第26話 大殺戮
「どう思います?」
「来るでしょうね」
「よかった。実戦経験の豊富な方が賛成してくださって」
夜襲があるのではと思ったらパールが賛成してくれた。その上で、顔を寄せて小さな声。いや、誰が聞いているのかってよりも、気分の問題なんだろう。
「お分かりかも知れませんが、さっき見せつけてきた300は、おとりかと」
「やっぱりそうなりますよね~ となると、本筋は裏から忍び込んで来るパターンですか?」
「おそらく」
「まあ、馬なら回り込むのも簡単ですものね」
馬の目って、ネコの目と同じ機能があるって知ってた? 一度通った光を眼球内で反射して二重に感知するんだ。ほら、だからネコの目って夜に光ってるだろ? 前世の人達は、馬を夜に見ることってあんまりないかもしれないけど、夜の馬って目が光るから意外と怖いんだぜ。
馬はネコ並みに夜も見えてる。だから、信頼関係を作って馬に任せておけば、三日月程度の夜なら十分に走ってくれる。そして、月灯りで馬に乗るなんてのは遊牧民族なら子どものうちからやっていること。
残念ながら、そのあたりの「技術格差」は埋められない。我々も馬場で人間が目隠しして乗る練習くらいはしているし、夜間の騎乗だってそれなりにする。けれども、夜の草原を実際に走って戦闘をするのはリスクが高すぎるって考えられているためだ。
「まあ、今回は、あちらさんが来てくれるんだし、待ちましょうか」
「ここで迎え撃つわけですな? 何か算段がおありのご様子。ぜひとも働かせていただきますぞ」
「うーん、今回は騎馬隊よりも、歩兵のみなさんのお仕事なんです」
「なんと! う~む」
なんだか「車に乗ってお散歩に行けると思ったハスキーちゃんが、勇んで車から飛び出したら、そこが獣医さんだった」(長いたとえで、すまん)、みたいに、しゅーんとなってしまったのがちょっと申し訳ない感じだ。
どんだけ、ヤル気になってるんだよ。
それに対して、大きな身体をワクワクさせながら、でも、オレの命令が下りるのをじっと待っているのがギーガスだ。
「ギーガス、手先が器用で、素早く動ける人を5人ほど選んで。それと肉体労働を頼む」
「手先が器用で素早い者を5名、選抜。他は全員で任務に当たります!」
「うん。スコップで、ちょっと地面にお絵かきしてもらうよ」
「絵でありますか?」
「そう。幅はこんだけ、深さも同じくらいかな」
親指と人差し指を広げて幅を示す。ま、要するに15センチほどだ。
「落とし穴でありますか?」
「いや、言った通り、地面にお絵かきさ。この溝で、こんな絵を描いてもらうよ。ただし急ぎだ。溝は小さくても距離があるんで頑張ってくれ」
「溝掘りに、全力を尽くします!」
オレが見せたのは「Ω」のような図だ。
今回は申し訳ないけど、相手にはひどい目に遭ってもらわないとだからね。お馬さんも気の毒だけど、こればっかりは、哀しいけど戦争だから。
距離は全部で300メートルちょっとになる。千人も必要なかったかもだけど、とにかくみなさん「オレにやらせろ!」って勢いだから、スコップの奪い合いが大変だよ。
「ギーガス?」
「はっ!」
「なんで、溝を掘るだけなのに、こんなに気合いが入っているの?」
「それは! 全員が、燃えているんであります! 偉大なるショウ閣下の
なんか、気合いが入り過ぎちゃってるギーガスだ。
彼の言葉をまとめると、要するに、西部一帯の「歩兵」という兵種は役に立たないモノの代名詞みたいに言われていたらしい。そりゃ、相手は大陸中最も凶暴な騎馬隊だけに、こっちも騎馬じゃないと対抗できないという常識があったからね。
『そういえば、ロウヒー家の歩兵隊が、メチャクチャ弱かったよなぁ。あれって、歩兵さん達はまともに戦場に出してもらえなかったらしいってのを後から聞いたっけ』
こっちでは「歩兵は街中の治安維持要員」としか思われてないから、兵隊らしい扱いも、そして兵士としての誇りももらえなかった。
ところが、前回の「待ち伏せによる騎馬隊壊滅」をさせたという実績はすごかった。彼らに手応えを感じさせ、自分達が遊牧民族に勝てる自信を感じさせたってわけだ。
つくづく「兵士を育てるのは戦場で」という言葉通りだと思ったよ。そして、あの待ち伏せ攻撃はことごとく、こちらの予想通りに戦闘が展開したから、もう、みなさんは「指示通りにすれば、また勝てる!」というワクワクが止まらないってことらしい。
今もスコップの取り合いになりかねないほどっていうか、実際奪い合いながら、喜々として溝を掘ってるんだもん。
だいたい完成したところで、ギーガスにお願いして、さっきドロドロにしておいたものを溝に流し込んでもらった。くれぐれも直接手で触れないようにってことで、医療用の使い捨てビニール手袋を付けさせるのも忘れない。
え? 医療用のゴミなんて汚染は大丈夫なのかって?
オレのスキルレベル3では「
トンチみたいだけど、この仕組みに最近気付いたわけ。だから、こっちに来る前に病院で使っている器具を出してみた。最近は、ほとんどが使い捨てになっているから一通りのものが出せる。これをミネルバに預けてきたよ。産後の肥立ちが良くなったら研究してみる手はずだ。
そして、こっちは文化祭で使った40リットルの透明ビニール袋。
こいつに、さっき流し込んだドロドロの「元」を慎重に詰め込んで、あっちこちの地面に仕掛けておく。
さすがに、昼間だと見えちゃうけど、いくらお馬さんの夜目でも分からないレベルの隠し方をするのは問題ない。ま、大量に仕掛けるから、いくつか踏み抜いてくれれば、それでOKだし。
後は「Ω」の両端と、砦の壁の内側にタコツボを掘らせて完成だ。
え? 何を使ったのかって?
分かる人は分かる。知っている人は知っている。
産業廃棄物で厄介なのは化学物質の場合もあるけれど、単純な「金属の粉」が意外と危ないんだよ。
ね? お家でアルミの鍋を使ってるのに「アルミは危険物第2類だよ」とか言われるとえーー!!!! ってなるでしょ?
これは「粉末」にすると性質が変わるってことなんだよね。ちなみに「粉末」にしたアルミニウムだと水と合わせるのはタブーだよ。水素を発生させたり、爆発しちゃうからね。
しかも、水をかけて消火を試みるのもタブーなら、二酸化炭素消火も使えない、マジでヤバいものだ。
ただし、今回のオレが出したのは工場なんかで出てくる「研磨ゴミ」の方だ。こっちはいー感じで粗いので、含水率が50パーもあれば簡単には燃えない。
そして、ドロドロには、さんざんニア達と実験を重ねた割合で鉄粉を混ぜているのが特徴だ。これって「テルミット」ってやつでね、青白い高温の炎で燃焼することで知られていて、工業用だと溶接にも使える温度になるんだよ。
ま、ハッキリ言えば、これを溝に流し込む時は、どろんこ遊びにしか見えないんだけど、西部の土壌なら、あっと言う間に水だけが地面に染みこんでいくわけだ。残ったドロドロの水分低下後は、簡単に発火して、一度火が付けば超高温で燃え続ける、ものすごく危険なモノ。
ちなみに、ビニール袋に入れたのは、さっきのヤツから水分を落として、鉄の割合を減らしたものだ。
いや、これ、実験はしたんだよ? 今回が初の実戦使用になるんだけどさ。それには理由があるんだ。
……と思っていたら、思っているよりも早く、敵さんがやってきた。案の定、砦の裏側に攻めてきてくれた。
この一角だけは、途中まで森があるから、夜襲をするならこっちからだと思ったんだよね。
合図は、コンビニの「夏の花火セット」から、手持ち花火の「シュー」という青白い火。
それを見た「Ω」の両端にいた兵は、ガスがわずかに残った着火用ライターで、カチッ。
溝に沿って流し込まれたテルミットが青白い炎の矢のように、地面に綺麗に円を描いていく。
いきなり現れた青白い炎を見れば、乗馬技術に長けた彼らは、炎の輪から遠ざかるのはお手の物。この程度の火攻めなんてどってことないぞってね。
少しも慌ててない。手綱捌きはさすがに巧みだ。サッと真ん中に集まる動きも速い。
はい、予定通り。
輪っかの真ん中あたりの地面には、予めビニール袋が仕掛けてある。
研磨クズレベルの粗さでも、鉄粉の量が減らしてあれば「空気に接触すると突然発火する」のがアルミニウムの怖いところ。
そして、速い動きをしたお馬さんが踏んでしまえば、ビニール袋の中身がいくつも同時にぶちまけられるのは当たり前。
狙いは粉塵爆発だ。
ギーガスが短く命令した。
「待避!」
命令する前に、待機要員は全員がタコツボに飛び込んでた。
ドンッ ドンッ ドーン!
3回に分けて起きた爆発は、最後のヤツが特大だった。
人と馬の悲鳴が聞こえたのは、むしろ爆発が収まってからだった。あっちこちで、飛び散った、燃焼中のアルミニウム粉が身体にくっついて、生きたまま焼かれていく人と馬。
いや、味方の陣地からも盛大な悲鳴が上がってるけど? 土壁は厚く作っておいたし、被害はないと信じよう。
まずは、仕掛けた「爆心地」だ。
『あちゃぁ~ これはヒドい』
地上に地獄を演出した本人が言っちゃいけないんだけど、あまりにも悲惨すぎて直視できないほどに、ひどい。
悲鳴も、匂いも、そして、翌朝の焼け残ったあれこれも……
この世界における、史上初めての「ホンモノの地雷」による効果は、凄まじいモノがあったんだ。なお、こちらの壁も一部で吹き飛んでいたほどだ。
砦の中にいる、我々のお馬さんとか逃げ出してきた人達に落ち着いてもらうのに朝まで掛かったのは、ちょっと、オレの配慮が足りなかったかも。
朝になって、あちらさんが「救助」に来たのは知ってたけど、こっちの壁に寄って来ない限りは無視。むしろ、生き残った人を連れて戻っていただくのは、こっちの望みだ。
後々聞いたことだけど、98名の夜襲隊のうち、生きてキャンプに戻れたのは4人だけ。それも、身動きできないほどに焼けただれた悲惨な姿だった。
そして、その4人も、全身大火傷にただれた姿で、手当てもできぬままにキャンプ地で死んでいったんだ。
それは、むしろ、身内だったら正視できないほどに悲惨な姿だったはずだ。
彼らは一気に戦意を喪ったのだろう。
始めに来た使者は「停戦」を申し込んできたんだけど、交渉を任せたパールは「ヌルい」とろくに話も聞かずに追い返したんだ。
交渉しなくていいの? って思ったけれども、これが遊牧民族と交渉する時のやり方らしい。
なるほど。いったん帰りかけた使者は「本来なら帰るはずだが「せっかく出会えたのだ。ここは友誼を結び、全面的に降伏する」と、なぜか爽やかに笑って見せたんだから、唖然だ。
彼らからすると「強いモノに降伏する」こと自体は恥ではないらしい。キャンプにいる人達も実は大部分が「元を正すとチャガンに降伏して一緒になっている人達」だったということもあるんだろうね。
このあたりは文化の差としか言いようがない。
ということで、チャガンの
こちらが出した条件は、武器の提出と、囲いの中で大人しく暮らすこと。
緩いと言われるかもしれないけど、そんな人数は養えないからね。
ちなみに、あの爆発音は、向こうの家族達にも恐怖とともに聞こえたらしい。だから「誰かが逃げ出したら、あれをキャンプに仕掛けるよ」って脅し程度は許されたしだ。
だって、降伏させたと言っても、こっちとあちらの人数が違いすぎるんで、何かあったら、こっちの方がヤバいんだよ。
だから、囲いの中で自由に過ごしてくれていいから、せめて大人しくしていてっていうのがこちらの絶対条件になったわけ。
武器だって、相当、キャンプ内に隠されているはずだけど、こっちの狙いは、この「本体のキャンプ」がこっちの望んだ位置で動かなくなることだったから、今回はこれにて大成功だよ!
ターゲットのみなさんが「オレ達の出る幕が」とゴニョゴニョだったけど、ともかく、一件落着と。
さて、後は、シータ達だ。
戦闘部隊の「帰還」をどれだけ早く見つけられるのかに掛かってる。
そうなんだよ。
今までは、敵の戦闘部隊を追いかけていたから、めったに捕捉できないし、彼らのやりやすい場所で戦うハメになった。
しかし、彼らは本体のキャンプが敵に追いかけられているのを知ったはず。そうなれば、絶対に戻ってこなくちゃならない。
本体のキャンプは、壮大なる「釣り餌」になったわけだ。
こっちが望む場所で戦えること。
これが彼らに勝つための最大の条件なんだよ。
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【お願い】
アルミの「粉末」に水を掛けるのは大変危険です。「アルミの研磨クズが含水率40パーセント以下だと自然発火することがある」という昭和60年8月に神奈川県下の自動車部品の製造工場で起きた事故を踏まえておりますが、けっして、それを実験しないようにお願いします。また、安全上の配慮から、科学的にはありえないフェイクを多数混ぜ込んであります。アルミニウム粉末と鉄粉を混ぜるとテルミットになることは事実ですが、それ以外には、正しくないことだらけなので、絶対に試してみないようにお願いします。
ということで、今回は、マジモンの爆弾というか地雷によって大量殺戮をいたしました。8月に今話を書くのは日本人としては心が痛い部分ではありますが、お話はお話として、ご了承いただけますようにお願いいたします。
平和への祈りを込めて。 作者拝
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