第42話 皇帝の好み


 ショウは、その女のことをおぼえているのだが、名前を思い出せなかった。こういう時は「状況」で特定するしかない。


「ほら、前にアマンダ王国の草だった女の子がいたじゃん? 今、どこぞの騎士団寮の入り口に

「正直、おりましたです」


 ベイクは、真面目な顔で肯いた。


「好き嫌いってことで仕事をしたくは無いんだけど、こればっかりは嫌なんだよ」

「壁に貼るのがですか? それなら、正直、剥がすように言っておきますです」


 それにしても、何でオレと喋ると「ベイク口調くちょう」が出てくるんだろ? って疑問はあるけど、それは後回し。


「いや! そうじゃなくて、ま、あれを貼るのもどうかとは思うけど、それは行きがかりがあるし、彼らの気持ちがあるので許容範囲。どっちにしてもオレが普段見るわけじゃないし」


 まあ、ドーン君が気付くかどうかだけどね。一見すると、あれはもう人のカタチとして見えないし、たぶん気付かないだろうから大丈夫だろう。ただ、問題が起きるとしたら、もしも「これは何?」って聞かれた場合だよ。


 あの人達は喜々として喋っちゃいそうだよなぁ……


 全然、悪気無くやっていたからね。ただ、そういう「結果」の部分じゃ無いんだよ。


 しかし、ベイクは、ちゃんとオレの言いたいことは理解していたらしい。


「やはり女性が身体を使って、あれこれするのは、正直、お気に召しませんか?」

「う~ん、まあ、それも無いことは無いけど、オレの気持ちとして一番引っかかる部分は、ちょっとだけ違うんだ」

「違う?」

 

 首を捻るベイク。


「女性が、自分の魅力を自分の意志で使うんなら、それはそれでも良いと思う。酒場の女が、手練手管で男を引き寄せるなんて世の常だし、それは騙されるアホな男が悪いんだから。たださ、彼女の場合は違うと思うんだ」

「彼女も自分の意志で動いていたのでは? 少なくとも、アマンダが崩壊してから指示が出たとは思えませんので」

「彼女は、それしか生きる術を知らなかったんじゃないかなぁ」


 ベイクは、眉を中央に寄せた。


「それなりの容姿の子どもを集めて、それしかできないように教え込んだんでしょ。そして、サスティナブル王国という名の敵地のど真ん中に放り込んだ。まあ、そういう仕事だって言えばそうだけど、敵地に放り込まれた、孤立無援の中で彼女は自分なりに生き残ろうとした結果だと思うよ」


 なんとかして逃げ出すために、彼女はミガッテを殺さなければならなかった。当主となるはずの男を殺せば領地も混乱するはずだとでも計算したに違いない。だから、その間に逃げ切れると、いや、逃げ切ろうとしたんだよ、きっと。


 その推理は、ちょっと端折っておいて、オレは結論を言った。


「こんな立場のオレがどの口で言うんだって部分は確かにあるけど、身を守る術もない女性を敵地のど真ん中に放り込むような、そんな風に人を使い捨てにするようなやり方は嫌なんだよ。少なくともオレの力の及ぶ範囲ではやりたくない。だから、彼女の後輩が今も育成されているのであれば、それを」


 オレは言葉を切ってベイクを見つめた。しばし、オレを見つめ返してから、彼は跪いた。


「皇帝のご意向、確かに承りましてございます。今現在養成中の者も含めて、該当機関を徹底的にパージいたします」

「今いる子達を、可哀想なことにしちゃダメだよ?」

「かしこまりました。十分に留意して仕事を進めさせていただきますです」

「それなら、ベイクが彼らと契約することを許可する」

「ありがとうございます「ただし」何か?」

「君をこっちだけに張り付けておく余裕はないので、次の人に引き継げるように考えておいて」

「もちろんにございます。大陸の覇者の右手となるには、イチ、地方などにいつまでも構ってはいられませんので」


 そこで声が割り込んできた。エルメス様だ。


「皇帝のおっしゃったことに賛成である。これからの我々には、アマンダの作ったような草などいらぬ。正々堂々と叩き潰してしまえばいいだけなのであるから。なぁに、どんなのが相手となっても、全部、我が叩き潰してみせるから心配はいらぬ」


 エルメス様の声が力強い。言外に、自分を戦場に出せとねだっているようにも聞けるけどっていうか、満々なのがわかりやすい。


「ところで、ベイク、我はいつまでここにいなくちゃいけないのであるか」 


 さすがエルメス様、いきなり核心を突いてきた。つまりは「アマンダ王国を併合した後、どのくらいで安定させるつもりなのか」ってことを尋ねたんだよね? 


 チラッとオレの顔を見たから「いいよ」と目顔で答えた。


 ベイクは「エルメス全権代表におかれましては、こちらで摂政ないしは総督というカタチになっていただきます」と頭を下げる。


「摂政だと?」

 

 あ~ すっごく嫌そうな顔をした。


「はい。現在の官僚機構の変動に伴うトラブルが落ち着き、軌道に乗るまでに3年かかります。しかしながら、東の情勢は、それを待ってはくれないでしょう。したがって、あと1年といわず、近々に皇帝は東へ親征となります」

「つまり、我は3年もの間、置いてけぼりとなるということか」


 天を仰ぐエルメス様。


「残念ながら、それが最短かと。逆に皇帝におかれましては、こちらで全権代表様と一緒に動いていただくのは最低限の期間ということになります」

「わかった」


 相変わらず、エルメス様絡みだとベイク口調が出ないなぁ。


「じゃあ、とりあえず、人事の件の発表と、こちらが何をどう構えれば良いのか、打ち合わせをしようか。エルメス様?」

「ああ? あ、うむ、そうであるな。と、とにかく短い時間であっても楽しむとしようか」


 あ~ よほどショックだったらしい。目から光が消えているエルメス様も珍しいよ。


 ひょっとしたら3年間ってことよりも、オレにおいて行かれるみたいになるのが嫌だったのだろうか?


 まだ、口をへの字に曲げているエルメス様がなんとなく、楽しいと感じてしまった。


 ん?

 

 あ~ エルメス様ぁ、お嬢さんが優しい目で笑ってますよぉ~



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 今回の部分は「情報機関の女性」を否定しているのでは無くて、ヤリーちゃんみたいなタイプを拒絶しているとお考えください。ファントムにおける女性のみなさんは、敵地のど真ん中であっても強行突破できる「実力」を身につけています。っていうか、敵地のど真ん中にヒカリちゃんが現れたら、敵の将軍は無事ではいられないかも、という感じです

 なお、今話は、後ほど大幅な改訂、あるいは増補の可能性があります。その節は、また別途お知らせいたします。できれば「フォロー」しておいていただけると、ご案内できると思います。

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