第46話 黒槍じゃなくて黒棒?

 グラの中心街にあるシュターテン邸の正門前では、十人以上ものゴロツキが酒を飲みながら騒いでいた。


 ドンと置いた酒樽は、地下の食料庫からくすねてきたものである。


 あまりのガラの悪さに、メイドたちはとっくに逃げ出していたほどである。


 ガハハと、またバカ声を上げて笑う男達。


 どうやら、周囲の家々に対する威嚇、あるいは「オレ達はこんなに強そうなんだぞ」という示威行為のつもりらしい。


 そこに、ギターと言うにはちょっと単調な、それでいてバカに明るいリズムが響いてきた。


 チャンカ、チャンチャンカ、チャカチャカ、チャンチャン


 少年の声が響いた。


♫ ア さて ア さて ア さて、さて、さて、さて♫


「なんだ?」

「ヘンなのが来たぞ」


 三人連れらしい。


♫ア さて ア さて さて さて♫


 三人ともマントを着ていて、先頭の少年は頭にはヘンな手ぬぐいを乗せて、つま先立ちするようにして踊るような足取りのヘンなリズムでフラフラと歩いている。


 後ろの左は、女の子と見まがうばかりの美少年。マントから出した手には、ギターのような楽器で、陽気なリズムを付けていた。


 後ろの右が一番デカい少年だ。背丈よりも1メートルほど長い、太くて黒い棒を頭の上でリズムに合わせて振り回している。クルンクルンと動くところを見ると見かけほど重くないのだろう。


♫さては 南京なんきん 玉すだれ♫


 先頭の少年が、細い棒のような者をつないで四角い板のようにしたモノを器用に、動かしている。まるで扇のようだ。


♫チョイと 伸ばせば、浦島太郎さんの うお釣り竿に チョイと 似たり♫


 男達は思わず「おぉお」と唸った。


 平たい板のようになっていたものが、サササッと、一本の棒のように伸びたのだ。

 

 いったいどうなっているんだ? 男たちがザワついた。


♫浦島太郎さんの うお釣り竿が お目に 止まれば おなぐさみ♫


 思わず、カップを持つ手が止まって、見とれてしまう。肩でリズムに合わせている男もいる。


 その間も、少年は、陽気なリズムに合わせて歌いながら、棒を「板」に戻してみせる。


♫お目に 止まれば 元へと返す♫


「おぉお! 良いぞ、兄ちゃん!」


 酒のアテにピッタリの大道芸だ。どうやらおひねりをもらいに来たらしいと、男たちは悟った。見たことのない芸だ。


 軽快で陽気なリズムに、みんなの肩が揺れている。


♫ア さて ア さて ア さて、さて、さて、さて さては 南京 玉すだれ♫


 クルンと「板」を見せつけるように持って、男達の間に入って踊り続けている。


 身体の大きな少年は、助手なのだろう。リズムに合わせて頭の上でグルングルンと棒を回すが、こっちはそれほど面白くなかった。


「チョイと 返せば お城の架け橋」


 おお! と男達は、今度も驚きの声を上げた。いつの間にかもう一つ取り出した板が頭の上でスルスルスルッと伸びて、合体したのだ。


 なるほど、お城の堀に架けた橋を擬しているのだろうと男達は思った。


唐金擬宝珠からかねぎぼし 擬宝珠ぎぼしないのが おなぐさみ

 瀬田の唐橋からはし お目に 止まれば 元へと返す♫


 クルンと回ってみせると、二つ共「板」に戻っている。


 パチ パチ パチ


 思わず拍手してしまう男達だ。ガラは悪いが、酒場にはこの手の大道芸人がやって来るのは珍しくないのであしらいを知っていた。


 芸自体は珍しいが、この手の芸を酒場で飲みながら見るのは慣れているのだ。早くも「おひねり」の用意を始める者もいた。ここで雇われているおかげで懐は温かい。こういう時の気前の良さは、あぶく銭ならではだ。


 ヤンヤの喝采をしながら、また酒をあおった。


 自分達にわざわざ見せに来た芸人達の陽気なリズムに踊るような動きが、心地よかったのだろう。


 男達の間を通り抜けるようにして邸の大手門を背景に、三人はクルンと振り向くと、さっきから軽快な芸を見せつけた少年が♫さあ、さあ、さあ♫とリズムを取りつつ声を上げた。


 次はなんだ? と期待も大きい。


「さあて、ここに取り出したるは、一本の黒棒でござぁ~い」


 相変わらず、単調だが軽快なリズムのギターを鳴らしながら、横に来た。


 ガタイの良い少年から受け取った棒を、突き立てるようにして、地面に置いたと思った次の瞬間、一番手前の二人に、さっきから持っている「玉すだれ」とか言うモノをヒョイッと放ってきた。


「シカケをご覧じろ」


「ほぅ? どうなってるんだ、これ?」


 受け取った男の手元を側にいた男も覗き込む。


「さあて、ここからが見せ場でござ~い」


 そう言ったかと思うと、大きな少年が助走を付けて走ってきた。


 少年は、腰だめにして両手で足場を作ると、走ってきた少年の脚をポンと持ち上げる。


 跳んだ


「おぉおお!」


 なんと、立てただけの棒の先端に片足で立っているではないか。


 恐るべきバランス感覚。


 男達は初めて「この男はアクロバット要員だったのか」と納得したのだ。


 こうして見ると高い。邸の壁の上に手が届きそうだ。


 男達が次の芸を期待して目を見開くと、まさかという感じで、先端からふわりと少年が飛びあがったのだ。


「おぉお! え?」


 なんと少年は、邸の正門の上に飛び移ってしまった。


 しかし、これはやりすぎだ。邸の塀に乗ってしまうのは不味い。 しかし、ゴロつき達の困惑をよそに、少年はニコニコと大声を出す。


「はぁ~い、この棒を!」


 少年が棒を上の少年にふわっと投げ上げる。


 あっけにとられて見つめる男達。


 壁に乗った少年は、両手で黒い棒を受け取った。


「よし。カイさん、アテナさん、やっておしまいなさい!」


 棒を持ったまま少年の姿が消えた。内側に飛び降りたのだと思った次の瞬間、塀の裏側では何かが激突する音が連続したのだ。


「お、おい! 何をするつも…… え?」


 玉すだれを持ったまま伸ばした腕の先がなかった。


 見開いた目は、美少年がすぐ側で動いているのを感じたが、その頭は、次の瞬間ポトリと落ちる。


 それが、男が人生の最後で見た記憶だっただろう。


 一体何が起きたのか?

 

 これは襲撃を受けたのだと理解するまでに3秒。


 ゴロつき達は、それなりにケンカ慣れはしていたのかも知れない。しかし、剣技を極めた人間が、すぐ側を走り回るという現実が何をもたらすのかということに思いを馳せたことは無かったであろう。


 いや、その前に「剣の天才」というものを、見たことも聞いたことも無かったに違いない。


「コイツら、敵!」


 誰かが叫んだ時には、すでに五人が首から噴水を上げていたのである。


 すばやく、五人目の腰から剣を奪い取るのと、自分の剣を収めるのは同時。脂が巻くので、敵の剣を使うのはよくあること。戦場において剣とは消耗品なのである。

 

 十数人の敵を倒すまでに実質的に、一分もかからなかった。



 いや~ オレも何かやりたかったんだけど、アテナに「絶対に動かない」って約束をして許してもらったんでさ。


 一人くらい、こっちに来てくれても良いのになぁ。


 その頃には、門の内側で悲鳴がいくつも聞こえていて、ゆっくりとカンヌキの外れる音がしたんだ。


 ぎー と微かな音を立てて分厚い正門が開いた。わ~ マジで、ちょっとした城並だね。


 何しろ表面には鉄板まで貼ってあるんだから、本当に城そのもの。こんなの正攻法で開けにかかったら、城攻めの道具が必要だ。


 ホッとしているところに黒槍ならぬ「黒棒」を片手にしたカイが、お待たせいたしましたと礼をする。


「まもなく、来ると思うから、それまで暴れて良いよ」

「ありがとうございます」


 ペコンと一礼したカイがこっちに押し寄せてくる敵の塊に向かって「うぉおおお」と雄叫びを上げながら走って行った。


 ふと見ると、門の周りには人間だったモノの破片があっちこちに飛び散ってる。どうやら警備をしていた人間が5~6人はいたらしい。いや、みんなパーツになっちゃってるから、アバウトだけど。


 マジでスプラッターだよね。


 階の向かった先を見たら、敵の大半は甲冑をつけていた。


「あ~ あれ、悪手だよね。刃じゃなくて棒だもん」


 大質量の金属がうなりを上げてぶつかってくるんだよ?


 そりゃ、ああ、なる。


 ここまで音は聞こえないけど、ほとんど残像レベルのスピードで巨大な棒がぶつかってくるんだ。


 人間の身体が無事で済むわけがない。


 甲冑そのものはカタチを残していても、甲冑ごと中のパーツが飛び散っていくんだもん、どうにもならない。あんなのダンプカーにぶつかるようなモノだ。どんな鎧を着けても防御不能だよ。


「あれ? でも、エルメス様とタイプが違うんだ?」

「ボクには似ていると思えますけど」

「だって、いざ始まったら雄叫びを上げなくなって静かじゃん?」


 聞こえるのは相手の悲鳴というか、断末魔の叫びだけ。


「ひゃっほ~も、ひゃっはーも聞こえないからさ」

「それはおそらく、普段の父上が本気モードではないからだと思います」

 

 え?


 人間離れした戦闘能力を見せていた、あれが「本気モード」じゃないだって?


 今まで見てきた、数々の戦闘シーンが本気じゃ無かったなんて……


 だって、無双してたよ? 二合以上打ち合えた人、いなかったよ? なんだったら甲冑ごと切断してたよ? 人が飛んだよ?


 ん? でも、よく考えたら、目の前のカイも甲冑ごとパーツを吹き飛ばしているよね?


 敵の悲痛な叫びが聞こえてくる。


「む、無理だ」

「バケモ、ヒッ!」

「逃げっ、ぎゃっ」


 エルメス様が本気を出していたら、こういうシーンになっていたわけか。


 うーん、無双って言葉を現実に見ちゃうと、これはヤバいね。とにかく、一瞬の抵抗にすらなってない。逃げようとした次の瞬間に、バギャって感じで棒が吹き飛ばしていくんだもん。


「けっこう気合いが入ってますね、カイ君」


 アテナが楽しそうだ。えっと、公爵家令嬢が、スプラッターシーンを前にして、仔犬がじゃれているシーンを見ているかのような、このふんわりした雰囲気。


 さすがアテナ。


「うん。一生懸命で、いー感じだよねー」


 そんな風に応じちゃうオレも、オレなんだけどね。


 なんか、ノンビリとしちゃって良いのかなぁって思うけど、これも約束なんだよね。


 三人で潜りこんで、正門を開けるって作戦。


 アテナから事前にお願いされていたんだ。


「所有者様のなさりたいようにどうぞ。でも、カイが暴れているときは私と一緒に見守ってあげて下さい」


 街のゴロツキなんかに後れを取る可能性はほとんど無いから助太刀は不必要。むしろカイとしてはオレに見ていてもらえるとモチベーションが違うんだって。


 おっと、門を開けっぱなしにしているオレ達に気付いたお利口さんがいたみたい。


 槍や剣を持った連中が10人ほど、血相を変えて走ってきた。


「しばしお待ちを」


 スタスタと歩き出したアテナが手に持っているのは、さっき門の前にいた男が持っていた剣だ。


 でも、あちらは鎧を着てるけど?


 アテナが危ないとは想わなかったけど(その程度の見極めくらいはオレにだってできる、エッヘン)鎧の上から剣だと、大丈夫かな?


 な~んて思ったオレが甘かった、


 走り出したアテナが、連中とすれ違うように駆け抜けた後、全員が地面に転がっていたんだ。頭と胴体だけの簡易鎧は、例外なく脚をなくし、フルアーマーは鎧のすき間から喉に剣を突き立てられていた。


 素早くオレの横に戻ってきたのは、アテナにとって相手を倒すのは手段であって、目的では無いからだ。オレを守れれば、他はなんでも良いらしい。


 そして、少なくとも50人以上が「パーツ」となって千切れ飛んだあたりで、ようやくカイの黒棒が凶暴すぎることに気付いたらしい。一斉に逃げ始めたんだ。


 深追い禁止は、最初の予定通り。そして予定では、そろそろ……


 怒濤のようにやってきた騎馬隊。


 あ、エルメス様だ。


「いったい、何をしておられるか!」


 わっ、初めて見た、エルメス様の本気の怒り顔だ。


 ヒラリと飛び降りて、オレの前。


 しかし、エルメス様のホントの気持ちは、ただ心配だっただけ。


「ご無事か?」

「アテナとカイがいますので」


 ジロリと娘を見ると「過信は禁物だぞ」と低い声。


 クスッと笑って見せる娘に、それ以上追求できぬ父だった。


 おそらく、アテナがいれば危険は無いと信じているのも父だったのだろうけど、その目で見るまで、最悪を予想して動くのも戦士の常だ。


 そこでようやく、ほぅ~っと息を吐いたエルメス様。良く見たら鎧も着けてない。

  

 なんか、すみません。事前に言ったら100パー反対されると思ったんで。

 

 その間にも、正門を怒濤のごとく駆け抜けていく迦楼羅隊。


 連中にはエルメス様の後を追えってコトだけを命じてあったけど、ここに到着して「何をすべきか」が分からない隊員なんてひとりもいない。彼らには鎧を着て待機してもらったので、あのゴロツキどもを相手に手こずる可能性はないと言える。


 後はツェーンに任せていいだろう。


 そこにカイが戻ってきた。


「ご苦労さん」

「めっそうもございません。打ち漏らしの多かったことを反省いたします」


 カイにとっては、この程度の相手であれば、結果なんて分かっていることなんだろう。


「よし、帰ろうか」

「はい」

「はっ!」


 エルメス様が「えっ」と情けない顔をした。最近も、エルメス様のこの顔みたっけ。


「こ、これ! 我は! 我は…… ふぅ~ 後始末ですな」


 さすがぁ。分かっていらっしゃる。


 実は、今回、オレが出てからキッチリ30分後に手紙が渡るようにしてあったんだよ。もちろん行き先も書いておいた。見た瞬間、こうして飛び出してきてくれて、ツェーンたちが続いたってわけだ。


 ま、これにて一件落着~


 帰るよ! もちろん、BGMは、これだ。


♫ア さて ア さて ア さて、さて、さて、さて さては 南京 玉すだれ♫


 玉すだれで遊びながら、グラの街を帰ったんだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 ふざけた回だとお思いかも知れませんが、カイがいなかったら、絶対に取れない作戦でした。以前、ノース自治区に行ったときも、アテナを戦力で出そうとするとショウの護衛がいなくなるという矛盾が出てしまいましたが、今回は違います。「盾」のアテナ、「攻」のカイと分担することで初めて実施できた作戦です。

 後は「口撃」のベイクで、三点セットみたいですね。ただし、この後でベイクから思いっきり苦情を言われました。怒られたポイントは「皇帝が大道芸をしてみせるとは何事ですか!」ということで、しかも、この後、グラで流行っちゃうんですよね、南京玉すだれが。ごめ~ん。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 



 

 

 

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