第39話 着任挨拶


 グラに着いて3日経った。


 意外と、と言うと失礼なのかもしれないけど、ベイクは常識的なことから始めた。


「今日も挨拶回りに行くの?」

「はい。あっちこちの様子見を入れているので、正直、時間がかかってしまって申し訳ないです」

「いや、君が決めたとおりにやれば良いさ」

「温かいお言葉に、正直、心からの感謝を、です」


 そう言って、彼はどこかにふらふらっと行ってしまった。


 閉まったドアを見ながら、オレは到着した日のことを自然と思い出していた。


・・・・・・・・・・・


 到着するやいなや真っ先にエルメス様へ挨拶に行った。確かに、それは普通のことなんだけど、あまりにも普通すぎて逆にビックリだよ。


 合目的志向としか言えない行動原理を見てきただけに、いきなり内務官あたりの首根っこを掴まえに行くのかと思った。


 そんなことを言ったら「それは大変魅力的ではありますが、正直、それをやると上手く行きませんで、今回は泣く泣くです」と苦笑い。


 泣く泣くなんだ? とツッコミを入れたいところだよ。


 エルメス様に対する時も、いかにも行政官僚らしいキビキビとした礼を見せた。


「ただいま着任いたしましたベイクドサム・クラヴト=ステンレスでございます」


 キビキビとした態度と言い、まるで有能な官僚だよ! あ、確かに有能だけど、ちょっといつもと雰囲気が違う感じだ。


 それにしても、忘れがちだけどベイクは御三家の一角、シュメルガー家の令息だ。御三家は子どもが幼い頃から特別の交流があるだけにエルメス様と何度も顔を合わせたことがあるはず。それなのに、親しさのカケラも見せず、さらには「貴族対貴族」の空気すら微塵もさせずに挨拶をするのは、ベイクらしいと言うべきなのか。

 

 それに対してエルメス様も、親しい家の息子と相対した時の顔を一切見せず「着任、ご苦労」と返しただけ。


 次に何を言うのだろうと首を捻る間もなく「早速ですが、総督補佐の立場をいただきたい」といきなり申し出たのはビックリ。


 総督というのは、アマンダ王国でのエルメス様の立場の呼称だ。ウチの国から見ると「全権代表」という言い方となる。


 着任早々、ナンバースリー(オレ、エルメス様、の次ってことだね)の地位をよこせって言うのもすごいけど、ベイクは、それを当然と思っている顔なのが、さらにスゴイ。


 それに対してエルメス様が優しく尋ねた。


「改めて尋ねよう。そなたは、ショウ君に仕える身だったね?」

「はい。改めて申し上げます。ノーマン・クラヴト=ステンレスが息子、ベイクドサム。父の名に恥じぬよう、ショウ皇帝の右手となる覚悟にございます」


 スラスラスラッと答えたから、これにも驚いた。いつもの「正直」のフレーズはどこに行ったんだと激しく突っ込みたいところだ。


 エルメス様が信頼する「ベイクの父の名」が出されて、ふむと肯いてから小さく疑問を呈した。


「右手? 右腕ではなく?」


 確かに、妙な言い回しだよね。有能な部下のことだったら「片腕」とか「右腕」というのが普通だ。言い間違えた? でも、有能な上司の前で「言い間違い」なんてことがあるはずない。


 だからこそ、エルメス様は「あえて」言わせようとしたのだろう。案の定、ベイクは胸を張って答えた。


「はっ。ショウ皇帝を守る『剣の手』はアテナイエー様です。そして文官たる私はまつりごとに関して『ペンの手』となる所存にございます」


 ほう~

 

 そんな声を漏らしたエルメス様は、涼やかな目でベイクをもう一度見つめてから「任せる」と言うと、いきなり執務机に向かって、任命状を書き上げた。


 書き上げた任命状を渡しながら、エルメス様は優しい目をした。


「この地において、そなたが慮るべきは我とショウ皇帝だけである。存分に働いてみよ、

「ありがたく」


 エルメス様の署名の入った書き付けだ。これを見せれば「エルメス様の名代として働いている」と相手に証明できることになる。


 恭しく見える動作で任命状をしまい込んで一礼したベイクは、生真面目な表情のまま言った。


「しからば補佐として最初の仕事をさせていただきたく存じます」

「ふむ。任命、即仕事とはな。それで何をしようと?」

「ご命令書を賜りたい」

「命令書? 補佐であれば、あらゆることができると思うが?」

「申し訳ありません。着任早々、海のものとも山のものとも付かない人間に従ってくれる道理はございませんので」


 へぇ~ もっと権限と義務と法律とかなんかでゴリゴリに進めるのかと思ったら、意外と人間関係を大切にするんだ? なんだか、ここにいるベイクは、いつものベイクと違う人? 湖に落ちちゃったら、女神様が出てきて「あなたの落としたのは良いベイクですか? 普通のベイクですか?」なんてやってるシーンを思い浮かべてしまいそうだよ。


「ふむ。では、どんな命令を出せば良いのだね?」

「あらゆる経費を節減せよと」

「経費節減……であるか? 誠にそれは大事なコトであるが」


 首を捻りつつも、言われるまま命令書を書いているエルメス様もスゴイ。


 受け取った命令書を押し戴いたベイクは「もう一つお願いが」と笑顔を見せる。


「必要なことならなんでも言うが良い。責任は我が引き受けよう」


 お~ 理想の上司から聞きたいセリフ、ナンバーワンがリアルで聞けるなんて。


 恭しくお辞儀をしたベイクは「ならば」と言った。


「今日から一週間、一切の仕事をなさいませぬようお願いいたします。あらゆる話はさわりだけ聞いて、そのままになさいますよう。たとえの話であってもです」


 さすがのエルメス様も困惑顔でチラリとオレを見た。何か言いたげだ。


 いつになく、スラスラと喋り続けるベイクを見てオレはもっと困惑してるよ!


 でも、エルメス様は、スパッと決断した。


「わかった。そなたの言うとおりにしよう。仕事をしないようにする」


 その瞬間の弾けるようなベイクの笑顔を見てピンときた。


『こいつ、エルメス様を試していたのかよ!』


 旅の途上で見てきて、ベイクは一種の天才じゃないかなとは思った。能力もあるし、実際、何かの仕事をさせると驚くほどの先読みをして動いてくれる。


『この手のタイプが、途中であれこれと細かいことを言われるのを最も嫌うというのはよくあることだよな。だから、二段構えでエルメス様を試してきた? それにしては「仕事をするな」は妙なお願いではあるけど』


 ともかく、ベイクにとってのエルメス様は「上司として当りだ」と顔に書いてある、そのくらいニコニコなんだよ。


 一方で、エルメス様もこの手のタイプの操縦法は心得ている。


 大元だけは握って、後は「なんとかせよ」のひと言で好き放題にさせるのが最大限の仕事をするってこと。


『ん? むか~し、ローディングなんてのが起きたら、なんとかせよとか言われちゃって、後々、皇帝までさせられてる少年がいたっけ』


 しみじみと遠い目になりそうだよ。


 オレの感慨とは無関係に、ベイクとエルメス様との会話は続いている。


「しかし、何か目論見があるのであろう? 我は何をどうしたら良いか、もう少し具体的に説明してもらえんかね?」

「ありがたく。しからば」


 彼が頼んだのは「できる限り執務室にいて欲しい」「訪れた人間の名前を時間とともにメモして欲しい」「用件のタイトルは聞いても中身は喋らせないで帰して欲しい」というもの。


 どうにも意味が分からない。


 同時に、エルメス様の前で、オレにもおねだりしてきた。


「一刻を争うようなグラにおける治安問題もあり得ます。そちらはショウ様にご対応願いたいのですが、よろしいでしょうか?」

「それは……」

 

 エルメス様をチラッと見たら頷いてくれた。さすがぁ。一度決めたら徹底的に言うとおりにしてみようってことですね。


「わかった。ツェーン達を連れて対応しよう。あ、万が一手が足りなくなったら、ガーネット家騎士団を頼りますけど、よろしいでしょうか?」


 後半はエルメス様に向けてだ。


「もちろんです。手足としてこきつかってやってください。アインス達には我から伝えておきましょう」


 そこに、独り言のように「連中は大喜びであろうな」と声を出してから、ちょっと苦い顔をしたのは、自分も行きたかったからだろう。


・・・・・・・・・・・


 そして、今に至る。


 ともかく、そうやってエルメス様に「お籠もり」していただいた上で始まったのが、この「各所への挨拶」らしい。


 一つだけ、気になる話を聞いた。それは、ベイクが「花一本でも」という例えを出したときに、エルメス様がなぜ微妙な顔になったのかということ。


「なるほど、私が来る前に、そんなセコい罠があったんですね」

「取るに足りない罠ではあるのだが、積み重なると、どう使われてしまうか分からないからね。首にしたんだ」


 さりげなく「貴族派」と「教会派」との陰謀に巻き込もうとして書類を紛れ込ませた役人がいたらしい。


「おそらく、ベイクは、それを知っていると言いたかったのだろう」


 オレと一緒に旅をして着いたばかりだし、シュメルガー家の影に入った情報なら、オレにも伝わるはず。それなのにベイクだけが知っていたのはおかしい。しかし、偶然に出してくる例えとしても、妙なモノだったから、恐らく偶然ではない。


『だとしたら、オレと同じ資料から、これを探しだしたと言うこと?』


 後で種明かしをさせようと固く誓った。


 ともかく、仕事的には緊急の治安問題は起こってないから出動したことはない。仕方ないのでエルメス様といろいろとお話ししつつ、時間を潰すだけのこと。


 エルメス様と話すのはハンパなく楽しいけど、意外と、アテナとエルメス様が話すのを見るのは楽しい。なにしろ、二人とも意外と不器用で、そのくせお互いに「好き」が充満している。だから、親子水入らずにしようとしたら「一人にしておけるわけない!/なかろう!」って、息ピッタリでダメ出しされた。


 やっぱ仲いいよなぁ。


 ってな時間が取れたのは三日目までだった。後は、ひっきりなしに苦情というか問い合せに、申告、提案を持ってくる人達で目白押しになった。


 当然、そこに、最終決定権を持ったオレがいるとヤバいので、あくまでもオレは旅の疲れを取るという名目で、アテナと部屋でイチャイチャと過ごしていたんだ。


 パパだけ働かせちゃって、ご免ね。


 と思いきや、六日目に問題が起きてしまった。


 ゴールズのショウが宮殿に到着したという話が教会に漏れたらしい。まあ、隠してはいなかったんだけど。


 それがいつの間にかグラの街に広がっていたらしい。


 王宮前の広場に、アマンダ王国の民衆が大集合してしまった。

 

 警備の担当者(いつか、門を開けて案内してくれたオジサンだったよ!)が、転がり込むようにやってきて「人々が皇帝を求めております」と大慌てだったんだよ。


 え~ そっちは予定してないんだけど。


 ベイク、何とかしてって言おうと思ったら、ヤツは行き先さえ言わずに、あっちこちをほっつき歩いていて、捕まらなかったんだ。


 えぇえい! やるしか無いじゃん!


   



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 テムジン君達は、最初は王宮を面白がりましたが、3日で耐えられなくなって郊外にテントを張っています。

 ベイクは、エルメス様の書状を大切に持ち歩いて活用しているようです。

 なお、立場的にエルメス様がショウ君に敬語を使う必要があるため、容赦なく、馴らされています。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 


 

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