第43話 西の領土化

 新しい文官の配置が発表された後、旧アマンダ王国王都・グラは大いに揺れた。


 一部ではクーデターのウワサすら流れたが…… 実際、旧王国軍の一部と教会の中枢の生き残りが結びついて、武力蜂起はあったのだ。


 しかし、ことあるを予想していたショウの率いる迦楼羅隊(エメラルド中隊)とエルメスが率いたガーネット家騎士団とによって、即日、壊滅させられた結果「何もなかったこと」にされてしまった。


 結果的に、教会側の「陰謀派」と人罪集団が禍根を残すこと無く一掃されてしまったことになる。


 皇帝にとっては、まことに都合の良い結果をもたらしたのである。


 当然ながら、タイミング、発表の方法、そして教会の陰謀派の司祭達が王都に来ていたことなど、全てはベイクの練り上げた策略のお陰である。


 人罪が一掃され、人財の適正配置が行われた結果はおおむね良好だった。


 だからと言って、即座に行政組織が整ったかと言えば、そんなことはない。だが、形式的にも人間的にも旧アマンダ王国の「ささくれ」となりうる顔ぶれは幹部クラスを限って見れば一掃されたと言っても良い。


 これ以後、組織的な「反政府活動」は見られなくなったのである。そこからも、行政府の各所でベイクの手腕は快刀乱麻を断つごとくに発揮された。


 本人にとっても、そして「サスティナブル帝国」(まだ、正式宣下前だが)にとっても幸せなことであっただろう。


 落ち着くまでの3ヶ月間、ベイクは副官達、そして自らが引き上げた人財とともに不眠不休で働いた。新しく任じられた人財達は、ベイクの手腕に目を瞠り、尊敬もしたのである。


 文官達にとって有能な上司ほどありがたい存在はない。この3ヶ月の間で、事実上の「宰相」と同じような存在と目されるようになっていたのである。


 一方で、エルメス様は、まるで何かの欲求不満を蹴散らかすように、まず北に向かった。遊牧民族の残党を連日、と共に狩ったのだ。


 遊牧民族の残党が落ち着けば、大回りをして教会が隠匿していた兵力を叩きつぶして回った。


 北に、東に、そして南へと。


 部下こそ適度に交代させていたが、率いる2人(とアテナ)は遠征に次ぐ遠征である。

 

 9月からの100日の間、グラで寝たのは4日ほどといえば、その激闘ぶりがうかがえよう。


 その間も、皇都と書簡が「至急便」で往復し続けた。


 戦いに一段落してからは、グラにおいての政治の時間である。部下達は久し振りの休暇に羽を伸ばす間、ベイクを交えて夜通しの密談が続くのである。



 そして12月1日を迎えた。


 占領下にある地域を領土化すべく新名称が皇都とグラで同時に発表されたのである。


「旧アマンダ王国の領土であった土地を、爾後『キュウシュウ』と命名する」


 この発表は「国名を消滅させる」という衝撃的、かつ歴史的なイベントであり、民に「国が占領された事実」をナマに突きつける行為である。


 当然、反発する者が生まれるであろう。


 密かに戦闘配置を行うほどに慎重な準備をした発表であったが、結果は予想を大きく裏切った。


 大好評だったのである。


 グレーヌ教徒が多いことに配慮した命名のお陰であった。


 ベイクが条件を出して、ショウがアイディアを出した結果なのかもしれない。


 名前を発表した時に、わざわざ「キュウとは9を意味する」という説明も付けられたのは、計算尽くである。


 民は「州」という珍しい言葉も意外にも簡単に受け入れた。これはグレーヌ教によって定められた「9教区」を元にしたと考えたからだ。


 事実、九つの教区をそのまま、認めるような地域分割である。なんとなれば、旧教区をそのまま「州」にしたようなカタチだからなおさらだ。


 同時に発表されたのは第1教区から第9教区について設定された新たな名前だった。


第1教区 ブゼン州

第2教区 チクゼン州

第3教区 ヒゼン州

第4教区 ブンゴ州

第5教区 チクゴ州

第6教区 ヒゴ州

第7教区 ヒュウガ州

第8教区 オオスミ州

第9教区 サツマ州


 これをもって「キュウシュウ」と呼ぶ。


 人々の間にはグレーヌ教の教区は生活に染みついているとは言え、やはり「数字」の味気なさは感じていたのだろう。名付けは熱狂的に受け入れたのだ。


 そして意外にもグレーヌ教会側からも「教区をそのまま受け入れて新たな地名を付けるだけにしたとは、やはり聖典に予言された聖人であったのか」と大好評だったのだ。


 そんな評判を聞きつけた、とある少年は「歴史的に、オレが一番たくさんグレーヌ教徒を殺しまくっちゃったヒトなのに、聖人なんて言っちゃっていいのかなぁ~」と頭をポリポリと掻くだけだった。


 一方で「キュウシュウ」の政府は、別の発表も行っている。


「アマンダ王国の旧貴族達について、それぞれの一族を尊重する」という宣言だ。


 貴族達は心底ホッとしたのだ。


 普通であれば、占領された国の貴族など一網打尽である。


 甘めに見ても貴族当主は全員死刑、一族に連なる者は追放くらいはされるだろう。ところが、まさかの「貴族保証」である。


 狂喜した。


 しかも、原則として財産や領地もそのまま。特別税は支払うことを義務づけたが、その程度なら国を喪った貴族家にとっては甘すぎるほどの待遇だ。


 心底ほっとしたのだ。ただし、むやみに甘い顔をしたのでは無かった。


「当主は皇帝に対して恐れ入れ。その証しとして引退すること。なお、男爵以上の貴族家は2人に分割して当主の座を引き継がせよ」


 占領された国の貴族が「本領安堵」をされるなどということは普通ならありえない。まさかの温情措置に貴族家に連なる者達は狂喜した


 引退させられた前当主には、それなりに不満もあったかも知れないが、引き継げという命令で生まれた「新当主達」は殊の外喜んだのだから、プラスマイナスで言えば大幅なプラスである。


 特に「2人」という命令のお陰で嫡男以外で相続できた者達の喜びたるや、考えるまでもない。


 しかし、これは冷徹なベイクの戦略であった。「旧貴族達の領地を半分にすることで経済的な基盤を弱らせる」と言う狙いがあったのだ。


 ショウの歴史チートのお陰である。


 前世である日本には「たわけ(田分け)」という言葉がある。愚か者の象徴という意味だ。


 この言葉は江戸時代の農民が幕府の厳しいお触れによって、田畑を分割相続させることを禁じられていたことに由来すると言われている。


 閉鎖的な社会において、農地を相続の際に分割すると2~3代目には、生産基盤としての農地という意味が崩壊してしまうことに由来している。


 簡単に言えば、どれだけ一生懸命に働いても、持っている土地だけでは食べていけるだけの作物が取れなくなるということだ。 

 

 言葉を換えれば「領地を分割する者は、自らの首を絞める」という教えだ。これは、前世の現代日本ですら、田舎の土地持ちは長男に全部引き継がせる等という慣習が残っているほどだ。


 それほどに「田分け」はタブーなのである。


 だから、ショウは積極的に「たわけ者」を生産したことになる。


 ワケさせられた側には不満もあろうが、とりあえず貴族位を継承させてやると恩義を被せ、分けてもらった者には「地位と領地を持たせてやったのだ」と恩を着せた。


 これによって、キュウシュウの貴族達の力を激減させつつ、同時に貴族の間で支持基盤が大きく広がるという、空中サーカスのような政治であった。


 このあたりは、ショウの知識とベイクの天才がガッチリと握手をした結果であろう。もちろん、エルメス様は、若者達が才気を見せつける姿を目を細めて喜んでいたのである。


 そして、さらに、である。


 ショウは、今日もウハウハである。


「いや~ 儲かって儲かって仕方ないね~」


 キュウシュウにおいても廃ビルを計画的にお取り寄せした。


 大陸横断道の建設を急がせるためだ。国家予算を投入し、ショウの私財もガンガン投入されたが、懐はちっとも痛まない。むしろ、使い切れないほどの金貨が流れ込んできた。


 廃ビルに伴う、様々なモノが爆発的に売れたのだ。


 貴族達は、競い合って「ガラス」に「アルミサッシ」を買い求めた。さらにトイレの便座は、買いそろえないと馬鹿にされるまでになっている。(当然、ベイクは影の力を使って、便座の流行についても噂を流しまくった)


 なにしろ、当主が替わったばかりの貴族家は、他家に舐められないように人一倍見栄を張らなければならない。


 特に分割した側に多い嫡男側は「新当主」側に負けたら、貴族として失格という風潮も産まれた。一方で、予定外の「新貴族家当主」となった者は邸も別に構える必要がある。人も、それなりに雇わねばならない。邸の内外から服装に至るまで、さまざまな「格式」を満たすだけのモノを揃える必要があった。


 結果的に、どの貴族家も多大な出費で血を吐くような競争状態に突入してしまったのだ。


 いくつもの理由によって、各貴族家は何代もかけて蓄えてきた財産をカネに変え、どんどん市場に吐き出すことになった。


 これが空前の好景気をもたらすことになるのだ。


 好景気は大量の「仕事」を生み出す。おかげで、新たな職にありついた庶民は多かった。昨日までの貧民も好景気による人手不足の折から、あっと言う間に人並みの暮らしを手に入れられるようになった。


 同時に、各街には計画的に「孤児達の救済施設」の設置が義務づけられた。空前の好景気に支えられた税収のお陰で、命令はさしたる抵抗もなく受け入れられることになる。


 これは、教会が行っていた「貧民救済」「孤児の世話」という二大機能を奪うことにもつながった。


 とは言え、これらの影響がはっきりと見えてくるのはもっと先のこと。


 ともかくキュウシュウの領都・グラの12月が過ぎていく中で、敗戦国とは思えないほど活気に満ちた暮らしが生まれ始めていたのだ。人々は、豊かな暮らしを手に入れられれば、為政者が誰であるかなど、一々気にしないものなのだろう。


 まさに「鼓腹撃 ※」の故事の通りであった。


 そして、12月の終わりに、エルメスが呼び寄せた側妃・メルクリーテスが、多くの護衛に守られてグラに到着したのだった。


 それは3年という月日を覚悟したエルメスなりの覚悟であり、そして、ショウに憧れた男が到着したことを意味するのである。



※鼓腹撃壌(こふくげきじょう):十八史略にあったエピソード。

 伝説の名君ぎょうという帝が自分の治世が上手く言っているのか不安になって密かに街に視察に出かけると、、帝が聞いているとは知らない老人が、道で幸せそうな様子で、次のように謳っていた。

「日が出れば仕事をし、日が沈めば家に帰って休む 

 井戸を掘って水を飲み、田畑を耕して作物を食べる

 帝王の力がどうして私たちに関係があるだろうか。いやない。」

 堯は、これを聞いて、自分の政治が正しいと安心した、という話です。


 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 

作者より

メルクリーテス(愛称は「メル」)は、ミネルバの実母です。そして、護衛のひとりとしてやってきた「ショウに憧れた男」は、1年の修行を終えての登場です。

もう、お分かりですよね!

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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