第40話 存在の意味
本当に急遽だった。
オレは今、正装姿、アテナは戦闘ドレス姿になって王宮を歩いている。
案内したのは侍従では無くて内務官だった。しかも、けっこうエライ人らしくって、忌々しそうな雰囲気を隠しきれないのが笑ってしまう。
芝居がすごく上手い人という可能性はゼロじゃ無いけど、一見すると慇懃な物腰になっているところからすると、演技の可能性は低い。
それでも迷いはあったよ。だって王宮の3階に案内されたのだから。
扉を開くと、広場に開いたテラスになっている。
王が民衆に演説や、重要なお触れ、結婚相手の披露をする場でもある。
オレの場合は「国王代理」の立場は確定しているため、ここに出ること自体に法的な問題はない。しかし、ここに立つということは「王の立場」が明確になるということだ。
さすがに躊躇したところに、息を切らせて駆けつけたのがベイクだ。
何とも頼もしく見えるよ。
「お待たせいたしましたです。正直、私も驚いていますが、ショウ様がお出ましにならないと、もはや誰にも止められない状態です。ここは、お声をお願いします」
わぉ。打ち合わせも、準備も無しで喋れと?
目を剥いて、驚愕の表情をして見せてあげたのに「アテナ様は横にお立ちください。皇妃として手をお振りいただけるとありがたいです」と、あっさりオレのことは無視しやがった。
代わりに、後ろに連れた副官から受け取った、一見しただけでも豪華すぎるローブを差し出したんだ。
「これをお召しください」
ここから顔を出せば、それだけで政治的な事件となる。ためらいがないと言えばウソになるけど、ここでベイクを疑ったら連れてきた意味が無いのが事実だ。
ここに出るってきめるんなら、衣装を着けるくらいなんてことは無い。黄金の縁取りのある豪奢なローブをふわりと被ると、すかさずベイクの副官が首元のヒモを結んでくれた。
ええい、もう、何も考えるもんか!
「アテナ、行くよ?」
「はい」
ローブから右手をはみ出させて、軽く肘を曲げたエスコートポジション。
アテナの左手がスッと寄せられた。
本来は「剣の腕」である右手は空けるもの。でも、アテナそのものが「剣」となるわけだから、常に右手にポジショニングするんだ。
「アテナはわりと平気なんだ?」
「ショウ様の横に立つだけなので。世界中のどこでも、いつでも、ボクにとっては何にも変わりませんから」
フワッとした天使の笑顔が、心からの信頼の目だ。
「わかった。行くよ」
「はい」
扉を開けるのはベイクの役目。
どどっどどー、どう、どうどう、どうー
宮沢賢治の童話に出てくる風の音のかと思うような人々の歓声が押し寄せてきた。
圧に負けぬようにバルコニーのフチまでゆっくりと進み出る。
「うわぁ」
思わず声が漏れてしまった。
王宮前の広場を埋め尽くす、人、人、人。
ボッチ体質のオレだって、伯爵家の長男としてのスタートから2年だ。兵士を前で見栄を張って士気を鼓舞する演説もするし、卒業式で演説もした。デビュタントでも、凱旋式でも、そして国中の貴族相手にも演説をしたことがある。
人前で喋るなんてことはしょっちゅうだから、大勢の人の前に立つのは慣れたつもりだったよ。
オレが知っている「民衆」とは全く話が違っているんだ。
『なんで泣いてる? ちょっと、そこ! なぜ、拝む!』
そこかしこで、老人が額を地に着けて拝み、女性達が泣き、それを支える父親らしき人が泣きという状態だ。
母親は、オレを見た途端に子どもたちに向かって、一生懸命何か言っているけど、子どもたちがすぐさま額を地面に付けているから、どうやら「拝みなさい」と言っているとしか思えない。
どうするよ、これ?
チラッと見るとアテナも戸惑っていた。
敵意に対処するなら、いつでも全力・果断な行動をする。そこに一切の迷いを見せないアテナも、どうしていいのか分からないというのが先に来てるみたいだ。それであっても、広場のここかしこに敵意とは言わないまでも警戒感のある視線はすぐさま見つけている。
けれども、広場には圧倒的な
いや、アテナは早くも立ち直って、笑顔になった。
ゆっくりと大きな動作で手を振り始めた。
うぉおおおおお!
宮殿が揺れるような大歓声が響いている。
「ど、どうするよんだよ、これ、って言うか、なんでここまでなってるの?」
そりゃあ、さぁ、ローディングの時はゴールズとして大勢の人を助けたよ?
だけど、ここにいるのは数万人じゃきかない感じだ。こんなに大勢を助けた覚えはないんだ。
いったい、なんなんだよ。
茫然としていたら、 ベイクが後ろから「お手を」と促してきた。
ともかく、手を振るわけね。はい、はい。
オレが手を振ると、さらに大きな歓声。
「ショウ様が助けた人々には、家族も、友達も、そして良き隣人達がいることをお忘れ無く。そして、小さな街の教会ほど、ゴールズの旗印のことを覚えていて、あらゆる場の説教の中で触れておるそうです」
ベイクの声も、半ば怒鳴るようになっているのは、そうじゃないと聞こえないからだ。
「短く、お言葉を」
え? そんな無責任な! 何を言えば良いんだよ!
「お任せします!」
鮮やかな笑顔で言い切りやがった。
覚えてろよー
ベイクは、進み出て大仰な身振りで両手を挙げてゆっくりと下ろしてみせる。
それを数回繰り返すと、人々は期待に満ちた目でオレを見つめて、あっと言う間に広場が静まりかえったんだ。
わかる?
抜き打ちで連れてこられて、武道館コンサートをやれと言われ、いきなりMCに入るというのと同じだよ? しかも、マイク無しって。
しかし、まあ、逆を言えば、それを承知で喋れと言ったということ。つまりは、中身よりも「皇帝が喋った」という事実こそが必要なことなんだろう。
静まりかえった民衆に、ゆっくり、ゆっくりと発音したんだ。
「我は、選ばれし皇帝、ショウ・ライアン=エターナルである」
どどっどどー、どう、どうどう、どっ!
歓声と言うよりも、既に地響きに近い感じで王宮が揺れたんでは?
そこでオレが左手を前に掲げて押さえる仕草。
ピタリと歓声が消える。
オレは左手を広げたまま大きく掲げて、宙を掴む動作を人々に見せつける。
「民よ! しばらく耐えよ。必ず、その手で生きる証しを掴めるようにしよう」
おぉおおおおおお!
もう、その反応は、凄まじかった。
しかし、民衆の反応が収まる前に、ベイクは大きな動作で後ろへとお辞儀をしてみせる。
閉幕という動作を人々に見せつけるためだ。
アテナと二人で、もう一度、顔の横で手を振って見せてから、いつまでも止まない怒濤を背景にオレ達は、部屋に戻ったんだ。
「ショウ様、お見事でした。正直、打ち合わせをしていたかのようです。正直、さすがでございますです」
ベイクまでもが珍しく興奮状態だ。
「ね? できれば、ホンの少しでも…… せめて、ほのめかすだけでもいいから、事前にお願いしたかったんだけどな」
予め言ってくれよってこと!
「申し訳ないです。正直、これは完全に、予定外でして。こんなことなら、もっと楽ができたかもです。至らない点を心からお詫びしますです、はい」
あれ? 顔に汗をかいてる。こういう反応は初めてだよね?
チラッと見せたベイクの本音の顔だ。
『あ~ 本当に、これが予定外だったってことか。そして、それを読めなかった自分を責めているって感じかな?』
普通の部下ならフォローをするべきだけど、こういうタイプは、知らん顔をしていた方が本人は楽なんだよね。
「わかった。では、次はこの分を挽回して見せよ」
ハッとなったベイクは「ありがたく」と頭を下げてきた。
どうやら対応は合っていたらしい。
「で、そろそろ、ここまでの結果は教えてもらえるの?」
「今日を踏まえまして、明日の朝、執務室にてご説明したいと存じます」
「わかった。じゃ、この後、オレは?」
「どうぞ、ごゆっく…… お恥ずかしいのですが、お願いしたきことが」
「おぉ。良いよ。何かあった方が楽しいし」
「それでは、こちらに。アテナ様?」
「ベイクの気配で分かる。ショウ様がなさりたいなら、なんでも良い」
え? このやりとりって、これから危ないことをしますってヤツ? でも、アテナが大丈夫なら、ま、いっか。
それにしてもベイクのヤツ、オレには確認しないところが何だかだよなぁ。
ブツブツと言いたくなるのを我慢して、ベイクの先導で連れて行かれたのは「王の間」だった。
あぁ、昔、ここでアマンダ国王に降伏を突きつけたんだっけ。懐かしいなぁ。
「ショウ様、どうぞ、あちらの椅子に。もちろん、掃除は行き届いておりますし、なんのシカケも無いことは確認済みです」
ベイクが示したのは「玉座」だ。
法的には「国王代理」だし、突き詰めて言えば、単なる椅子という物体に過ぎない。だから、ここに座ることはできないわけじゃ無いけれど、オレが玉座に座る姿を見たら、人間は意味を考えてしまうのは無理もないこと。
「至尊の座に座る」ということ。
一瞬、動揺しなかったと言ったらウソになる。でも、さっき「王のバルコニー」から民衆に発声してしまったオレだ。
ルビコンを渡った以上、今さらためらう理由なんて無い。
アテナと視線を一瞬かわしてから、オレはゆっくりと玉座に座ったんだ。
すっと、すぐ右後ろに立つアテナに油断など無い。
ベイクは、オレの3メートル前に立ち尽くして、ゆっくりと見回す仕草。
えっと、誰もいないけど?
そんな風に思ったのと同時に、アテナが一ミリも油断してないという気配が伝わってきたんだ。
どうやら、ここを見ている人間がいるというわけか。そして、玉座に座る「国王代理」の意味をビジュアルで叩き込んで、ベイクは最後の仕上げにしたいと言うことなんだと、何となく理解したんだ。
いや~ 座る直前に「画鋲は置いてないよね?」って、確認したくなっちゃったことは黙っていようっと。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
グレーヌ教の中でも、一般の信徒と、教会という組織を守ろうとする勢力には、かなり大きな乖離があります。だから、ローディングの時に家族を、友達を、村の仲間を助けてくれた人が「私達の王となる」というのは、まるで神に定められた運命のような出来事だと世に認められました。また、民衆と共にある村の教会の司祭達も、そのように感じたため、政治的な動きとは全く無関係に「自然発生的に」起きたのが今回の騒動です。
民衆に認められ、神にも認められた形になったハプニングをベイクはダメ押しにしたかったようです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます