第29話 大混乱


 戦場がシーンと静まりかえってしまった。


 4千で攻めた部隊が数百残しで全滅という事態は、ありえない。


 もちろん人数的には、敵全体の1割にも満たない数だから、本当の戦いに影響の出る数でもない。


 しかし、である……


「いやぁ、インパクトという点で、これ以上のモノは望めませんでしょうなぁ。私が指揮官であっても、ここは、すぐに他の攻勢に出るのはためらうでしょう」


 パールはしみじみと言った。


 矢だとか、火攻めだとか、既知の方法であるなら、無傷の9割がいて、しかも相手はケタ一つ違うレベルで少人数だと分かれば、攻めの一手だ。


「なぜ、死んでいったのかが分からないということは、自分達の身にいつ死が降りかかるのかもわからず、まして防ぐ方法も逃げる方法も分からないのですから、よほどの命知らずでも、ためらう理由はいくらでもでてきそうです」


 目の前の大軍はピタリと動くのをやめていた。


「この大軍が逆に、連中のとなったかも」

「ほう? それはいったい?」

 

 何気なく呟いた言葉に、パールが食いついてきた。


 というのは、寄せ集め部隊の「温度差」は歴史的に常に問題になるからだ。


 勝っているときこそ「人数が多い」というのは圧倒的なのだが、関ヶ原の戦いでも、敗れた西軍の方が人数は多かった。しかし、働かない軍や、裏切る軍、日和見する軍などが出てくると、むしろ、そこに疑心暗鬼が生じて、一気にヤバくなるってことがある。


 これは100年戦争でも、全く同じ。大陸軍は各地で圧倒的な人数を集めていたけれども、派閥間の争いに疲弊しているところを、少数の上陸軍で幾度も大勝利を上げている。


 敵は、圧倒的な数を用意したということは、それなりに多くの部族を呼び集めたはずだ。そこに温度差があると、統一した指揮は難しくなる。


 まあ、敵は戦術と言うよりも「人数を揃えて各自が圧倒的に働けば勝つ」という考え方だったろうから、一人でも多く味方を集めたのは間違いではなかった。


「要するに、味方を集めたら、必ずしも言うことを聞く連中ばかりじゃなかったとか、チャガン、でしたっけ? その中心勢力の人数よりもかき集めた人数の方が多くなってしまったから、統制を取るのが難しいってあたりかと」

「なるほど」

「しかも、原因不明の圧倒的多数の戦闘死が開始早々に出ちゃったら、他の部族も文句を言うか、はたまた、お互いに『おまえが先に行け』になってもおかしくないわけで」

「となると、一気に攻めてくるのは」

「全面攻勢をすぐに、っていうのは難しいでしょうね」

「となると、しばらく様子見をしてくると?」


 ベテラン指揮官のはずのパールが質問を続けるのは、おそらく、そうやってオレの思考を整理させようとしているというのがあるんだろう。


 そして、この質問は「大勝を収めた指揮官が、いかにも陥りがちな間違い」を示唆しているつもりだろう。


「様子見の前に、こういう時にやりそうなことは三つあるんですよね。一つは、逆に、相手が油断しているはずだ~って、味方の尻を叩いて一気に奇襲的な大攻勢をかけること。でも、あちらにはネメシスの雷の話が恐らく伝わった上で、今日のを見ちゃってるから、かなり難しいはずです」

「ふむ。他の二つは?」


 オレが、残りの二つの話をするとパールは満足したらしい。


「さすがでございますな」


 満足そうに肯いて「それでは、糧食を使う許可をいただけますかな?」と声を和らげたんだ。


「そうですね。どっちにしても、あと小半時は掛かるでしょうから、今のうちでしょう。お願いします。ただし、たいまつは常に見ていろと」

「かしこまりました」


 そうやって、砦の中では、代わりばんこで大量虐殺の後の光景を見にいって、備蓄用パンをかじる兵士が、ヒドく和やかな姿を見せていたんだ。


 ま、死んでるのは、しょせん「敵」かぁ……


 前世の意識が残る分、今ひとつ、割り切って、みんなのような笑顔にはなれないが、かと言って「なんてことをしてしまったんだ」と悩む気持ちにもなれないオレは、とっても中途半端な気持ちになりながら、敵陣を見つめていたんだ。


・・・・・・・・・・・


 その頃、チャガンの構える場所に、各部族の代表が集まって、大激論というよりも「一大クレーム大会」が繰り広げられていたのである。


 平たく言えば、大同団結したはずの5万人は、大混乱状態であった。 


 特に、最大の人数を要するタタン族は、その長を多く束ねたトトクリウトと長男のドタウト、それに娘婿のアウチを殺されて傘下に入った経緯がある。


 部族の寄せ集め的なのがタタン族だ。


 だから、それを束ねるトトクリウトが殺された後は、何となく全面的にチャガンに従うしかなかったのだが、こうやって一堂に会すると、意味が違う。


 なにしろ、チャガンと直系の部族の男達は厳密に言えば5千もいない。対してタタン族の各支族は、今回集まった遊牧民族の中でも最大規模となっている。


 友好的な部族と合わさった総勢は、2万を越える大所帯なのである。


 今回は「定地のネズミどもがに手を出そうとしたから、みなで集まって制裁を」という呼びかけが、一応の大義名分。


 ところが、いざ制裁を! というところで「逃げてきた家族」が、情報をもたらした。なんと神話の武器である「ネメシスの雷」を敵は使ったという途方もないものだ。


 もちろん「それは敵の手だ。信じるな」といって、逃げてきた連中をその場で抹殺して見せた。


 逃げてきた人間は、チャガンの留守居部隊の長もいただけに、テレイトとしても内心忸怩たるものであったが、利敵行為を許すわけにはいかなかった。


 その上で、定地のねずみどもの小賢しい作戦だと無視すると決め込んだ。


 いざ、全面攻撃に移ろうとした直前、突出してきた敵の騎馬隊を見つけてしまったのがキッカケだった。


 騎馬同士の戦いで、負けるわけがないというのは全員の誇りだ。


 一番近かった部族は、勝手に出撃していったが、それを咎めるつもりもないし、そこに続いて、ついでに砦も落としてしまえと勢いをつけていったのも仕方がない。


 ところが、突撃していった連中が「皆殺し」にあってしまった。


 しかも、それが「ネメシスの雷が落とされた跡」とされている窪地に入った途端のことになる。


 最初にもたらされた「敵はネメシスの雷を使う」が、にわかに信憑性を持ってしまったことになる。


 こうなってしまうと「気にするな。敵は少数だから一気に大攻勢をかける」と言っても、さすがに承知しない。それどころか「なぜ、厄介な敵だと教えなかった」という、無理スジの文句が殺到してくるあり様だった。


 こうなってくると、ここで各支族の長達を皆殺しにしても、この場で遊牧民族同士の戦いになってしまうだけ。


 ついにテレイトも決断を下すしかなかった。


「敵が本当にネメシスの雷を使うとは思えないが、不思議な術があるのかも知れぬ。こういう時は、勇敢な我が部族が先頭に立とう。諸氏は後ろで攻勢の形を見せるだけで良い。敵に圧力を掛けよ」


 そう言い残して追い返すと双子の息子、アルクイとバルクイに2千を預け「なんとかせよ」と命じるしかなかったのである。


 もちろん、二人は、一瞬のためらいも見せなかった。むしろ、この事態を予想していたのである。


 父の命令に、チャガンの正式な拝礼をしながら「長の命じるままに!」と返事をして、すぐに出立したのだ。


 双子の才覚はチャガンでも知られている。


 テレイトは、残りを率いて全軍よりもさらに進み出て、息子達を応援する形となったのである。


 二人の息子は、悠々と正面から敵の砦に向かっていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

久しぶりに出てきた双子の息子、アルクイとバルクイです。

さて、どういう攻めを見せてくるか。なお、チャガンの辞書に「卑怯」という文字は存在しません。双子の息子が、5歳の時に、削り取ってしまったからです(ウソです)

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 

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