アテナがいるため、剣を振るう機会がありません、というか、ないようにされています。さて、600対50の戦いです。(ショウ君は員数外扱いされてます)

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 


 

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