第30話 二番目の予想
オレは双子の兄であるアルクイと、今いる2千騎を引き連れてアマンダ王国の北側を荒らし回ってきた。
アル・バルのコンビは、まさに無敵だった。
ほんの一部だが、見慣れない連中で自分達を恐れない「騎馬隊」がいた。一度だけ小当たりをしたが確かに強かった。馬も集団戦もそれなりだった。
自分達と同等の力だとは言わないが、同数で戦えば、こちらにも損害が出るだけの力がある連中だ。
しかし、そういう時は、まともに相手をしないのがチャガンのやり方だ。ケツをまくって逃げて連中を引き離してしまえば、あとは連中が届かない遠い街を襲えば良いだけのこと。
部族同士の縄張り争いならともかく、定地のネズミどもを襲うだけなら、強いヤツらと戦うのは怪我をするだけで馬鹿らしいのだ。
それを考えると、この砦の連中と戦うのは、本来バカバカしい。
この連中は、自分達の家族のいるホームキャンプを見つけた際に、居残り組の襲撃を防いだし、なんらかの方法で「ネメシスの雷」とかいうまやかしを見せつけた。
どうせ、ハッタリだとは思うが、居残り組が200騎近くやられたことは事実らしい。
本来、こんな不気味な敵と戦うのはやめるべきだというのがアルクイの見立てだったし、オレも賛成だ。
しかし、連中が自分達の家族のいるキャンプを付け狙った。定地のネズミどもがこのやり方を覚えると、すこぶる不味い。よって、我ら「北の民」は大同団結して、きつーいお仕置きをすることになった。
そういう条件でやってきたら、今度は使っていた部族が丸ごと2つ壊滅してしまった。
馬ごとの皆殺し。ひでぇーあり様だった。
どういう仕掛けなのかは分からない。
だが、頭の悪い他の長ども…… 特にタタンの支族の長どもが反発している以上、何とかしないとヤバい。
一つずつの支族を潰すなら問題ないが、よりによって、ここにはあらゆる部族・支族が集まりすぎている。さすがに、5万の中だ。チャガンと言ってもホントに信頼できるのは5千ほど。これでは、負けないまでも半分ほどはやられることになるだろう。
とりあえず、敵をここから引かせておいて、戻るところに襲いかかるのが上策だというのは、アルと話してきたことだ。
つまり、楽をしたけりゃ、砦の頭目をだまし討ちしちまえば良いってこった。
双子だけに、そうと決まれば、話は早い。率いている連中も「いつものやり方」で話が通じる。
こういう時、オレ達の顔が定地のネズミどもには「整って見える」らしいことが利用できる。もちろん、一緒に連れて行く護衛役も、ヤツらからは誠実そうに見える顔をした部下を選ぶのも計算済みだ。
誠意を示している、と言わんばかりに砦が仕掛ける守りのあれこれが作られているはるか前方に部隊を停止した。
そしてオレ達は3騎だけを連れて、ゆっくりと進んでいった。
「我こそは、チャガンの頭目テレイトが息子・アルクイなり」
「我こそは、チャガンの頭目テレイトが息子・バルクイなり」
鞘に収めたままの剣をグルグルと頭上で振り回しながら壁に寄る。これが連中からすると「戦いを中断して交渉をするときの合図」らしい。
良いことを教わったぜ。たいていの街は、この手を使うとノコノコと町長みたいなヤツが出てくるからな。
コイツを教えてくれたネズミは、礼として楽に死なせてやった。オレ達は相手が定地のネズミどもでも、ちゃんと礼儀は尽くすってもんだ。
おっと、兵士がこっちを見てるな。
「そちらの頭目と話したい」
あっちの弓矢の届かない距離からだ。そのため、大声になる。
その間も、アルクイは油断なく敵の砦の造りを見ていた。
「これは、予想以上にオレ達を考えた造りだぞ」
さっき、そんなことを言っていた。どうやら、スピードを出させないように、真っ直ぐに走れる場所を制限しているらしい。
あっちこっちにクイが打ち込まれて「ロープ」が渡されている。
「最初に、このロープを切っちまわないとな」
「わかった。任せておけ」
こうやって交渉しに来たフリをして、敵の状態を見るのも定地のネズミども相手の定番だ。
おかげで「最初にロープを切れば良い」という情報が手に入ったのは大きい。だが、そんなことで顔をニヤつかせれば、出てくるモノも出て来ない。
オレ達は、連中から学んだ「信頼できそうな態度」を演じるだけの頭があるからこそ、将来の族長なのだからな。
「停まってもらおう。何用か!」
壁の上から見張りの兵士が声を張り上げてきた。
連中の目の前で、わざと大量に持ってきた槍も剣も、それに弓までも放り出して、これ見よがしに皮の胸当ても外して放り投げてみせる。
ふふ、ほら、ヤツらの態度が変わった。馬鹿なヤツらだ。服の下に、普段なら付けない鎖も着込んでいるのに気付かない。
後ろの3人は、およそ普段なら持ち歩かない大きな盾を、それぞれが放り出してみせているから、余計だろう。
連中の見えない側の鞍の下に、数本の矢と弓が隠していることにさえ気付かれなければ、それで十分なんだからな。
さて、ここまでやってみせると、たいていは敵の一番エライヤツが出てくるはずだ。
お? 出てきた。なんだよ、ガキじゃねぇか。
「我こそは、この砦の指揮官、ゴールズのショウである。何用か!」
かかった!
オレ達は、そこから頭まで下げて見せて、壁からの矢が届かない場所で直接会談したいと申し出た。
もちろん、アルクイとオレは馬から下りてみせるのも、いつものやり方だ。
「わかった。今、下に行く。ただし、こちらは剣を持つぞ」
「かまわん!」
壁から垂らしたロープで、護衛らしい女見てぇなヤツが先に降りてきた。続いて、馬鹿でけぇヤツが降りてきた。
2人はロープを挟んで地面に立った。護衛慣れしている感じだ。降りてくるところを狙わせないように、ということだろう。片方の女としか見えねぇやつも、案外だ。このあたりの慣れを見る限り、ナメてかからない方が良いな。
坊ちゃん然とした頭目よりも、このデカブツが厄介だ。しかし、ヤツらは「3人」できやがった。ちょうど数が合うとはな。
「そちらが望む交渉とは何か?」
「オレ達の家族を返せ。そして、今すぐ、ここから立ち去れば、追撃しないと誓おう」
アルクイの言葉は強気だが、まあ、これを呑むくらいなら始めからこんなところに砦は作らねぇよなぁ。
ショウという奴は、案外と冷静に返してきた。
「それは不可能だ。しかし、そちらの全部族が直ちに北に戻るのであれば、我々は諸君を追撃しないと約束しよう。もちろん、我々の仲間は、全員、即時に釈放してもらう」
へぇ~ なかなか言うじゃねぇか。相当に自信があると言うことか?
そこから、アルクイは、熱心な交渉のフリをしながら、少しずつ位置を変えて「無防備な自分」をエサにしてショウとかいうガキを、デカブツの影になる場所から動かすことに成功した。
「交渉が成立せず、残念であった。だが、話し合いに応じてくれたことは感謝する」
そう言って、自分達の馬の鞍に手を掛けると、護衛役の3人は、いかにも「乗馬の時のスキを守る」的な動きで、オレ達と敵との間に入り込む。
「さらばだ。また会おう」
よし、今だ!
護衛の3人が完全に馬の尻を向けているだけに、敵は最高に油断する所。
ここで、オレ達だけができる技。上半身を捻っての
シャ、シャ、シャ
3人が同時に矢を放った。
よし、成功だぜ。
キン、キン、キン
何かが弾かれる音、いや、何か、じゃねぇ。連中、矢を弾いただと?
女見てぇな護衛が、剣を抜いていた。
なんだと? 1人で三本の矢を切り落とした? ありえねぇ。
「だまし討ち! 卑怯なりぃい!」
デカブツが吠えた次の瞬間、護衛の3人が馬から落ちていた。どうやら、何かをぶつけられたのか? 矢を放った瞬間を狙われたんだろう。
落ちた3人は、デカブツに圧倒的なパワーの素手でぶちのめされていた。
ありゃ助からねぇ。
「オレ、サウスポーだから一塁牽制は得意でさ」
ショウという男がわけの分からないことをほざいていたが、それどころじゃねぇ。
アルとオレは、ともかく、逃げるしかなかったんだ。
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作者より
ショウ君の予想にあった二番目のヤツです。「だまし討ち」を狙ってくるはずだと。お陰で、そのつもりで準備しています。
この時、アテナが敵を追いかけて切らなかったのは、ショウ君から離れることを嫌ったからです。何があるかわからないので。代わりにギーガスが、3人を瞬殺しました。本来は「槍の人」なのですが、相手が甲冑を着けてないなら素手でも十分に殺せるほどに驚異的なパワーです。
ちなみに、バルクイ君の回想に出てくる「恐れない騎馬隊」とは、当然ながらガーネット家騎士団のみなさんです。まともに戦えれば、実際の戦闘力は騎士団のみなさんの方が上ですが、何分、すぐに逃げられてしまうため、手を焼いてきたのが実情です。
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