第28話 CO2は削減した方が?
驚いたことは2つあった。
ひとつは、彼らがやって来るまでに5日かかったと言うこと。
もう一つは、その数だ。
矢倉の上から見渡しても、全貌はハッキリしなかった。
「予定してた1万ちょっとって数じゃすまないですねぇ」
思わず笑ってしまう。
「控えめに見ても3万弱。まだ視界に入ってない後続を考えると4万は見る必要があるのでは?」
「そうですね。ひょっとしたら、もっとかなぁ」
結果的に言えば、アマンダ王国に侵入した主な部族がチャガンによってかき集められた形だった。
チャガンそのものは、上を見ても8千ほどだろうと読んでいたけど、どうにも北方遊牧民特有の力関係を見誤ったらしい。さすがに、こっちの情報不足だったかなぁ……
大いに反省だよ。
「さすがに兵力差が大きすぎますな」
こちらは正規の騎馬隊が400で、歩兵が千。戦意だけがやたらと高い解放された人達も男女で800いるけど、この人達に頼るわけにはいかない。本来なら、先に逃がしてあげたかったけど、逃がすための戦力を割く余裕がなくて申し訳ないくらいだから。
「う~ん。さすがに戦力差が20倍以上だと、いろいろな意味で余裕はないよね」
そこにパールが口をへの字に曲げたまま(器用だな!)悪い情報を追加してきた。
「端っこの方には、馬に乗ってない人間の塊が見えますね。あれは、どうやら奴隷兵でしょう」
「あ~ 城攻め用に連れてきたんだ? なるほど。あっちこちの部族で捕まえていた人間を徒歩で引っ張ってきたから、時間が掛かったのか」
「彼らは本気ですな。本拠地を捕捉して攻撃した我々を、ちゃんと脅威として認識している。ありがたいことだが、そういう言葉をはけるほど、余裕のあるフリができず、申し訳ない」
周りから見えているから、パールは落ち着いたフリをしているけど、声だけで「誠に申し訳ありません。時間だけは稼いで見せます。100騎連れて行けば、何とか逃げられましょう」と深刻な表情で訴えてきている。
「まさかぁ~ こんなに美味しいところから逃げるなんて。ご冗談でしょ」
「ショウ様。見極めるのも上に立つモノの務めですぞ。ご安心を。あなた様さえご無事であれば、我が国はきっと再戦でヤツらを叩き潰せます。砦は不肖、このパールめが果たします」
「そんなこと言わないでさ。今、叩き潰しちゃおうよ」
そこでパールは、一度、ゆっくりと息を吸ってから「義父とは言え、若者は父に従うべきですぞ。個人的な苦情で申し訳ないが、ビィーを後家にしないでいただきたい」と危ない親父が両目に剣呑な光を宿してる。
といっても、この怒りは心からの善意の表れだから、アテナの殺気は、少しも動かない。
さすがだよ。
「はぁ~ パール? あなたの息子を信じなさい。けっして無謀でも、無茶でも…… ま、少々、ムチャが入っているのは認めるけど、勝算のない戦いなんてしないよ? 滅びの美学なんて、カケラも持たないタイプなんで」
「しかし!」
「安心して。勝てないと思っていたらサッサと逃げ出してるよ。最高にカッコイイ負け方よりも、最低にカッコ悪くても勝つ方を選ぶからさ」
「勝つ方法とおっしゃいましたな? 本当に?」
「うん。簡単じゃないし、いろいろとインチキもするけど、あ、覚えておいて。もしも、どうしても負けそうになったら、みんなを置いて空を飛んで逃げるからさ。心配ないないってね」
「そんな戯れ言を……」
パールは渋い顔をしたけど、空を飛んだことがあるって言ったら、どんな顔をするかな? って、ちょっと思ったけど、それは後の話だ。
「とりあえず、敵さんも包囲やら陣形やらを作るので、半日はかかるでしょ。とりあえず、みんなで食事かなぁ」
「ショウ様、それはさすがに甘いです。彼らは陣形などと言うモノは考えません。おそらく、左側の…… つまり敵右翼の死兵達を追い立てて、いきなり正面からのはず。明らかに我々が少数であることは見えているでしょうから、それこそ我先にやって来るかと」
「そっかぁ。じゃあ、先にちょっかい出しちゃおうか。パール、練習通り、右翼の窪地に敵を誘導させてね。できればたっぷりと。多ければ多いほど、ありがたいから」
「しかし、ずっと申し上げているとおり、右翼は構築物も置きませんでしたし。あやつらの乗馬術なら、こちら側に簡単に上がってきますぞ?」
「大丈夫。平地よりも、少しだけ速度が落ちれば、それで十分だから」
「わかりました。ともかく、私が信じねば、兵全体の士気が落ちますな。これより、一切、下知のままに!」
「よろしく頼む」
「はっ!」
そうして、パールは伝声管を使って命令を出すと、騎馬軍団が、ほぼ全員で突撃していったんだ。
騎馬が出入りできる虎口は、これ見よがしに右に開けてある。そこをフルオープン。
300頭以上の騎馬隊の一斉出動は、まさに壮観だった。
「ギーガス、左翼と正面は苦しいだろうけどしばらく頼むぞ。窪地の作戦が上手く行けば楽になるんで、それまで耐えてくれ。それと砦の中のかがり火を全部付けるんだ」
「はっ! 別途ご命令があるまで、我々は死ぬまで正面も、左翼も抜かせません! 全てのかがり火を点火します!」
裏は「あれ」を少量だけど埋めてあるから、回り込まれたら火矢を放つ準備はしてある。ま、そこに行くまでに、何とかなるとは思うんだけどね。
「敵、我々の騎馬隊に反応しました。数、さん…… いや、四千はいます!」
「よ~し、獲物はまあまあ、だ。じゃあ、逃げてくれよぉ、君たちが逃げ切らないと作戦が終わっちゃうからね」
そんな言葉が届いたのか、味方の反転は早かった。まぁ、毎日、死ぬほど練習させた成果と言うべきかな。敵の到着が遅れた分だけ、特訓は進んだからね。
今では、心配していたこちら側の壁も「北方遊牧民族もかくや」というレベルで、素早く戻ってこられるようになったし。
300と4000の追いかけっこの迫力足るや、砂煙だけでも数百メートルの高さになるかと思ったよ(さすがにオーバーか)
あまりの迫力に、敵は死兵の追い立てすら、一時ストップしている。
つまりは「死の追いかけっこ」に戦場全体が見とれているような形だ。
そして、その間にオレはクレーターの淵に必死になって素早く移動していたんだ。
「ショウ様」
さすがに緊張を隠せないアテナが「騎馬だと切りきれない場合もあるので、その時は黙って逃げてください」と、自分を見捨てて逃げろという発言。
もちろん、オレは「分かった。もちろん、すぐに逃げるから大丈夫だよ」と口だけの返事だ。だって、置いて行けるわけないじゃん。
アテナは、オレの返事をろくに聞かずに、プクッとホッペを膨らませた。そしてパールを見たんだ。
「パール。万が一の時は、あなたが連れて行って」
「しかし」
オレとアテナを見比べて、ちょっとオロオロしている。なにしろ、アテナは殺気をワザと巨大にして「言うことを聞かないと切る」と本気モードで脅しているんだから。
危ないイケ親父も、ビビりまくってるよ。
「大丈夫。意識は刈るから」
「わかりました。それなら、お任せください」
恭しくお辞儀をするパール。
え~っと、本人の目の前で、ヘンな「密談」が成立しちゃってるんだけど。
ま、いっか。どうせ、そんな風にはならないし。
「戻ってきましたな」
先頭が、向こうのヘリに掛かって、窪地の底を真っ直ぐに駆け抜けてくる。
ドドドドと開門したままの虎口(ここまでハッキリ見えていると、既に単なる出入り口に過ぎないって説はあるけど)から、次々と帰陣してくる。そこに追いつきかけた敵の先頭集団に上から、次々と矢を浴びせてる。
先に到着した連中が、弓兵となって窪地の淵に到着したおかげだ。
間に合った。
馬を引く者と、弓兵と化す者。
手分けをして、何度も練習してきたから、動きは迅速だ。
しかし、先頭集団の数騎ならともかく、次の集団になると、勢いが止まらない。
そしてオレは、頭の中で唱える。
「出でよ、鉄鋼会社が高炉で出した二酸化炭素!」
びよょよよよ~ん。
久しぶりにゴソッと抜ける感覚だ。しかし、ブワッと窪地全体の空気が押し出されてきたのは、そこに二酸化炭素が大量に呼び寄せられたから。
二酸化炭素自体に「毒」はない。けれども通常の空気に混ざる二酸化炭素は通常410ppm程度(0.04パーセントくらい)。室内の空気が汚れても1000ppmが限界点。
「これが200000ppm(20パーセントくらい) を越えると、即死するんだよね」
コロナの頃に空気中の二酸化炭素濃度について、さんざん勉強させられたのは換気の問題があったから。
そこで知ったんだよね、二酸化炭素が2割も混じった空気は猛毒よりも恐ろしいって。
何が恐ろしいって、ニオイも味も一切関係なく、吸ったら数秒で死ぬんだもん。
これほど恐ろしいモノなんてないんだよ。
登る勢いが、止まった。
次の瞬間、まるでスローモーションのように、馬と人が同時に動きを止めたんだ。
次々と、ただ、倒れていく。
既に窪地に殺到していた騎馬は、一斉に昏倒した。いつもなら巧みに乗りこなしている敵の兵士も、同時に倒れ込んでいく。
その多くは胸を押さえていた。
でも、そんなのに見とれている場合じゃない。
「よし、逃げろ、全員、避難だ! 後ろを見る余裕はないぞ、とにかく高い所に上がれ!」
これも練習してきたこと。とはいえ、後ろに地獄が出現しているんだ。興味はあっても「自分が巻き込まれるかも」と思えば、練習の時よりも数段逃げ足は速かった。
窪地を二酸化炭素で満たすのはいい。空気よりも重いから、しばらくはたまっているはずだ。
しかし、今は無風でも、少しでも風が吹けば、こちらにも流れてくるかもしれないからね。
空気よりも重い二酸化炭素は窪地から流れ出て、こっちの空気にもしも3パーセントくらい混じってしまえば、味方がヤバい。
一斉に砦に作った高台に避難した。
幾重にも作った風よけで、反対側には届かないはずだけど、あっちこっちにかがり火を焚いていたのは、二酸化炭素が流れ来てないかを見るためだった。
しかし、風のない天気が幸いしたんだろう。かがり火の様子に変わりはない。燃え方が変われば、二酸化炭素が流れ込んでいるかもしれないから、重要な指標だよ。
そして、窪地に飛び込んできた敵は、次々と即死して、窪地の低い方へと落ちていく。それは「人の死」という事実を抜きにすれば、無声映画時代のキートンの喜劇を見ているかのようだった。
窪地の中がおかしいとようやく気付いた敵が、侵入をやめたのは、残りが数百になった時だったんだ。
CO2が、敵の大量殺戮を完成させた。
やっぱり、CO2は削減した方が良いかも……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作者より
デベロップメント大陸で、サスティナブル王国の物語を作って、ゴールズが活躍するなら、絶対にCO2は、出さなきゃですよね。
それと、二酸化炭素はマジで危ないので、お葬式なんかでドライアイスを使っているときは、いくら親しい人相手でも、絶対にお棺の中に顔を入れないようにお願いします。実際、命に関わりかねないトラブルも起きています。
ドライアイスでも、そうなるんです。
窪地に高炉で出した二酸化炭素を大量にぶち込めば…… こうなりました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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