第35話 別れと再会・グラへ
エルメス様は、いち早くグラへと戻っていった。
一日早く戻れば一日の利があるという状態だけに、休むのは最小限にせざるを得ない。むしろ、ケガ人や傷を負った馬たちを預かる必要すらあった。
全力で戻るのには、それなりに無理がかかるのだから。
一方、ショウ達は、この戦場をナントカせねばならない。
戦いとは、終わった後の方が忙しいのだ。戦場となった場所から、言葉に出してはいけないような諸々のものを
今回は、やたらと打ち込んだ馬防柵の杭を抜くのも一仕事、いや、大仕事である。だが、こういうものを疎かにしておくと、後から民の迷惑となるので、絶対に必要なことなのだ。
一本の杭を抜くのすら苦労している姿を見ると、前世で「タワマン」の基礎杭なんて抜いてないんだよなあ、などということを思いだしてしまった。あれだけの大規模な基礎杭となると物理的に取り去ることは可能ではあるが現実的では無い。費用対効果を考えると、途中でカットしておいて「地盤の一部」として再利用するしかないのだ。
『オレが前世にいた頃ですらタワマンの老朽化が言われていたし、今ごろ、タワマンの基礎が東京中に埋まっているんだろうなぁ』
そんなことを考えてしまうほど、戦場の清掃とは、バカバカしくも大変なことだったのだ。
そして、現場の作業は下々の仕事だが、指揮官には別のレベルで「お仕事」が待っている。
たとえば「感状」を渡さねばならない。戦場での働きに応じてご褒美を出すのは当然だが、出すタイミングというものがある。特異な働きであれば、その場で渡すこともあるが、普通は一定の時間が経ってから褒美を渡すものだ。
しかし、後で褒美を渡す形だと兵士が「オレの働きを認めてくれるの?」と不安になるため、なるべく早く「君は、これこれを頑張ったね」と認めてあげる必要がある。それが指揮官の出す「感状」なのである。
しかし、戦いが大規模になるほど、段階が必要になる。
一般兵士の働きを認めるのは小隊長や中隊長の大事な役目。贔屓などは論外としても、トンチンカンな評価をしてしまうと隊への忠誠心はゼロになる。逆に思わぬ所まで隊長が見てあげていると兵士は手抜きをしなくなるものなのだ。
とはいえ、隊長は報告を上に出せば良いが、最終的に判断するのは指揮官の仕事なのである。
もちろん、それぞれの小隊長は自分の所の部下こそ評価してくれと思っているわけで、そこでも公平さや判断力が問われてしまう。
だから、論功行賞を公平・的確に行うのは指揮官にとって絶対に手を抜いてはいけない部分だった。
そして、もう一つ。
前近代の戦いが前提の社会においては「戦利品をどうするのか」も大事だった。
今回は、あたりに散らばってしまった羊が戦利品としては大きかった。扱いに困って、既に降伏済みのベースキャンプにいた少年達に集めさせた。
集めてきたご褒美として、10頭に1頭を上げると言ったら、大喜びして徹底的に集めてきた。最終的に千頭を上回る数となってしまった。やり過ぎである。
だが、少年達はホクホクとした得意顔で、見渡す限り羊一色となった景色で胸を張る。
さすがに、この数の羊を何とかするのは不可能だった。
捕虜にした人達の中から希望者を募って、集めてきた羊の一部を捌いてもらってBBQにすることにした。
ここで、とっておきのチートだ。
「出でよ、賞味期限切れ給食用BBQソースの缶!」
18リットルの缶入りで出せたのは大きかった。当然、働いた捕虜の人達にもお裾分けっていうか、事実上、全員で食べ放題にした。
当たり前だが、塩と、そのあたりに生えている香草をすり込んで焼く程度の世界に、給食レベルのバーベキューソースは大好評だった。
あまりに好評すぎて、2日、3日と連続して夕食となったが、それでも大喜びされてしまった。
もちろん、食べきれない肉も出る。冷蔵庫の無い社会では、塩蔵か干し肉にするしかない。
だから捕虜のはずの人達が家族用にと、かなりの肉を持って帰っていたようだが、それは見て見ぬ振りをすることができた。それでも余裕がある。
さらに言えば、普通の兵士は羊のあれこれを使いこなす技術など持ってない。それならばと「オレ達が食べる肉以外は、ぜんぶ、そっちで分けていいよ」と言ったら、羊毛は当たり前として、筋から骨、内蔵、全部お持ち帰りになって、捕虜のみなさんは大満足したらしい。
おかげで、捕虜にしたはずの人達からの好意が爆上がりしてしまった。
ちょっと馬に乗るのが上手い兵など「ウチの娘をどうだ」と声をかけられまくったのだとか。
そのあたりは「絶対に、相手の意志を尊重すること」というお触れを出すだけである程度は目をつぶるのも大事なコト。
人として認められない振る舞い以外なら、特に下働きの兵士達ほど「清廉潔白」だけではやっていけないのをエルメス様譲りでショウも知っていたのである。
かくして戦の後処理に、なんだかんだで1ヶ月かかってしまった。双子の行方は気になったものの、一つずつをおざなりにすると、もっと大きな禍根となる以上仕方ないのだ。
そして、捕虜とした人達を北へと戻ることを条件に解放したのである。むしろ彼らの方が、こちらに付いてきたそうにするのがとても印象的であったが、さすがに遊牧民族と同じような行動はできないのだ。
少数の留守番役の男達も残っていたため「ネメシスの雷」を目撃した分だけ、ショウの言うことには従うのは当然だとして、護衛としては十分であろう。
そして、できた余裕で「ターゲット」の再編成をすることにした。
「これからの人材を育てる必要がありますので」
そう言って、シータを指揮官として任命した。パールと話し合って決めたことだ。ここで大事なのは副官はパールのままで行くと言うこと。
ショウのつもりでは、ターゲットは将来はゴールズの一部となる。その際にパールを子爵当主として解放してあげられるだろう。
逆を言えば、子爵としての経験や知識を息子に伝えつつ、当分の間、隊を支えるのが任務となるわけだ。
以前であれば、子爵家当主自らが自家の軍を率いて遊牧民族対策やアマンダ王国への対策をしなくてはならなかったが、現状では、そのどちらもが落ち着くはずだ。
「避難していた我が国の民を戻すことと、治安対策程度であれば、オメガは十分に全うできますので心配ありませんな」
そう言ってパールは長男への信頼を言葉にした。とりあえず、ターゲットの任務は二つ。
一つは、残りの「遊牧民族本体」のキャンプを捜索しつつ、相手を北に押し返すこと。
もう一つは、ソロモン領都のボンにいるドーンと連携を取って、山岳地帯のこちら側の治安を守ること。
どちらも表裏一体の任務ではある。だが「皇帝の命による治安維持部隊」という名目があれば、この先、どの町であっても上位権限で現地の協力を引き出すことが可能になるのだ。また、南に逃げた貴族達や、アマンダ王国の地方貴族とのトラブルが起きた時でも「国王代理である皇帝」の命令権は上位に来るという点が大事なコト。
こういう時に「どうせ同じだからね」は通じないのである。
再編成とともに訓練と片付けが進んだところに、やっとツェーン達がやってきたのである。
「正直、この方々には、参りましたです、はい」
迦楼羅隊に護衛してもらう形でベイクも連れてきたもらった。だいぶ強行軍であったらしい。
それにしても、ベイクの手腕は異常なほどに巧みだった。この短期間で、ボンでの処理について方針を立てて、ドーンに預けられる実務レベルに落とし込めたらしい。
「ロウヒーは王都に出ずっぱりでしたから、実は領地の行政は実に優秀だったです? だからワイロ体質の問題さえ解決すれば、案外とよく働く人が、正直多いのが特徴でしたです」
悪い笑いをしてるけど「全権委任」をしただけに、かなり強烈な手を打ったに違いない。とはいえ、短期間で押さえるべき点をつかまえた眼力はお見事だ。
このあたりの実力は、さすがだなと思ったショウは面と向かって言った。
「その力を、この後はフルに発揮してもらうよ」
「アマンダについての考えもあるですが、実際に見てからでないと、正直、分からないこともありますです、はい」
つまり、既に自分が呼ばれた理由を、ちゃんと理解しているということだ。
「よし、じゃあ、出発だ。ツェーン?」
「はい。 よぉ~し、野郎ども! カチコミかけるつもりで、気張っていくぞ!」
「「「「「おぉお!」」」」」
うん、このノリだよね、と落ち着く気がしたショウの顔を、ベイクは目を剥いて見つめ、アテナはいつもの笑みで頷きながら見つめたのであった。
義父と義兄に別れを告げ、ゴールズ・迦楼羅隊はグラへと向かったのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
ここから「アマンダ王国編」となっていきますが、実は、一つと言うべきかな? 少しばかり…… かなり困ったことが起きるのをショウ君は予想していませんでした。
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