第27話 ネメシスの雷

 まだ、敵の戦闘部隊発見の狼煙は上がらないけど、遅くとも3日以内には来るだろうというのがショウとパールの一致した意見だ。


 急ピッチで砦の強化を進めるのは絶対に必要なこと。敵の降伏についての交渉と同時並行だった。


 朝から全員で防御システムの構築に勤しんでいる。


 こういう時の司令官の役目は一緒に身体を動かすことではない。


 みんなに、余裕のありそうな姿を見せ、自信のありそうな顔を見せることなのである。


 だから降伏交渉が終わった今、パールとショウはノンビリした雰囲気で話をしながら、人々に顔を見せているのが大事なのである。


 穏やかな笑顔で会話をしている二人は、砦の壁に沿って建てたH形鋼による「矢倉」の上にいた。と言っても、クラ城にあった立派なモノではない。土台だけはしっかりしているが、上は四人も立てばキツキツの足場を急造しただけのモノである。


 時間短縮のため、こっそりテルミット溶接を使っているのだが、そこは言わぬが花と言うものである。


 みんなが張り切って作業している姿を見下ろしながらだが、一方で、その姿をみんなが時々振り仰いでいるのを感じている。


「指揮官が我らを見守っている」


 これに勝るモラールアップはない。


 お陰でなのかどうかは分からないが、ターゲットや歩兵だけではなく、捕囚から解放された人達が、辛い身体なのに無理して参加していた。


 無理しないでといくら言っても「少しでもお役に立ちたい」という人ばかりなので、むしろ、計画的に手伝ってもらうことにして、逆に「休憩」を多めに割り当てることで落ち着いたんだ。もちろん参加は自由だし、なるべくなら休んでくださいというのは、繰り返し伝えた上の話だ。


 みんなが嬉しそうに、でも、必死になって働く姿を見ながら、話題は、さっきの降伏交渉の話になった。


「さすがに、彼らの交渉の仕方の意味が分かりませんでした」

「と仰いますと?」


 皇帝という立場を尊重しつつ、その眼差しは娘ムコに対する「父の優しさ」が含まれている。己の経験を少しでも役に立てたいと言わんばかりで言葉を促してくれた。


「あの、あっけらかんとした降伏の仕方ですよ」

「確かに手のひら返しでしたよね」


 ウンウンと頷きながら、パールは砦の左右を指さしてみせた。


「こっちと、あっちで働いている人達が、そのお答えになるかと」


 砦の左右では、押し寄せてきた敵の馬が自由に走れぬように、あっちこちに柱を立ててワイヤーロープを張り巡らせる作業が続いてる。


 そして、その作業をしているのは、今回降伏した人達だった。男達だけではなく、女も、そして子ども達までいる。


 圧倒的に希望者が多いので、むしろ、男も女も、それに子ども達もまんべんなく厳選した300人に絞る方が大変だったらしい。もちろん、手伝ってくれた人には、一人に一缶「金平糖入りカンパン」をプレゼントだよ。これは、災害備蓄として某商業ビルに蓄えられていた分だ。3千食分がMP10で出せるという、超お買い得品。


 確かに、そういうプレゼントをするのは命じてあるけど、まだ、彼らはそれを知らないはず。


「どういうことです? 一度も強制なんてしてないのに」


 むしろ大人しくしてって、お願いしたはずだ。


「私も不思議に思って、さっき確かめておいたんです」

 

 さすがだ。降伏した敵の様子を見て、不審な点をいち早く確かめているあたりは、気の利く子爵様だけはある。戦慣れしたベテランの味というものだろう。


「彼らには神話があるんだそうです」

「神話?」

「彼らの祖先は元々、この大陸の中央で非常に栄えていた。しかし、神を恐れぬ傲慢な生活をしていたために、とうとう神の怒りに触れて星が落とされたという話です。その落とされた星のことを『ネメシスのイカヅチ』というんだそうです。彼らは、神の怒りを受けて以来、北の地に住むことを民族全体の掟にしてきたそうです」


 温厚な笑みの中に、何かを言いたげな雰囲気が混じっていた。


「あのぉ、その先って、ものすごぉ~く、ヤな予感がするんですけど」

「いえいえ。ちょっとした説明ですよ?」

「あ、そうなんだ」


 ショウとしては「じゃあ、いったい何で、そんな神話の話をする?」と思わないでもないが、とりあえず袖で額を拭ってゴマカした。


「ご説明の続きをしてもよろしいですか?」

「えぇ。お願いします」

「ネメシスの雷というのは、雷光と同じように白い炎で、そして、もっともっと強い光を放ち、落ちると、雷を数千も束ねたほどに大きな音を立て、そこにいた全ての生き物を焼き尽くしたのだそうです」

「えっと、それって、なんか、あの、似てるよね?」


 ヤバい。そっくりさんじゃん……


 背中を汗がジトーと流れるのをどうしよう。


「もちろん、我々の方は文明を持っていますので、時々、空から星が落ちてくることを知っています。それが神の怒りとは関係ないということも、我が国が成立した頃から知っていますし『隕石』と呼ぶのだということまで分かっていること。ただ、彼らは、それを知りません。さらに、知っておくべきことがありました」

「う、うん」


 いや、知りたくないからね? 知ったら、絶対、ヤバいんでしょ?


 しかし、ショウの気持ちを微笑ましいとでも思っているような、優しい微笑のパールは容赦なく続けた。


「彼らの神話では、ネメシスの雷が落とされた場所はいくつもあるんですが、実はこのあたりにも落とされたという言い伝えがありまして。実際、砦の右側が大きな窪地になっていますよね? 私は、あれは隕石が落ちて爆発した場所ではないかと思っています」


 パールに言われて、ギギギと擬音が出そうな感じで顔を右に向けると、確かに、ハッキリとしたクレーターと言うには縁取りがハッキリしてないけど、あきらかに数百メートルにわたって周囲より低くなっている地形が丸わかりなんだ。


 高低差で言えば深いところで10メートル、おそらく5メートルほどは平均するとありそうだった。


『数百年? あるいは千年、二千年前に、ここに隕石が落ちたのか……』

 

 落ちたとしたら砦側から向こうに向かって落ちたんだろう。明らかに、向こう側の方が高低差がなだらかだ。


『しまった。もうちょっとちゃんと地形を見て、この高低差を砦の外堀にしておけば良かった』


 相手のキャンプとの位置関係しか見てなかった。あまりにもうかつな自分の失敗に愕然としてしまいそうだよ。


「念のために申し上げますが、高低差は確かにありますが、長い年月の間になだらかになっておりますから、砦の守りにするには足りませんぞ? ヤツらの馬なら簡単に駆け上がれますからね。むしろ、あの地形は凸凹がないため馬を走らせやすくなり、連中は必ずやあそこを通って攻めてくると思います」

「そ、そっか。ありがと」


 オレの自責の念をさりげなくフォローしてくれるんだから、アブネー親父って見方を改めなくちゃかなぁ。


「ということで、彼らからしたら、昨夜の爆発をどう受け止めるのかと言うことは、お分かりいただけるかと」

 

 いきなり話を引き戻してきたパール。


「まさかと思うけど、あれを、神話に出てくるネメシスの雷だと?」


 ニッコリ 笑顔は言葉よりも残酷なモノなのだ。


「えええええ!」

「ご安心ください。ショウ様を、そのまま神様だと思っているわけではなさそうです」

「ぜんぜん、安心できませんけど」

「まあ、昨夜の爆発はネメシスの雷と同じだという捉え方をした者達が、彼らの間では中心勢力になったようですな」

「つまり、それが、あっさりと降伏した理由なわけ?」

「神話の世界に出てくる神の怒りを再現する相手に逆らうなんて愚かなことだと思ったのでは? 事実、彼ら彼女らが働いているのは、罪滅ぼしというか、一種のゴマすりのつもりのようです」

「あぁ! ご機嫌を取らないと、ネメシスの雷とかいうのが、また落とされるとでも?」

 

 パールは、優しい義父の目から、イタズラなイケ親父の顔つきになって「だって、覚えていらっしゃいませんか?」と言ったんだ。


「なにを?」

「ショウ様は交渉の席上でおっしゃいました。『誰かが逃げ出したら、あれをキャンプに仕掛けるよ』と」

「あああああ! 言った! 確かに言っちゃったよ! 言いました、言っちゃいましたよ……」


 ぐぬぬぬと、頭を掻きむしりたいけど、誰が見ているか分からないからアクションもできない。


 そこでふと、思いついてしまってパールに質問を追加した。


「ひょっとしたら、さっき来た女性達もゴマすり要員ってこと?」


 彼らの代表と称するオババと若い女たちがやってきたらしい。いったい何事かと思ったけど、何かを要求に来たのかと思って直接対応せず、パールに任せていた件だ。


「はい。10人ほどの女たちでしたな。連中の代表である女が連れてきたのは、一族でも選ばれた女達だそうです。革細工も巧みで、見た目も良い女たちを連れてきたと。確かに着飾って、たいそうおりましたな。ショウ様が自由に選んでも良いし、必要なら全員を自由にして良いとのことでした」

「えっと…… 間に合ってます」

「はい。そうおっしゃるだろうと思いまして、無条件でお帰りいただきました。なにしろ、連中は、子種をいただく気満々でしたからな」

 

 パールは、再び義父の目に戻って笑顔で言った。


「ところで、ショウ様におかれましては、女たちを独断で帰らせたことは、お怒りに?」

「いいえ! 全く。怒りなんてナッスィング。一ミリも怒ってないから! そういうのは良いんで」

「ありがとうございます」


 恭しくお辞儀をしたパールは、どうやら、今の「義父の目」はわざとだと言わんばかりに笑って見せている。


 ふぅ~


 まあ、女性を同行するという意味の興味がないのは確かなんだけど、連中のいろいろな話を聞く必要はある気がしたのは事実だった。


「まあ、とりあえず、その『ネメシスの雷』の話はおいとい…… うん? 待てよ。使えるモノは使っちゃおうか」 

「何か?」

「えっと、連中のうち、希望する男達を10人くらいと、そうだなぁ、キャンプを代表する女性を数名、向こうに選ばせて。それを敵宛てに送り出してみよう」

「しかし、あれを敵に知られてしまうと、次で引っかかりにくくなりませんか?」


 パールが消極的な反対の姿勢を示した。そりゃあ、現実を知っている子爵家の当主だったら、一気に敵を殲滅できる兵器があるなら、使いたいに決まっている。


 そして、それは軍を指揮するものとして当たり前の態度であることもオレは知っていたんだ。


「一つの優れた武器があっても、それにこだわると、逆に戦場の全体を誤りかねないからね。今回は、あちらさんは圧倒的多数で来るから、どっちみち昼間の戦いになる。袋を仕掛けても引っかからない可能性が高いんだ」

「なるほど。ゆうべのは夜襲であったからこそ、できたと言うことですか?」

「そうだよ、ま、今日のパールが教えてくれたことで、けっこう楽なことができそうだし。あれは、今回は、使わないでおこうか。ありがとう」

「それはそれは。私では、ショウ様の叡智は想像もできませんな。ともかく、お命じいただいたことは、今、果たして参ります。他には?」

「えっと、そうだなぁ、砦の中の仕掛けに、もうちょっとして欲しいことができたんだ。ギーガスを呼んでくれる?」

「はっ」


 恭しく頭を下げてから、ハシゴを下っていくパールを見送りながらアテナに言ったんだ。


「ネメシスの雷とかいう神話のことは、絶対にクニに知られないようにしないとね。これが伝わっちゃったら、絶対にネタにされちゃうもん」

「ボクの意見を言っても?」

「もちろんだよ! アテナの考えを聞きたいな」

  

 自分から、何かを発言するってめったにないからね。ぜひ、聞きたいと思ったんだ。


「恐らく、この話を聞いたら、皇都の大劇場ではネメシスの雷の話で持ちきりになるかと思います。ボクだって絶対見たいし。それに国中をさすらい歩く吟遊詩人が語る『神話の世界の武器で敵を葬り去るショウ皇帝の話』なんて、どれほど聴衆を引きつけるか分かりませんね」

 

 ニッコニコなアテナである。


「ね? なんか、アテナって、これを楽しいって感じてない?」

「はい! それに、心配なさっても、もう遅いかと」

「遅い?」

「はい。ほら、今回助けた人達は、すっかりその気みたいですから」


 空から何かが落ちてくる何かについて、手真似と興奮した表情の身振り手振り。今回解放された人達は、一生懸命、兵士に説明していた。


 彼ら彼女達が国に帰れば、当然、周りに話しまくるわけで……


「ふふふ」

「あれが、国中に伝わると?」


 赤毛のボク子美少女は、嬉しそうに「はい」と返事をしたんだ。



・・・・・・・・・・・



 後々、ネメシスの雷の話は、皇都どころか、国中の芝居小屋にかかる人気演目となったのである。


 そして、さらに後のこと。


 大陸中の子供達は親から「言うことを聞かない悪い子にはネメシスの雷が落ちるよ」と使われるほど、広く伝わることになったのである。 

  

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 一部、当初の予定よりも加筆いたしました。

 遊牧民族も実際にその目で、圧倒的で信じられないほどにヒドい破壊の跡を見てしまったのは大きいんですよね。遊牧民族は文明的に遅れていますが、反面、厳しい自然の中で生き抜くために非常に現実的な考え方をするし、伝統をとても大事にします。だから、いわば超兵器である「神の怒り」を振り回すような危ない相手とは戦いたくないと思って、不思議ではありませんでした。

 しかし、敵の戦闘部隊は、自分達の目で見たわけでもなく、また、圧倒的な数の力と、南下以来の勝ち戦続きで「定地民族」をバカに仕切っています。

 すなおに降伏することは考えられず、一戦は避けられない情勢です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 


 


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