第23話 予定通り

 5騎ほどを血祭りに上げると、パールは騎馬隊を引き上げさせた。


 戦果自体は極小だが、戻ってきた面々は最高の笑顔だった。


 なにしろ、北方遊牧民族を相手にした騎馬同士の戦いで、一方的にボコボコにした上に、名高き「騎射」を無効化できる鎧だと証明できたのだ。


 どの顔を見ても、ムチャクチャに意気が上がってる。


 あ、意気だからね! が上がってるわけじゃない…… あ、お馬さん達がヤバいか。


 連中の機動に付き合わせちゃったら、いくら軽量とは言っても、鎧を着けた人間が乗っているし、馬自体にも甲冑を装備している。


 さすがに重量もあるし、北方の良馬の血筋との差もあって、いかんともしがたい。お馬さんたちがへばってしまうのは仕方ない。


 だけど、ここまで戻れば大丈夫。


 まずは馬に一息つかせるのが、大事なこと。


「ここまで追ってこないでしょうか?」


 眼光鋭く高地のあたりに目をやりながら、鎧を脱ぐ気配すら見せないパールだ。


 その姿は、微塵も疲れを見せず、臨戦態勢のままだった。


「来ないと思うけど、来たとしても、そのために歩兵が待ち受けているんで問題ないよ」


 ギーガス指揮下の歩兵千人は、馬防柵や数々のシカケを準備するのに余念がない。


「あの準備が無駄になっちゃうのは、申し訳ないんだけど、使われないことが一番なんだよね。まあ、今のところ、あちらさんは動く気はないみたいなのでなによりです」


 敵の騎馬隊はある程度の連動をしながら、徐々に大きな半円を描いている。


「あれは、おそらく高地からの降り口の確保面積を広げてるんでしょう。だとしたら、狙い通りにいくはずです。まあ、この後で、多少の強襲をしておいて、その間に逃げるって戦法になるんじゃないかと「敵に動きあり!」おぉ、言ってる側から来ましたね」


 ショウは笑顔でパールに言った。


 二人並んで、見つめると、こちらに向かっている敵集団のスピードは鈍かった。


「300と言ったところですか」


 パールは、確認するように声を発した。そこにショウは答える。


「半ば威力偵察、半ば威嚇、そして、時間稼ぎだっていうのがモロですね。じゃあ、こっちはこっちで好きなようにやらしてもらうとしますか」


 そこまで言ってから、傍らの巨人に「ギーガス、出番だぞ」と笑顔で命じた。


「はっ! 歩兵部隊、ご命令通りの防衛戦を発動いたします!」


 ガーネット家に連なる一族にあるまじきほどに、律儀な返事をしてから「では、失礼!」と頭を下げた。

 

 深々と頭を下げてもショウよりも大きいのだが、見かけによらず、その人柄は律儀で温厚なものだと評価していた。


 その評価通り、一族の令嬢であるアテナにも、目だけで礼をするのを忘れないのである。


 しかし、次の瞬間に鳴り響いたダミ声は、ある意味強烈だった。


「者ども! シカケは終わったな?」

「「「「「おう!」」」」」

「お上品な時間は終わりやがった。ファッ〇ン野郎ども、やつらのファッ〇ケツの#$#$&W$”#$やがれ!」

(作者注:全年齢対応だとか以前の問題で、書くのがためらわれるようなお下劣なお言葉のため、省略いたしました)

「「「「おおっ!」」」」


 あ~ やっぱりこの人、正しくガーネット家だわ、これ。


 ここで、騎馬隊は休憩を切り上げさせて、先に上流に向かわせた。


 歩兵達は持ち場に着いている。


 敵は予定通り、中央の道からやってきている。小当たりするだけだと思っているから、正面でいいんだよね。


 しかし、作戦を立てる側からしたら、敵が予定通りの場所に、予定通りのタイミングで来てくれた時点で勝利は決まってるんだよ。


 あとは、兵士達が勇気を持って自分の仕事をしてくれたら勝つのは当然。そのための作戦だからね!


 中央にある道からの怒濤の攻め。


 恐怖を感じるほどの勢いだけど、こっちとしては勢いが付いているとありがたい。


 こちらへの最終コーナーを曲がった直線コース。


 最後尾がコーナーに掛かったところで合図を出した。瞬間的にピーンとタイガーロープを水平に張りつめる。これは、頑丈に作った両サイドの支柱と滑車を使って、馬の首ギリギリに張られた罠だ。


 先頭の10騎ほどは引っかかって落ちたけど、さすがにこの程度の罠など、後続は軽々ととかわしてくる。


「ふふふ。罠を抜けたと思うでしょ?」


 実は、ロープは二段構え。その5メートル先の地面すれすれに、二メートル間隔で3本同時に張られたのは頑丈なワイヤーロープである。


 首に掛かりそうなロープを避けた分だけ、その先を見る余裕がなかったわけだ。


 しかも、優秀な馬自身が足下の最初の障害物を踏み越えても、二メートル間隔の3本という悪質で執拗なロープを全て避けるのは不可能だった。


 阿鼻叫喚というのがピッタリだった。


 たちまち、馬たちは倒れ、その倒れた馬に突っ込んで後続がひっかり、そこを避けようと止まったところを、木の上から矢で狙う。


 倒れた「山」には、歩兵達が我先にと突撃して、次々と槍の餌食だ。


 潰れたのは50騎ほどいただろうか? 矢を受けた後続も同数ほどいる。


 しかし、最後尾にいた男の号令で、後続が二手に分かれて林に入っていく。普通なら騎行不可能な林の中を、やすやすと通り抜けるのも遊牧民族のお家芸である。 

  

「はい、それ、予想してました」


 木の間には、馬に乗った人の首の高さでテグスを張り巡らしてあった。


 先ほどと違って「ロープなど見えない」はずなのに、次々と落馬していく。


「ふふふ。不思議でしょ? さっきは見えた分、これは、わけがわからないよね?」


 先ほど指示した男は、明らかに慌てていた。再び号令すると、高等技術である「その場ターン」を全員が軽々と使って、元来た道を引き返し始めたのだ。


「はい、それしかないですよね~」


 しかし、元来た道は、いつの間にか煙に満ちているのを敵は見ることになる。


 警戒の声だと思われる叫びをいくつもあげながら、それでも煙を突っ切ろうとした。


「まあ、煙だもんね。見たことないけど、火があっても飛び越えれば良いとか思ってるでしょ?」


 煙をみれば、遊牧民族と言えども「火計」を疑うのは当たり前。「動物は火を恐れる」と信じられているから、遊牧民族対策に火を使うことは多いのだ。


 しかし、遊牧民族からしたら「そんなの慣れてるぜ」とばかりに対策済み。多少、火の壁があっても飛び越せば良いと思っているし、それなりの訓練もしているのは想定済み。


 敵の予想通り、煙の中には柵があるけど、歩兵が動かせる程度の柵など、ひとっ飛びで越えられると思ったのだろう。ついさっき一番後ろから指示を出した男は、先頭に立って柵を跳び越えたんだ。


 飛び越す瞬間は「こんなへボな作戦に、オレ達が引っかかるわけねーだろ」と小馬鹿にする笑いを浮かべていたほどだ。

 

 その顔は、着地と同時に、いや、地に着くことすらできずに、苦悶の表情に変わって、口から血を吹いたのだ。


 それこそは「足場」用の単管パイプを組み合わせて、そこに槍を斜めに固定してある罠だった。

 

 ショウはそれを、華道でお花を立てる「剣山」に見立てて「ケンザン」と呼んだ槍ぶすまが、地上で待ち構えていたのである。


 この罠の特徴は、一基が50キロほどしかないため、4人で簡単に移動できる上に、単管パイプの長さに合わせて、幅が五メートルの罠をランダムに配置できるところにある。


 スモークを炊くと同時に、隠しておいた罠を運んだのは200名である。つまりは50個以上(結果的に62個配置できていた)もの罠に、敵は騎馬ごと落下してきたわけである。


 馬も人も、地獄を見たわけだ。


 もはや、この時点で勝負は終わりである。


 300のうち、元いた場所に戻っていった騎馬は50もなかったという。


 そして、ショウとしては珍しく「捕虜は取るな」を厳命してあるため、敵が逃げた後の方が、むしろ歩兵達は忙しかったかもしれない。


 一人ずつ、徹底的に息の根を止めたのである。ギーガスは、最初のノリを忘れたのかのように、頑固な職人のごとき厳粛さで徹底したこだわりを見せて殲滅して見せたのだ。


 つまりは、粛粛とした戦場での「清掃」が行われることになったわけである。 


 この時点で、歩兵隊千人のウチ、被害は矢がかすめた数名程度だった。


 その結果について、歩兵達は我を忘れて歓喜の声を上げたのである。


 なぜならば、西部で働く兵士達は誰もが知っていた。


「北方遊牧民族に対して歩兵が勝つには10倍以上の味方と城が必要である」


 そんな厳粛な事実である。


 それ以下の数で、しかも野戦において歩兵部隊が勝利するなどありえない。よくて敗戦、常なら蹂躙という結果が当たり前だったのだ。


 この完璧な勝利を誇らない男はいなかったのだ。


 兵士達が、歓喜の雄叫びを上げるのを、ショウも止めなかったのである。


 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者より

 久し振りに、ショウ君の悪辣な作戦がハマッた感じです。

でも、これも、後のためにやっておく作戦でした。

「煙幕の中で柵を跳び越えさせての槍攻撃」っていうのは、かつてゴールズのピーコック隊との演習において使われた技の実戦版です。あの時は、A2判のロール用紙の芯を使いましたが、今回は、マジな槍です。

 第三段階まであるのが普通ですよね

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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