第33話 決着

 恐ろしい音を立てて炎の燃える音がしていた。最初に聞こえた、断末魔の叫びなどあっと言う間に消えてからも、炎の音が響き渡っていたのだ。


 砦の壁越しにも熱風が吹き抜けていったほど。


 そこは生命のカケラもない、熱く焼けた土地となる。


 そして、訪れた静寂に人々は動けない。


 永遠に続くかと思われた静寂は、恐らく、実時間にして数秒のことだったのだろう。


 先ほど攻撃を仕掛けては引き返していった先乗り部隊が、まず、動いた。いや、動いたのではなく「逃げた」のだ。


 タイミングが、ほんのわずかズレていれば、自分達があそこにいたのかもしれないという意味を本能が感じ取っていた。


 青白い炎の恐怖。

 遠くまで熱が伝わるほどの…… 炎が静かになっても、生きていたモノの痕跡すらも探せなくなるような熱。


 一面の溶けた金属や土がまだ高い熱を放って赤く、やや冷めてきた場所の黒とで二色に塗りつぶされた世界がそこにある。


 「金属が溶ける高温」が、ありふれた地面に発生してしまったという現実。


 誰も見たことがない光景は、言葉よりも明確に「ネメシスの雷は実在するのだ」と告げていた。

 

 誰の頭にも浮かんだ恐怖だった。


「ヤバい」

「こんなの」

「無理だって」


 衝撃が大きすぎて、言葉すら断片でしか浮かばない。


 自分達が「何」に手を出そうとしていたのか、思い知ってしまった。自分達は手を出してはいけない相手と向き合ってしまったのだ。


 誰かが、ようやく言葉にした。


、南に来るのは嫌だったんだ」


 昨日まで、大喜びで略奪し放題を楽しんできた男達は、心からの悲鳴で頭がいっぱいになっている。


「「「「「逃げろ!」」」」」


 彼らは、部族の男達が待つ陣営に寄らずに逃げた。


 逃げる、逃げる、逃げる。


 彼らの生存本能が、ここにいてはいけないと叫んでいる。


 逃げ時を誤らないからこそ、厳しい自然の中で生きてこられた。


 何が一番怖いのか思い出せ!


 彼らの本能が告げていた。


 チャガンのヤツらなど、どうとでもなる。とにかくここから逃げるのだ。相手が気まぐれを起こして、今すぐネメシスの雷を放てば、オレ達は終わりだ!


 あれよりも、ヒドい目に遭うんだぞ。 


 ついさっき、自分達のいた場所が地獄になるのを目撃した男達は、近くであればあるほど、すなわち「熱」を感じていればいるほどに恐慌状態を巻き起こした。


 この時、後方で待っていたタタン族の支族長達が怯えていたのかどうかは、わからない。けれでも、歴戦の戦士でもある支族長達は「ここが逃げ時だ」と理解したのも事実であった。


 あちらこちらで「総員、各自で逃げ延びよ」という命令や、怒声が行き交って、男達は羊すら見捨てて逃げ出した。


 辛うじて動揺しつつも踏みとどまるのはチャガンと、チャガンとの友好関係の深い部族がいくつかだけ。


 しかし逃げていく連中を引き留めるだけの力など持てなかった。何よりも、本当は自分達も逃げたかったのだから。


 しかし双子はめげなかった。「立て直しを!」と部族長である父を見た。


「父上?」


 テレイトは、あらぬ方角を見つめていた。バルクイはいち早く、視線の先にあるものを拾った。


「あれは……」


 応じたのはアルクイだった。


「2千、いや、3千はいるぞ。ネズミども…… いや、違うな、ネズミの中でもマシな連中だ」


 黒と赤を基調にした集団だった。


 そこに「翼を広げた大鷲」の隊旗を見つけた。


 こちらを恐れず「互角になり得る」唯一の連中の旗だ。


 味方を立て直さねば、と気を取り直したときには遅かった。敵が突撃態勢に入っている。


 どうやら、火計に気を取られているうちに、林を回り込まれて後ろからの接近を許してしまったらしい。


 逃げるか? 迎撃か? 

 

 いや、我らはチャガン。戦いもせずに逃げるなどありえない。このまま逃げてしまえば、遊牧民族同士の間で、孫が孫を産み、育てる頃まで「チャガンの臆病」という言葉で誹られ続けるであろう。


 許せるわけがない。


「弓をつがえよ!」


 遅かった。


 放て!の号令を待ちきれず、敵の先頭に向かって矢を放った果敢な者がいた。


 さすが、と思いきや、同時に当たるはずの矢が、何本も、いきなり吹き飛ばされてしまった。


「なんだと? 槍で矢を弾いたのか?」


 ありえなかった。昨日会った敵の護衛のように「剣で矢を払いのける」という凄腕の伝説は聞いたことがある。だが、その何倍もの腕力と速度を要求される「槍」を使って矢を払い落とすなどありえない。


 しかも、何本もの矢を同時になんて。


 先頭の男が雄叫びを上げて突っ込んできた。


「ひゃっほ~ 敵じゃぁあああああ」


 すぐ後ろも突入してきた。


「続け~」

り放題だぜ~」

「ヒャッハー!」


 まるで自分達がネズミを襲う時のような、いや、それ以上のえげつない雄叫びを上げながら、こちらのど真ん中に全力で入り込んできたのである。


 ありえない。


 人が宙を飛んで行った。


 あっちこちで、赤い飛沫が、まるでカーテンのようにあっちこちにヒラヒラとひらめくがごとき状況だ。


 そんなことがあるのか?


 人の一部だったもの。人の大部分だったもの。あるいは、人の半分となったものが、次々と宙を舞うのである。


「どこじゃぁああ! 我はガーネット家当主エルメス! 族長テレイト、しょーぶせぃいい!」


 ありえない。


 エルメスという名前は、アルクイ・バルクイですら知っている。アマンダ王国に駐留する隣国の親玉だ。


 そんなヤツがここに?


 コイツを討てば勝てると思いつつも、エルメスの纏う鬼神のごとき怒濤に手向かえるとはとても思えない。


 本来なら族長を逃がすために、敵との間に立つのが息子の役目だ。


 代わりに馬を横にスライドさせて、アルクイとバルクイは期せずして揃った大声で叫んだのだ。


「族長殿! ここは危険です!」

「みんなで族長殿をお守りしなくては!」


 その叫び声は、正しく周りに届いたのである。


 テレイトの前に味方が、やや密集した。

 エルメスが恐ろしい勢いで槍を振るい、一直線に向かってきた。


 族長の位置が分かった以上、狙うのは当然だった。


「「みんな、族長殿を守ってくれぇ!」」


 双子は、奇しくも、全く同じ声を同じタイミングで叫んでいた。

 

 それこそは「族長思いの弱い兵士が味方を頼る声」であり、その声こそが族長の位置を示すターゲットとなる。


 もちろん、双子は、それを承知の振る舞いだ。今は父親がやられても、自分達が後を継げば良いという割り切り。あるいは、己の生存本能のままに振る舞ったのか。


 とにかく、双子は自分達が生きるため「最善の選択」をしたのである。


「ぐぉおおおお!」


 宙を飛ぶ「何か」がいっそう派手になりながら、テレイト目がけて鬼神が一直線に襲ってくる。


 人間が、あれに立ち向かえるわけがない。


「ひぃいいい」

「お逃げを」


 双子は、そのまま横へと逃げる。敵は族長を真っ直ぐに狙う。それを理解しての声だったのだから、ここで逃げねば意味がない。


 後ろも見ずに逃げ出しても、敵は族長に向かう以上、追いかけてくるわけがない。逃げるなら今なのだ。


 族長を真っ直ぐに見据えたエルメスが、またしても何かを叫びながら槍を振りかぶった。


 テレイトは、それでも槍を持ち上げようとした。


 次の瞬間、槍を持った腕が宙を飛んでいたのである。


「敵族長・テレイトを討ち取ったりぃいい!」


 雄叫びを上げるエルメスは、すっかりご機嫌で、槍を振り回して族長の「死出の旅路」へのお供を量産し始めた。


 しかし、そんなことなど、既に双子は見ていない。ひたすらに逃げるだけ。


 だから、砦の方から突出してきた騎馬に挟まれた残りのチャガンがどうなったのかを見ていなかったのである。


 敵族長を見事に屠ったエルメスは「ぐわっははははは! 戦は、こう、あらねばのぉおおお!」と叫びつつ、自軍の倍ほどもいたはずの敵を縦横無尽に食い荒らしたのである。


 ガーネット家騎士団は、アマンダ王国で溜めた数々のうっぷんを吐き出すかのように、戦場において徹底的にやり抜いたのだ。


 よって、史書にはこう記されている。


 アマンダ王国に駐留していたガーネット家騎士団は、家長が先頭に立ったためであろう。兵はことごとくの鬼神のごとくに働き、チャガンの男達を消し去ったのであった。


 こうして、チャガンの恐るべき頭目とされたテレイトは死んだのであった。


 双子の行方を知る者は、誰もなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 ガーネット家の影がチョロチョロしていたので、予想された読者は多かったと思います。最後の最後で、ガーネット家騎士団の活躍で締めくくることは、純粋な援軍としても嬉しかったのですが、それ以上の思惑がショウ君にも、エルメス様にもありました。常に、一つの行動にいくつもの意味を持たせるんですね。

 まあ、一番軽い意味としては「エルメス様のストレス解消」だったのかな? 笑

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 


 


 

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