第32話 いらっしゃい
大地が朝日に照らされ始めた。
どうやら間に合ったらしい。砦の中は、粛粛とした落ち着きを取り戻している。
新しく解放されたみなさんは「先輩方」がお世話してくれていた。我々が頼む前から、自発的に担当してくれたので全面的にお任せだ。彼らの食事用に、あらかじめ提供しておいたパンを使ってパン粥を作ってくれたらしい。そのくらい、身体が弱ってるんだろうな。
お互いにいたわり合うことができるのだろうから、何か問題が起きるまではお任せにしておくしかない。さすがに決戦を前にして手が足りないんだよ。
それ以外は、パール達や、その他の部隊も戻ってきて、束の間の休息を取ってもらっている。本当は短時間でも寝て欲しいけど、戦いの合間に寝る気持ちになれないのは理解できるからね。
一方で矢倉から見える敵陣営というか「敵という名の塊」は、遠目に見ても動揺していた。
「昨日のショックということでしょうか?」
ギーガスがいると、矢倉がさらに狭く感じるね。ただ、彼も本家のお嬢様の横では、いつも以上にカッチコチになっているのが笑える。
もちろん、アテナの方はどこ吹く風。むしろ狭い場所で、オレへの敵意が一切ない分家の息子だけって状況に、いつもよりもリラックスしてる感すらあった。
そんな二人を面白く感じながら、解説という形で自分の頭を整理したんだ。
「昨日のショックももちろんあるけど、この場所に来てから、彼らも3日目だ。遊牧民族ゆえの限界なんだよ」
「限界とは?」
「仮に4万頭だったら、必要な草だけで1日で800トン。他に食料として連れてきている羊たちだって草を食べる。それも馬鹿にならない量をね。しかし、いつもの通り、彼らには補給計画などないでしょ? 生えている草をただ食べさせるとしたら、限界はすぐ来るよ」
遊牧民族は、常に「遊牧」している。馬も羊も、あたりの草を勝手に食べているから、後は動物を利用するだけというわけで、一見すると楽なことのように見える。だけど、これは「常に移動し続けなくてはならない」という呪いと同じなんだ。
人類は、農業を覚えることで生活が定住型に移行した。お陰で文明の蓄積が生まれたという歴史はダテでは無いんだよ。
彼らが南を襲うとき、一番大きくても数千騎程度の集団だったのも理由があった。それ以上だと、馬の食糧となる草の問題がでてきて、大集団を維持しているのが難しいということなわけ。
「普通でも限界が来るんだ。今回はかつてないほどの超巨大集団になってしまった。彼らもこの崩壊は予想できなかったんじゃないかな?」
「ということは、飼料が不足して連中は慌てているわけでしょうか?」
「それだけじゃないとは思うけど、まあ、今現在で全軍がこっちに全力で向かってこられる状態ではないのは確かだよね」
見たところ「戦意が盛んな中心」と「嫌気が差してるけど、やむなく付き合っている周辺」があって、さらに「いつ逃げ出そうかとタイミングを見ている集団」がいた。巨大な集団だから奥の方は全く分からないけど、こっちから見える範囲ですらカラーが別れているのが実情だった。
まして、当事者なら、もっと肌感覚でわかるのだろう。昨日の双子は、今ごろカリカリしているはずだ。
こっちにとって一番良いのは、双子が先頭になって攻めてくることだけど、昨日の逃げっぷりを見る限り、絶対にそれはない。むしろ「督戦のため」とか言っちゃって、自分達が一番後ろに行って「順番に突撃」を命じそうだよ。
なにしろ、ヤツらは砦の手前100メートルから張り巡らせた「馬防柵のロープ」を見ているだけに、本格的な攻撃の前に「あれを何とかしなくちゃ」と思っているはずだ。となると最初に来る連中は戦いよりも「作業」が中心となる。
戦意の低い連中に、それを頼んでおいて、地ならしができたら自分達が突っ込めば良いとでも思うはず。
敵も、こちらが千人にも満たない感じなのは、そろそろ雰囲気的に分かるころだ。 彼我の戦力差を計算して、勝利はあくまでも自分達が中心になって勝ち取ったと言いたいなら、部隊を出す順番を考えるに違いないんだ。
こっちの馬防柵を壊すために、出すとしたら「戦意が低い順」だよね。
「お? 来た」
規模で言えば300を軽く超えるだろう。砂煙もすごいけど、このど迫力は筆舌に尽くしがたいとはこのこと。
地面が震動しているんだもん。
「うらぁら、らぁ、うらぁああ」
「らぁら、うらぁあ~」
奇妙に聞こえる雄叫びを上げながら、彼らは、ロープにカマ付きの槍を振り下ろす。
あっちこちで、奇妙な声が交錯した。
綺麗に切断した男は勝ち誇るが、なぜか槍が弾き返された男は怒りにまかせて何度も槍を振るうんだ。
「よし! ルアー作戦開始だ!」
今回は、オレの直接命令となる。壁に乗っている60人(2個小隊)が小隊長の命令一下、長い竿を振りかぶる。
いつかのベースキャンプで来る日も来る日も練習させた「釣り」で、最も投げるのが上手い連中を集めた特別部隊だ。
と言っても、彼らの持つ「釣り竿」は特別製だ。針も浮きも付いてなくて、先端には世界的に禁止されて大量廃棄となった「ナマリの重り」の100グラムバージョンを付けてある。
大人が懸命に練習して、先端が100グラムのナマリなら、飛距離が130メートルを超えるのは珍しくない。
「第1段着弾」
後は小隊長にお任せだよ。
「続けて、第2弾、用意!」
最初の竿を放り出して、第2段の竿を振りかぶる。その間に、解放された人達が助手役を買って出てくれて、リールをセッセと巻き取る仕組みだ。多少糸は絡まるし、全部回収しきれるわけでもないけど、そんなモノは、放置すれば良い。
よし、10人くらいはあたったみたいだ。へへへ。よしよし。
この距離だと、いやがらせ程度にしかならないけど、じっくりと馬を止めて綱を切るってことをやらせなければ良いだけなんで、それでいい。
そして、やはり連中は、順繰りに馬防柵の壊し役を務めるらしい。
敵の第二波がすぐに襲ってきた。最初の襲撃で切ったロープの間から入り込んで、さらに奥を切ろうとしてくる。
見事にスパッと切断するヤツも、切れないまま槍を弾かれて喪うヤツもいる。どうやら馬を下りるのはタブーらしいから、そのまま悔しそうにターンしている。
そこに、こちらの第2段が着弾する。
停まっている騎馬を狙い撃ち。動いているのは無視して、停まっている騎馬だけを狙うように言い聞かせてあるから、黙っていても狙いは絞られる。たまに、2発同時にあたることもご愛敬だ。
とは言え、300騎がやってきて、数十人を倒しても、ほとんど意味がなく見えるでしょ?
事実、連中は弾に当たって落馬した仲間を、ヒョイッとカマ槍ですくい上げて連れ帰る余裕すらあった。
そして、第3波、第4波とやってきた。
停まっていると狙われるのは、分かってきたみたいだから、とにかく、切れるロープだけでもバンバン切ろうとしてくる。
そうなると、だんだんと外側から切れた部分がハッキリしてきて、入り込める場所が固定されてくる。
「そろそろ連中も分かってきたみたいだね」
そうなんだよ。「黒くて金属のような光沢のロープは絶対に切れないけど、黄色と黒のロープは簡単に切れる」ってことが、後の集団ほど分かっている。
その程度の情報伝達はしているらしい。
何しろ切れないロープにこだわるよりも、さらに奥に切りやすいロープがあるんだからね。
しかも切れないロープにこだわって、馬を止めるとすかさず「ナマリ攻撃」が飛んでくるんだもん。攻撃されるのが分かっていて、止まって切ろうとするヤツなんているわけがないんだよ。連中はただでさえ走るのは好きなんだし。
だから「切れるロープを探して切る」方向になっていく。
ともかく、敵の序盤の作戦は予想通りだ。戦意の低い連中が、まずロープを切るためにひと当たりしてきて、戦場で働いたという形を作って、全体の「戦意」を上げるつもりなだろう。
だから、奥へ奥へと、後からやってきた連中は、ヤツらの一番戦意が高い部族のはずなんだ。
もうすぐ馬防柵を抜けるっていうのが、連中から見え始めていた。
「でもねぇ、切れるロープだけを切って、奥へ奥へと進むってことは、あからじめ来て欲しい場所に誘導されちゃうってことに気付かないみたいだよね」
思わず、そんな言葉が出ちゃうのはお許しいただきたい。
そして、もうすぐ、馬防柵ゾーンが切れる段階になった。
残り50メートル。
黄色と黒のロープの場所は1箇所だけ。当然、そこに殺到してくるよね?
そこに、さっきよりもはるかに「ノリノリ」の戦意を持った連中が殺到してきたんだ。
「はい、いらっしゃいませ」
思わず、ニヤリとしてしまったよ。
「知らないだろ。テルミットって燃えるときに酸素はいらないんだ。だから、土をかけてあっても十分に燃えるんだぜ?」
釣り竿部隊が最後に投じたのは、テルミットを燃やした特製の「火炎缶」。コンペイトウ入りカンパンの缶に火を付けたテルミット入り。
青白い炎が着地すると、こぼれたテルミットが地面に吸い付いて燃える。土一枚下に十分にバラ撒いてあったテルミットが一気に燃え出すわけだ。
夜のうちに仕掛けておいた「テルミット火計」だ。
50メートル以上の幅で青白く燃え上がる地面は、馬防柵の始まるあたりまでの地面を全面的に焼き尽くす。
脚を焼かれた馬は、業火に苦しみ、人を振り落として逃げようとするのは当然のことだけど、すぐに乗っている人間ごと胴体まで熱に焼かれてしまう。
阿鼻叫喚。
聞くに堪えない馬の悲鳴!!!
何しろ鉄を溶接するほどの高温の地面だ。ちなみにBBQの炭火が千度以下。テルミットの超高熱は3000度に達するとも言われてる。生物なんて、この超高温の前では、マシュマロ以下だ。
人も馬も、生きて脱出するなんて不可能なんだよ。しかも単純に逃げようにも「切れてない馬防柵」によって、真っ直ぐには走れないわけだからね。
敵は、仲間の100騎以上が業火に焼かれていく様を唖然として見つめるしかなかったんだ。
さて、ここからだよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
馬防柵を外しに来るのは、願っていたとおりでした。いつものワイヤーロープの柵は切れず、切れた部分だけ、入り込めるということは、ロープの張り方で、相手を誘導できるわけです。後は指定の場所で火を付けるだけでした。
お馬さん達は可哀想ですが、生きたまま焼かれていく姿を見せるのは、インパクトがあったはずです。
でも、戦いの最中に唖然としていると、良いことはないんですよね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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