第41話 ベイクの七日目
約束の七日目。
今までは意図的に使わなかった王の執務室をベイクは指定した。
オレが王の席に着いてエルメス様が横。アテナはオレの後ろに立っていた。もっともオレやエルメス様への敬意どころか、アテナに対しても「王妃への敬意」を露骨に見せる人達を前にしているので、剣呑な雰囲気を出してない。
むしろ物珍しそうに、ベイクの横にあるものを見ていた。
会議テーブルの右に座ったベイクの傍らには木箱を高々と積み上がっている。それは、ちょっとした事務所の引っ越しの時のような量だった。
三人の副官を横に置いて、箱をポンポンと叩いたベイクはおもむろに説明を始めた。
「まず最初の行動は、各部署にムダはないかと尋ねることでした。そのため、命令書を使わせていただいたのです」
とりあえず質問をせず、話の先を促した。
「それぞれの担当部署の長に仕事内容を確かめ、部下達に少しだけ質問をした後で、書き損じた書類や古い書類をどうしているかということも尋ねてみました」
この世界では「紙」は貴重品だ。税に関係するような重要な内容であっても紙に書けるのは限られている。それほどの重要なものでなければ、下手をしたら木簡とか木の板、見回りのシフト表や侍従の配置などは石板に書き留める程度になるのも珍しくない。
したがって行政機能が効率的な運営となっていない。
均一な規格の安価な紙とマトリックス(表)とグラフの有効性は絶対的なアドバンテージとなる。
この大陸の中では「格安で質の良い紙」を使えるサスティナブル王国(わかりやすいように、この表記で行くよ)の行政効率は異常とも言えるほどのレベルなのだ。
だから、この国においても、ポイポイと紙を捨てることなど、さすがにできない。ベイクが調べても、書き損じの紙がめったやたらに無駄に捨てられていたわけではなかった。しかし、行政の府である以上「使えない文章」というモノは必ず出てくる。
「それから各部署の書き損じの量を比較するからと誤魔化して、全ての反古を箱に入れて持ち帰りました。そして、それを徹底的に解読したのです」
前世のファイリングされた書類ならともかく、こっちの世界だと、相当カサばったはずだって言うか、横に積んである箱が、それなんだよね。かなり大変だったはずだけど、いったいなぜそんなことを?
木箱を前にした副官達はだいぶ疲れた顔をしていたけど、ベイクは一切そっちを見ずに身を乗り出してきた。
「わかったのは『ミス』をする人間は一定だと言うことと…… ここに一例をお持ちしました」
副官がパッと横からテーブルに並べているのは、何枚かの羊皮紙に公用紙だ。
「わかりやすくするために、予め赤で印を付けてあります。比較してみてください」
ん? どれも教会関係の出費らしい。計算が最後に合わなくて、途中の修正が響いたのか用をなさなくなったらしく、あっちこちを塗りつぶした上で廃棄に回ったようだ。
「機密を漏らしているという疑いなら、どれも公になっている出費だぞ? 今さらこの書類を横流ししても仕方がないだろう。それにこの書類では金を抜き取るのは無理だ。第一、最終的に計算が合わなくなった書類では意味が無いであろう」
素早く「横領」か、情報漏洩を疑いつつも、そうではないことに気付くエルメス様はさすがだ。誰だよ、この人を脳筋とか言ってたのは。
まぁ、オレだけど……
オレは赤のチェックの付く場所が不思議なのに気付いた。
「消してある部分にも赤でチェックしてあるね」
オレの指摘にベイクが喜んだ。
「さすがショウ様。その通りです。と言うよりも実は、この書類は消してある部分にこそ意味があるのです」
「どういうこと?」
「書類を書いている筆致と、上からグシャグシャと消している筆致が全く異なること、つまり書類を作った人とダメ出しをした人は違うのです」
「チェックした人が間違いを見つけた?」
「書いてはいけないものを書いてしまったというあたりかと思います」
エルメス様がすかさず「書いてはいけないもの?」と呟いた。
「もちろん、本当の間違いもいろいろありましたが、いくつかの部署の書類と付き合わせると、意味が分かってきたのです」
それから、ベイクはいろいろと書類を取り出しては「ほら、ここの支払いが、ここと重なって、同じパターンで消えていて」だとか「こことここ、取り消している項目と書類上の位置が同じですよね?」と、次第に早口になって説明が続く。
最初こそ、何とか追いついていたけど、後半になると手に負えない早口になっている。
おそらく、ベイクの方も全てを提示するつもりは無かったのだろう。いくつかの資料の山を説明した後「これらから分かったことがあります」とまとめてくれた。
いや、始めからまとめてくれた方が良かった気がするよ、と思いつつも、その説明を聞いて、ベイクがここから始めた理由がわかったんだ。あまりにも信じられない現実だった。
ベイクによれば「人罪が長となり、人財が虐げられ、人材がそっぽを向いている」状況なのだという。
全ての支出は教会のためになるように、息のかかった一定の店に対して二重、三重に支出されており、逆に優先的に教会関係の施設からモノを仕入れていた。
しかも、兵士の衣食住に関わるものは、どこから買うにしても意図的に価格が高めに揃えられている。前世で言う「価格カルテル」が結ばれているとしか思えない。
そして、それをまっとうな事務官は許せずに、きちんとした書類を作った。上司は権限によって書類の改ざんを命じた。削除された部分に共通性があるのは、常に一定の人間から、それを命じられた証拠となるらしい。
「それと、これは恐らくですが、国の経費で教会の兵士の装備や訓練費が支出されています」
恐らく、と言いつつも、その目は確信に満ちあふれていた。そして、と続けた。
「エルメス様の所に来た人間は、3種類に分かれているはずです」
「ほう? どう、わかれているんだね?」
「通常の仕事で来た者と、私の調査で出た何かに気付いているかどうかを確かめにきた者、そして、調査があったのをキッカケに告発を望んだ者です」
「なるほど。それなら告発してきた人間の話は聞いても良かったのでは無いか?」
「書類上で確かめた後じゃないと、その告発が正しいのかどうかも分かりませんから。それに私がその部署に行ったときの質問で、動揺した者、ウソを吐いた者、何かを誤魔化そうとした者との整合性もあります。それらを確かめる必要があったのです」
なるほど。だから、来室者のメモを熱心に見ていたわけだね。
「その上で人事表を作りました」
近い方の副官がベイクに渡した紙(当然、A4の白上質紙)を、さっと天地を逆にして渡してきた。
「これは、各部署にいた人財を長にあげ、人材を揃えた人事表です。当然、人罪は全てクビ、ないしは閑職に回しています」
エルメス様は、ふむと書類を見て訝しげな顔をした。
「しかし、ザッと見たところ、これだと以前の三人に一人くらいの割合で減ったのではないかね?」
「はい。もっと減らしたはずです。その分、今までの不正な支出分と削った人件費が浮きますので、それを民の生活改善に回すのと、最低限の兵士を回復させます」
ベイクが敢えて「回復」といったのは、ローディングの時の激しい消耗によって、兵士の数が半分程度になってしまっているからだ。ま、そのうちの何割かはガーネット家騎士団とゴールズがやっちゃったんだけどさ。
テヘッって笑うわけにもいかず、曖昧な表情で肯いているオレだ。
ただし、兵士の回復の意味については、オレも分かっている。
ロウヒー家が典型だったけど、この世界において歩兵や騎士団というのは警察力も担っているんだ。だから、一定の人数がいないと犯罪に対する抑止力が別に必要になってしまう。
「あっ! そうか。教会は兵士を減らしたかったんだ」
突然、ベイクの言いたいことが分かってしまった。
「はい。国庫が厳しくなればなるほど兵士の数の回復を後回しにします。一見、政治的には正しいことですが、治安が悪化した時に人々がどこを頼るのかと言えば教会になります。もっと言えば、教会の聖騎士や僧兵ですね」
説明を聞いたエルメス様がすまなそうに、こっちを向いた。
「それは我も分かってはいたのだが、国力の回復とのバランスで言えば、今は兵を増やせないと判断したのだ。我のできることと言えば、教会の兵力を少しでも削ることくらいだった」
エルメス様が「グレーヌ教の国教化」をエサにして、万の単位の僧兵を犠牲にしたのは、北方遊牧民族の勢いを削ぐという意味との両面だったのは分かっていた。
彼らはこちらの思惑通りに失敗した。それどころか、ありえないほどの速さで、予定しないほどの大敗北を喫してしまった。
そのせいで、一時は王都・グラを放棄する寸前までいったらしい。
しかし、教会は兵力の全てを喪ってはいなかった分、今でも一定の戦力を持っているし、治安の悪いところでは頼られているはずだ。
「人罪の連中が高い地位にあったのは、例外なく教会のバックアップがあったから。今でも教会の利益のために動いて国の邪魔をするのも当然でした。したがって、適切な人事配置をすれば、むしろ今までよりも仕事は進むことになります。今後はヘンな支払いが記載された書類など、全権代表の所にはけっして上げないようにいたしますので」
エルメス様は、それを聞くと、ふぅ~と息を吐き下ろした。
「この人事を7日間で決めたのかね?」
信じられない奇跡を見ている目だ。
「ここに来るまでに、いくつかの情報を得ておりましたので、ある程度予想を立てて動けました」
オレは慌てて「でも、オレも同じ情報を見ていたはずだけど?」と突っ込んだ。シュメルガーの影は、オレにも同じ情報を渡したと言っていたはずだ。
「あぁ。えっと、彼らが持ってきた情報はショウ様にも報告しているはずですが、私は直接、書類を提出させたので、その違いかと」
それは、ベイクが珍しくオレを立ててくれた発言だった。
なぜなら、彼らが手に入れてきた各部署の「反古」など、オレはろくすっぽ見もしなかったからだ。少なくともオレの頭では、ここまで見抜くのは不可能だった。
やっぱりベイクは天才の部類の人間だよ。
「この人事の決裁をお願いしたいのですが、いかがでしょうか?」
エルメス様は「私からは、良いように思えますが?」とオレに提案してくる。形式上「国王代理の決裁権」が最上位だからだ。
「反論する意味も、そして、代案を考える余地もありません。これでいきましょう」
「ありがとうございます」
副官共々、頭を下げるベイクだ。
「では、もう一つ。昨日、ショウ様にお座りいただいた件でのお願いです」
エルメス様が目だけで「なんだね?」と聞いてきた。
「オレが、王の間で玉座に座った件だね? 何をして欲しいんだ?」
エルメス様が目を剥いているのを、軽く無視して、話を進める……しかないじゃん!
「アテナ様はお気付きでしたね?」
「あぁ、10人くらいだね。こっそりと見ていた人達って、こっちを警戒はしていたみたいだけど、強い敵意のある人はそんなにいなかったから、そのままにしたよ? あの人達が何かあるの?」
「はい。おそらく強い敵意を持ったのは、国教務大臣であるシュターテンの部下だと思われます。もちろん、今回の
「ん? 味方のエライさんにもこっそり見ていた人がいるってこと?」
ハイと大きく肯いたベイクだ。
「おそらく、ショウ様の方にも接触があったかと。その連中がアマンダの影と言われる者達ですね」
「あぁ! 確かに、接触があるというのは王室の影の者から聞いていたよ。でも、こっちに来てからオレには接触はなかったと思うけど」
「それは、彼らがアマンダ王国の影であったからだと思われます」
「どういうこと?」
「王室の影は代々の王と直接、関係を持ちますが、こちらでは王ではなくて王国と結びつくらしいのです。そして、連中のお眼鏡に私はかなったようです」
「つまり、アマンダ王国の影は、君と取り引きすると言うこと?」
「正確に言えば、シュターテンを離れて我々の誰かと取り引きしたいという申し出でした」
エルメス様が言葉を挟んできた。
「お願いというのは、じゃあ、その影と取り引きしたいということであるのか?」
「はい。代わりにシュメルガーの者達を、今後は使いませんし、王家の影の目を受け入れることをお約束いたします」
オレは、一つだけ条件を付けて、それを受け入れたんだ。
だってさ、アマンダ王国の影って、ね……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
条件については、一応次回に引っ張らせていただきますが、おそらく、読者様には容易にお分かりになるかと。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます