第44話 馬車(ちゃり)で来た
長期的な展望が立ったところで、ガーネット家騎士団の半分を入れ替えることになっていた。当初は、妻子持ちと恋人が待つ者を優先して送り返すはずだった。
事情が大きく変わったのはツェーンの言葉からだった。
「独り者の大半に、恋人ができただと!」
「大半にこっちの恋人がいる? マジ?」
エルメス様が驚き、オレが聞き返していた。
情報提供者はツェーンである。
どうやら、騎士団にいたときに仲の良かった若手を連れて飲みに行ったら、そういう話を聞いたらしい。実際、若手の「恋人」だという女の子をみんなが紹介してきたから、信じるしか無かったらしい。
ついでに言うと「あんなヤツらに、なんであんなかわい子ちゃんが、これならオレだって」とブツブツ言っていた。
ちなみに、ツェーンはガーネット領にちゃんと奥さんがいるんだよ。言いつけちゃおうかなぁ……
グラにいる期間が長くなったためか、独身の団員の大半に恋人ができてしまった。ハッキリ言えば、騎士団員はモテまくっている。
「あぁあ、そう言えば、若い男よりも女性の方が断然多くなっているんだっけ」
前世のことを思いだしてしまった。
『イスラム教が一夫多妻を認めたのは、戦争続きで未亡人を男が引き受ける必要があったからだとも言われていたなぁ。ちなみに、第二次大戦直後の日本なんて、戦地から引き上げてきた男が全員戻るまで100万人以上も男が少なかったんだよね』
それと同じことが起きたわけか。
ハッキリ言えば、戦争が起きると男女間のバランスが崩れやすいんだ。エルメス様もすばやく理由を悟ったらしい。
「戦争で、男達がどんどん死んでいったからであるな」
戦災が続く社会ではありがちなのだが、キュウシュウでは女が余りまくっている。
「戦であるから、やむを得んとは言え」
男達が殺し合ったことを言葉にするエルメス様。
『すみません、その大半……はオーバーかな? 半分くらい? えっと…… 半分ちょっとくらい? ……は、オレのせいかも』
こうなっちゃうと「てへっ」と笑って見せても周りは笑ってくれないだろうなぁ。
グラでも、どこの都市でも結婚相手となる男が不足しているんだよね。そして、いつだって戦勝国家の「エリート部隊」のメンバーは女の子にモテまくる。
「確かに、遊びに行くのは止めませんでしたよね」
「我も、気持ちが分かるだけに、なかなかに言えぬ」
遊びに行くのは止めないけど、安全性についてはいろいろ言った。そして「お付き合いするなら女性を騙すようなマネはするなよ」と言うのは何度も言ってきた。(あとNTR禁止ね!)
だけど私的な交際自体は一切制限してないから、独身の男達は次々と「捕獲」されてしまった結果ってことだ。
「どうします?」
「別れろと言うのは、少々、可哀想であるか」
素朴な意味で、グレーヌ教徒の問題は頭が痛いことになってしまった。ベイクも入れて相談した結果「結婚するなら、二度と教会でお祈りできないけど、それでも良い?」と確認することを求めることにした。
え? 棄教させなくていいのかって?
いろいろ考えたんだけど、やっぱりオレの心の中では「信教の自由」ってのがあるんだよね。サスティナブル王国は多神教の国だったから、この際グレーヌの神様がひと柱増えてもどうってことない。
問題は教会の暴走だったから、信仰を心の中だけに留めてもらう約束だけして連れて行ってみる。どうにか馴染んでくれればそれで良し。ダメなら送り返すという方法だ。
だから「教会は無いけど大丈夫?」を基準にしようと思ったわけだ。
驚くべきことに九割の子が「着いていく」と答えたらしい。同時に、それってプロポーズになっちゃうわけで。ガーネット領は来年あたりからベビーブームが起きるのが確定してしまった。
保育園のノウハウも、教えてあげた方がイイかな?
ともかく、これで事情が大きく変わった。
ということで、急遽、送り返すのは恋人付きの独身隊員を中心にした。ただし、こちらで結婚式を済ませてから。もちろん、ガーネット領に着いた後も、今度はあちらで結婚式だよ。
まあ、団員達の懐は温かいので、その程度は大丈夫だね。花嫁達は「お式が2回もできるなんて!」と喜んだとか。(ちなみに、
そして交代要員として呼んだのは独身隊員もいるけど、半分は妻子付き。そして、交代要員では無くて「心の支援隊」として、ガーネット領に残した妻子のみなさんも呼んだわけだ。
やっぱり、家族の支えが無いと心がささくれちゃうからね。
この世界だと、一般の騎士が妻子を呼び寄せるなんて聞いたことが無い。だから、エルメス様が率先して妃を呼んだんだ。
それが側妃・メルクリーテス様だったというわけ。
そこで問題となったのが「女性と子どもの旅」を、どれだけ快適にさせるかってこと。
ここで生きてきたのが作りかけの「高速道路」だった。
きちんと舗装した大陸横断道路を作るべく、一生懸命工事中。
西部山岳地帯より西は、まだまだ工事中。ひととおり橋を架け終えて、道路建設が同時進行で進めてけるけど、正直、まだこれからと言うところ。でも、橋が架かっているだけでも大違いだよ。
今回は、子どもや女性が多いから、馬車を大量に使っているんだけど、騎馬と違って、馬車は橋が無いと往生するからね。
一方で、ガーネット領の方では、だいぶ、できつつあり、みなさんも前半は快適な馬車の旅ができたそうだ。
そして、ここで生きてくるのが新型の馬車。
『オレンジ領で開発された「板バネ」を提供してあって、全ての馬車に使われているのと、ウチから贈ったアルミ製車体なのも役に立って良かった』
あ、板バネって言うのは、一定の弾力を持った薄い鋼板を弓形に何枚も重ねて、その弾性をサスペンションとして使うやり方のことだ。
中世ヨーロッパの馬車も、これが開発されてから乗り心地が圧倒的に良くなったし(初期は木製でした)、素材の進歩はあっても、この原理そのものは二十一世紀でも使われている。
ともあれ、原理さえ分かれば、この世界の技術力でも「ウソみたいに揺れない馬車」が実用化されるんだよね。
ちなみに「皇帝から提供された馬車に乗った」ということで、騎士団の家族のみなさんは誇らしげだった。
そして、久しぶりの家族に会ったみなさんは、しばしの休暇。帰宅部隊が出発するのは年明けだから、少し時間の余裕があった。
ふぅ~
大勢を出迎えての着任式までがオレ達の仕事。
彼らの家の手配やあれこれは、騎士団仲間で手配済みだ。
やっと一段落かと思ったら、槍を携えた、ひとりの男がやってきた。鋭い眼光だ。
アテナが全く反応してないから、敵意がゼロなのは分かるけど、オレよりもガッチリと背が高い。腕周りの筋肉がヤバい。
誰だよコイツと思ったら、その顔にピンときたらひゃくと…… 名前が浮かんだ。
「ん? ひょっとして、カイ?」
アテナの気配がふわっと動いた。
同時に、目の前のカイが「ブレ」たんだ。
次の瞬間、アテナと男が正面三十センチで向き合ってた。
何、それ? 互角に瞬間移動をしたの? スピードがアテナと同等?
戦闘モードのアテナの顔が、初めてニコリとした。
「ヤルね。ボクの間合いに入るなんて」
「すみません。切られてました」
えっと、ご免、2人が何を言い合ってるのか分からないんだけど、アテナが笑顔でこっちを見た。
「カイ君、すごく強くなりました。これなら、合格にしても良いと思います」
「まだまだ修行が必要です。お恥ずかしい。でも、ショウ様の折れぬ槍になるため、覚悟はできております」
2人とも、なんか、お互いだけでわかり合ってない?
ニコッと、側に寄ってきて微笑を見せたアテナは「忠誠の儀式をしてはいかがかと」と小さく囁いてきた。
どうやら、オレの騎士にしろということらしい。逆を言うと、それだけの価値があるということだ。
アテナの動きを目で追えて、対応までできたんだから、そりゃスゴイのは分かるけど、どこまですごいのかは想像が付かないよ。
「カイ、あなた、先生にはなんて言われた?」
「それは、その」
「先輩に聞かれたことにはちゃんと答えること。卑下せず、そのまま言う」
「あのぉ、そのぉ……」
「早く!」
「槍働きだけなら、エルメス様に匹敵すると…… 申し訳ありません!」
え? 槍でエルメス様に匹敵? それって、その先生、おだてすぎじゃないのって思ったけど、アテナの顔が引き攣ってる?
「アテナ?」
いったんオレに向かって小さく、目だけで「ごめんなさい」をしてからカイに向き直った。
「あなた、オウシン先生に学んだと聞いたわ。そうよね?」
「はい。先生に全てを学びました」
「先生のお母様は? あなたに何かおっしゃらなかった?」
「えっと、お母上には、たまに茶を飲みに来いと言っていただきました」
その言葉を聞くと「所有者様」と顔を強ばらせたまま、早口で言ってきたんだ。
「オウシン先生は、私の師でもあります。先生がおっしゃったなら真実です。そして、先生のお母様が、お茶をとおっしゃってくださったと言うことは、カイ君の心根がとても優しく、そして心が強い人だと言うことです」
「じゃあ、カイの槍はエルメス様と?」
マジ? マジで、エルメス様並だって?
「娘としては信じられないと言いたいところですが、オウシン先生が武道に関して誰かをおだてたり、大げさに誉めたりするわけが無いんです」
「じゃあ?」
「はい。これを」
鞘ごと剣をオレに渡してきた。
つまり、オレの側で初めて丸腰になったワケだ。アテナとしては、それだけこのカイを信じて良いと保証してくれているということ。
そして、剣を渡されたオレがやるべきことは決まっている。
「カイ、そこに跪け」
言いながら剣を抜くと、カイはバッと跪いての騎士の礼を取った。
オレはその右肩に抜き身を水平に当てて「カイよ」と声を出す。
「はっ!」
「汝、まさに我の騎士とせん。しからば、必ず真理と公正、正義と弱きを守護し、生涯掛けて我と共にあり、民のために戦うべし。いかん?」
「私、カイ・マルスは、生涯掛けて、我が主と共に戦うことをお誓い申し上げます」
「汝、ただいまをもって、我の騎士なり」
小さな声で「顔を上げよ」と言った。
パッと上げた顔は、緊張と喜びに溢れてる。
そうだよなぁ、たった1年ちょっとで「エルメス様に匹敵する」って槍を身につけたってことは、彼は天才であるにしても、血の滲むような努力をしたに決まってる。
騎士に任じた以上、何か「印」をあげたいって思うのは、日本人ならではなのかなぁ。
よし、決めた。
「カイよ。君の家はマルスと言うんだね?」
「はい」
「わかった。君は途方もない努力したんだと思う。だから、今日から君には、我が領地の名前を家門名とすることを許す。カイ・マルス=オレンジだ。その名が人々に誇りとともに語り継がれるよう期待する」
「ハッ!」
肩が震えて、地面にポタポタと黒い小さな「雨粒」が落ちたのは見なかったことにしようっと。
さて、守護の剣と折れない槍だっけ? 二つが手に入ったってことは、また、戦場に出ろってことなんだろうなぁ。
神様がいるのかどうかは知らないけど、こういう時に何かが起きるものだって言うのはいつものことさ。
新たな力を得た嬉しさはあったけど、何となく「嫌な予感」がしちゃうのは貧乏性だって、誰か言ってくれぇえ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
カイ君に「オレンジ」の家門名が着いたのは、騎士に叙任された時でした。後々、カイ君も、それを自慢して回ることが無かったため、実験農場に帰って結婚式を挙げたときに、周りが初めて知ることになります。そのため、後世の歴史家は「カイ・マルスに『オレンジ』がいつ付いたのか?」が謎になってしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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