第25話 大脱走


 遊牧民族の家族達は、こちらが推定したとおりの場所にキャンプを張った。


 やりぃ!


 我々は敵の偵察隊が届かないところまで行って隠れていればいい。簡単なお仕事だ。とはいえ、監視自体は厳重にしているよ。


 もちろん、相手だってバカじゃない。


 キャンプ地の安全を確認するために偵察部隊を出してきた。ところが、今まで「逃げた後も付け回してきた敵」なんていなかったからだろう。その偵察は、おざなりなものだった(らしい)。


 しかも、キャンプ地に着いた人達は、やっと到着してホッとしたところだ。


 安心は油断につながるのが世の常だ。油断だらけな行動をしてくれるお陰で、こちらの残置斥 ※には全く気付いてない。


 そりゃ、相手が来る場所が分かっていたら、丸一日掛けて入念に擬装ができるからね。いろいろなところに隠れているよ。


 たとえば、山肌を人一人分だけ掘り削って、そこに身体をはめ込んで、土を上から塗り固めるなんて荒技まであるんだ。


 その気になって探さない限り、恐らく見つけるのは無理。それもこれも、戦場で工作活動に長けたガーネット家の影のみなさんが担ってくれた。


「影だから、危険な任務をさせて当然だ」


 なんてことは、絶対に思ってない。でも、厳しい訓練を積んだ人だけができることがあるのも事実なんだ。


 そして、相手が北方遊牧民族の最大部族である「チャガン族」であることがわかったんだ。


 その情報を持ってきてくれたのは、なんとアマンダ王国の影だ。こっちからは依頼してないのにって思ったら、どうやら「挨拶代わりの献上品」ってことらしい。


 最初はビックリしたよ。オレの見てないところで付き添っていたらしいファントムの者が(合図で確認できる)突然「アマンダ王国の影が連絡を取りたいと言っている」と取り次いできたんだもん。


 まあ、アテナが安定の「威嚇モード」になっていたけど、それはそれとして、一体全体なんなの? と思って、ファントムの人に意味を尋ねたんだ。


「愚考いたしますに、この部族がチャガンであるかどうかは、今現在の重要な情報ではなく、なおかつ、後々、確認することができると言うことではないでしょうか?」


 情報機関は、そういうことをするらしい。


 どういうことかというと「今現在では重要ではないが、今現在だと相手は入手困難な情報」というのは十分な取り引き材料となり得るってことなんだ。


 もしも、その情報がウソであっても大きな損害は出なくて、なおかつ、相手が検証可能な情報ということは「誠意を見せた」ことが伝わるわけ。


 今回のアマンダ王国の影は国王代理の権限を持っている「サスティナブル王 ※2の皇帝」に接近を図りたいという意思表示をしてきたということになる。


 ただし、今回は「ファントムを通じて情報だけを渡す」という形をとったわけだ。ま、ひょっとしたら、直接、オレのところに来ようとしてファントムに捕まっちゃったから「情報だけ取り次いでね」にしたのかもしれないけど。


 ともかく、ファントムが、こんな戦場でもちゃんと守ってくれていたのは初めて知ったよ。


 さすがぁ~ 優秀だね。


 そんなこんなで夕方になると、羊たちはキャンプの横にあるいくつかの囲いの中に戻される。それを誘導するのは子どもたちの役目だった。


 あっちこちでたき火が始まって、まったりした夕食の時間を過ごしていた。遊牧民族とはいえ、旅の最中よりも、やはりきちんとしたキャンプの方がリラックスできるってことらしい。


 まあ、それって我々「定地住民」が我が家に帰ってきた感じなんだろう。


 夜更けに起きた出来事を、オレは直接見ていないけど、それはまず、捕虜達がくくりつけられている大木にガーネット家の特殊工作員が現れたところから始まったらしい。


 既にヤスリはいくつも渡っている。


 あっと言う間にお互いに切り離すと、女性をかばいながら、みんなで移動するようにと指示を出した。


 といっても千人近い人が動いたら、どれほど静かにしようと思っても気付かれないはずがない。


 そこで、第二段は羊達に忍び寄った工作員のみなさんだ。その手には「ロケット弾パンパン」を大量に抱えているのは、オヤクソク。


 捕虜達の不穏な動きに気付いた瞬間「羊 逃げた」と北方遊牧民族の言葉で叫びながら、素早くロケット弾を投擲。


 続く事態は、ヤバいのひと言。


 彼らのキャンプにはパオが多数立ち並ぶ。そっちに目がけて走らせるという器用なまねまでしてくれちゃったから、目も当てられない。


 数百頭の羊がパンパンに恐慌を来して走り回って、あっちにこっちに頭突きをかますわけだ。火事も起きれば、寝ている人間を踏みつぶす羊もいたのだろう。


 もちろん、一部では、意図的に火もつけたらしい。


 そんな狂乱状態のキャンプ地で「大事な財産」が逃げ出しているわけだもん。捕虜なんかのことよりも羊に目が行くのもの当然なんだよ。


 工作員は十分、暗闇に目を慣らしていたから誘導はバッチリ。逆にキャンプ地にいた敵さんは、火事を消すことと羊が優先だけに火の光で目が奪われる。


 ここまで来たら逃げ切れるのも当然だった。


 ちなみに、途中には、ライブで使い終わった直後のサイリウム(ケミカルライト)を点々と置いといた。光量が弱まっている上に、点灯時間の限界が迫っているのが〇ってわけだ。


 脱走した人達は、導いてくれる光が、ちっとも熱くないことに驚いて、それを「天使の灯り」と呼んで、後々まで伝えたらしいけど、それはまた別の話。


 ともかく、途中まで逃げ出せたら、今度は残ったサイリウムを別の方向に向けておくのも大事な仕事だ。


 結果的にこれが功を奏したらしい。敵の追跡部隊は、我々本体のところにまで届かなかったのが現実だ。


 もっとも、羊と火事でそれどころじゃなかったのかもしれないけれども。


 残念ながらガーネット家の影にも損害は出たらしい。「らしい」なんてハッキリしないのは彼らの矜持というもの。


「影の仕事は常に完璧」と胸を張るには、損害なんて出ちゃダメだっていうことになる。


 そういう時は、言葉ではなくて、モノで報いるモノなんだ。


 報告に来た代表に「これを」と皮の小袋を手渡した。もちろん中身は「ツブ金」だよ。


「あっ!」


 向こうはは思わず声を出してしまって「申し訳ありません。失礼しました」と慌てて詫びる。


 驚くのは無理もない。エルメス様なら別かもしれないけど、普通、影の部隊の現場指揮官レベルの人間に、当主クラスから褒美がなんてありえないからだ。


 これは身分差の問題もあるんだけど、もっと根源的な意識があるからだ。「影の組織の人間はアブねーヤツら」ってことで、基本的に信用されてないってことなんだよ。

 

 褒美を手渡すってことは「刃が届く距離になる」ってことを、むしろ彼らの方が良く知っていた。


 それなのにオレがのんきに手渡してきたから、驚いてしまったわけだ。同時に、自分達が信用されたと思って感激もする。


 ま、ホントはすぐ後ろにアテナがいるから、もしも殺気を見せたら瞬間的に首チョンパなんで危険性はゼロに近いんだけどね。


 そして十分なご褒美を渡されたから、彼らは懐もプライドも満たせたはずだ。


 ともかく、助け出されて大感激した捕虜の人達と、望外の褒美をもらえて大感激した影の人達とで、オレ達の駐屯地は静かな喜びで満たされていたんだ。


 とは言え、このまますむわけがない。


 我々は、夜を徹して、もはや組み慣れた「足場用の単管パイプを使った砦」を構築したんだ。


 そんな我々を敵が発見したのは、翌日の夕方になっていた。


 最初に偵察隊が来て、次に現れた敵は300騎と言ったところ。どうやらキャンプ地の防衛部隊も必要って計算をしたらしい。


 ま、当然だよね。前回、キャンプ地を狙ってきたがどこにいるのかも分からないのに、女子どもだけ残しておくキャンプ地なんて危なすぎるもん。


 恐らく、こっちの騎馬と同数であれば(歩兵のことは眼中にないのが遊牧民族だよ)十分に蹂躙できると思ったんだろう。


 決戦にそなえて、こちらは足場を使った防護壁の内側にブルーシートを貼って、目隠しにしている。


 中では、別のモノを組み立てるよ。


 捕虜だったみなさんを本格的に治療してあげる余裕はなかったけど、ビタミン強化済みの非常食パンとスープで、今のところは我慢してもらうしかなかったんだ。


 もっとも「こんな美味しいパンを」ってみんな泣いていたから、けっこう満足してもらったかもしれないね。


 さて、決戦は、明日だ…… ホントかな?


※ 残置斥候:第3章「野外演習」で出てきました。相手の行動範囲に、予め隠れておく偵察部隊のことを言います。見つかるととても危険、というか命が無くなりますが、成功するとムチャクチャ精度の高い情報が取れるのと、攻撃などを誘導するのに有効です。

 

※2 サスティナブル王国:現時点では「帝国」としての公式な宣言をしてないため、外国からすると「王国」のままで存在しています。 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

とりあえず、捕虜のみなさんを助けられたので、情報が取り放題ですね。

そして、キャンプ地にいた「居残り守備部隊」だけではなくて、現在「狩り」に出ている戦闘部隊がいつ戻ってくるのかが、ポイントになります。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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