第48話 新しき生活

 上手くすると、今回が西部での最後の仕事になる…… といいな。

 

 オレ達がグラにいる間、テムジン達が時間を持て余していたんじゃないかって心配してたけど、むしろ超絶に忙しかったらしい。


 原因は新しい生活に対する好奇心というか、何とか適応しようとする彼らの努力だったんだ。


 ずっと身近にいた「お隣さん」だけど、北方遊牧民族のことを我々もよく知らなかったし、彼らも襲って分捕ったモノ以外のことに関心は無くて、獲物えもの自身のことなんてよく知らなかった。


 彼らにとって大事なのは「どこに行って、どうすればモノが手に入るか」であって、相手がどんな暮らしをした、どんな人間なのかなんてコトはどうでもいいんだ。


 彼ら遊牧民族の定地住民定地ネズミに対しての感覚って独特だよ。彼らから聞いた話で連想したのは、すごく語弊はあるけど「スーパーで売ってる牛肉が、どんな牧場の牛さんなのか考えるか」って話に近い。


 どこに行けば、守りの薄い街があるか、どこにいけば欲しいものがため込まれているか、ってことにだけ関心があって、その町の人がどんな暮らしをしているのかってコトには関心が持てないらしかった。


 我々だって、どこのスーパーで肉を安売りしているのかってのは考えるけど、この肉はオージービーフなのか、和牛なのかがせいぜい。それぞれの牛がどんな風に育っているのかって違いを気にしてないし、果ては「和牛と国産牛の違い」なんてことすら気にしてないよね?

 

 彼らには我々の暮らしぶりなんて、ちっとも気になることじゃなかったんだ。


 ところが、我々と旅をして、いろいろな街を通過し、あげくはグラの郊外にキャンプするようになって、初めて「相手も生きてる人間なんだ」って感覚が持てたらしい。


 え? って感じだけど、小さな頃から「奪う相手」って存在としか見てないわけだからね。前世の日本で言えば「水を飲みたいときに蛇口をヒネる感覚」(ミネラルウォーターしか飲まないってのは別の話にしてくれよ)程度にしか感じてなかったんだよね。


 手を洗いたい→川に手を入れる

 包丁が欲しい→手近な街を襲う


 全く悪気がなく、ほぼほぼ、この二つは同じ感覚の延長上なんだよ。


 うーん、話してみてビックリだったけど、生まれたときからの常識なんてそんなモノなのかもしれない。


 ところが、今回のテムジン達は「相手の部族に入った以上、その部族のやり方に従う」っていう、北方遊牧民族としては極めて常識的なしきたりを守ろうとしたから流れが変わった。


 テムジン達は、全力で我々のやり方を学ぼうとしたわけだ。これは、おべっかとかお世辞とかとはレベルが違って、彼らとしては「いつものやり方」なんだよ。


 その意味で、彼らはものすごく真面目、真摯だった。


 何とかして我々の文化を理解しよう、しきたりを覚えようと努力したいっていうんだよ? そしたら応援するしかないじゃん。


 教師役を派遣した。


 彼らは、ある意味徹底した実力主義だから、馬の扱いが下手だと教師役として受け入れてくれない可能性があるんで、とりあえずエメラルド中隊のメンバーを交代で派遣した。


 そこで、ある程度「講習」をしてから、小グループにして街へ連れてきた。やっぱり「実習」をするのが簡単だからね。


 そのために、一定額のお金も与えてみた。もちろん「カネ」の概念自体は知っていたけど、実際に金属の塊とお店のあれこれとを交換する「買い物」という行動は、彼らにとってはカルチャーショックだったらしい。


 そこで生まれた、彼らの率直で、そして大多数の感想は「これで欲しいものと交換できるんなら、街を襲う必要なくね?」という、なんとも身もふたもないもの。


 今まで滅ぼされた街の人達が、これを聞いたら激怒なんてレベルじゃすまない言葉だよね。


 そして、彼らの頭は、さらに「次」へと進んだんだ。


 何しろ常識の前提が違うってだけで、彼らだってバカじゃない。すぐに「じゃあ、カネってものはどうしたら手に入るのか」という方向に頭がいくのは簡単なことだった。


 ここで、ちょっとだけ手違いが起こったんだ。


 一応、グラにいる間も作戦期間中ってことになっている。だから「生活の面倒は見る」のが基本なんだよ? その上で、隊員達にはそれなりの額となる給料を渡す。(家族が皇都にいる場合はそっちに渡すのもアリ)


 だから、テムジン達にも「ウチの部族に入れる=隊員として働かせるから給料渡す」っていうのは、こっちの予定していたこと。


 ブラック企業みたいに、相手の無知や弱い立場につけ込んで「搾取」なんてしたくないからね。


 講習や実習で「お金の価値と使い方」を学んでもらった後で、給料を渡して生活の作り方をじっくりと教え込むつもりだったんだよ。


 ところが「貨幣経済」なんて言葉はわからなくても生活の上での「貸し借り」の概念は、むしろ我々よりも発達しているのが彼らの生活なんだ。


 これは共同体として生活する上で絶対に必要なことらしい。


 前世の日本でも、田舎暮らしをしていた人の方が、その感覚が分かるはず。


 畑で取れたトウモロコシを「今朝採れたよ」と渡されたら、すぐ、その日の晩には「うちのナスが採れ過ぎちゃって」とお返しを持っていくモノなんだ。


 共同体だからこそ、人に親切にしたら相手も親切にしてくれると確信してる。社会学用語で「互酬関係」っていうんだけど、その手の感覚のない人が田舎暮らしをすると、トタンにトラブルになったりする。


 田舎暮らしでは、お家にいるときは鍵を掛けるけど、外出の時は鍵を掛けないものなんだ。だって、急に雨が降ってきたら洗濯物を擒で上げられないからね。代わりに、風呂に入ろうとして素っ裸に(すまん)なった瞬間に誰かが来たら気まずいから家にいる時は鍵を掛ける。


 それが共同体を中心とした生き方なんだよ。

 

 だから、彼らにとって「じゃあ、最初に、街であれこれ買う練習をしたとき渡されたカネの分を何かでお返ししないと」って思うのは当たり前のことなんだ。


 でも、さしあたって、商売の仕組みすら分からない。そして、その時点で「頭領ショウ様からの給料」なんてことも頭にない。


 そこで彼らが考えたお返しは「オレ達には馬と腕がある」ってこと。


 当たり前だけど、彼らの中にも「護衛」とか「悪い奴を退治すると喜ばれる」って意識はちゃんとある。そして、どうやら「グラという街の頭領はショウ様」ってことも理解した。


 こうなってくると彼らにとっての決断は簡単だった。


 恩返しのために、この近所の悪いヤツらを捕まえて殺ってこよう!という合意ができたわけ。


 テムジンと47人は、グラから北の原野を徹底的に探し回って、武装集団を三つほど潰してきたんだ。


 まだ覚えているよ。あの時の彼らの得意そうな顔を。


 もうね、投げたフリスビーをキャッチして持ってきたレトリバーみたいに「こいつら殺っておきました」って、テムジン達はニコニコしている姿。


 そして目の前に並ぶピーの数々。そうだよね、殺った証拠を持ってくるのは、彼らからしたら、必要だよねー


 彼らに悪意はない。全くない。


 昔ネコを買っていて、とっても仲良しで、病気の時は一晩中オレが看病してあげたネコがいた。


 ある朝目覚めると、枕元に得意そうな表情で座ってた。


 口元が真っ赤だったから「どうした! 大丈夫か!」って頭を上げたら、オレの枕に乗せられていたのは血まみれの雀。


 あの時悲鳴を上げなかった自分を今でも誉めたいよ。


 ってことで、オレの目の前には、血まみれのピーがたくさん並べられて、テムジン達は「誉めて」って顔に書いてあるわけで……


 奇跡的に幸いなことに、彼らが皆殺しにして「あれ」を持ち帰ってきたのは、逃げ出した僧兵を中心としたホンモノの盗賊団だったから、どうにかこうにか胸を撫で下ろした。


 そこから「ショウ様の部下になると言うこと」を三日三晩掛けて、ツェーン達がよ~く言い聞かせた。


 と同時に、その騒動がグラの街に伝わったんだよ。


 ほら、一般市民からしたら「偉大なるショウ様に感化されて配下となった善良なる元北方遊牧民族」というムチャクチャ珍しい存在で、しかも、実際に盗賊団を叩きつぶしたという英雄だ。


 あっちこちから、いろいろな話が来て、そこで分かったのが「女性達の作る革細工のレベルが半端じゃない」ということ。


 北方遊牧民族の女性達は、生活の必要上から革細工を元から上手にこなすのは知っていた。


 そしてテムジンの部下達は部族でも優秀な若者ばかり。当然、嫁達は誰もが揃いだ。


 北方遊牧民族にとっての「美人の嫁」の第一条件を覚えているかい?


 そうなんだよ。皮をどれだけ上手に縫えるのかってことが最初に来て、次が若さと見た目(子どもが産めそうかってこと)で、最後に来るのが顔なんだよ。


 そして、今回の嫁達は部族でもトップカーストなわけで、彼女達の巧みな革細工はグラの街でも一気にもてはやされたわけ。


 まあ、テムジンとスミレのところに連れて行ったのは、オレが仲介した商人だけに、ぼったくるようなマネをするわけも無い。むしろ「ショウ様の部下の奥様」が作ったものだし、異文化の意匠を凝らした希少性の点からも、極めて高価な取り引きになったんだよ。


 いや~


 あれやこれやで、北方遊牧民族の衣装を着けた夫婦がグラの街で買い物をする光景というのは、街でもたいそう評判になったんだ。


 最初はおっかなびっくりだった部分もあるし、実際に悪感情を持っている人もいるのは事実だ。そりゃ、100年以上に渡っての「敵」だもん。簡単に感情は変えられない。


 でも、街の人との交流が、彼らの何かを確実に変えたのは確かだったんだ。


 そんな彼らを率いて、オレは道中でアレコレするのを考えながら皇都への帰途に就いたんだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

原始共産体制の文化の人に貨幣経済を理解させるのは、意外と簡単らしいです。

ただ「どうやって金を稼ぐのか」を理解してもらう、あるいは実践できるようにするのかが難しいんだとか。アメリカではネイティブ・アメリカンを居留地に追い込みフェンスで囲みました。カナダでも似たことをやり、オーストラリアではアボリジニーに対しても同じ事をしています。あきらかに黒歴史ですが、作者には、それを非難できるほど自信はありません。

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