第36話 やっちゃいました?
一応、オレも実戦をくぐり抜けてきた身だ。だいいち、あちらは隠す気が無いような雑なやり方だから、簡単に分かる。
「さっきから、つけてきてるよね?」
「はい」
いつもなら真っ先に反応するはずのアテナは、首をククンと傾けてホンワリと微笑んできた。
わっ、その表情、可愛い!
って、そうじゃなくて。
オレが首を捻ってみせると、アテナはこともなげに言った。
「彼らに悪意は感じません」
「えっと、つけてきてるんだよね?」
「はい。悪意よりも、むしろ」
言葉を切ったアテナに「むしろ?」と聞き直そうとしたところに、ツェーンが寄ってきた。
「後方1キロ。明らかに付けられています。100騎、いや、もっといるかも知れません。おそらく我々が出発したのを見ていたんでしょう」
いくぶんの緊張を孕んでいる。
こちらの倍の数と言っても、ウチなら十分に戦えるだろう。待ち伏せにして戦っても良い。それなのに、いつもだったら冗談の一つでも混ぜっかえしてきそうなツェーンが、やけに神妙だ。
どうやら、相手の雰囲気がちょっとヘンだとツェーンも感じているらしい。
『いつもだったら「やるぜ、やるぜ、オレがやってやるぜ!」なのに。う~ん、これは、相当に強い敵? いや、そんなはずは無いし、かと言って弱すぎるヤツが、こんなところで噛みついてくるわけも無いし。いったい、なんなんだ?』
「ショウ様」
クエッションマークが浮かぶショウにベイクが話しかけてきた。
アテナに場所をさっと譲られたのが逆に恐ろしくなったのか、ビクンとなってアテナをチラチラ見ながらになるのが面白い。
「正直、戦いではないと思いますです」
「どういうこと?」
目をグルンとさせてから、顔が「説明モード」に変わった。
「ショウ様は、戦利品の羊を大盤振る舞いしたのだとか? しかも3日間もです」
「あ、えっと、ほら、肉が余ってもあれだろ。捌くのだけさせておいて、目の前で自分達だけ食べるのも人としてどうかなぁってね。あ、ベイクも食べたかった?」
羊の肉はベイクも食べているが、BBQ大会そのものは3日で終えていた。何よりもショウ自身が味に飽きてしまったのが大きい。それに肉は美味いが野菜も食べたかったのだ。この世界には、BBQに向いた野菜は、まだ出回ってないのである。
ふぅ~とベイクは「BBQとやらを食べたかったのはありますが、正直、これは別の話です。結論を申し上げると、正直、ショウ様は悪くありませんです」と言いつつ、ため息をついて見せた。
『これって、確実にオレが何かやらかしてるヤツじゃん。えっと、この辺りは、BBQ禁止だとか? まさかだよな。国立公園ってワケじゃ無いんだし。あ、でも、もしも、そのまさかだったら皇帝権限でもみ消す?』
元が小市民だからというわけではない。権力のセコい使い方を考えてしまうのは、何を言われるのかドキドキしたせいだろう。
「正直、時間が無いみたいなので彼らの考えを簡単に説明しますです」
そう言って、ベイクが説明してくれたのは彼らの文化みたいなものだった。
ちょっとオレの考えが甘すぎた。問題なのは「三日間のBBQ大会」ってこと。
あ、もちろん「BBQ禁止」の話じゃ無いからね?
一番の問題点は「3日間」ということになるらしい。
例えば、日本の平安時代。貴族の男は彼女の
ところが、女の家に3日続けて
これによって平安時代の貴族は正式な結婚が成立して、男は女の家で昼間も過ごす権利が生まれる。
「3日」の例は他にもある。
アメリカ大陸にいたネイティブの習慣にポトラッチというものある。
部族同士が対立すると、あるいは親交を深めようとすると、相手を呼んで大宴会を催す。自分の大切な財物を出席者に振る舞ってみせ、あるいは出席者の目の前で自分の大切な財物を壊してみせる。
相手に対しての気前の良さを誇る儀式だ。
これで気前良く、貴重なあれこれを配り、時には大切なものを壊したところを見せるほど、相手に対する敬意を示したことになる。相手は、その気前の良さに「負けた」と思うと自発的に相手の傘下に入る仕組みだ。
貴重な油や金属を配り、家畜を屠って肉を配り、穀物をありったけ配り尽くす。その上で、テントを焼いて見せて、膨大な手間と暇を掛けて作ったトーテムポールを壊してみせる。大事なボートを相手に差し出し、受け取らない相手には穴を開けて沈めてみせる。
ムチャクチャな財物のやりとりの習慣であるポトラッチは、白人社会が無理やり禁止するまで、長い間ネイティブアメリカンの部族同士の習慣として、お互いにイロイロと苦しんだらしい。
基本的に、この儀式も3日なんだ。(招待されたら、半年以内に招待し返すのが義務。お返しをしないと戦争だよ)
その他、フランスの田舎の結婚式も3日間続けるのが習慣だとか、関東の田舎の風習でも、地主やそれなりの商家では、跡取り息子の結婚式は3日掛けて「振る舞い」があるのが普通だった。
こっちの世界でも、この「三日」というのがあったんだよ。
北方遊牧民族にとっては、戦に勝った側からの「共食」と「羊」がポイントだった。
通常、彼らは負けた側から全てを奪う。負けた側にいた優秀な戦士を手下にし、美しい女をものにし、羊を自分のモノとする。
ところが、明らかに相手よりも強い部族が弱者の側に「羊」を提供して3日間のご接待をする場合がある。相手は3日の間、共に食事をすることで支配下になることを認める形になるという風習があるのだ。
ヤベッと思ったけど、ささやかに反論を試みるショウだ。
「確かにBBQ大会は3日間続けちゃったよ。だけど参加したのは羊を捌いてくれた人や、捕まえて来た子供たちだけだぜ?」
「彼らは、出された肉や羊の一部をキャンプに持って帰りませんでしたです?」
「あっ……」
あれは単純に、肉を家族に持ち帰っているものだと思ったのに、どうやら「部族全体で羊を提供された」という形になるらしい。しかも羊毛も内蔵も、全部、お持ち帰りどうぞ、だったよなぁ。
だから、若い隊士が「嫁を取らないか」と言われてたわけか。あれは、言葉だけじゃ無くて、実はマジだったってやつ?
背中を冷たい汗が流れ落ちたよ。しかし、ベイクはさらにたたみかけてきた。
「3日の共食を受け入れた彼らは、本来なら一族でショウ様を頭領として仰いで付いてくるんです。ところが北の地へ行けとおっしゃいましたです?」
「うん、北の地に行けと言った」
「彼らからすると、北方の地でちゃんと縄張りを確保しろと命じられたのと同じだと思ったのでしょう。しかも」
「しかも?」
「今回の戦いで捕虜にした戦士にも、彼らを護衛しろと捕虜から解放して、お付けになりましたよね? 結果的に、彼らの戦力を増やしてあげたことになります」
「あぁ」
「こいつらを使って、しっかりやれと言われたようなものですから、出発前に彼らのリーダーみたいな男が、正直、来ましたです?」
「来たよ。あいさつだとかで」
「多分、その男達がショウ様の不在の間、言いつけに従って縄張りを確保しますと言いに来たんでしょう」
「そう言えば、西半分はお任せをって言ったやつと、それならオレが東をとか言っていたヤツがいたけど、あれは、部族の中を東西で分けるんだとばっかり……」
「北方遊牧民族は『東のタタン、西のチャガン』でしたです。しかも、正直、主な部族は今回のショウ様の脅しが利いている上に、彼らはチャガンをぶっ潰した男の配下ですからね」
なんか、ヤバいことになってないか?
「正直、あの一族に名前をお与えになったそうです?」
「あ、うん、チャガンとタタンが混ざったので新しい名前が必要だって言うから。ダイモン族って名前を付けたんだけど」
ナイショだけど、オレの名前「ショウ(小)」の反対で「ダイ(大)」って言葉が浮かんだ時、古代スパルタの民が自らを「ラケダイモーン」って称していたというのが頭に浮かんで付けただけのこと。
「良き名ですね、ショウ様はご存知かも知れませんが北方遊牧民族の言葉でダイ=豊か モン=家族と言う意味があるので、正直、さぞかし喜んでくれたです?」
「うん、すっごく喜んでくれてさ、みんな口々に、北の地を豊かな家族で満たしますって約束していったよ。ん? え? あれ? ちょっと、待って! それ、ヤバくない?」
「……正直、ですです」
ベイクが、何か痛々しいモノを見る目になってる。
「いや、たかだか、最大部族の本体キャンプってだけだし、チャガンの生き残りの戦士が中心で、まとまっているだけだもん。大丈夫だよ、きっと!」
シーンとベイクは黙ったまま。
おい! テストで赤点を取ったときの担任と、「浮気してない?」って聞いた時の彼女と、こーゆー時は、お世辞でも「大丈夫」って言うのがオヤクソクってもんだろ!
「とりあえず、今の問題は、正直、後ろの人達ですよね?」
クルンと話題を変えやがった!
「とりあえず、話してくるです。少しゆっくりにしていただいても?」
「わかった。任せる。ツェーン、停まるよ」
「はっ! 警戒は?」
「通常で良いよ」
「わかりました」
クルンと馬ごと回ったツェーンが叫んだ。
「野郎ども! 小休止だ。馬に水をやれ。前半の警戒は1、3班だ」
この程度の数だと、スポドリをあげられるからいいよね。お馬さん達も大喜びだ。
案外と早く、10人ほどを連れて戻ってきたベイクから報告を受ける。
「要するに、オレの部族に入りたいってこと?」
目の前に来たのは、みんな同じくらいの年の少年少女だった。
その子たちが馬を置いて両手を地面に付けていた。
「この通り、だそうです」
「女の子もいるけど?」
遊牧民族には女の子が戦う習慣はないはずだ。
「男の子だけでは無いのが、正直、彼らなりの覚悟みたいです。彼らは『嫁付き』で入れてほしいと言ってます。もちろん、彼らなりの習慣では、気に入った嫁をショウ様がいただいてしまっても文句ないと言ってますので、その辺は問題ありません」
「いや、問題大ありでしょ!」
オレは身体を向けて彼らに声をかけた。
「君たちの代表って決まってるの?」
一人の利発そうな少年が進み出て「テムジンと申します」と完璧な共通語で答えた。
そして、いかにも意志の強そうな女の子が進み出て「テムジンが妻、スミレにございます」と、これも見事な共通語で喋ってきた。
「彼らは、もともとはタタンの有力部族の族長の息子と、その婚約者みたいです。言葉は、アマンダ王国から来た商人から習ったと。そして、ショウ様の元で戦いを学びたいと申しております」
利発そうな少年の名前は、偶然の一致だとは思うけど、前世の歴史を知る人間として猛烈にヤな予感がするんだ。だって、よりにもよって、その当時の世界人口の半数以上を支配下にした人類最大の帝国を築いた男の名前だよ?
そういう子に、戦い方を教える? オレが?
良いの悪いのと言う前に、恐れ多いって感じが真っ先に来た。いや、もちろん、前世とは名前が一致しているだけだとは思うけど。
オレのためらいを見たからなのかテムジンがモノ言いたげな顔をした。いきなりしゃべり出さないところは、聡明さを感じさせるよ。
「いいよ、言ってみて?」
「ありがとう。嫁を連れてきたのが、オレの心の証しだ…… 証しです」
「えっと、あのぉ」
いや、可愛い女の子だとは思うけど、人の嫁に手を出す趣味は無いんだけど。どうしよう。
「ショウ様」
「ん?」
ベイクが言葉を挟んできた。
「これは、人質という意味かと。つまり、今回の志願者達は嫁を連れてきたということは、人質を差し出すので丸ごとショウ様の配下になるということ。だから最初に申し上げたとおり、彼らなりの覚悟だと思います」
珍しい。ベイクが一気口調になっていた。つまり、ベイクは本気でこの子たちを受け入れろと言っているわけだ。
確かめるまでも無く、アテナは平常モード。つまり、この子達はウソを吐いてないってこと。
そこでテムジンが、オレを見つめてきた。
「何か?」
「オレ達は元の家族に別れを告げてきた。ここでダメと言われても、戻るところはもう無い……のです。どうか、この部族に入れてください」
うわっ! 北方遊牧民族にも土下座ってあるんだ? しかもスミレちゃんまで!
「わかった! わかった! わかりました! ともかく、頭を上げて」
土下座に弱いのは、日本人の弱点だよ!
「それじゃあ許してもらえるのか?」
「あ~ 連れてきた子たちは、テムジンがまとめること。女の子はスミレが。何かあったらベイクに相談するんだ」
「「ありがとうございます」」
テムジンの仲間は男が47人、女が55人だそうだ。女の子の方が多いのは一人で複数の嫁をもらってるヤツがいるからだそうだ。
それにしても、どうにも、この子たちとベイクの話が、あの短時間でできすぎているような気がするんだよなぁ。しかも、ベイクが話をつけに行った時、全く緊張してなかった。それどころか護衛すら要求しなかったってのもあるし。
これは、ひょっとしたらやられたのか?
まあ、しょうがない。面倒ごとが起きたら、全部ベイクに押しつけるということで!
ともかく、グラに急ぐよ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
モンゴルの偉大なる英雄と同じ名前なのは「仕様」です。さて、テムジン君に言葉を教えたということは北方遊牧民族の間を行商して回った勇気があって、立ち回りが上手い人。あれ? そういえば、そんな人がどこかにいたような……
ただしテムジン君はグレーヌ教徒ではありません。というか北方遊牧民族にはグレーヌ教徒は一人もいません。おそらく、教えを受け入れない何かがあるのでしょう。
なお、文中の「ポトラッチ」の説明に関しては、ショウ君の思い込みが入っていることを付け加えておきます。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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