第47話 父になる

 領館の庭の一角に来ていた。


 ツェーンが玉すだれをイジりながらのため息だ。たこ糸の結び方にコツがあるんだよって言ったんだけど、興味は無いらしい。


「こんなのよく作りましたね」


 出来具合が良いから、という意味では無くて「こんなことに無駄な時間を費やして」的に、残念なため息成分が多めだ。


 うーん、なんか納得できない。けっこう労作なのに。


「ここの竹をカイに切ってもらって作ったんだ。穴を空けるのが大変だったよ」

「切るくらい、ボクだってできるのに」


 頬をプクッと膨らませたアテナが可愛い。


「えっと、アネゴのお言葉ではありますが、竹を切るくらいならオレにだって」


 ツェーンと一緒に来ていた若手のロイがポロッと言葉にした。他の人間はロイの言葉に「え?」という顔をしたから少し教えることにした。この先、知識がどう生きるか分からないけど、無知は怖いもんね。教育は常に必要さ。


「じゃあ、ここに生えている竹を君が切ってみなよ」


 言われてロイが剣をあてがって切ろうとする。竹は表面が硬い。剣ではノコギリのようにガジガジとやっても上手くいくわけがない。


「一発で切ってみて」

「あ、わかりました」


 彼もそれなりに剣は使える。すかさず一歩下がって、ザッと横に切る。


「あれ?」


 しなう竹は、水平な切り口とならない。斜めになった上に、切り口がガチャガチャだ。


 もう一度やっても、結果は同じ。チラッと見たらアテナが期待してこっちを見てた。


「アテナ?」

「はい」


 ニッコニコでパチンと剣を収める。


 抜くところが見えなかったよ!


 しかも、竹はそのままでロイが首を捻った。


「はい、これ」


 竹の上の部分を持つと、ちゃんと水平に切れてる。


「え? いつ切ったんですか? しかも、真っ直ぐ横だ!」


 やっとわかったかぁ。


 生えている竹を水平に切るなんて、達人だからできること。


「竹ってしなやかに生えている上に、上は固定されてないんだよ? しかも竹みたいに表面がツルッとしている素材だと剣を弾くからね。真横に切ったつもりでも竹が逃げる分だけ、どうしても斜めになるんだ」


 ちょっと離れたところに行って、ロイがもう一度チャレンジ。結果は同じ。


「カイとかアテナになるとね、こうなるよ」


 目配せすると、今ロイが切ろうとした竹の横に立って、カイは剣を


 今度は、竹が崩れるように落ちた中からカイがヒョイッと掴んだのは、上下が切れた竹。


「え? 上と下が切れているってことは…… あの、1回しか見えなかったですけど」


 ロイが目を剥いていた。まあ、彼自身も若手の中で(オレよりも年上だけどね!)は腕が立つという話だけに、ショックがデカいのだろう。腕が違いすぎるもんね。


 途端にアテナが「ボクもボクも」と言うから、目だけでOKした。


 そして、アテナの剣が一閃…… ん? 2回煌めいた?


 パッと動いた手は、2本の竹を掴んでる。どうやら、自分は二本連続で切れると、あるいは、同時に切れると言いたかったらしい。


 って言うか、オレの目にも見えなかったんだけど。


 ツェーンに至っては、半ば悲鳴に似た声を上げた。


「いったいぜんたい、どーなってるんです? アネゴはともかくとして、え~っと、カイ君だっけ? 君、ルーキーだよね?」


 黙ってペコンと頭を下げるカイは、どうやらアテナと対抗するつもりは無いらしい。

 

 と、そこに血相を変えた内務官が、オレを呼びに来た。エルメス様がお困りの様子らしい。



・・・・・・・・・・・


「我としては、そなたが、歴とした仕事を果たしており、邸では親族によって押し込められていたと言う認識をしているのだが?」

「しかし、我が邸が反乱者によって根拠地にされていたことは事実です。しかも、旧体制において、私は一族のために不正な人事も行っております。全て私の不徳のいたすところ。どうぞ、この国の禍根を断つためにも、よしなに」


 死刑にしろと主張している。


「けれども、正直、あなたの経験や知識は、今後も、使えるです」

「私のやり方がダメだったからこそ、滅びたのだと。国が滅んだ後に居座っている為政者など、裏切り者でしかありません」


 エルメス様とベイクがシュターテンを説得にかかっているが、上手くいってない、というよりも、想像以上に頑なだった。


 既に、この問答を数十分繰り返しているらしい。


 エルメス様としては、なんだかんだで「譲位」の功労者であるシュターテンを助けたいのだろう。実際問題としても、宰相格だったシュターテンの経験や知識は大事な財産でもある。


 しかし、シュターテンとしては、このまま行政に残れば「裏切り者が、国を売った後も出世して」と言われるのも事実だった。


 だから「覚悟はしている。裏切り者として処刑してくれ」というのが主張らしい。


 思っていた以上に頑なでベイクも困り切った顔だった。


「えっと、横から口を出して良いかな?」

 

 エルメス様があからさまにホッとした顔で「皇帝が最終決定者ですので」と、さりげなく下駄を預けてきた。このあたりは、ホント、信頼が厚いのは良いけど、責任を感じてしまうよ。


「えっと、ベイク、に奴隷制度ってあったっけ?」


 一瞬キョトンとしてから、目が斜め上を見たあとでマジマジと見つめ返してきた。


「正直、もう50年以上も適用された例は無いです。でも、刑法的にあることはあるです」

「わかった。じゃ、奴隷落ちで行こう」


「「「え?」」」


 三人とも目を丸くしている。シュターテンまで驚いているのがなんだか可笑しい。


「ずっと考えていたんだよね」


 シュターテンが首をかしげてる。


「ね? ぶっちゃけヒゲが無いじゃん? 結婚もしてない。声もすごく高いよね? あ、は言わなくて良いよ。なんとなくだけど、オレが想像しているだけなんで」


 シュターテンは、いきなり蒼白になっていた。


「オレが君に確認したいのは、ただ一つ。君は女の子を預かったら問題を起こすっていうか、赤ちゃんができちゃう間違いって起きるのかってことだけ。どう?」


 実は、彼に会ってからずっと考えていたんだよね。立ち居振る舞いは男性そのもの。だけど、二次性徴の跡がほとんど無いってこと。政権中枢にのし上がっていく上で、この国の特殊性から「女性の草」に余計な食指を動かすこと無く使いこなせる人物を必要としたってのも材料となった。


 何よりも、出世頭のシュターテンが結婚もせずに、邸に親戚筋が住むのに任せていたことがヘンだ。つまりは結婚その他で、自分の子孫を残す可能性を本人も、一族も、一切考えてないように見えたという事実は重かった。


 シュターテンは暗い顔をして下を向いてから言った。


「女性と間違いを犯す可能性はありません。それがでしたから」


 暗い告白だ。エルメス様もベイクも、その瞬間は息を呑んだのが分かったよ。だって、あまりにも冒涜的だもん。


「辛いことを聞いて、ご免ね」


 シュターテンは下を向いたまま。


 それにしても、と思う。


 産めよ増やせよのグレーヌ教が大多数となっている国で、親族が寄って集って、最優秀な男が子どもの頃、一体「何」をしたのか。


 自ら望んで、そうしたとは思えなかった。


 それに、ね、とオレは考える。


 今まで、一度たりとも、彼がフルネームを名乗ったことがなかった。常に「シュターテン」という一族の名前でしか自他共に呼ばないことは、すごく気になっていたんだよね。


 彼は個人であって個人ではなかった。一族のため、彼は個人であることを捨てていたんだ。


 ゆっくりとかぶりを振って顔を上げたシュターテンは「もう、あの人達を恨んでいるわけではないので」と寂しげに微笑んだんだ。


 前世における中国の「宦官」という制度を知らなかったら、恐らくオレも思いつけなかったはず。


 おそらく、シュターテンの一族は「妾腹」だという彼にプレッシャーをかけて、そう言う手術をしたのだろう。ひょっとしたら本人の承諾すらなかったかもしれない。


 だからこそ、彼は一族の金を集中して投資されたし、自分の子孫に一切を受け継げない以上、諦めが根底にあったのだろう。


 さすがに、ちょっと怒りを感じる。


「ね? あんなヤツらのために、わざわざ死刑になる必要は無いだろ?」


 オレの言葉にベイクが「だからと言って、奴隷にする必要は」って突っ込んできたけど、それは無視。


「君の邸は、よく手入れされていたね。そして広い。あれなら、大勢が住めるね」


 実際、シュターテンの一族やメイド達、それに集めたゴロツキ達を入れると500人近くが住んでたんだからね。


「その程度しか趣味が無かったので」

「提案なんだけどね。奴隷になってみないか? あの邸に専属の」

「奴隷に落とされるのは私にふさわしいかも知れませんが、邸に専属とは?」

「あの邸はキュウシュウ政府が没収して、学校にしようと思うんだ。それも女の子を専門にして、基礎的な文字や数字の扱い方、そして、そのうち、もっと高度なことも教える寄宿制の学校にしたい」

「学校?」

「そうさ。シュターテンは知ってるだろ? アマンダの影が文字の読み書きどころか、基本的な学問から、一部はけっこう高度な内容まで教え込まれた女の子を育てていることを」

「あぁ、はい。そう言う女の子が多数いるようですね」

「その子たちは、この度、全員がお役目を取り上げられたんだ。でも、このままでは働き口なんて見つかるわけが無い。だけどかなりの教育を受けている人材だ。もったいないだろ?」

「どういうことでしょう?」

「彼女達を教師として雇う。そうすれば彼女達もこの先、学んだことを使って生きていける。そしてキュウシュウ中から優秀な女の子を集めて女子教育を行う。当然、みんな住み込みとなるよね。シュターテンは、そこで校長として24時間生活を共にして先生と生徒を教え導いて欲しい。残業手当は無しでね。だから、奴隷ってことさ」


 思わず、オレは『ブラックだよなぁ。部活もヤラしちゃおうかな』と頭の中で呟いてる。シュターテンは、唖然とした顔でこっちを見つめるだけだ。


「私が、学校の校長?」

「そうだよ。君が子どもたちを立派に育てるんだ。この先、何百何千の君の子どもたちの父になって欲しい」


 ワナワナと手を震わせるシュターテン。


 エルメス様とベイクは、まだ唖然としてる。


 三人の顔を見ながら、オレは言い渡した。


「シュターテンは奴隷に落としたと発表される。実際、邸の中に閉じ込めるカタチになるから懲役扱いみたいなもんだよ。これで周りも納得する。でも邸の中では校長だ。彼女達の良き父になってあげて欲しい」

「ショウ様!」


 いきなり抱きつかれちゃったよ。オッサンに抱きつかれるのって、最近、多くなってない?


 あ、一応、先生になる女の子たちに「閨のワザ」は指導禁止だと言い渡した。え? 男のあしらい方は教えるのかって? まあ、そりゃ…… 知識はいろいろあった方が、いいもんね。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

シュターテンが、どこか、自分の人生を諦めている感じなのは、こういう理由でした。宦官の「宦」という字って、奴隷って言う意味なんですよね。古代中国での主な仕事は「後宮管理」でした。女性達を管理しても問題が起きない、と言う意味があったようですね。なお、この学校の卒業生達は、後々、非常にモテました。歴とした貴族の娘も続々と入学してきまして、後世の「寄宿制のお嬢様学校」の誕生です。

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