第34話 勲章

 もはや戦場は完全に掃討戦へと移行した。


 逃げるのを諦めた敵なのか、それとも一矢報いんというつもりなのか。時折、抵抗するグループがあると、そこに雄叫びを上げて突っ込んでいく、ガーネット家騎士団の面々は生き生きとして見える。


 アインスにツバイ、ノイン……


 駆け回る姿をパッと見て、名前の分からぬ者がないというのは、嬉しいこと。かつてガーネット領まで一緒に旅をした人達もたくさんいた。


 久しぶりに会うというのに、雰囲気も姿も全く変わりが無いのは嬉しい。


「おや、シータ達もいるんだ? あらら~ 影響をもろに受けてるねぇ。たった数日だったはずなのに」


 生き生きと活躍するアインス達に混ざって、シータ達の部隊もすっかり調子が出ていた。


 雄叫びを上げつつ、一塊となった敵を見つけると突っ込んでいく。確実に何本かの矢が当たっているはずだが、アルミ装甲のお陰で浅手になっているためか、一切気にせずに戦っていた。


 馬を操る技術では遠く及ばずとも、今や攻撃側の部隊の数が圧倒的に多いのだ。小手先の乗馬術でかわしてくる相手の先回りする部隊には事欠かない。いったん接近戦にさえなってしまえば、装甲している側の方が圧倒的に有利なのだ。


 かくして、シータ達の部隊も、また一つ撃破して雄叫びを上げている。


 パールはパールで、息子の働きを目にして心配顔をするよりも、息子に負けまいと張り切りだしてしまった。


 実は似たもの親子なのかもしれない。


『ふぅ~ さすがエルメス様。最高のタイミングで現れてくれた。やはり頼りになるよなぁ』


 信じてはいても、大鷲の旗が最高のタイミングで現れたとき、心からホッとしてしまったのはショウだけの秘密だ。


 ガーネット家の影を使って、逐一、報告は上げていた。エルメス様特有のカンが働いたのだろう。「そろそろショウ君が決戦に持ちこむのであるな」と自ら部隊を率いてグラを出立してくれたのは、少し前の話になる。


 と言っても、エルメス様が出た時点で「予定集合ポイント」がどこになるかまでは、さすがに決められなかったし、何よりも、決戦が始まってから「トドメ」として到着して欲しいとショウが望んだので、姿を現すのはギリギリとなった。


 それであっても、けっこうな距離を駆け抜けてきてくれたはずだ。


 それなのに、単純に間に合わせるだけでは無く、戦いにおいての最高のタイミングを見抜いてやってきてくれた。


 そのあたりの微妙なコントロールは、さすがにショウからでは難しかったが、全てを任せろと力強く言ってくれていたのを頼って良かったと思ったのだ。


 なお、近くまで見つからないようにやってきてから「タイミングを見て突っ込む準備ができた」という合図が出た。それが、山に上がった赤い狼煙だった。


 だから、ショウとしては敵の戦意を奪うような行動を心がけるだけで良かったのだ。


 砦の守りと敵の比率が二ケタも違うという、およそ戦いとしては成立しない、バカげたほどに差が開いていても、とにかく敵をあっと言わせ、戦意を揺り動かしてやれば、外から「最強」が支えてくれるのだという信頼は、とても心強かったのである。 


 そして、その「最強の信頼」は、ショウのはるか手前で下馬し、ゆっくりと目の前にやってきた。


 長身痩躯の悪ガキ風イケ親父は、全身を返り血で真っ赤にさせながら、ニヤリと笑って見せた。


 とっさに、ショウはいやな予感がした。


『え? 何を企んで?』


 この顔は、何か悪いことを考えているに違いないと確信する前に、それは起こったのだ。


「ガーネット公爵家が当主、エルメス・ロード=ギリアス 、参上つかまつりました」


 戦場に響き渡る声は、この場でも、はっきりと全員に届いているだろう。


 御三家がうちの一人、国軍の最高責任者であるエルメス卿が、家臣として傅いたのである。


 それは驚くべき光景だった。


 皇帝だとか、国王代理だとか、そういった言葉は関係ない。目撃した人にとっては、ただ、ひたすら心を吹き飛ばすような光景だった。


 人々は見たのである。


 血まみれになるほどに働いた御三家の当主が、我が主としてショウを見上げる衝撃的な姿を。


 ショウ自身も、その瞬間、背中がゾワリとしたのだった。 


 頭を垂れたまま、口上に入ったエルメス様の姿は、堂々として、血まみれでありながらなお、これ以上無く美しい姿だった。


「お役目を果たす必要からとは申しましても、数々のお祝いにも参上できず、エルメス、恐懼きょうく感激かんげきに至ってございます」

「エルメス殿、是非とも頭を上げていただきたい」


 ちょービビりつつも、エルメスに仕掛けられた芝居に乗らざるを得なかった。


「ご免」とひと言断ってから、見上げてくる顔に満面の笑み。茶目っ気たっぷりの目線だけで「受け入れろ」としてくるんだから、まったく、もう~ ホントに困ったオヤジだよと、ショウは頭の中で凄まじい勢いの愚痴をこぼしていたのである。


『後で絶対に文句を言ってやる!』


 そう心に決めつつ「はるばるの時宜を得た援軍、本当に助かった」と、これは本音で発言。


 しかし、エルメスは声こそフルボリュームだが、慇懃な姿勢を崩さなかった。

 

「帝のなさる戦いに、無作法な乱入は心が痛みましたが、いや、このエルメスがアマンダでの年月でため込んだ不満を、本日は全て解消させていただきました。誠に良き戦場を与えていただき、恐悦至極に存じます!」


 再びの拝礼。


 えっと、オレ、どうしたら良いんだ?


「いや、全てはエルメス殿の器量が素晴らしかったからであり、誠に見事なお働きでありました」

「そう言っていただけると、おみの身に余る光栄にございます」

「今回の戦いでも、敵の首領を討ち取られたよし、こちらから拝見しておりましたぞ」


 あっと「拝見」はダメだったかな? 肩がピクンと動いてた。ドンマイ、オレ。


 頭を再び下げているエルメス様が、声だけで「ニヤリ」としていることが分かる口調で「ところで」と言い始めた。


「なんでしょう?」

「今回の臣の仕事は、帝よりお褒めいただけるほどでございましたでしょうか?」

「もちろん! 何よりも武勇に優れ、短期で戦場に現れたこと、戦場への登場のタイミング、全てが最高のものでありました」

「では、皇帝陛下よりお褒めの言葉を賜ったということで、一つ、お願いがございます」

「それはいったい?」

「はっ! ぜひとも、皇帝から臣に勲章を授けていただければと存じます」


 上げた顔が既にニヤリと崩れてるよ。


 あ~ それか~


 勲章を与えるのは、原則として、家臣が仕える主君だけ。


 御三家当主に勲章を与えたという事実は、100万の言葉を尽くすよりも、下々に「この国の主は誰なのか」を教え込むことになるんだよ。


 そして、現状でノーマン様にもリンデロン様にも「勲章」を与えるような公然たる事実は作りにくい。


 となれば、今回の勲章授与が、どれほどの効果をもたらすのか、エルメス様は見抜いていたということ。


 まったく。「ひゃっはー」だけのイケ親父じゃ無いのが、ホント、油断できない。


 そしてオレは「約束しよう」と答えるしかなかったんだよ。


 ともあれ、血を洗い落としてきたエルメス様との久しぶりの再会では、語るべきことが多すぎて朝まで語り明かしたワケなんだ。


 もちろん、その後でアテナとエルメス様の水入らずの時間を作ってもらったんだけどね。


 え? その間のオレ?


 パールとシータ親子が離れないって約束で、おまけにギーガスには「絶対に離れるな」という強いお願いを直接することを許可して(主家のお嬢様が分家の息子に言うんだから実質的な命令なので、戦場では指揮官であるオレの許可が必要になる)、やっとアテナに納得してもらった。


 その程度の約束は守ることにしていたんだけど、気が付いたら、エルメス・アテナの親子は、お互いフル装備で模擬戦をやっているんだから、さすが脳筋一家と言うべきなのかなぁ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 エルメス様自らが軍を率いてきたのは、ストレス発散ばかりではありませんでした。ショウ君から自分に勲章をという狙いです。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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