第31話 明るくする話

「いや、せっかく、敵の親玉らしいのが来たのに、惜しいところでしたね。どうぞ、気付けに。最近手に入れたんです」


 パールがボトルを差し出してきた。

 

 グビッ


 あ、マジで酒だ。しかも高酒精のスピリッツ。最近、王都で出回っている、ガラスビンに入った新しい種類の酒だ。


 蒸留を二度繰り返して、タルで運んで各地でボトリングして売るんだよね。最高級品の酒。末端で小金貨が何枚必要なんだろう。


 すげぇ、こんな辺境まで出回るようになったんだ。


 もちろん、発売元は某伯爵領で作ったショウB商会ブロンクスなんだよね。これだけでも、オレの所にはザクザク金貨が落ちてくるし、領地の税収もうなぎ登り。

 

 と言っても、去年はイモ類を醸造に回す余裕がなかったので、製品が枯渇しているのが難点。


 今年はバンバン作れるといいなぁ。

 

 ってことは置いといて、パールが「気付け」と言ってくれたのは、上から見ていてヒヤッとしたからだろう。


 もちろん、壁から降りる前に「あれは100パーセント、ワナだから」と言っておいたんだけど、彼らが帰るってところまで何もなくてホッとしたところに「後ろ射ちパルティアンショット」だったから、肝を潰したらしい。


「あれは、彼らの手口なので。むしろ、あの瞬間に来るって思ってました」


 ロウヒー家騎士団の人達から聞いた「手柄話」は、しばしば、深追いしたところを「逃げながら射てきた矢にあたる話」が出てきた。


 歴史上、ヨーロッパには「パルティアンショット」って言葉が一般名詞として残るくらい衝撃的な攻撃方法である「後ろ射ち」だ。


 ずっと前に言ったかもしれないけど、同じことができたのって、鎌倉武士団くらいなんだよ!


 そのくらい、彼らの誇る技術なら、交渉に見せかけた暗殺に使わないわけがない。


 だから、狙ってくるタイミングは予想していたんだよ。


 もちろん、それに合わせて大理石クズの用意もできていた。手のひらサイズの大理石は野球のボールよりもちょっとだけ小さくて、適度に重いから、コイツがあたればバランスくらいは崩す。


 全力投球で130キロくらい出せば死ぬだろうけど、オレがやったのは当てに行っただけの「牽制球」だ。せいぜい100キロという所。


 でも、バランスを崩して落馬したときには、ギーガスが突進してたんで、それで十分だったってわけ。


「それにしても双子だとか言う2人は、見事な逃げっぷりでしたね」

「想定内です。惜しかったけど、今回は、多分逃げられると思ってました。ちゃんと連中は逃げる算段をしてましたから」


 双子の男達は、すごかった。普通なら、部下に矢で狙わせたら、その結果を見たくなる。それなのに、射た瞬間に後ろも見ずに逃げ出した。さすがにあそこで馬で逃げ出したら追う方法はない。厳密に言えば「狙う方法」ならあるけど、今出すところじゃないからね。


「それにしても、ショウ様がせっかく命がけで出てくださったのに」

「いえいえ。その甲斐がありましたよ。一つは、ヤツらに馬防柵の様子をこと。もう一つは顔を覚えられたことです」


 今回の会談を分隊長以上は見るように伝えてあった。「相手の顔を覚えろ」というのが命令だ。まあ、命令がなくても、手が空いているヤツは鈴なりになってたけどさ。


 この先、相手が逃げに回った時、相手のボス格の顔を覚えていることは意味がある。


 もちろん、あの場で切り捨てられれば、それがベストなのは言うまでもないが、ともかく、分隊長のみならず、壁に鈴なりになった兵士達が、その目で見たのは大きかった。


 そして……


「やっぱり、第三の選択、ありそうですね」


 辛抱しきれなかったのか、返したビンをグイッと一口。


 まあ、酔っ払うほど呑むわけでもないし、この後が「ヤバい」のはパールが一番分かっているはず。飲みたくもなるだろう。


 気付けの一口が必要なのは、何よりもパールなのだ。


 あ、ちなみに、三本の矢を切り落としたアテナにもご褒美をあげないとかな?


 チラリと横を見ると、突然、真っ赤になってる。


 唇が声を出さずに動いた。


「エ ツ チ」


 なんでやねん! 


 心の中でツッコミを入れた途端、赤毛の美少女がコテンと首を傾けた。


「え? 違うの?」

「違わないけど……」

「むぅ~ やっぱり、えっち」


 唇を突き出してみせるボクッ子の表情が可愛い。


 まあ、アテナにしても、オレの命が危機にさらされたということで「血が騒ぐ」はずだから、気持ちを解放してあげる時間も必要なんだよ。


 ってことで、アテナのご褒美は後ほどに……っと、おっと、第三の選択の話だよね。


 何とも言えない表情で、もう一口、クイッと飲むパールだ。


「喋らなかった方がアルクイっていいましたっけ? 彼は、こっちの様子を逐一確かめていたし、馬防柵の様子も確かめていましたからね」

「なるほど。偵察目的もあったわけですな」


 パールはそこで、コルク栓をはめ込んでから、ギーガスに「ほどほどにな」と、まさかの丸ごとプレゼント。


 いや~ さすが太っ腹。


 といっても、パールはこれでも西部のそれなりの領主でもあるわけで、命がけの戦いをしてきた部下に、この程度は当たり前という感覚なんだろう。


 ということで、この2人には皇帝としてバレンタイン商戦で売れ残った、ウィスキーボンボンをプレゼントしておこうっと。


 そんな微笑ましいやりとりをしながらも、オレの目は左後方の小山の頂上で立ち上った「赤い狼煙発煙筒」を見ていたんだ。


「ショウ様、あれは?」

「待ち望んでいたモノが来たみたいだね。でも、あれについては、まだヒミツ。今知っちゃうと、面白くないだろうし」

「そんな」

「大丈夫。ちなみに、あの狼煙を上げたのはシータだよ」

「息子が? 今まで、どこをどうしていたのやら」

「そう言わないで。今回の一番困難なミッションだったかもだから。とりあえず、負けはなくなったから、明日の朝の戦いに備えましょうか」

「朝ですか? 夜襲という話は?」

「夜は、こっちに来られないようにしましょう」

「どうやって、とお尋ねしても?」

「彼らのウワサしている『ネメシスの雷』っぽい光を見せたら、どうなるかってことです。もちろん、あれをもう一度やってもいいんですけど、目の前で準備するのもあれなんで」

「ほう? それはそれは」


 興味深そうにしつつ「ひょっとしたら、昨日から歩兵達に持たせているあれですかな?」とポツリ。


 笑顔で答えてから、ギーガスを見た。


「頼むよ」

「はっ!」

「さっそくだけど、志願者はどうかな?」

「はっ! 多数過ぎるため、あみだくじにより10名を選出ずみであります」

「ありがとう。日が沈んだら、西の壁から進出、訓練通りに頼む」

「日没後、西の壁より選抜した10名に作戦を実行させます!」

「それ以外は通常警戒で。夜までは君も少し休むこと。休むのも戦いの一部だからね」

「分かりました!」


 相変わらずオレやパールと話すときはガチガチに礼儀正しいのが、だんだんと「芸風」に見えてきたよ。




・・・・・・・・・・・

 


「夜陰に紛れて」


 と言う言葉は、攻守両方につかえる言葉だ。


 彼らが、闇の中で強襲してくるとしたら、死兵を使って来るに決まってる。そして、そこに少しばかりの監督役が混ざる。


 そして、連中は「どうせ全滅しても構わないから、面倒な偵察などいらない」と思ってくれるのは計算のウチ。まあ、偵察されても分からない程度には隠してあるけど。


 西側の壁へと向かってくるのは予定通り。林が邪魔しているから、いくら彼らでも騎馬で来るのはちょっと嫌な感じだろうからね。


 逆に、徒歩ばかりの死兵なら、途中までは林が隠してくれると思うだろう。


 でもねぇ、それって、逆に、こっちが何をしているのか見えてないってことでもあるんだよね。


 ホウ、ホウ、ホウ


 ミミズクの合図が鳴った。ガーネット家の影が用いる鳥笛だ。


「よし、ギーガス、戦闘員に命令を」

「わかりました」


 伝声管ごしにギーガスは返事をした。


 次の瞬間、罵声が飛んだ。(「罵声」の意味が違うとは想うんだけど、これしか表現しようのないセリフだったんだ)


「ファッキン野郎ども、”#%$#&の#&$$W”?”につっこみやがれ! 目を開けたヤツは#$&%’&%$”#&だぞ!」


 城兵達は、一斉に下を向き目を閉じた。


 解放された人達は「いったい何事?」とざわめいた。


 志願の兵たちは、ちゃんと上手くやった。


 タコツボに身を潜めながら、ライターで着火したのは導火線。


 シューッという独特の音を立てて、噴き上げ式の花火が中央で輝き始めた。光に映る影は林から出てき始めている「死兵」のみなさんだ。


「おぉ、こ、これは」

「おい、これは」


 この世界では「青白い火」なんて見ることはないし、まして、あんな風にシューシュー音を立てて光に溢れる火など存在しないんだよね。


 一部の神話以外は。


 ま、あの正体は「海辺の花火アソート」の売れ残りセットから、噴き上げ式の花火を集めただけだけど。


 でも、これだけだと、インパクトはあっても、決め手にはならないからね。もう一押しさ。


 というところで、花火の火花がこぼれ落ちる中心には、他の花火をほぐした中身が雑に振りかけられているわけだ。


 円周上に配置した花火のお陰で、根本の地味な火花に注目は集まらない。


 ま、そもそも夜襲をしに来た人達が「光」に目を奪われると、どうなるかなんてわかりきったことだ。でも、人間って、本能的に明るいところに目が言っちゃうんだよね。


 そしてとうとう「本体」に火が付いたんだ。


 ドンっという低い音の後で、数メートルの高さで立ち上がる青白い火柱だ。


「逃げろ! ネメシスだ!」

「イカヅチだ、逃げろ!」


 もちろん最初の声は、サクラの仕込み。


 でも、ありえないほどの光を放つ火柱なんて、誰も見たことがないわけで、まして神話の「白く輝く光」にそっくりだもん。


 正体は、マグネシウム合金の掘削クズだ。


 そのままで燃えるほどでもないし、爆発力もほとんどない。代わりに、一度火が付くと、ムチャクチャ明るい光を放つので有名なマグネシウムだもんね。


 煌々と照らす光は夜空を照らして、砦の中の解放組は「綺麗」と楽しむ別世界。


 でも、光を見せられた方はたまらない。


「ネメシスの雷が再び使われた!」


 という恐怖が彼らを突き動かして、闇に突っ込んでいくしかないんだよ。


 先に逃げたのは、神話を知っている分だけ恐怖が大きい督戦役の遊牧民族の連中だ。我先に逃げた。とにかく逃げた。真っ先に逃げたんだ。


 むしろ、照明に照らされた格好の死兵のみなさんは、取り残されたクチになる。


 督戦役も、死兵の人達も、明るい光を見たせいで夜目を喪ったから、この後の闇の中では行動の自由が著しく削がれてしまうのは同じ事。


 まあ、今現在は、あまりにも明るすぎるから、煌々と照らした林の入り口まで、昼間かと思うほどに見えている。


 そこにパール達の出番がやって来た。


 100頭で出撃して、遊牧民族っぽいヤツを後ろからなで切りにしたんだ。林の中に逃げ込んでいるやつらは放置して、その分、死兵のみなさんに「逃げるチャンスだ。家族は救うぞ」と触れ回る。


 こうなってみれば、彼らの選択肢は決まっている。遊牧民族が約束を守って家族を助けてくれるかどうかも分からぬまま、無駄に死兵になるか、それとも、これをチャンスと考えて逃げてみるかって話だ。


 そりゃどう考えても逃げる方を選ぶ。


 かくして、敵の夜襲は失敗に終わり、朝になるまでに、我々は千人以上もの「味方」を獲得できたんだ。


 さあて、これで、明日の戦いは、面白くなりそうだよ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 大昔の写真では、光量が足りないときは「ストロボ」ではなくて「フラッシュ」を炊いていました。フラッシュって言うのは、糸状にしたマグネシウムを電気で点火したモノなんです。すごくまぶしい光を放つ性質があります。ただし、ノートPCの筐体などに使われているマグネシウム合金の素材は、そのままマッチを近づけても燃えません(試さないでね)が、あれを削り出したときのクズは可燃性で「危険物」扱いになります。

 まあ、それほど簡単に火は付きませんが、いったん火が付くと、照明となり得るほどの強い光を放って燃え上がるわけで「ネメシスの雷」の神話を知っている遊牧民族にとっては、恐怖に駆られて当然でした。

 こうして、彼らの砦攻撃の捨て駒となる「死兵」を奪うことで、防衛戦が極めて有利になったわけですが、実は「補給のいらない遊牧民族」というウソが、明日、露呈してしまいます。

 その話は後ほど。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 


 


 

 

   


 





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る