第49話 休めないよ!

 ひとわたりの仕事が行き渡れば、こっちでゆっくりしてもいられない。東部戦線が「苦戦」とまでは言えないけど、さすがに抵抗が強いらしい。まあ、できる限り戦力温存をしながらという戦いだから、戦線を維持してくれれば、十分ではあるんだけどね。


 オレを待っているのは確かだ。東へ向かおう。ついでに、皇都でのデビュタントにも間に合うと都合が良いし。


 そうしたら、大げさに「皇帝遷座せんざ」などと言い出したのは、ベイクが創設した総督府の優秀でやる気に溢れた内務官達だった。(「国教務大臣府」は、ここに発展解消という名目で消滅させてしまった)


 エルメス様を頂点として、キュウシュウに関する最高決定機関だ。最優秀な若手を抜擢してある分、メチャクチャ忙しいのに、やる気が有り余ってるのだろう。


「皇帝遷座には、それなりのセレモニーを行うべきです!」


 おいおいと戸惑っているうちに、彼らは「ウキウキしている」としか思えない様子で企画し始めたんだ。そんなことに気を遣うよりも、三日に一回くらいは家に帰って欲しいんだけど。


 彼らは、作業工程表や地図から顔も上げずに「大丈夫です」と一様に答えるんだ。


「領館には風呂もあって、休憩室には毛布まで用意してもらいました」

「もう、お互いにメシを作るのも慣れました」

「この間はメルクリーテス様から差し入れもありましたから、バッチリです!」


 いや、何が「バッチリ」なのかサッパリ分からない。心から幸せそうな表情をしながら、頬がこけ目が落ちくぼんでるんだよね。


「人間、夢に向かっていれば、何でもできるんです」

「諦めさえしなければ何でもできる。できないなら、できるまでやれば良いんです」

「みんなの『ありがとう』を集めれば夢は叶う!」


 オイ?


 しかも、メシを食っている時の話題に出てくる「たまに家に帰ったらさぁ」のネタがこれ。


「先週、久し振りに帰ったらウチの番犬に吠えられちゃって」

「一昨日帰ったら一歳の娘が、オレのことを忘れちゃっててさ」

「昨日、家に帰ったら引っ越ししてたよ。どこに引っ越したんだろ?」


 うわぁあああ! 特大の爆弾が!


 この調子だと、オレがみんなの家庭を壊すカルトの親玉みたいな感じになっちゃうじゃん!


 居心地が悪いことこの上ないから、エルメス様にお願いして「強制休暇の刑」だ。仕事が少し滞ったとしても、彼らの家庭が壊れた方がもっと影響が長引くよ! って脅して、家族に土産を買って帰れとの「皇帝命令」だよ。特に、最後のヤツには引っ越し先を見つけるまで復帰はならんと厳命した。


 なんか、オレの出す「皇帝命令」ってロクなモノがない気がするぞ。


 ともかく、領館全体がイケイケ・ムードで、何でもやっちゃおうという前のめりな感じなのは民にとって幸せに見えるけど、実はダメ。長続きしないような「やる気の暴走」は長期的に見てマイナスが大きいからだ。


 皇帝権限をつかって「1ヶ月に4日以上休まない人間は、ヒラに格下げ」というルールを押しつけたよ。


 そして、そのヘンなセレモニーはさておき、一部に残った残党狩りは雑務に近いけどすごく面倒で、なおかつ重要な仕事だった。これには久しぶりにガーネット家騎士団にお願いした。オレは監督的位置となりつつ、テムジン達をどう使いこなすかという演習に当てた。


 次の場所ガバイヤに向かったら、いきなり実戦になるからね。その前に、残党狩り程度なら訓練代わりにちょうど良いと思ったんだ。


 いや、ホントはエルメス様がやりたがったんだよ。だけど、ベイクが「エルメス様の方がこき使いやすいので」と囁いてきたとかこないとか。


 ま、いろいろな理由からこうなったよ。


 あれやこれやで残党狩りも最終段階に入った十一月中旬。


 エメラルド中隊を南回りで出発させた。ガーネット領を経由する道だ。


 条件はデビュタントまでに皇都に着くことと、ガーネット領都・シンでの休暇を取ること。つまり、早く着けば早く着くほど休暇が伸びるって話だ。


 久し振りに帰ったら家族が引っ越してたなんてことにならないように祈らないと。


 オレと別れることにツェーンは難色を示したけど「部下に一日でも長く家族といさせてあげて」と言ったら、渋々受け入れてくれた。なんだかんだで部下思いだからね。


 オレはテムジン達と北回りでロウヒー領を通ってアテナとカイ、それにテムジン達がいるから、護衛としては問題ないでしょ。


 道のりも、一ヶ月ちょっとで皇都に戻るというのはかなりキツイけど、このメンバーなら可能だろう。以前は使えなかった西部山岳地帯の北縁をかすめる感じで行くから距離も200キロちょっとしか増えないもんね。


 むしろ、テムジン達の大好きな北の広大な大地を思いっきり走ることになるんで、彼らは嬉しそうだ。道案内もしてくれるので好都合。

 

 ま、なんとかなるさ…… って思ったら、すっかりテムジン達を舐めてたって思い知った。


 道なき道を騎馬行するのは、技術も必要だし、替え馬も必要。だけど一番必要なのはケツの皮の厚さだった。


 1日あたりの平均移動距離が70キロになるって言うのはシャレじゃすまない世界だ。


 ちなみに中世ヨーロッパの騎馬による速駆けは1日40~50キロの移動がアベレージらしいけど、これだって、街道を進むから、夜は宿に泊まるし街で食事を取れる前提だ。まして人の住まない原野を進むとしたら、おそらく20~30キロ程度に落ちると言われていた。


 だから、マジで痛い。筋肉痛はまだしも、鞍と接する場所は、全部、完全にすりむいた状態なんだよ。


 不思議なことにアテナの可愛いお尻は、全然平気なんだよね。いつものように魅力的。あ、えっと「エッチ」って言われたけど、頼めばちゃんと見せてくれるのがアテナの良いところ。


 カイも平気…… だと思う。こっちは見る趣味が無いんで。でも、馬を下りたときに痛そうにしている気配がゼロだもん。


 そしてテムジン達は、心から楽しそうなんだよね。生き生きとして、食事の用意から何から何まで全部、面倒を見てくれるから、オレはパオテントでグッタリと転がるだけ。


 なんと、1500キロを20日でソロモン領都ボンにたどり着くという、驚異的なスピードだ。ちなみに、テムジン達は、合間合間で偵察に出たりしていたから、実質的な距離は、もっともっと長くなったはず。


 オレには、こんなの二度と無理ぃ。


 それでも、走っている間にテムジン達とも会話ができたし、いろいろな技術も学べた。逆に、テムジン達も、オレの指示に従って動くやり方も覚えたから、けっして無駄では無かったはず。


 そうやってクタクタになってボンに着いたのは十二月の九日だった。


 そこにはドーン君の婚約者であるビードウシエさんもいて出迎えてくれた。


 どうやら、シュモーラー家のコーナンが「領都の総督を務めるのに妻がいなくてはカタチがつかんだろう」ということで騎士団を200名規模で投入して送り届けてくれたらしい。


 まだ、こっちにきて1ヶ月しか経ってないのに、デビュタントでのお披露目(高位貴族の結婚相手は横に立つことになってる)があるから、皇都へと逆戻りだ。


 ここからはビードウシエさんがいるので馬車の速度に合わせることになる。したがって、旅程に余裕がないのは事実。


 結局、ボンでは一日だけ休んで、すぐに出発ってことになったわけだ。


 その夜、半ば予想したとおり、ベッドにはヒカリが現れたんだ。


「ボンの北、100キロに北方遊牧民族軍団がおります」


 え~ マジっすか!?



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

今回は、ほぼほぼ移動回でしたね。

さて、ボンの北に現れた「敵」を率いているのは、みなさんお忘れになっている、あの男です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 


 

 

 

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