第45話 シュターテンの想い
シュターテンは悲しんだ。
彼は彼の棲家である邸から外に出てみようとしたのであるが「売国奴」と罵る一族に押し込められて、出ることができなくなっていたのである。
国教務大臣を務めた彼によって出世するはずだった一族は、その願いが敗れたどころか、既に出世した者までもが軒並み
元々は地方の子爵家が地元の商人と結託して頭角を現した一族だった。社交に金を掛け、教会の一部に金をばらまいた。
そして「一点突破」のために一族の中でも優秀だという評判だったシュターテンに目を付けたのだ。徹底的に金を掛けて出世させ、やっと国教務大臣(他の国の「宰相」格)にまで押し上げたのに、と親類達は怒り狂ったのである。
全てはシュターテンが悪い!
これからたっぷりと甘い汁を吸えるはずの一族郎党は、シュターテンが国を売り渡すという「妥協」をした結果、全てを奪われてしまった。それが、今のような占領軍の横暴をもたらしたのだと怒り狂った。
なにしろ、シュターテンの一族に限らず、元から管理的な地位にいる者はほとんどがパージされてしまったのだから、怒りは大きい。
今回の強引な人事によって、この一族は徹底的に排除されてしまったのである。
『やれやれ。人事を客観的に見れば、有能な者を残したに過ぎないのだけどな。いわば本来の普通の人事だろう』
しかし、一族は文字通り「国を売った」と怨みを持ち、シュターテンを邸に閉じ込め好き勝手を始めたのである。
半ばヤケになったのか、続々と傭兵まがいの男達を金でかき集め、気勢を上げている。そのくせ、戦略的に何かをしようと考える者はいない。
冷静に考えれば「滅びへの一本道」をばく進しているのだが、本人達は「アマンダ王国の意地を見せれば他の貴族達も立ち上がる」と、根拠のない夢を見ているのである。
『籠城するつもりなら、サッサと食料をかき集めるなりすれば良い。打って出るなら、仲間を集める手紙をガンガン送って、王都をかき回すくらいすれば良いのに』
酒を飲んで「祖国を救うのだ!」などと叫ぶ声が、ここまで聞こえていた。下働きの者用の一室に押し込められたシュターテンは、そんな声を聞いて、つくづく、ため息しか出なかった。
「私が売国奴と呼ばれるのは仕方ない。ある意味予想し、覚悟していたからな。だがこの国を救うにはあれしか無かったと言っても、ヤツらにはわからんのだろう』
親類に、一人として優秀な人間がいないのは分かっていた。自分が一族には珍しく才能があるのだとしたら、自分が妾腹の子どもだからだろう。
『母さんの血筋が優秀だったんだってことさ』
商人の娘であった母は、シュターテンの物心が付く前に、正妻によって追い出されていた。今、どうしているのか、調べても分からなかった。
それであっても、一族を恨むまいとした。期待されたとおり「一族の突破口」となって、凡庸な一族の面々をそれなりの地位に就けた。たとえ、その者が失敗しても自分がカバーすれば良いと思っていた。
彼らが教会とズブズブになって便宜を図り、私腹を肥やしているのは知っていたが、国全体を見ればさして問題になるような額では無いと目をつぶってきた。
『ローディングが直接のキッカケではあったが、サスティナブル王国には優秀な人間がゴロゴロいて、あの少年を始めとして、それぞれが責任を持って行動していた。その差であろうな』
結果として、アマンダ王国は消えた。形式的には残っているが「国王代理」の立場で権力を持った人間が、この地を「キュウシュウと呼ぶ」と宣言してしまった以上、実質的に滅んだのだ。
今回の人事異動は、まさに、その現実を突きつけてきただけのこと。
既に、アマンダの国内法も無効化され「キュウシュウを治める新しい法体系」が施行された。要するに、サスティナブル王国の法律である。
『しかも、連中がスゴイのは、教会を手懐けてしまったことだ。あんな手があったとは思わなかった』
冷害も、北方遊牧民族が南下してきたことも、彼らは実に巧みに利用した。いつのまにか、教会の権力志向の人間達は、とことん抹殺されていた。教区の枢機卿クラスも僧兵達もあらゆる手法を使って徹底的に殺していった。
それなのに、公には一切の「殺意」を見せなかった。
おかげで、実に皮肉なことに「キュウシュウ」を一番喜んでいるのは教会勢力になったのだ。それもこれも内々で出された「お言葉」のおかげだ。
地方の教会に行けば、まことしやかに流れているウワサがある。
「今後もグレーヌ教の教えは尊重されるであろう」
その言葉を証明するかのように、新たに定められた「州」とはグレーヌ教の教区のままである。
教会も民も、やはりウワサは正しいのだと心から安堵した。
『バカげた話だ』
ちょっとでも政治を知っていれば本当にバカバカしい話だ。あるいはグレーヌ教会でも権力志向の人間であれば気付いたかもしれない。
『こんな「お言葉」なんて、ホントか嘘かもわからんのだ。しかも、仮に本物であったとしても何も約束をしてくれてないのだからな』
ちょっと慎重に考える程度でも、この言葉が「グレーヌ教を」ではなく「グレーヌ教の教えを」とわざわざ言っていることに気付くハズだ。
グレーヌ教であろうと無かろうと、教えの根幹は一般的な道徳と大きな差はない。
曰く、産めよ増やせよ
曰く、真面目に働け
曰く、嘘を吐くな
曰く、感謝を忘れるな
親が子どもに言い聞かせるべき言葉とグレーヌ教の教えには、本当に差が無いのだ。
だから、この先「グレーヌの『ぐ』」という言葉すら政府に忘れられたとしても、一つも嘘を吐いてないことにもなるのだ。
まして「内々で出された言葉だ」ということなら、このウワサを流した側はグレーヌ教を守る気は一切無いと言っているのと同じなのだ。
現に、王宮内への教会関係者は立ち入り禁止となって久しい。そのくせ、グラのみならず周辺の教会は公金を使って着々と建て替えられている。
新しくなった教会の建物を見せられた者は思ったのだろう。
「グレーヌ教への庇護は変わりが無い、むしろ、手厚くなった」
民は喜んだ。教会を守る司祭達も心からの笑顔を見せた。
祈りのための場が真新しく小綺麗に、しかもキュウシュウ政府の金で建替えられたのだから当然だろう。
しかし、シュターテンは気付いてしまった。そこには従来あったものがない。
『付属した孤児院で孤児を引き取ることが無いなら、新たな巡回司祭をどう育てる? あるいは、炊き出し用の施設がなければ貧者への炊き出しはできない。今日の食を保証せずに、貧しき者達の信仰をどうやってつのらせる?』
教会がなしてきた慈善事業は本来、公の仕事であると宣言したキュウシュウ政府は、体裁の良い建物と引き換えに、教会にとっては生命線とも言える重要な基盤を取り上げたのだ。しかも、実に優美なカタチで。
多くの司祭は「これで祈りの時間が作れる」と喜んでいた。孤児院の経営に頭を使うことも、教会の倉庫にある食糧の在庫を見つつ炊き出しを作る時間もいらなくなったのだから。
司祭たちを喜ばせたのは、それだけではない。
街の司祭に「今までの功労の褒美に」と新しき衣装を配るという政策が発表された。実際、地方の貧しい教会に対しても、ひとりずつ漏れの無いようにリストを作り真新しい僧衣が配られている。
新しい政府の手厚い保護だと喜んだ。
だが、キュウシュウ政府が登録された司祭に僧衣を渡すということは、司祭の名前も人数も、全てを政府が管理できると言うことなのだ。
教会の司祭は誰なのか。それさえ掴んでしまえば「登録されてない者は、協会関係者を名乗るニセモノだ」と言い張れる。グレーヌ教の保護のため、ニセモノは取り締まるべきだという言い分が成立してしまうのだ。
よって、教会の僧兵育成施設は壊滅され、騎士の生き残りも徹底的に取り締まられた。教会を保護するためにはニセモノを許しておけない、という強弁の下にだ。
多くの民は、その強弁を信じるしかない。真新しい建物も、司祭様の着ている真新しい僧衣も、グレーヌ教会を保護しているのだと証明しているのだから。
この先の教会は、巡回司祭の陰謀も僧兵による圧力も二度と使えなくなったのを、司祭たちですら気付いてない。
恐るべきやり方だった。
『あの、新しく来た総督補佐とかいう若者は、実に現実操作に聡かった。政治というものを知り尽くしているとしか思えないな』
民にも教会にも「今まで通り」という幻想を与えつつ、着々と自分たちの国へと変えていった。
もはや、アマンダ王国の残党に打つ手などないのをシュターテンは誰よりもよく知っていた。
『民にとって幸いだったのは、彼らが血に飢えた復讐者ではなく、民のことを慈しむ為政者だったことだな。我が国の民は、きっと今まで以上にしあわせになれるだろう』
そう想いながらも、そのしあわせを誰よりも恐れるのは自分なのだ。
いや、自分の無力さを思い知るのが怖かったのかもしれない。
『それにしても、連中が、この邸をこのまま放置するとは思えない。だが、どうやって対処する? おそらく、下を見ても200人以上はゴロつきを集めているはずだ。この邸の作りはちょっとした城以上だからな。ここを落とすのは骨だろう』
グラのど真ん中の邸を大兵力で囲むわけにも行くまい。そんなことをしたら「占領政策が上手くいっている」という幻想を民から奪いかねない。
自分だったらどうするだろう?
そんなことを想像しながら、シュターテンは、あの少年の顔を思い浮かべていた。
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作者より
シュターテン君は、それなりに優秀ですが、しがらみが多かったんですね。
はてさて、シュターテン邸の攻防戦? を次回はお届けします。たまには派手に暴れても良いですよね。
もちろん、あの展開になります。
ところで、今話には、ドサクサに紛れて名作のパロディを忍び込ませてあります。
※シュターテン君は40代半ばの独身です。結婚というか、家族を持ちたいと思わなかったみたいです。その分、親族が勝手に住んでいて、自分の邸なのに親族の方が大きな顔をしております。そして、とうとう今回は「下男部屋」に閉じ込められてしまいました。重ねて言います。ここは、シュターテン君の邸です。
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